弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

営業成績を算定基礎とする退職金の法的性質をどのように考えるのか

1.退職金不支給・減額条項の限定解釈

 懲戒解雇など一定の事由がある場合に、就業規則等で退職金を不支給・減額支給とする条項が置かれることがあります。これを退職金不支給・減額条項といいます。

 この退職金不支給・減額条項に基づいて、退職金を不支給・減額支給することができるのかという論点があります。

 この問題について、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕は、

「退職金は・・・賃金の後払いとしての性格とともに功労報償という性格を併せもっているのが通常であり、その功労報償的性格からして、勤務中の功労が抹消、減殺されるような場合には、退職金を不支給・減額支給とすることも許されると解されている。」

「もっとも、退職金が賃金の後払い的性格を有しており、労基法上の賃金に該当すると解されることからすれば、退職金を不支給又は減額支給とすることができるのは、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると解するのが一般的である・・・。」

「退職金不支給・減額措置の当否の判断において考慮すべきポイントとしては、①労働者の行為それ自体の背信性の強弱のほか、②退職金の性格の中に功労報償的要素が占める度合い、③使用者が被った損害の大きさ、被害回復の容易性、④労働者のそれまでの功労の大小、⑤これまでに退職金が不支給・減額となった事案の有無・内容(他の事例との均衡)などが考えられる」

と記述しています(同文献588-592頁参照)。

 しかし、抽象的には上述のように言えるとしても、ある退職金を功労報償とみるのか賃金の後払いとみるのかの判断は、それほど容易ではありません。

 例えば、営業成績を算定基礎とする退職金の法的性質は、どのように理解されるのでしょうか?

 貢献度に応じて支払うという意味においては、純粋な功労報償という見方ができるかも知れません。しかし、営業活動という労務の対償であるという見方も可能なはずであり、この観点から賃金の後払い的な性格も併有しているという評価も成り立ちます。

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.6.10労働経済判例速報2504-27 ジブラルタ生命保険事件です。

2.ジブラルタ生命保険事件

 本件で原告になったのは、生命保険業等を行う株式会社です。

 被告になったのは、原告の保険営業社員として入社し、生命保険契約の募集等に従事していた方2名です。

 退職金規程に基づいて被告らに退職金を支払ったものの、在職中に懲戒解雇処分事由に相当する事実があったとして、本件の原告は、被告らに対し、既払退職金の返還を求める訴えを提起しました。

 被告らに支給された退職金の計算式は、獲得した契約を算定基礎する形になっていたため、本件の原告は、

「退職金規程は、勤続3年以上の営業社員が退職し、解雇される場合に支給する基本退職金と、定年等所定の理由により退職する場合に別途支給する加算金を定めている。基本退職金は、営業社員が自ら販売した契約のうち、退職日直前の15日の時点で有効に継続し、申込みから1年以上継続し、かつ、保険料が入金されている契約を算定対象として、基本退職基準額を算出し、退職事由と退職日までの勤続年数に応じた支給係数を乗じて算出する。また、加算金は、基本退職金の算定基礎にならなかった契約で、退職基準日の1年後の同日の時点で、有効に継続し、申込から1年以上継続し、かつ、保険料が入金されている契約を算定対象として加算基準額を算定し、一定の支給係数を乗じて算出する。このように、原告の支払う退職金は、原告への貢献度に応じた功労報酬を企図したものであり、賃金の後払い的性格を有していない

などと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、退職金には後払い的性格も含まれていると判示しました。

(裁判所の判断)

「上記退職金規程における定めは、被用者の在職中の違法・不当行為の発生を防止するなどの趣旨に基づくものと解されるところ、退職金規程においては、基本退職金について、要旨、営業社員として自ら販売した契約で、退職基準日において有効に継続しており、申込日より1年以上経過し、かつ、1年を超える期間の保険料が支払われているものを算定基礎とし、これに退職事由及び勤続年数に応じた支給係数を乗じて算出されると定め、加算金について、要旨、基本退職金の算定基礎に含まれない営業社員として自ら販売した契約で、退職基準日の1年後において有効に継続しており、申込日より1年以上経過し、かつ1年を超える期間の保険料が支払われているものを算定基礎とするものと定めていたものと認めることができるのであって・・・、このような原告の定める退職金の性質に照らせば、在職中に獲得した成果を基礎とするものということができ、賃金の後払い的性格と功労報償的性格を有するものということができる。このような性質を併有する退職金については、懲戒処分を受け、又は事後に懲戒処分の原因が発見された場合に退職金を不支給とし、あるいは返還を求めることができるとする定めがあったとしても、懲戒解雇によって労働契約上の地位を将来に向かって解消することが許容される場合であっても、当然に退職金を不支給とし、返還させることに合理性があるとはいい難く、これを不支給・返還させることができるのは、当該懲戒解雇事由の内容、程度、損害の有無、程度等に照らして、当該労働者が使用者に採用されて以降の長年の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると解するのが相当である。」

3.どのような要素がポイントになるのか

 退職金の法的性質について、

純粋な功労報償なのか賃金の後払い的な性格も含むのか、

賃金の後払い的な性格も含まれるとして、その構成比率をどのように捉えるのか、

を判断するにあたり、どのような要素がポイントになるのかは、従来、必ずしも厳密に考えてこられなかったように思われます。

 本件の裁判所の判示は、退職金の法的性質を検討するにあたり参考になります。