1.退職金不支給・減額条項の限定解釈
懲戒解雇など一定の事由がある場合に、就業規則等で退職金を不支給・減額支給とする条項が置かれることがあります。これを退職金不支給・減額条項といいます。
この退職金不支給・減額条項に基づいて、退職金を不支給・減額支給することができるのかという論点があります。
この問題について、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕は、
「退職金は・・・賃金の後払いとしての性格とともに功労報償という性格を併せもっているのが通常であり、その功労報償的性格からして、勤務中の功労が抹消、減殺されるような場合には、退職金を不支給・減額支給とすることも許されると解されている。」
「もっとも、退職金が賃金の後払い的性格を有しており、労基法上の賃金に該当すると解されることからすれば、退職金を不支給又は減額支給とすることができるのは、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると解するのが一般的である・・・。」
「退職金不支給・減額措置の当否の判断において考慮すべきポイントとしては、①労働者の行為それ自体の背信性の強弱のほか、②退職金の性格の中に功労報償的要素が占める度合い、③使用者が被った損害の大きさ、被害回復の容易性、④労働者のそれまでの功労の大小、⑤これまでに退職金が不支給・減額となった事案の有無・内容(他の事例との均衡)などが考えられる」
と記述しています(同文献588-592頁参照)。
一般的にはこのように理解されているのですが、近時公刊された判例集に、興味深い判断が示された裁判例が掲載されていました。東京地判令6.1.29労働判例ジャーナル150-32 東京醫科大学事件です。
2.東京醫科大学事件
本件で被告になったのは、東京医科大学(本件大学)を設置、運営する学校法人です。
原告になったのは、被告と労働契約を締結し、耳鼻咽喉科学講座主任教授、理事、病院副院長、副学長、図書館長等を歴任した方です。
平成27年3月31日に教育職員を定年退職し、平成26年7月から平成30年7月6日に辞任するまでの間、学長を務めていました。
本件大学では、
「平成18年から平成30年度までの本件大学入学試験・・・において、受験者の属性(性別や高校卒業年からの経過年数等)に応じて得点を調整する・・・、特定の受験生の入試成績の点数を書き換える・・・といった不適切な行為」
が行われていました(本件得点調整)。
本件得点調整に関与したことなどを理由に教職員退職金を不支給とされた原告が、その支払等を求める訴えを提起したのが本件です。
このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、教職員退職金の請求を認めました。
(裁判所の判断)
「被告は、退職金規程7条が類推適用され、原告の教職員退職金の支給を拒むことができる旨主張する。」
「被告における教職員退職金は、本俸に勤続年数に応じた支給率を乗じて算出され、退職事由により支給率の差異が設けられ、勤続年数に応じて支給率が上昇するものである・・・ことからすれば、賃金の後払的性格と功労報酬的性格を有するものといえる。」
「このように被告における教職員退職金が賃金の後払的性格を有することからすれば、仮に、懲戒に類する事由があり退職した教育職員に退職金規程7条を類推適用する余地があるとしても、その退職金を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があることが必要であると解される。また、同条で『学校法人東京医科大学職員任免規程又はその他懲戒に類する事由により解雇された職員には原則として退職金を支給しない』と定めていることからすれば、同条が類推適用される余地があるとしてもそれは職員任免規程が適用され、解雇の対象となる教育職員の行為に限られると解するのが相当である。」
「しかるに、前提事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は18年間被告に教育職員として勤務し、その間被告の病院の副院長を務めるなどしており、教育職員としての非違行為はなかったこと、教職員退職金は、退職金規程に基づけば平成27年4月末までには支払われていたはずのものであること、教育職員兼学長時に原告が行った本件得点調整は理事である学長の職務に関して行われたものであることが認められる。」
「上記のような教職員退職金の性格に加え、原告が18年間被告の教育職員として勤務し、かつその間に重要な役職を務め、教育職員としての非違行為はなかったこと、本件得点調整は学長の職務に関して行われたものであることからすれば、原告による本件得点調整が公正な入試を阻害し不適切な行為であることは間違いないものの、それが教育職員としての18年もの長期にわたる勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為であるとは認められない。」
「そうすると、退職金規程7条を類推適用して教職員退職金請求を拒むことはできない。」
※ 退職金規程7条
「学校法人東京医科大学職員任免規程又はその他懲戒に類する事由により解雇された職員には原則として退職金を支給しない。ただし,事情により2条により算出した額を減額して支給することができる。」
3.理事である学長の職務に関することだから・・・
本件で特徴的なのは、本件得点調整は理事である学長の職務に関することだからとの理由で、教育職員としての退職金の請求が認められたことです。
東京医科大学の得点調整・得点操作は、報道されたうえ、受験生らから集団訴訟を提起されるなど、学校法人は甚大なダメージを受けました。裁判所でも、次のような事実が認定されています。
「第三者委員会による調査結果を受けて、被告は再発防止策を策定するとともに、当時の受験生に対する追加合否判定や補償対応などが必要となった。被告に対し、消費者の財産的被害等の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律に基づく共通義務確認訴訟や当時の受験生を原告とする訴訟等が提起され、前者については約560人の受験生に対し約6760万円を支払う内容で和解した」
このダメージの大きさをどう見るのかが本件のポイントだったのですが、教職員退職金が労働者時代の功労報償的な性格を有していたことから、裁判所は、
「理事である学長の職務に関して行われたものである」
との論理のもと、請求を認める判断をしました。
退職金請求を行うにあたっては、退職金の法的性質を分析するほか、何時の時代の、どのような職務に関連する不正行為なのかまで分析する必要があります。内容によっては、かなり規模の大きな不正行為であったとしても、退職金請求の余地がありそうです。