弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ポイント制退職金は余程のことがない限り全額不支給にはならない?

1.退職金不支給

 懲戒解雇された場合など、一定の場合に退職金を不支給とすることを定めている会社は少なくありません。

 ただ、「退職金を不支給は又は減額支給とすることができるのは、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると解するのが一般的」です(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕589頁参照)。

 また、「ポイント制退職金(資格等級や勤続年数等の要素をポイント化し、一定期間ごとに従業員にポイントを付与したうえ、累積したポイントに単価を乗じて退職金額を算定する方式)・・・など、功労報償的要素が希薄で、賃金の後払い的性格が濃厚といえる・・・退職金については、賃金全額払の原則に鑑み、退職金不支給・減額条項の合理性は容易に認められないとする見解」もあります(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』590頁参照)。

 近時公刊された判例集にも、ポイント制退職金の全額不支給のハードルの高さがうかがわれる裁判例が掲載されていました。東京地判令3.6.2労働判例ジャーナル117-58 エイブル保証事件です。

2.エイブル保証事件

 本件で被告になったのは、不動産の賃貸借及び売買、交換のあっせん等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告のC視支店施設管理課の責任者であった方です。施設管理課ではC視点の建物管理業務及び原状回復業務などを取り扱っており、原告の方は、職務上、建物管理、原状回復工事及び修繕工事の新規発注先を設定するために必要な申請を行ったり、既存の発注先から新規発注先に業務の発注を変更したりする権限を有していました。

 原告の方は、

「自らが懇意にする外国人女性ホステスの就労ビザ更新のために、ダイナモ(被告から建物管理業務等を受注していた業者 括弧内筆者)に対し、職務を利用して、在職証明書の偽造を依頼して、作成させた(以下『処分事由〔1〕』という。)」

「ダイナモに対し、職務を利用して、9回にわたりクラブへの同行を要望し、費用をダイナモに支払わせるなどした(以下『処分事由〔2〕』という。)」

として諭旨退職処分を受け、自ら退職届を提出し、被告を退職しました。

 その後、退職金の不支給要件に該当するとして、退職金を受給できなかったことを受け、不支給処分の当否を争い、退職金の支払いを求めて被告を提訴しました。

 被告の就業規則上、退職金は「勤続年数に応じて付与されるポイント、勤続年数、退職事由別係数、ポイント単価に応じて計算される」と定められており、不支給処分がなければ、原告には、

3万1100ポイント×100%(会社都合退職)×ポイント単価(3000円)

=330万円

の退職金が支給されるはずでした。

 こうした退職金制度を前提に、裁判所は、次のとおり述べて、5割を超えて不支給とすることは無効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「退職金には、賃金の後払い的性格があり、労働者の退職後の生活を保障する役割を果たすものであるから、労働者に対し、退職金を不支給とするためには、単に退職金不支給条項に該当する事実が存するのみでは足りず、労働者にそれまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があったことを要するというべきである。本件退職金規程は、勤続年数に応じたポイントに応じて、退職金を支払うこととしており、勤続年数が15年以上20年未満の場合には、自己都合退職であっても、会社都合退職の場合の90パーセントが支給されることとされているなど、賃金の後払い的性格も強いものといえるから、本件退職金規程第3条及び第6条についても、上記のような趣旨を定める限りで有効な支給条件及び不支給事由を定める条項と解されるものというべきである。 

「これを本件についてみるに、原告の行為のうち処分事由〔1〕にかかる行為は、上記のとおり、会社の社会的評価を毀損しかねないものであって、その情状は悪い。また、原告には、処分事由〔2〕も認められ、被告の業務内容及び被告における原告の地位等に照らすと、労働者のそれまでの勤続の功を一定程度減殺する悪質性があることは否定できない。他方、処分事由〔1〕にかかる行為について、作成された内容虚偽の在留資格証明書は実際に提出されることはなかったこと、処分事由〔2〕は半年間にわたり約55万円の飲食費の饗応を受けたという内容であり、その期間は、比較的短期間であり、その金額が非常に高額のものであるとまではいえないことを考慮すると、労働者のそれまでの勤続の功を全て抹消するほどの著しい背信行為があったとまではいうことはできない。」

「そうすると、本件退職金規程第3条及び第6条は、原告の退職金の5割を超えて不支給とする点で、一部無効であると解すべきであり、原告は、原告に支給されるべきであった退職金330万円の5割である165万円については、退職金請求権を失わない。

3.処分理由〔1〕、処分理由〔2)のいずれも危ない事由だが・・・

 個人的な感覚でいうと、処分理由〔1〕、処分理由〔2〕はかなり重大な非違行為であり、懲戒解雇や退職金全額不支給処分がなされても不思議ではなかったように思われます。

 しかし、裁判所はポイント制の賃金の後払い的性格の強さを指摘したうえ、半額不支給のみ認めました。

 本件の事案で5割の退職金請求が認められるのであれば、ポイント制の退職金制度のもとで全額不支給が許容される場面は、かなり限定されてくるのではないかと思われます。退職金全額不支給処分に違和感を持っている方は、改めて退職金請求の可否を検討してみても良いかも知れません。