弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

法科大学院の廃止に伴い実務家教員を整理解雇するために求められる解雇回避努力-法学部から科目確保を断られたら仕方ないとされた例

1.専門職大学院の実務家教員の整理解雇と解雇回避努力

 専門職大学院で行われている教育内容は、学部教育の延長線上にあることも少なくありません。例えば、法科大学院での教育内容は、法学部での教育内容をより高度に発展させた形になっています。

 そうであるとするならば、実務家教員を整理解雇するにあたっては、解雇回避努力として、学部での受け入れの可否が模索されるべきだとはいえないのでしょうか?

 昨日ご紹介した、福岡地判令6.1.19労働判例ジャーナル145-1 学校法人西南学院事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.学校法人西南学院事件

 本件で被告になったのは、西南学院大学を設置する学校法人です。西南学院大学には、法学部と大学院法務研究科(法科大学院)が設置されていました。

 原告になったのは、被告との間で無期労働契約を締結し、被告の法科大学院で就労していた弁護士です。元々は有期労働契約を締結・更新していましたが、無期転換権の行使により、労働契約が無期化したという経過が辿られています。

 法科大学院の廃止に伴い解雇されたことを受け、その無効を主張し、労働契約上の地位の確認等を求めて出訴したのが本件です。

 この事件の原告は、

「被告は、原告の解雇を回避するために十分な努力を尽くしていない。」

「被告の財務状況等に照らし、法科大学院に配置されていた教員のうち唯一労働契約が存続している原告一人の雇用維持がそれほど困難であるとは考え難い。また、被告は、遅くとも平成30年6月21日には法科大学院の廃止を決定し、令和4年3月31日までに原告との通算契約期間が10年に達することを認識していたのであるから、無期転換申込みに備えて原告の雇用維持の方策を検討しておく時間的余裕もあった。それにもかかわらず、被告は、単に原告からの提案(原告が担当すべき要件事実に関する科目の開講)について法学部に検討を求めたにすぎず、その提案を断られるや漫然と原告の雇用維持が困難であると判断し、それ以外の方策の検討を尽くさなかった。」

と主張し、解雇回避努力が不十分であると主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。結論としても、整理解雇は有効だと判示しています。

(裁判所の判断)

「原告は、被告は法学部に対して原告の担当し得る授業科目の確保を形式的に依頼し、それを法学部から断られるや原告の雇用維持を断念しており、被告の財務状況等に照らしても解雇回避努力の履践が不十分であった旨主張する。」

「しかし、原告は、弁護士としての職務経験を活かし法科大学院における法律実務教育に従事することを期待され雇用された法科大学院の実務家教員であったこと・・・、原告が法科大学院廃止後も法律実務の教育に従事したいという意向を有していたこと・・・に照らすと、被告が法科大学院と関連の深い法学部に対して原告の担当し得る授業科目の確保を依頼することは自然かつ合理的であったといえる。また、一般に、大学におけるカリキュラム編成や教員の担当する授業科目の割当て等が各学部の自治に委ねられ、各学部に広範な裁量が与えられている場合が多数であることに照らすと,原告の上記意向を踏まえて法学部の刑事系科目、要件事実教育を含む民事系科目など幅広く担当し得る授業科目を検討した上で、法学部の専任教員の存在や、法学部で提供すべきカリキュラムに沿わないという理由を示して被告の依頼を断った法学部の回答・・・に反して原告の上記意向を実現することは現実的に困難であったと考えられる(なお、法科大学院が廃止された以上、原告が実務家教員としての能力を発揮できる場は被告の法学部しか存在しなかったと考えられる一方、同学部以外における雇用維持の方策が存在したとは窺われない。)。そうすると、被告の全体的な財務状況が実務家教員一人の雇用を継続することによって急激に悪化するような状態になかったことを踏まえても、被告による解雇回避努力の履践が不十分であったとまでは評価し得ない。よって、原告の上記主張を採用することはできない。

3.大学としての特性が出た事案

 整理解雇における解雇回避努力については、

「新規採用の停止、役員報酬のカット、賞与減額・停止、残業規制、人件費以外の経費(広告費、交通費、交際費等)削減、非正規従業員の雇止め、余剰人員の配転・出向・転籍、一時帰休、ワークシェアリング、希望退職者募集等の考えられるすべての解雇回避措置を一律に要求するのではなく、当該企業の規模・業種、人員構成、労使関係の状況に照らして実現可能な措置かどうかを検討したうえで、その実現可能な措置が尽くされているかを検討する傾向にある。企業規模・業種等によっては、これらの措置をすべて行うと企業の存続自体が困難となる場合があるからであろう。」

と理解されています(佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、改訂版、令3〕398頁参照)。

 配転は解雇回避措置の典型ですし、大学や専門職大学院を設置する規模の法人(学校法人・国立大学法人)であれば、科目を一つ増設することに伴う物理的な制約は左程でもないはずです。

 しかし、「学部の自治」という大学の持つ企業特性を理由に、

聞くだけ聞いて断られたら仕方ない、

という、かなり緩やかな判断を示しました。

 この判断は大学ならではのもので、実務家教員に限らず、部門閉鎖に伴う大学教員の整理解雇の可否を考えるにあたり参考になります。