弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

暴行・脅迫がなければ性的同意があったものとみなされるという俗説が誤りであることを示す一例

1.セクシュアルハラスメントを受けた女性弁護士の自死事件

 このブログでは、以前から、セクシュアルハラスメントを受けた女性弁護士が自死した事件を紹介させて頂いています。この事件は様々な法律上の論点を含んでおり、裁判所によって意義のある判断が示されています。

セクシュアルハラスメントを受けた女性弁護士の自死事件-遺書と伝聞供述による被害事実の認定 - 弁護士 師子角允彬のブログ

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セクシュアルハラスメントを受けた女性の自死が通常損害であるとされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

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 近時公刊された判例集に、遺族が提起した民事訴訟(損害賠償請求訴訟)に対する控訴審判決が掲載されていました。福岡高判令6.1.25労働判例ジャーナル148-50 弁護士法人清源法律事務所事件です。

 セクシュアルハラスメントと性的同意については、控訴審判決でも意義のある判断が示されています。

2.弁護士法人清源法律事務所事件

 本件で被告になったのは、

主たる事務所を大分県中津市に置く弁護士法人と、

被告事務所の代表社員弁護士であった元弁護士A(昭和29年生の男性、妻帯者)

です。

 原告になったのは、昭和61年生まれの女性であるCの両親D、Eです。

 Cは平成25年3月に法科大学院を卒業し、同年9月に司法試験に合格した弁護士です。平成26年12月に司法修習を終了し、弁護士登録を行い、同月19日から平成30年8月27日に縊死するまで、被告事務所において勤務していました。

 本件の原告らは、Cが自死したのはAから意に反する性的行為等を受けたからであるとして、弁護士法人とAに対し損害賠償を求める訴えを提起しました。

 一審が原告の請求を大筋において認めたため、弁護士法人、A側が控訴したのが本件です。

 二審である福岡高裁も控訴を棄却して一審判決を維持しましたが、その中で、性的同意について、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「控訴人らが種々主張する点を踏まえても、本件において、本件各不法行為と本件自死との間に相当因果関係が認められることは、補正後の原判決認定説示のとおりである。この点に関する控訴人らの主張は採用できない。この点に関して、控訴人らは、本件各不法行為と本件自死との相当因果関係が欠ける理由として、控訴人AがCに性交渉及び性的行為に及ぶ際、暴力、脅迫を加えたり、その意思を抑圧したりしていない旨の指摘をする。しかし、控訴人Aが、控訴人清源法律事務所内における職務上の優位性を背景に、Cにおいて心理的に使用者である控訴人Aの要求を拒絶することが困難な状況にあることに乗じ、またそのようになる具体的な場所において、その意に反して性行為及び性的行為に及んだことにより、Cが本件自死に至ったものであることは、補正後の原判決の認定説示のとおりである。控訴人らの上記指摘は、控訴人A本人においても、控訴人清源法律事務所においても、本件各不法行為が上記のような状況の下でされたものであることを何ら顧みることなく、暴力、脅迫を加えるなどすることなく行われたものであるから同意があったものにほかならないなどという極めて短絡的な認識を今なお有していることを示すものであるところ、端的に、性的被害を受けた者の心情を正解していないことが明らかである。控訴人らの上記主張を踏まえても、前記判断は覆らない。

「なお、控訴人清源法律事務所は、当審における口頭弁論の終結後に、事務所宛て遺書の解釈に関する池見陽作成の意見書・・・を踏まえ、事務所宛て遺書は本件自死の原因が業務処理遅滞にあることを示すものである旨の準備書面等を提出するも、従前の主張の域を出るものではないし、補正後の原判決の認定説示に照らし、その前提とする事実関係を欠くか、これを正解しないものであって、前記判断を何ら覆すものではなく、弁論再開の必要性を見いだせない。」

3.暴行、脅迫がなければ同意があるとのロジックは通らない

 時々、ネット上で「暴行や脅迫がなければ事件として取り上げてくれない」といった誤った認識を目にすることがあります。

 しかし、判決文からも分かるとおり、今の裁判所が、そうした短絡的な判断をすることはありません。この判決文だけではなく、職務経験に根差した私自身の実務感覚としても、そう思います。

 性的同意の有無を決するのは、暴行脅迫の有無ではなく状況です。暴行や脅迫がなかったから、あるいは抵抗をしなかったからといって、セクシュアルハラスメント・不法行為の成立が阻まれることはありません。暴行や脅迫がなければ司法的な救済が受けられないというのは誤った俗説です。

 暴行や脅迫を受けたわけではなくても、司法的救済の道は決して閉ざされていないことは、広く社会に周知されるべきだと思います。