弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

非典型的な処分事由の処分量定-内容虚偽の領収書等を作成して市の県・国に対する補助金の返還を免れさせた場合

1.非典型的な処分事由

 公務員の懲戒処分の処分量定には、なにをやったらどうなるのかについて、ある程度の相場観があります。

「懲戒処分の指針について(平成12年3月31日職職-68)(人事院事務総長発)」

という文書が、典型的な非違行為と、それに対応する標準的な懲戒処分を定めているからです。

懲戒処分の指針について

 これは国家公務員に対する懲戒処分の指針ですが、多くの自治体でも、これに準じた懲戒処分の指針が設けられています。

 しかし、ここに書かれているのは、飽くまでも典型的な非違行為だけです。非典型的な非違行為でどうなるのかは、この文書を参照したところで分からないので、公刊物に掲載される裁判例を追って、一つ一つ確認して行くしかありません。

 近時公刊された判例集に、こうした非典型的な処分事由の扱いが問題になった裁判例が掲載されていました。大分地裁令6.4.12労働判例ジャーナル149-54 中津市事件です。

2.中津市事件

 本件で被告になったのは、中津市です。

 原告になったのは、中津市の職員として働き、定年退職した方です。在職していた時に、内容虚偽の領収書等を作成し、被告をして県や国への補助金の返還を免れさせたことを理由として、退職手当全額の返納命令を受けました(本件返納命令)。これに対し、原告の方は、本件返納命令の取消を求めて出訴しました。

 本件では原告のしたことが懲戒免職等の処分を受けるべき行為(本件返納命令の原因)に該当するのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告の行為を「懲戒免職等処分を受けるべき行為」に該当すると認定しました。なお、結論としても、原告の請求を棄却し、逆に、被告から提起された本件返納命令に基づく金銭請求を認容しています。

(裁判所の判断)

「被告は、主位的に、本件非違行為が、本件指針第4標準例3(8)『詐欺』に該当する旨を主張する。」

「この点、『詐欺』は、人を欺いて財物を交付させたというものであり、同種の標準例3の公務外非行関係の例に照らすと、いずれも刑法犯としてのものを想定していると解されるところ、本件非違行為は、被告の主張を前提にしても、偽造した領収書等を作成して真実に反する実績報告を行い、もって、放課後教室やスポーツクラブをして、補助金の返還を不正に免れさせたというものであり、人を欺いて財物を交付させた、ないし、財産上不法の利益を得たとは直ちには評価し難いものであるから、本件指針第4標準例3(8)の『詐欺』に該当しないものといわざるを得ない。」

「他方、前記・・・のとおり本件非違行為は、原告が実体に反するものであることを知りながら、実施日を偽る方法、講師を偽る方法、教室を偽る方法、すなわち、実施されていない教室等が実施されたかのように偽って内容虚偽の領収書を作成する手法で、多数回にわたり、放課後教室や地域スポーツクラブをして補助金の返還を免れさせたというものであり、故意に偽造的手法で不適正な会計処理を行ったものと評価できるものである。」

「補助金の流用は、地方自治法第220条第2項、中津市予算規則第17条により、予算の執行上必要がある場合に限るほか、原則としてできず、これを必要とするときは、決裁を得なければならないとされているが、原告が本件非違行為として行っているのは、このような補助金の流用ではなく、当初予定された事業とは異なる事業に対し、所定の手続を経ないで流用し得ない経費を充てるものであって、違法なものといわざるを得ないものである。」

「本件非違行為は、平成23年から平成27年の間に、故意に正確でない費用の支出の報告を行い、被告をして助成金の返還を免れさせたものであるところ、これは約4年間という長期にわたって本来厳格に管理されるべき公金を不透明に流出させるとともに、被告がこれに係る補助金の返還を命じられることになった場合には公金の流出による損失を被告に負わせる結果を招くものである。このような行為が許容されることになれば、納税者全体の損失を招来するばかりか、公金の管理の主体である国又は公共団体及びこれらの職員への住民の信頼を著しく毀損するといえ、強い非難にさらされるべきものとして許容されざるものと指摘するほかない。」

「しかも、本件については、報道がなされており地域住民へ少なくない公務に対する不信感を現実に生じさせたと容易に推認されること、本件の発覚は地域住民からの支払調書に関する問合せがきっかけとなっていること、本件非違行為が地域住民の名義を勝手に使用し領収書を発行したという態様に係るものであること、税金を原資とする補助金の不正な使用に関するものであることを踏まえると、地域住民からの租税徴収に支障を現に生じさせたといえる。また、被告は、本件非違行為の調査のため、長期間にわたり、人員を投じることを余儀なくされたものであった。これらを踏まえれば、本件非違行為は被告の公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであったと評価されても致し方ない(なお、前記・・・によれば、原告は608万5898円分に係る領収書について故意に不適正な事務処理を行っているところ、このうち支出された金員の一部は、上記金額のうちの約21%程度(122万4000円+5万5160円/608万5898円)とはいえ、講師としての関与の実体や交通費の支出がないにもかかわらず原告自身及び原告の親族に支出されており、このような態様による支出は、恣に私的な利益を得るために行ったものと評価されても致し方なく、原告が私人として公務外に行った行為ではあるものの、被告の補助事業の事務局である本耶馬渓教育センターの生涯学習課に所属しながら行ったものであることも踏まえると、地域住民及び社会一般からの市職員に対する信用を大きく損なうものであるといえ、その一事のみを取上げても非難の程度は相当に強いといわざるを得ない。)。」

「原告は、本件非違行為に関し、使途については私的に流用していない、上司から指示されたなどと主張している。もっとも、前記の認定によれば、使途に関し、一部には、自ら又はその親族が利益を得る形で支出されたものが存すること、上司から指示がある旨を述べるものの・・・、その指示をめぐる経緯については、必ずしも具体的とはいい難く、かつ、一貫しないものがあるといわざるを得ず、その主張は直ちには採用し難い(後記・・・に詳細を述べる。)。」

「そうすると、原告の補助金の目的外使用は、故意に内容虚偽の領収書等を作成するという極めて悪質な態様でされたものであることに加え、前記の使途に関する状況や上司からの指示に基づくとの主張が採用し難いものであることに鑑みれば、その動機には酌むべきものはないといわざるを得ない。」

「そして、本件非違行為は、本務外の私人としての立場に基づくものであった・・・とはいえ、被告の職員としての立場を利用したものと評価せざるを得ない。

「本件行為の発覚後、被告は受給済みの補助金の一部返還を余儀なくされるなど・・・、市政に及ぼす影響は甚大なものがあったといわざるを得ない。」

「したがって、本件行為は、市職員の職の信用を傷つける職全体の不名誉となる信用失墜行為(地方公務員法29条1項1号、33条)といえ、また全体の奉仕者たるにふさわしくない非行(同法29条1項)に当たるものといえ、本件指針の第4標準例1(18)の法令等違反、不適正な事務処理等、すなわち、職務の遂行に関して法令等に違反し、又は不適正な事務処理等を行うことにより、公務の運営に重大な支障を与えたものに照らして、免職等の処分の対象となるものであった。

「以上を踏まえれば、原告は、在職中に、『懲戒免職等処分を受けるべき行為』を行ったと認められる。」

3.職務に関する法令等違反、不適正な事務処理等に準拠して扱われた

 結局、標準例にない非典型的行為の評価も、標準例を類推して考えられることになります。本件は私人として行われたことで、「職務の遂行に関して」行われたことではありませんでしたが、裁判所は「職務の遂行に関して」法令等に違反し、又は不適正な事務処理等を行った場合に準じるものとしての評価を行いました。

 非典型的な処分事由は、非典型的であるたゆえ、それほど多くあるわけではありませんが、こうした行為に対する裁判所の考え方を知るにあたり、実務上参考になります。