弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

30歳以上年上の勤務先法律事務所の代表者と事務所で自ら望んで性交をすることは通常考え難い-恋愛関係という弁解が排斥された例

1.セクシュアルハラスメントで頻発する弁解-恋愛関係

 セクシュアルハラスメントの被害者を代理して加害者を訴えると、しばしば「恋愛関係にあった」という反論がなされます。

 セクシュアルハラスメントの被害者は、職場の人間関係を悪化させたくないなどの理由から、内心では著しい不快感や嫌悪感を抱きながらも、加害者への抗議や抵抗を差し控え、好意的・迎合的な言動をとることがあります(最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件参照)。こうした好意的・迎合的な言動を捉え、「恋愛関係にあった」というのは、典型的な防御方法と言っても良いかも知れません。

 しかし、L館事件の最高裁判決以降の裁判所は、こうした好意的・迎合的な言動を左程重視しない傾向にあります。例えば、宮崎地判令5.3.22労働判例ジャーナル136-22 慰謝料等請求事件は、

「被告に雇用されている原告が、被告との間に波風を立てないようにしようとの思いから、飲食の誘いに表面的には好意的な返答をすることは十分にあり得ることである上、客室に被告と二人きりの状況の下、不意に身体的接触ないしその了承を求められた際、恐怖心や更なる危険を回避したいといった防衛本能から、これを明確に拒絶することができなかったとしても致し方ないことであって、仮に原告がうなずいたことがあったとしても真の同意があったと認めることはできない。」

などと判示し、性的同意の成立を否定しています。

食事を受け入れられても、抱きしめて良いかと尋ねてうなずかれても、真の性的同意があったとは認められないとされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 近時公刊された判例集にも、恋愛関係にあったという弁解が排斥された裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、大分地判令5.4.21労働判例ジャーナル141-32 弁護士法人S法律事務所事件です。

2.弁護士法人S法律事務所事件

 本件で被告になったのは、

主たる事務所を大分県中津市に置く弁護士法人(被告事務所)と、

被告事務所の代表社員弁護士であった元弁護士(被告P4 昭和29年生の男性、妻帯者)

です。

 原告になったのは、昭和61年生まれの女性であるP3の両親です(原告P1、原告P2)。

 P3は平成25年3月に法科大学院を卒業し、同年9月に司法試験に合格した弁護士です。平成26年12月に司法修習を終了し、弁護士登録を行い、同月19日から平成30年8月27日に縊死するまで、被告事務所において勤務していました。

 本件の原告らは、P3が自死したのは被告P4から意に反する性的行為等を受けたからであるとして、被告事務所と被告P4に対し損害賠償を求める訴えを提起しました。

 被告P4はP3と性行為をしたことを認めたうえ、恋愛関係にあったなどと反論しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告P4の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「被告P4の主張によれば、P3と被告P4が性交をしたのは平成27年6月10日よりも前ということであるが、それまで性交をした経験がなく、被告事務所に入所して間もないP3が、性交をすることを許すほどに関係を深めたものとは認め難い時期に、30歳以上年長であり、かつ、被告事務所の代表者である被告P4と、勤務場所である法律事務所の2階(本件事務所上階)というおよそ性交をすることが想定されていない場所において、自ら望んで性交をするということ自体通常考え難いことであり、前記記載により一義的に認められる事実それ自体から、被告P4との性交がP3の意に反するものであることが一定程度うかがわれるものである。

(中略)

「被告P4はP3との性的な関係が恋愛関係に基づくものであると主張する。」

「しかしながら、被告P4は、恋愛関係の具体的内容につき、高級な食べ物を買ってあげたこと、食事に連れていったこと、叱ったことがなく、えこひいきをしたことをいうのみであり(被告P4本人)、これらをもって、双方の恋慕の情に基づく交際関係があったとはいい難い。また、被告P4は、処女を喪失したP3に対し、喪失した相手が『元彼』であると言わせるなどしているところ、その言動はP3の心情を蹂躙するものというほかなく、そこには恋愛相手として相手を慮る姿勢は微塵もうかがわれない(このことは、P3自身、事務所宛て遺書の中で、そのようなやり取りに疑問を呈していることからも明らかである。)。その上、被告P4がP10(女性事務員 P4から胸を触られるなどしていた 括弧内筆者)との間でも性的関係を有していたこと、さらには、本件自死当日の午後、P12に対し、P10から、『キスが上手ですね。』と言われたなどと伝えていたこと(被告P4本人)も踏まえると、自らの性的な欲求を満たすためにP3との関係に及んだと評価されても致し方ないものがあるといわざるを得ず、恋愛関係に基づく性的関係であったと認める余地などない。」

(中略)

「P3は被告事務所に皆勤していたが・・・、セクシュアルハラスメントの被害を受けた者は、勤務を継続したいとか、セクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいなどの心理からやむを得ず行為者に迎合するような行為をすることがあるとされていること(以下「本件経験則」という。甲16(「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(厚生労働省労働基準局長平成23年12月26日基発1226第1号)))に加え、事を荒立てるより自分が我慢することを選ぶP3の性格・・・を踏まえると、P3が被告事務所に勤務を続けたことをもって、本件各不法行為の認定を左右しない。また、本件事務所でP3が笑顔を見せることがあったとしても、本件経験則及び前記のようなP3の性格も踏まえると、そのことをもって、本件各不法行為の認定を左右するものではない。」

3.恋慕の情に基づく交際関係がなければ無理がある

 一般の方には個別案件に係る事例判断のようにも思われるかも知れませんが、勤務先のトップ(妻帯者)が、入職者に高価な食事を奢ったり、依怙贔屓をしたりしながら、済し崩し的に職場で性交渉に及ぶというのは、割と良くある話です。セクシュアルハラスメントの典型の一つと評しても、過言ではないように思います。

 ネット上では、迎合して恰も好意があるかのような言動をとってしまっていたら、セクハラ被害を訴えようにもどうにもならないという言説を見ることがありますが、それは事実に反しています。少なくとも、L館事件の最高裁判決以降の下級審裁判例の傾向を踏まえた議論ではありません。

 「恋愛関係はあり得ないだろ」という状況が揃っていれば、意に反する性交渉を強要されたとして損害賠償請求が認められる可能性は十分にあります。迎合的、好意的な言動をとってしまったけれども、きちんと事件にしたいという思いをお抱えの方は、法律マニアの怪しげな言説に惑わされることなく、一度、労働問題に詳しい弁護士に相談してみると良いと思います。もちろん、当事務所でも相談はお受け付けしています。