弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

自殺の予見可能性-加重な業務に従事する状態についての予見可能性で足りるとされた例

1.自殺の予見可能性

 不法行為であれ債務不履行であれ、損害賠償を請求するためには、故意や過失、因果関係といった要素が必要になります。

 ここでいう「過失」とは結果予見義務を前提としたうえでの結果回避義務違反をいいます。また、相当因果関係とは、当該行為から当該結果が生じることが社会通念上相当だといえる関係にあることをいいます。社会通念上の相当性の有無を判断するにあたっては、当該行為から当該結果が生じることを予見できたのかどうかが問われることになります。

 このように、予見可能性は、損害賠償責任の有無を判断するにあたり、重要な意味を持っています。

 それでは、被害者が自殺してしまった場合、その責任を加害者に問うためには、どのような内容に予見可能性があればよいのでしょうか?

 自殺事案では、

強い心理的負荷のもとになる出来事 ⇒ 精神障害の発症 ⇒ 自殺

という経過がたどられるのが一般です。

 加害者に責任を問うにあたり、被害者の遺族は、

自殺そのものが予見可能であることを立証しなければならないのか、

それとも、

強い心理的負荷を生じさせる出来事を認識していたことさえ立証できれば足りるのでしょうか?

 以前、後者の見解を採用した裁判例を二件紹介したことがあります。

高知地判令2.2.28労働判例ジャーナル98-10 池一菜果園事件

新潟地判令4.3.25労働判例ジャーナル127-30 新潟市事件

自殺の予見可能性-問責にどこまでの認識が必要なのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

自殺の予見可能性-どこまでの認識が必要か? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 近時公刊された判例集にも、予見可能性の対象を、自殺の結果ではなく、

心身の健康を損ねるような過重な業務に従事する状態

と判示した裁判例が掲載されていました。富山地判令5.11.29丸福石油産業事件です。

2.丸福石油産業事件

 本件で被告になったのは、

石油製品の販売業等を業とする株式会社(被告会社)、

被告会社の代表取締役(被告f)

の2名です。

 原告になったのは、

被告会社に雇用され、SS(サービスステーション)部の課長g

の遺族4名です(原告a、原告d、原告b、原告c)。

 gが自殺したのは、被告会社において過重な業務を強いられ、精神障害を発症したからであるとして、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の被告らは、

「予見可能性が認められるには、過重な労働そのものについての認識だけでは足りず、業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積することで何らかの精神障害を発病することについての具体的・客観的な予見可能性が必要である。」

「オイルの販売や車検契約の獲得はノルマではなく、gは時間外労働や休日労働をしてまで当該目標を達成しなければならない状況になかった。gは、目標達成が困難であることについて被告fやhに相談しなかった。また、gは、平成22年11月から通院して神経症や不眠症と診断され投薬を受けていたことや、令和元年10月2日にうつ病と診断されたこと等を被告らに伝えなかった。そして、gは自殺する前日まで普段どおり勤務していた。」

「以上によれば、自殺直前に長時間労働があったとしても、被告らはgがうつ病を発病し自殺するほど健康状態が悪化していたことを容易に認識し得ず、予見可能性はなかった。」

などと主張して予見可能性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告らの予見可能性を認めました。

(裁判所の判断)

「被告らは、注意義務の前提としての予見可能性について、過重な労働についての認識だけでは足りず、精神障害を発病することについての具体的な予見可能性が必要である旨及び当時の状況からすればgがうつ病を発病し自殺するほど健康状態が悪化していたことは容易に認識し得なかった旨を主張する。」

「この点、労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知のところであり、うつ病への罹患やこれを契機とする自殺はその一態様であるから、使用者や代理監督者の注意義務違反の前提となる予見可能性の対象も、労働者による精神障害の発病や自死といった結果ではなく、そのような結果を生じさせる危険な状態の発生、すなわち当該労働者が、その心身の健康を損ねるような過重な業務に従事する状態であるというべきである。

「そして、被告らは、前記・・・のようなgの稼働状況や連続勤務日数及び時間外労働時間数等の就業実態を認識していたことが認められる・・・。また、被告fは、gが統括するi店の売上目標や、令和元年7月及び同年8月はオイルの販売量が1か月1000リットルに達せず、同年9月に同様の事態が生じるとi店において初めてオイルの販売目標が不達成となる事態にgが直面していたことなどを認識していた・・・。以上によれば、被告らについては、gが心身の健康を損ねるような過重な業務に従事していたことについて予見可能性があったというべきである。仮に被告らがgの具体的な健康状態の悪化を現に認識していなかったとしても、予見可能性がなかったとはいえないから、被告らは前記・・・の注意義務を負うことは明らかである。」

3.近時の裁判例の流れは固まってきたのではないか

 当たり前のことですが、自殺すると予見できるような状態で何の対策もとらないような企業は、ないとは言えないまでも極めて限定的です。

 自殺事案は、周囲の人が「まさか自殺するとは」と思うような事情のもとで発生するのが普通です。

 そのため、予見可能性の対象が、

精神障害の発病や自殺そのものなのか、

精神障害の発病や自殺に繋がる過重な業務に従事している状態で足りるのか、

は遺族が救済を受けられるのかどうかに大きく影響します。

 裁判例の流れは後者にあるように思います。本裁判例もまた、後者の見解に一例を加えたものであり、自殺に関連する事件を扱うにあたり、実務上参考になります。