弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

時給制・シフト制労働者のバックペイ-使用者からの指示がなくても1日8時間・1月15日の労務提供が認められるとされた例

1.時給制・シフト制労働者のバックペイの金額をどう考えるか

 「労働契約の締結時点では労働日や労働時間を定めず、一定期間ごとに作成される勤務表や勤務シフトなどにおいて初めて具体的な労働日や労働時間が確定する形態」を「シフト制」といいます(以上、第二東京弁護士会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕65頁参照)。

 シフト制の労働者の賃金は、大抵の場合、時給制が採用されていますが、所定労働日数や所定労働時間が具体的に確定していないため、バックペイの計算が必ずしも容易ではありません。

 バックペイとは、違法・無効な解雇が行われた場合に、判決が確定した時から違法・無効な解雇が行われた時に遡って支払を命じられる賃金のことです。月給制の場合、月々のバックペイが幾らになるのかは明確なのですが、時給制・シフト制の場合、ある月に何時間働くことになるのかが事前に明確になっていないため、

判決確定まで毎月金〇円を支払え、

という請求がしにくいのです。

 しかし、近時公刊された判例集に、使用者からの具体的な指示はないものの、従前の労務提供状況に照らし、1日8時間、月15日の労務提供があったことを前提にバックペイの請求を認めた裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.11.16労働判例ジャーナル145-40 UT事件です。

2.UT事件

 本件で被告になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結した方です。時給1600円の時給制労働者であり、医師を乗せた車の運転業務に従事していました。その仕組みは、

被告から医師を乗せて出発する時刻と場所が指定される、

出発時刻の1時間前までに出発時刻に到着して待機する、

医師を降車させる、

出発時刻と降車時刻を被告に報告する、

といった形でした。

 被告から解雇されたことを受け、その無効を主張し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認や、バックペイの支払を求め、訴訟提起したのが本件です。

 裁判所は、解雇を無効だとしたうえ、次のとおり述べて、バックペイの認定を行いました。

(裁判所の判断)

「原告と被告代表者とのメッセージのやり取り・・・によれば、被告代表者から原告に対して日付及び時間帯の労務提供の可否を確認して、原告から対応可能である旨の回答がされた後に具体的な配車指示がされたことが認められる。以上に加え、本件労働契約は時給制であることを併せ考慮すると、本件労働契約は、原告の予定の確認を経た被告による配車指示を受けて初めて具体的な労務の提供義務が生じるものといえる。

「そして、被告が原告に対して解雇をした翌日である令和5年3月17日以降は被告による配車指示はないが、原告が労務を提供した令和4年12月1日から令和5年3月15日までの労務の提供状況(別紙1)によれば、上記解雇の翌日以降も、1か月当たり15日、1日当たり8時間の配車指示に基づく労務の提供があったものと認められる。

「そうすると、令和5年3月17日から同月31日までの未払賃金額は、1600円(時給)×8時間(1日当たりの労働時間)×15日(1か月当たりの労働日)×15日(請求期間)÷31日(1か月の日数)=9万2903円(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律3条1項により1円未満の端数につき四捨五入)となる。したがって、本件未払賃金請求1は、9万2903円及びこれに対する賃金支払期日の翌日である令和5年5月11日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。」

「上記・・・のとおり、原告は、被告に対し、上記解雇の翌日以降も、1か月当たり15日、1日当たり8時間の配車指示に基づく労務の提供があったものと認められる。そうすると、令和5年4月以降の1か月当たりの未払賃金額は、1600円(時給)×8時間(1日当たりの労働時間)×15日(1か月当たりの労働日)=19万2000円となり、今後も少なくとも同程度の賃金が発生する蓋然性があるというべきである。」

「したがって、本件未払賃金請求2は、令和5年6月(解雇の翌月の労務提供に対する賃金支払月)から本判決確定の日まで、毎月10日限り19万2000円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。」

3.適切な応訴活動が行われていなかった事案ではあるが・・・

 本件は、裁判所で、

「被告は、本件第1回口頭弁論期日において請求棄却の答弁をし、請求原因の認否及び反論は追って行うと主張するものの、その後の第2回口頭弁論期日及び第3回口頭弁論期日を欠席し、請求原因事実を争うことを明らかにしないが、その経緯に鑑み、請求原因事実全てを争ったものと認める。」

と認定されているとおり、必ずしも被告側で適切な応訴活動が行われていたとはいえない事案です。

 それでも、時給制・シフト制の労働者に対する解雇事案で、過去の就労実体を参考に、1日8時間・1月15日分に相当する労務提供があったはずだとしてバックペイが認められたことは、注目に値します。本件は、時給制・シフト制労働者がバックペイを請求するにあたり、実務上参考になります。