1.シフト制
「労働契約の締結時点では労働日や労働時間を定めず、一定期間ごとに作成される勤務表や勤務シフトなどにおいて初めて具体的な労働日や労働時間が確定する形態」を「シフト制」といいます。シフト制の労働者の方からは、しばしば、
想定よりもシフトに入れてもらえなかった、
途中からシフトが削減された、
といった相談が寄せられます(以上、第二東京弁護士会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕65頁参照)。
シフト制は当然にシフトの指定を求めることができるわけではありません。そのため、シフト制の労働者を職場から排除したい場合に、解雇するのではなく、シフトを入れないという対応をとる使用者は少なくありません。最低労働日数や最低労働時間の合意がない場合、シフトに入れさえしなければ、賃金を支払う必要がないからです。
そのため、事件としては、地位確認を争うよりも、黙示的な最低労働日数(最低時間数)の合意等を根拠として単純な賃金請求事件の形をとる例が多いように思います。
しかし、地位確認こそ請求の趣旨に掲げられていないものの、近時公刊された判例集に、シフト制の労働者に対して勤務させないと告げて取得された合意の効力が問題になった裁判例が掲載されていました。東京地判令5.9.12労働判例ジャーナル142-50 バンデホテルズ事件です。
2.バンデホテルズ事件
本件で被告になったのは、ホテルの経営・運営、飲食店の経営・運営等を業とする株式会社であり、ホテル(本件ホテル)やその内部に設置されているベーカリー(本件ベーカリー)を経営している株式会社です。
原告になったのは、被告との間で有期労働契約を交わし、本件ベーカリーと本件ホテルで働くため、二件の雇用契約を締結していた方です。
その内容は、次のとおりとされています。
(裁判所が認定した事実)
「原告は、令和3年1月11日、被告との間で、次の内容の雇用契約(以下『本件契約1』という。)を締結した。
雇用期間 同日から令和4年1月10日まで
就業場所 本件ベーカリー
業務内容 本件ベーカリーにおける販売業務及びそれに係る付随業務
所定労働時間 業務のシフトの状況により、始業終業(※原則として毎週4日以上を出勤日とし、週の労働時間が30時間を下回らない範囲で出勤日のシフトを定めるものとする。)
時給 1150円
賃金の締日 毎月10日
賃金の支払日 毎月25日」
「原告は、令和3年2月28日、上記・・・とは別に、被告との間で、次の内容の雇用契約(以下『本件契約2』といい、『本件契約1』と併せて『本件各契約』という。)を締結した。
雇用期間 同年3月1日から令和4年2月28日まで
就業場所 本件ホテル
業務内容 本件ホテルの運営業務及びそれに係る付随業務
所定労働時間 業務のシフトの状況により、始業終業
時給 1100円
賃金の締日 毎月10日
賃金の支払日 毎月25日」
本件は被告から解雇されたり退職合意を交わしたりした原告が、解雇無効、合意退職の錯誤取消などと主張し、未払賃金を請求した事件です。
本件では合意退職の錯誤取消の可否が争点の一つになりましたが、裁判所は、次のとおり述べて錯誤取消を認めました。
(裁判所の判断)
「被告代表者は、令和3年10月13日、原告と面談を行い、原告に対し、本件ベーカリーでは別の従業員が出勤することができるため、原告を本件ベーカリーで勤務させる必要はないこと、原告はシフト制での勤務であるから、本件ベーカリーの勤務から原告を外すことについて原告の同意は必要ない旨を述べた。その後、原告は、被告代表者に対し、本件ホテルでの夜勤について不安がある旨を述べたところ、被告代表者は、最初の夜勤業務の際には、夜勤業務が分かる従業員に一緒に入ってもらう旨応答した。さらに、原告は、本件ベーカリーのシフトに入れないのが一番のネックと考えている旨を述べたところ、被告代表者は本件ベーカリーで原告を勤務させることはできない旨を回答した。これを聞いた原告は、被告代表者に対し、本件ベーカリーでの勤務ができないのであれば、退職する旨を告げ、被告代表者もこれを了承した。」
(中略)
「前記認定事実・・・で認定した令和3年10月13日の面談の状況に照らせば、原告は、被告代表者からの説明を受け、今後本件ベーカリーでの勤務の余地はないと認識し、退職を決意し、これを被告代表者も承諾するにいたったことから、原告と被告との間で、同年11月10日限り原告が本件ベーカリー及び本件ホテルを退職する旨の合意が成立したものと認めることができる。」
「ところで、原告・被告間では、勤務場所を本件ベーカリーと本件ホテルと各別にする労働契約があえて締結されており、しかも本件ベーカリーに係る本件契約1では週ごとの勤務日数及び勤務時間数の定めがあることに照らすと、被告は、原告の同意なく本件ベーカリーの勤務をさせないとすることは本件契約1に違反するものとして、許されないものといわざるを得ない。それにもかかわらず、被告代表者はシフト制であることを理由に原告に本件ベーカリーでの勤務をさせないことができる旨を前提とした説明をし、原告は本件ベーカリーでの勤務ができないことを前提に退職に合意をしたものであるから、原告が退職の意思表示をするにつき動機の錯誤があるものと認められる。」
「また、原告は、物品の販売を通じて顧客と接することにやりがいを感じていたこと・・・を踏まえると、本件ベーカリーでの勤務機会が完全に失われる以上、本件ベーカリーでも本件ホテルでも勤務することは困難であると考えるに至ることは合理的であるから、上記動機の錯誤は労働契約の解消の判断において重要な事項に関するものであるということができる。」
「なお、被告は、原告が本件ホテルのフロントで勤務する正社員となりたいとの意向を有しており、面談の場まで撤回の意思を伝えていなかったことを理由に錯誤取消しの主張は権利の濫用に当たる旨主張する。しかしながら、本件紛争は、被告が本件契約1上、原告の同意なく本件ベーカリーの勤務をさせないことは許されないにもかかわらず、被告代表者がこれを異なる見解を前提に原告の同意なく本件ベーカリーのシフトをすべて外したことに主たる原因があるものというべきであって、被告の権利濫用の主張は理由がない。」
「そうすると、争点・・・(本件各退職合意の遡及的消滅の有無)について判断を加えるまでもなく、本件各退職合意は錯誤取消しにより失効している。」
3.「原則~」といった定め方でも、シフト外しはできないとされた
シフト制の労働契約書の「原則~」という定め方は、しばしば「例外があるのか(シフトを割り当てなくてもよい場合があるのか)」という形で問題を生じさせます。
本裁判例は上述のとおり、裁判所は、契約書で「原則~」といった定め方がされていた場合であっても、シフト外しはできないと判示しました。これはシフト制をさだめる 労働契約書等の解釈にあたり、実務上参考になります。