弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ベーカリーで販売期限の切れたパンを持ち帰ったり、害虫を発見して咄嗟に殺虫剤を散布したりすることが解雇理由になるか?

1.食料品店の販売期限切れ商品の持ち帰り

 食品を扱う店では、従業員に期限切れの商品の持ち帰りが認められていることがあります。しかし、関係性が悪くなってくると、こうした持ち帰りが非違行為にあたるとして、トラブルになる例が少なくありません。

 しかし、幾ら理屈をつけたところで、それまで持ち帰りが許容されていたにもかかわらず、突然持ち帰りを非違行為であるとして、従業員を解雇するようなことは、認められるはずもありません。そのことは、昨日ご紹介した、東京地判令5.9.12労働判例ジャーナル142-50 バンデホテルズ事件からも分かります。

2.バンデホテルズ事件

 本件で被告になったのは、ホテルの経営・運営、飲食店の経営・運営等を業とする株式会社であり、ホテル(本件ホテル)やその内部に設置されているベーカリー(本件ベーカリー)を経営している株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約を交わし、本件ベーカリーと本件ホテルで働くため、二件の雇用契約を締結していた方です。被告から合意退職や解雇を主張され、職場から排除されたことを受け、その扱いが無効であるとして、賃金の支払を求める訴えを提起しました。

 本件の被告は、解雇理由について、次のとおり主張しました。

(被告の主張)

「本件各退職合意後の令和3年10月18日に、防犯カメラの映像によって、

〔1〕原告が無断で本件ベーカリーのパンを約30個以上持ち帰り、

〔2〕本件ベーカリーのパンに覆いをかけないまま殺虫剤を散布し、

〔3〕殺虫剤散布を本件ホテルの支配人に報告しなかったこと

が判明した。そこで、被告は、原告を本件各退職合意における最終勤務日(11月10日)まで勤務させることはできないと考え、同年10月18日付けで普通解雇した。上記〔2〕〔3〕の行為は安全性や衛生面での信用失墜をもたらすものであって、直ちに雇用を終了せざるを得ないような特別の重大な事由に当たるものというべきであって、本件解雇には客観的な合理性を欠くとはいえず、社会通念上も不相当とはいえない。上記事情に照らせば、解雇予告手当の支払除外事由があるといえるが、そうでなかったとしても解雇通知後30日の経過によって、本件解雇の効力は生じている。」

なお、本訴において、被告は本件解雇が懲戒解雇に当たる旨の主張はしない。

 しかし、裁判所は。次のとおり述べて、本件解雇の効力を無効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件ベーカリー店頭での販売期限が切れたパンを、本件ホテルの宿泊客への朝食として提供したり、冷凍保存して通信販売の対象としたりしていたが、本件ベーカリーの店長は、本件ベーカリーの従業員に対し、上記パンの持ち帰りを認めることがあった。原告は、令和3年10月17日、本件ホテルのフロント担当として勤務する傍ら、本件ホテルの事務室において、本件ベーカリーの別の従業員と事務室に置かれた販売期限切れのパンを指さして会話をした後、これらパンのうち10個以上をビニール袋に入れて持ち帰った。その後、原告は、同事務室で害虫を見つけたことから、事務室に置かれたパンに覆いをしないまま殺虫剤を散布した。被告は、殺虫剤散布後のパンは、顧客に提供できないとして廃棄した。」

(中略)

本件ベーカリーの店長は、本件ベーカリーの従業員に対し、パンの持ち帰りを認めることがあったところ・・・、原告がパンの持ち帰りの前に、本件ベーカリーの別の従業員と指さしをして会話をしていた・・・のは、原告が持ち帰ってよいパンの範囲を確認していたものと推認することができる。そして、本件ベーカリー部門において従業員が持ち帰ってよいとされたパンについて、重ねて本件ホテルの支配人にも持ち帰りの許可を得る必要があったことを認めるに足りる的確な証拠はない。

また、原告は、パンに覆いをしないまま殺虫剤を散布したものであるが・・・、害虫を発見した際のとっさの行動としてはやむを得ないところがある。

そうすると、被告の指摘するパンの持ち帰りや殺虫剤の散布はいずれも非違行為に該当しない。そして、これら及び殺虫剤の散布の不報告を理由とする解雇は、懲戒解雇であれ、普通解雇であれ、客観的合理性を欠くものとして無効であるものというほかない。

3.強引な解雇は認められない

 本件では、

「被告は、令和3年10月18日付けで、原告に対し、『懲戒処分に基づく解雇通知書』をもって、本件各契約のいずれについても原告を解雇する旨の意思表示をした(以下『本件各解雇』という。なお、本件各解雇が懲戒解雇か普通解雇かについて争いがある。)」

という事実が認定されています。

 本来であれば懲戒解雇を普通解雇に転換できるかという論点も生じてきそうですが(原則的には転換は不可と理解されています)、裁判所は、そのような論点に立ち入るまでもなく、原告の行為を凡そ非違行為には該当しないと述べ、懲戒解雇だろうが普通解雇だろうが無効であることに変わりないと判示しました。

 懲戒解雇だろうが普通解雇だろうが、従前認められていたことを殊更非違行為として捕捉するような強引な解雇は認められないという至極常識的な判断だと思います。

 食料品持ち帰りに係る紛争は意外と多く、実務上参考になります。