弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

普通解雇の場合でも、退職金を減額・不支給とすることが許されるのか?

1.退職金不支給・減額条項

 「実務上、就業規則等に退職金の定めが置かれる場合には、懲戒解雇のときなど一定の場合に退職金を不支給又は減額支給とする旨の退職金不支給・減額条項が併せて置かれること」が多く見られます(佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕589頁)。

 「懲戒解雇のときなど」とありますが、退職金の不支給の可否が問題になるのは、大体、懲戒解雇の場合です。使用者が労働者を解雇する時に、敢えてハードルの高い懲戒解雇を選択する背景には様々な目的がありますが、その一つに、懲戒解雇と紐づいている退職金不支給・減額制度を使い、非違行為をした労働者側に経済的なダメージを与えることがあります。

 それでは、懲戒解雇という仕組みがあるにもかかわらず、敢えて普通解雇が選択された場合であったとしても、使用者は背信性があることを理由に退職金の減額等を主張することができるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.12.2労働経済判例速報2520-30 エスプリ事件です。

2.エスプリ事件

 本件で被告になったのは、鞄、袋物及び履物の製造並びに卸売業を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、正社員として被告で働いていた方です。役員ではないものの、長年にわたり、現社長や専務と同水準の高額な給与・賞与の支給を受けてきました。

 しかし、平成31年4月4日、

「勤務態度が不良で注意しても改善しないとき」(就業規則20条1項(3)

「協調性を欠き、他の従業員の業務遂行に悪影響を及ぼすとき」(就業規則20条1項(4)

に該当するとして、普通解雇されました。

 この解雇は訴訟で効力を争われましたが、裁判所は解雇を有効だと認めました。

 その後、被告は退職金の支給額を3分の1に減額して中小企業退職金共済(中退共)から支給しました。

 退職金規程上、

「就業規則の各事由による解雇」

「懲戒規定に基づく懲戒解雇」

については、退職金の不支給・減額が可能とされていたからです。

 これに対し、本件は減額が許容される場合にあたらないとして、原告が不足額の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の原告は、

「本件解雇は普通解雇であり、被告は、前訴において、懲戒解雇又はそれに準じる事由について主張したことは一度もなかった。したがって、被告が主張する事由は、そもそも退職金の不支給又は減額が許容されるほど背信性が高いものであるとは到底解されない。」

などと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、退職金の減額を有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「前記・・・のとおり、

〔1〕原告は、被告が原告の給与を増額できるような状態ではなかったことを認識していたはずであるのに、経理担当者であるからこそ知り得た被告の経理情報に基づき、別口預金等に係る経理上の不正の存在をほのめかして金銭(給与の増額)を要求し、原告から脅迫されたと受け取った現社長との間の信頼関係を大きく毀損した。そして、原告は、この件により本件配転命令を受けると、前記・・・のとおり、

〔2〕長年にわたり役員に近い水準の高額な給与の支払を受けていた幹部職員でありながら、合理的な理由なく、本件配転命令に強く抵抗し、業務命令に違反して経理業務の引継ぎを拒否し、長期間にわたり被告及び被告の従業員の業務に支障を生じさせた。そして、その結果、被告の経営上大きな問題を生じさせるとともに,被告との間の信頼関係だけでなく、原告から引継ぎを受けるために奔走した被告の従業員との間の信頼関係も失われるに至らせたものである。

このような原告の行為は、悪質であり、その背信性の程度は著しいものといわざるを得ない(なお、被告は、原告に対する対応として、懲戒解雇を選択せず、普通解雇(本件解雇)を選択したものであるが、そのこと自体により原告の行為の背信性の程度が左右されるものではない。)。」

「そうすると、原告の行為により被告に生じた業務上の支障を一定程度限定する事情が認められること・・・、さらに、原告が、19年(アルバイトとして勤務した期間を含めると28年)にわたり、被告の経理業務を担当してきたものであって・・・、被告に対する一定の貢献が認められることを斟酌したとしても、原告の行為は、原告の被告における勤続の功を大きく減殺するものであって、その減殺の程度を3分の2とした被告の判断は相当なものであるというべきである。」

「したがって、被告が、原告に対し、本件不支給等規定を適用し、退職金の支給額を3分の1に減額したことは有効である。」

3.普通解雇でも減額等が可能なのか?

 裁判所は、上述のとおり、普通解雇であっても懲戒解雇であっても背信性の程度は左右されないという趣旨の判断をしました。

 しかし、個人的には、原告の言うとおり、懲戒解雇が可能な中で敢えて普通解雇を選択したというのは、背信性が軽微だと考えていたことの徴表であるように思われます。

 また、前訴の裁判所は、果たして、普通解雇の可否を、後に退職金の減額を控えたものとして、懲戒解雇と同様の基準で厳格に審査してくれたのだろうかという疑問も生じます。

 本件裁判所の考え方に従うと、

普通解雇の形式をとって解雇無効とされるリスクを低減させつつ、

退職金を減額/不支給とすることで労働者にダメージを与える、

ことが可能になってしまいます。

 そのような方向に進まないのか、裁判例の動向を注視して行く必要があります。