弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

業務改善を要望したのに十分な対応がなされず、精神疾患を発病した後の非違行為であることが考慮され、懲戒処分(降格)が無効とされた例

1.懲戒権の濫用

 労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 つまり、形式的に懲戒事由に該当するような行為が認められたとしても、懲戒処分を科する理由として客観的な意味での合理性がない場合や、処分が行為に比して社会的相当性を失するほど重たい場合、その懲戒処分は懲戒権を濫用したものとして無効になります。

 この懲戒権行使の濫用に関し、近時公刊された判例集に重要な判断を示した裁判例が掲載されていました。東京高判令4.9.22労働経済判例速報2520-3 セントラルインターナショナル事件です。

2.セントラルインターナショナル事件

 本件で被告(被控訴人・附帯控訴人)になったのは、物流アウトソーシングをメイン業務とする生産加工業務、マタニティ・ベビー市場のマーケティング業務を行っている株式会社です。

 原告(控訴人・附帯被控訴人)になったのは、被告の正社員として、メディア企画事業部(宣伝広報部)において稼働していた方です。

平成28年7月7日付けで行われた降格処分(第2降格処分)が無効であることを理由とする差額賃金、

業務過重や上司との関係の悪化、及び、これらが放置されたことで精神疾患(遷延性抑うつ反応)を発症したことを理由とする損害賠償、

などを求める訴えを提起したのが本件です。

 原審が原告の請求の大部分を棄却したことを受けて原告が控訴し、原告の控訴を受けて被告が附帯控訴したのが本件です。

 第2降格処分は懲戒処分として行われたもので、被告が構成した処分事由は次のとおりでした。

①平成27年12月に命じられた得意先への請求書の作成業務を拒否した事実

②平成28年3月に県民共済の件で顛末書の作成を拒否した事実

③平成27年12月に上司を中傷するメールを得意先に送信した事実

④平成28年3~4月に取引先とのミーティング中に「新規開拓は部長の担当で、自分は関係ない」旨発言した事実

⑤平成27年12月に上司を誹謗中傷するメールを複数回送信した事実

⑥平成27年12月に上司に対して『自分の保身のためにお仕事されるんですね』、『最低な人間』などと申し向けて誹謗中傷した事実

⑦平成28年2月に命じられたF2の新規開拓を拒否した事実

⑧平成27年8月に独断で取引先に取引解消を申し入れた事実

⑨平成28年5月に就業時間中に私用電話をした事実

⑩平成28年2月に得意先の担当変更を伝えたところ、激高して大声で騒いだ事実

 原審は第2降格処分を適法だと判示しましたが、控訴審は、次のとおり述べて、第2降格処分は違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「労働基準監督官は、埼玉労働局地方労災医員の意見、F1病院医師の意見書、控訴人、D1、B1、P1の申述等に基づき、控訴人の疾患名を遷延性抑うつ反応、発病日を平成27年12月頃と認定し、業務による心理的負荷のうち『上司とのトラブルがあった』につき心理的負荷『強』、『仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった』につき心理的負荷『中』、『自分の関係する仕事で多額の損失等が生じた』につき心理的負荷『中』と評価し、総合評価を『強』として、控訴人の疾病につき、業務上と考えるとの意見を述べた。上記申述のうち、控訴人のものは、次のような内容であった。」

「『上司とのトラブルがあった』につき、①平成26年8月以降、A1部長が全ての業務を丸投げし、出勤しない状況が続き、何度も業務の改善の要望をしたが、無視され、D1専務にも業務の改善や具体的な業務指示について要望をしたが、A1部長及びD1専務から具体的な業務指示はなく、目の前の仕事に忙殺される日々であった、②同年11月以降、顧客対応、請求書作成、提案書作成、見積書作成、納品書作成、新規の媒体の立上げにも関わるような状況であり、子育てをしている中で、残業や自宅での仕事をすることが多くなり、ストレスをかなり感じていた、A1部長には、部の指揮をとって業務の運用を行ってほしいと再三要望した。」

「『仕事の内容・仕事量の変化を生じさせる出来事があった』につき、①平成27年4月、次長職になったが、A1部長は相変わらず仕事にほぼ来ない状況が続き、具体的に業務指示をしてくれない状況も続いた、周囲からは管理職としてみられるようにもなり、部署的に赤字体質だと指摘される機会も出てきて、どのように仕事を進めていけば良いのか分からず、不安が強くなり、A1部長の存在にもストレスを感じるようになってきた、②平成27年4月に次長職の辞令を社長から渡されたが、辞令にはどの業務の次長であるかは書かれていなかった、D1専務やA1部長にどのような業務であるのか、具体的に業務指示命令をしてほしいと伝えたが、どちらからも『まあまあ、お試しでやってみて』と言われ、具体的な指示がない状況であった、日々の業務をこなすのがやっとの状況で、役職のない状況からの抜擢で、次長職に戸惑い、具体的な業務命令もなく、丸投げ状態で、仕事に差しさわりがあってはいけないと、恐怖を感じた、胃痛と頭痛があった、A1部長に不安を感じ、ストレスを感じ始める。」

「『自分の関係する仕事で多額の損失等が生じた』につき、平成27年5月に相殺請求のミスで部門に赤字が出たが、どこにミスがあるのかを突き止めるまでに時間と手間がかかった、伝票の一覧表を自宅に持ち帰って照らし合わせの作業をした、毎月、部門の売上げから赤字分が差し引かれていくため赤字体質になってしまい、売上げを上げるようにD1専務からプレッシャーをかけられるようになった。」

「川口労働基準監督署長は、平成30年9月18日、労働基準監督官の意見のとおり控訴人の疾患名を遷延性抑うつ反応、発病日を平成27年12月頃として業務上の疾病と認定し、その後、休業補償給付及び特別支給金の支給決定並びに療養補償給付たる療養の費用の支給決定をした。」

(中略)

控訴人は、平成27年12月頃には、被控訴人の業務に起因して遷延性抑うつ反応を発病していたものであり、本件処分事由①から本件処分事由⑩までは、いずれもその頃以降の事実と認められる。また、控訴人は、メディア企画事業部におけるA1部長の業務執行の在り方(部下である控訴人に対する命令・指示、控訴人に担当させた業務の内容、業務量等を含む。)について既に平成27年3月には疑問や不満を抱いており、A1部長やD1専務に対して業務の改善を繰り返し要望するなどしたが、同人らによって十分な対応がされた事実は認められず・・・、この対応の不備等が要因となって控訴人の遷延性抑うつ反応が引き起こされたことが認められる。

そして、A1部長、D1専務が、控訴人が平成27年12月頃に『遷延性抑うつ反応』を発病したと認識することは困難であったとしても、その頃までに控訴人の心身の異常やその原因となる事情について現に認識し又は認識し得る状況にあったことは、控訴人とA1部長又はD1専務との間でやりとりされたメールの内容等・・・から明らかである。加えて、本件処分事由⑦及び本件処分事由⑩に関する録音内容・・・にも照らせば、被控訴人において、平成28年7月に第2降格処分をする際、控訴人の心身の更なる異常等について認識し得たものというべきである・・・。

以上の事情に、次の・・・等の諸点も総合すれば、第2降格処分は、重きに失し、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、懲戒権を濫用したものとして無効であるというべきである。

3.問題行動には背景がある

 近時、問題社員云々と問題行動を起こす労働者を揶揄する論調が目立つようになっています。

 確かに、さしたる理由もなく問題行動を繰り返す労働者がいないとは言いません。

 しかし、個人的な実務経験に照らすと、問題とみられる行動の背景には、それなりの経緯がある場合が多くみられます。使用者側のハラスメントや不適切な対応⇒労働者が精神的な不調をきたす⇒問題行動に及ぶ、という経過が辿られている事案は、その典型ともえいます。

 本件は、こうした事案における懲戒権行使を違法だとした点に、その意義があります。同様の論理は懲戒解雇を含む懲戒処分一般に応用できるため、事例判断のようにも見えますが、活用できる範囲は広いように思われます。