弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

キャリア形成と配転-専門職(言語聴覚士)に対する根拠のない職務の一方的な変更が不法行為を構成するとされた例

1.配転命令と損害賠償

 違法な配転命令に対しては、

「〇〇(配転先)において勤務する労働契約上の義務を負わないことを確認する」

といったように義務不存在の確認を求めることのほか、

損害賠償(慰謝料)を請求すること

が考えられます。

 損害賠償請求の可否は、必ずしも最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件の判断枠組みに従って違法性を判断しているわけではなく、比較的柔軟に請求が認められることがあります(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕250頁参照)。

 この損害賠償請求との関係で、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、さいたま地越谷支判令5.12.5労働判例ジャーナル145-12 学校法人獨協学園事件です。何が興味深かったのかというと、専門職に対する根拠のない職務の一方的な変更が不法行為を構成するとされた点です。

2.学校法人獨協学園事件

 本件で被告になったのは、

獨協医科大学埼玉医療センター(本件病院)を設置・運営する学校法人(被告法人)、

本件病院のリハビリ科で作業療法士として勤務する職員(被告c・主任)

本件病院のリハビリ科で部長代行として勤務していた医師(被告d)

本件病院のリハビリ科で作業療法士として勤務する職員(被告e・主任)

本件病院のリハビリ科で理学療法士として勤務する職員(被告f・技師長代理)

本件病院のリハビリ科で理学療法士として勤務する職員(被告g・主任)

の1法人5名です。

 原告になったのは、本件病院のリハビリ科で言語聴覚士として勤務していた方です。上司にあたる個人被告らから嫌がらせ・誹謗中傷当のハラスメントを受け、精神的苦痛を被ったとして、損害賠償を請求したのが本件です。

 原告が問題にした行為は複数に渡りますが、その中の一つに、原告聴覚士の職務から外すと通告されたことがありました。

 病院収益の確保のため、所定労働時間内で取得することが不可能なノルマを義務として課され、サービス残業をするか、そうでなければ、リハビリの実施時間を水増しして申告するといった対応をとるように圧力をかけられ、これを拒んでいたところ、言語聴覚士の職務から外すと通告されたという流れです。具体的に言うと、次のような事実があったと認定されています。

(裁判所の事実認定)

被告d及び被告gは、令和元年5月1日、診察室に原告を呼び出して、次の通り発言し、原告を言語聴覚士の職務から外すと通告した・・・。

(ア)セラピストは、コメディカルでも特殊な立場で、診療報酬が請求できる。だから100%でなければ駄目である。

(イ)原告の診療録の記載は、本件病院の医事課がみても診療報酬請求できない。原告がやってきた事は診療報酬上、すべて無駄である。

(ウ)原告の診療録の記載では診療報酬請求できないので、原告を言語聴覚士業務から外す。

(エ)心理士として使うから、被告dが処方した患者の検査だけ行い、p心理士のように電子カルテには一切記載してはならない。その辺のパソコン使って、主治医に報告すること。

 これについて、裁判所は、次のとおり述べて、不法行為該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「次いで、上記認定によれば、被告d及び被告gは、令和元年5月1日、原告の診療録の記載は診療報酬を請求できない内容になっていることを理由として、言語聴覚士の職務から外すと通告しているが、原告の診療録の記載が診療報酬を請求できない内容になっていることをうかがわせる証拠はない。」

このような言語聴覚士の資格を有しその職務に従事してきた原告に対する根拠のない職務の一方的変更は、原告の専門職としての職務への従事そのものや技量の向上の期待を侵害するものとして、不法行為を構成するというべきであり、被告d及び被告gには、故意が認められるとするのが相当である。

3.キャリア形成と配転

 キャリア形成上の重大な不利益を理由に配転命令の無効を認めた裁判例は幾つか出されています(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕230-232頁参照)。

 しかし、損害賠償請求が認められた事案は稀ではないかと思います。

 本件は、薄弱な根拠のもと、配転によって一方的にキャリア形成上の利益を奪われた専門職の救済を考えるにあたり、参考になります。