1.違法な配転命令への対抗手段
違法な配転命令への対抗手段としては、
配転先で勤務する労働契約上の義務を負わないことの確認請求、
損害賠償請求、
の二つがあります。
このうち損害賠償請求について、近時公刊された判例集に注目すべき裁判例が掲載されていました。甲府地判令5.10.3労働判例ジャーナル143-38 富士吉田市事件です。この事件の特徴は、キャリア形成への期待が被侵害利益として認められていること、400万円と高額の慰謝料が認定されていることの二点です。
2.富士吉田市事件
本件で被告になったのは、富士吉田市です。
原告になったのは、被告が運営する市立病院の院長と看護専門学校の校長とを兼職していた方です。
C歯科医師の患者への不適切な対応やパワーハラスメントに適切な指導を行わなかったことなどを理由に6か月間減給10分の1とする懲戒処分(本件懲戒処分)を受けるとともに(本件懲戒処分)、
市立病院長から解任され、看護専門学校長の専任とする配置転換処分(本件配置転換処分)を受けました。
原告が訴訟提起して本件懲戒処分と本件配置転換処分の効力を争ったところ、裁判所は、懲戒理由はいずれも存在しないとしたうえ、本件懲戒処分、本件配置転換処分の効力を否定しました(前訴)。
その後、本件各処分(本件懲戒処分、本件配置転換命令)が違法であることを理由として、改めて損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。
裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を400万円の限度で認めました(請求額1300万円)。
(裁判所の判断)
・本件各処分によって、原告は法律上保護された利益に対する侵害を受けたといえるかについて
「認定事実・・・のとおり、原告は本件懲戒処分及び配置転換処分後、従前有していた医師としての職務に関連した資格の更新がされていないところ、被告は、これらを事実上の利益に対する侵害に過ぎないと主張する。」
「原告が主張する前記各損害は懲戒処分によって被処分者に生じたものであるところ、懲戒処分や、配置転換処分がなされれば、その被処分者の従前有していた資格やキャリアに重大な影響を及ぼすことは明らかである。原告は病院長として勤務しながらも毎週診療を行ったり、若手の麻酔科医に指導したりするなどして臨床医としての地位を確保していたと認められるのであり、看護専門学校の校長に専念させる本件配置転換処分はこれらの機会を奪うものである。」
「原告はこのように臨床等も通じて麻酔科医としての専門性等を追求し、キャリア形成を行っていたのであって、原告のこれらの資格等は当然に法律上保護されるべきである。」
「したがって、前記のとおり本件懲戒処分及び本件配置転換処分によりこれらの利益が侵害されたと認められる。」
「また、原告の経歴等に照らせば、原告が市立病院を退職後に一般病院の病院長になるなど、臨床経験を踏まえたキャリアアップが容易に想定でき、法的保護に値する期待権が認められる。そして、本件各処分によりこの期待権が侵害されたことが認められる。」
「そして、被告の主張・立証をもってしても、上記の認定・説示を覆すには足りない。」
・aないしdの各損害につき予見可能性があったか)について
「認定事実・・・によれば、原告を市立病院の院長に採用するに当たって、山梨大学からの推薦状に原告の履歴書が添付され、これには麻酔科専門医の資格やペインクリニック学会認定医などが記載されているところ、懲戒処分等によってこれらの資格やキャリアアップへの影響があることにつき予見可能性があったことは明らかである」
「そして、認定事実・・・のように、その資格やキャリアアップへの期待権は、原告が長い期間をかけて積み重ねてきた努力や実力の結果であると認められるところ、市長による、原告を市立病院から排除するとの不当な目的での違法な本件配置転換処分等によって、臨床医としてのキャリアを妨げられたのであるから、その精神的苦痛は重大なものである」
「したがって、これらの原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は400万円を下らない。」
3.キャリア形成への期待に手厚い判断が示された
以上のとおり、裁判所は、キャリア形成やキャリアアップへの期待権を法的保護に値する利益として認めるとともに、権利侵害に対して400万円と非常に高額な慰謝料を認定しました。従来、違法な配転命令に対する慰謝料は高くても100万円程度とされていたため(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令6〕250頁掲載の裁判例参照)、画期的な判断だといえます。
これほど高額な慰謝料が認定された背景には、本件各処分を機に医師としての職務に関連した資格(ペインクリニックの認定専門医、麻酔指導医など)の更新がなくなったことが挙げられます。医師のような高度専門職を対象とした判断であること、資格の喪失という強度の不利益が生じていることなどの特殊性は踏まえておく必要がありますが、違法な配転に対して高額の慰謝料が認定された事案として、本裁判例は実務上参考になります。