弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

審査委員会の答申に基づく違法な懲戒処分-誰のどのような行為が「過失」になるのか?

1.違法な懲戒処分に対する救済

 違法な懲戒処分への対抗手段としては、

懲戒処分の効力を争うことのほか、

慰謝料などの損害の賠償を請求すること、

が考えられます。

 このうち慰謝料などの損害賠償請求は、懲戒処分の効力だけを争う場合よりも、ハードルが高いのが通常です。違法でありさえすれば懲戒処分の効力は否定できますが、損害賠償請求を行うにあたっては、加害者の故意・過失や、懲戒処分の効力を否定するだけでは回復されない損害の発生を立証する必要があるからです。

 この加害者の故意・過失に関係する論点の一つに、

審査委員会の答申に基づいて行われた懲戒処分の故意・過失をどのように捉えるのか、

という問題があります。

 大規模な法人や公共団体では、審議体の議決や答申に基づいて懲戒処分が行われることがあります。こうした法人・団体に違法な懲戒処分を行ったことを理由とする損害賠償請求を行うと、しばしば

「懲戒の可否や処分量定は、審議体の答申に基づいて慎重に決定しており、過失はない。」

という反論が返ってきます。

 確かに、自分で判断せず、審議体の議論に委ねていることは、一見すると恣意を排した慎重な仕組みであるようにも思えます。それでは、こうした仕組みがとられている場合、故意や過失を問題にする余地はなくなってしまうのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、甲府地判令5.10.3労働判例ジャーナル143-38 富士吉田市事件です。

2.富士吉田市事件

 本件で被告になったのは、富士吉田市です。

 原告になったのは、被告が運営する市立病院の院長と看護専門学校の校長とを兼職していた方です。

C歯科医師の患者への不適切な対応やパワーハラスメントに適切な指導を行わなかったことなどを理由に6か月間減給10分の1とする懲戒処分(本件懲戒処分)を受けるとともに(本件懲戒処分)、

市立病院長から解任され、看護専門学校長の専任とする配置転換処分(本件配置転換処分)を受けました。

 原告が訴訟提起して本件懲戒処分と本件配置転換処分の効力を争ったところ、裁判所は、懲戒理由はいずれも存在しないとしたうえ、本件懲戒処分、本件配置転換処分の効力を否定しました(前訴)。

 その後、本件各処分(本件懲戒処分、本件配置転換命令)が違法であることを理由として、改めて損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件懲戒処分は、富士吉田市職員の懲戒の手続及び結果に関する条例及び富士吉田市職員分限懲戒等審査委員会規則に基づく富士吉田市職員分限懲戒等審査委員会の答申に基づいてされたものでした。

 裁判所は原告の損害賠償請求を金400万円の限度で認めましたが、本件懲戒処分の故意・過失の存否について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「前訴において、原告の懲戒理由・・・について、いずれも存在しないと認定され、被告市長の本件懲戒処分は裁量権の逸脱又は濫用であるとして、取り消されている。」

「したがって、本件懲戒処分は違法であると言わざるを得ないところ、被告は、本件懲戒処分の根拠となる調査態様及び内容等に照らせば、その報告に従って判断した被告市長に過失は存在しないと主張し、認定事実・・・のとおり、本件報告書及び本件答申では前記懲戒理由の存在が認められ、懲戒処分が相当である旨報告がされている事実が認められる。」

「しかし、原告に対する本件懲戒処分の懲戒理由〔2〕及び〔3〕に関して、C歯科医師による診療拒否を原告が放置又は擁護したことが問題とされていることから、その前提となるC歯科医師による診療拒否の事実の有無が重要な検討事項であるところ、その有無を判断するに当たっては、『正当な理由』(歯科医師法19条1項)を十分に検討する必要があったところ、そもそも、認定事実・・・のとおり、本件答申の前提となる審査委員会の事情聴取においても、紹介状を持参した患者につき、C歯科医師が最終的に診療を行わなかった事例は1件のみであった。また、認定事実・・・のとおり、審査委員会の事情聴取からうかがわれるC歯科医師による診療拒否問題とされるものの具体的内容は、主として、市立病院との信頼関係のない特定の歯科医師から市立病院への紹介がなされない状態となっていたことと、患者が持参した紹介状の形式的・実質的な内容が不十分な紹介状については、再取得を求められることとなった結果、即時に診療が開始されなかったことを指すものと考えられるところ、前者については、市立病院との信頼関係の欠如を理由に、地域の歯科医師の判断において市立病院へ紹介することを避けていたに過ぎないものとも考えられ、審査委員会の事情聴取において、少なくとも、C歯科医師が特定の歯科医師に対し、およそ紹介状を持参したとしても診療しない旨を表明していた事実などが明らかになっているとは言えない。さらに、後者の紹介状の不備の点についても、審査委員会の事情聴取からは、紹介状の形式的・実質的内容に関するC歯科医師の要求度が高い結果、即時に診療が開始されなかったに過ぎず、かえって、最終的にはいずれの患者についても診療はなされたことがうかがわれる。このように、審査委員会における事情聴取の内容に照らせば、C歯科医師の対応は、『正当な理由』に基づくものであるとの評価も十分可能であったというべきところ、この点を斟酌することなく、C歯科医師の対応が不当な診療拒否であると認めた本件答申は、特段の根拠もなく、歯科医師会との関係悪化の原因をC歯科医師又は市立病院側にあることを前提にした、恣意的なものであると言わざるを得ない。」

「また、懲戒理由〔3〕に関し、確かに審査委員会において、C歯科医師からパワーハラスメントを受けたとする看護師や歯科衛生士が事情聴取を受け,C歯科医師からのパワーハラスメントの具体的なエピソードを証言しており、本件答申がC歯科医師によるパワーハラスメントの事実があったことを前提とすること自体、不適切とは言い難い。しかし、原告に対する本件懲戒処分の懲戒理由〔3〕は、かかるC歯科医師によるパワーハラスメントにつき、原告が適切に指導しなかったというものであるところ、審査委員会の原告に対する事情聴取においては、このC歯科医師によるパワーハラスメントに関する指摘が一切なされていないところ、そもそも原告においてパワーハラスメントの事実を知る端緒があったかどうか、原告が当該事実を知っていたかどうか、知っていたとしてC歯科医師に指導したか否かなど、指導したとした場合のその内容など、本件答申において懲戒を相当とする理由に指摘するのであれば、原告にそのことに関する弁解の機会を与えるべきである。それにもかかわらず、そのような弁解の機会が設けられず、原告から具体的な弁解内容を聴取しないまま、C歯科医師のパワーハラスメントについて適切な指導等を行わなかったとする本件答申は、十分な検討がなされた上でなされたものとは言えない。」

「本件懲戒処分は、本件答申の内容を重視し、これを前提になされているところ、認定事実・・・のとおり、本件答申の前提となる本件報告書は、E会長による要望書をきっかけとして、被告市長が事実関係の調査を命じ、これを受けて作成されたものである。そして、上記・・・のとおり、本件答申自体、重要な点において恣意的であったり、懲戒処分を受ける者の弁解を十分に検討したりすることなくなされていることなどからすると、不十分な内容のものであったというべきである。そうすると、かかる不十分な答申の内容を特段吟味することなく、答申に沿う形で原告に対する違法な本件懲戒処分を行った被告市長には少なくとも過失が認められるというべきである。

3.答申の内容を吟味すべき注意義務

 上述のとおり、裁判所は、過失の対象を、答申の内容を特段吟味検討することなく懲戒処分を行った懲戒権者市長の行為として捉えました。審議体による答申に基づいているからといって、直ちに過失が否定されることにならないとした点は重要な判示だと思います。

 また、審議体の答申に基づいて懲戒処分が行われる類型の懲戒処分について、誰の・どのような行為を過失として捕捉すれば良いのかを考えるにあたっても、裁判所の判断は実務上参考になります。