弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の懲戒処分-弁明の機会を放棄させられそうになったら証拠化を図ること

1.公務員の懲戒処分と弁明

 手続の内容は法定されていないのが普通ですが、公務員に懲戒処分を行うにあたっても、基本的には弁明の機会を付与することが必要になると理解されています。

弁明の機会を与えられられなかったことだけで懲戒処分の取消事由になるのか、

懲戒処分の取消事由になるというためには弁明の機会の欠如だけではなく弁明できていれば処分の内容に影響が生じていた可能性があることまで含めて立証しなければ取消訴訟の取消事由にならないのか、

といったように、取消事由をどのように理解するのかに見解の相違がありますが、弁明を不要だとする見解は私の知る限り存在しません。

 このような弁明手続の重要性を考えると、弁明の機会の放棄の認定に当たっては慎重な判断が求められえますし、実際慎重な姿勢をとった際裁判例も存在します(札幌地判令2.11.16労働判例1244-73 国・陸上自衛隊第11旅団長(懲戒免職等)事件等参照)弁明の機会の放棄に慎重な姿勢を採った裁判例もあります。

 ところが、近時公刊された判例集に、処分庁側が弁明の機会を放棄するように働きかけた事実を認めることができないとして、弁明の機会放棄を比較的簡単に認めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令5.3.16労働判例ジャーナル138-28 茨木市・茨木市消防長事件です。

2.茨木市・茨木市消防長事件

 本件で被告になったのは、消防本部を設置する普通地方公共団体です。

 原告になったのは、被告の消防職員2名です。いずれも救急救命士の免許を取得しており、それぞれ消防副士長(原告a)、消防士長(原告b)として勤務していた方です。同僚職員(f)の頚部に自動血圧計のマンシェット(腕等に巻き付けて空気を送り込む部分)を装着して血圧計を作動させ、同僚職員の顔面や眼球に点状出血を生じさせたとして、懲戒免職処分(原告aに対するものが本件処分1、原告bに対するものが本件処分2)を受けました。これに対し、被告を相手取って、懲戒免職処分の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告bとの関係では、処分量定のほか、弁明手続の適否が問題になりました。

 具体的に言うと、原告bは、次のとおり主張しました。

(原告bの主張)

「原告bは、令和元年9月24日及び同年10月4日の2回にわたり、茨木市消防本部において事情聴取を受けたものの、そのときには、懲戒審査の対象となる行為が何であるか聞かされず、上記事情聴取において弁明の機会が与えられたとはいえない。また、原告bは、本件に関連して、顛末書及び回答書を作成したが、顛末書の末尾には、『いかなる処分もお受けする覚悟でございます。』との意図しない記載を追記させられ、回答書の質問用紙にも対象行為が特定されていなかったから、原告bに弁明の機会が与えられたとはいえない。」

「原告bは、令和元年11月8日、審査委員会に出席したものの、同委員会の意味や手続の内容については全く説明を受けなかった。にもかかわらず、原告bは、消防本部から市役所へ移動するまでのわずか2分間に、上司であるh次長から、弁明するか否かの意思決定を強要され、『手を煩わせるな』という雰囲気に気圧されたため、『弁明しません。』と回答するほかなかった。」

「上記のように、原告bは、十分に弁明できないままに本件処分2を受けたから、本件処分2は、弁明の機会を欠き、違法である。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、弁明の手続に問題はないと判示しました。結論としても、原告の請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

・法令等の定め

「被告の職員の任命権者は、懲戒処分をするに当たっては、正当な理由がある場合を除き、当該職員に意見を述べる機会を与え、審査委員会の意見を聴かなければならない(別紙2「法令等の定め」2(1))。同委員会は、懲戒処分についてあらかじめ審査し、その結果を任命権者に報告する義務を負うところ、これに当たり、同委員会の委員長は、審査のため必要があると認めるときは、本人又は関係人の出席を求め、意見を聴取することができる・・・。」

・判断

「処分行政庁は、上記(1)の法令等の定めに従い、原告bに対して本件処分2をするのに先立ち、h次長らを通じて、複数回にわたり事情聴取を行い、本件血圧測定に係る事実関係についての認識を回答書及び顛末書にまとめさせていた・・・。これらの手続を通じて、処分行政庁は、原告bに対し、本件血圧測定についての意見を述べる機会を十分に与えていたといえる。」

「また、令和元年11月8日には審査委員会が開催されたところ、同委員会が原告bの出席を求めたため、原告bは、h次長に連れられて同委員会の会場まで足を運んだ・・。原告bは、結果的に、「弁明するつもりはない。」旨述べて同委員会における弁明の機会を自ら放棄したものの、本件全証拠によっても、同委員会又はh次長が原告bに対して弁明の機会を放棄するよう働き掛けたとの事実を認めることはできない。

・原告bの主張について

「証拠(・・・)によれば、上記(2)のh次長らによる事情聴取の際には本件血圧測定に係る質問がされていたことが明らかであるし、回答書及び顛末書作成の際にも、原告bが本件血圧測定を念頭に置いて記載すべきと認識していたことは明らかであるから、原告bが意見を述べる機会が実質的に奪われていたということはできない。また、h次長は、審査委員会での弁明に関して、原告bに対し、『思うこと(あれば)言うといたら(よい)。』との説明をしていたし、原告bは、g及び原告aと共に審査委員会の会場に足を運んだものであるところ、原告らの弁明の機会に先立ち、gは、同委員会において、自らの非違行為に関する弁明を行っていたのであるから・・・、原告bが同委員会において弁明を行うことが不可能であったとはいえない。」

・小括

「以上のとおりであって、本件全証拠によっても、本件処分2に係る手続に何らかの違法があったものと認めることはできず、これに反する原告bの主張は採用することができない。」

3.放棄のプロセスはどうだったのか?

 裁判所は「同委員会又はh次長が原告bに対して弁明の機会を放棄するよう働き掛けたとの事実を認めることはできない」と比較的簡単に法的な意味付けを与えているよに見えます。

 しかし、審査請求、取消訴訟までやっている原告bが、弁明の機会を放棄するというのかには疑問があります。個人的な感覚としては、原告bの主張が事実なのではないと思われます。

 弁明の機会付与を放棄するように圧力をかけられたと感じた場合には、携帯電話の録音機能を活用するなど、何等かの形で証拠合しておくとよいのではないかと思います。