1.職場におけるパワーハラスメント
職場におけるパワーハラスメントとは、
職場において行われる
① 優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③ 労働者の就業環境が害されるものであり、
①から③までの要素を全て満たすものをいう
とされています(令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。
パワーハラスメントには、
イ.身体的な攻撃、
ロ.精神的な攻撃、
ハ.人間関係からの切り離し、
ニ.過大な要求
ホ.過小な要求
へ.個の侵害
といった類型があるとされています。
近時公刊された判例集に、過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)との関係で参考になる裁判例が掲載されていました。さいたま地越谷支判令5.12.5労働判例ジャーナル145-12 学校法人獨協学園事件です。
2.学校法人獨協学園事件
本件で被告になったのは、
獨協医科大学埼玉医療センター(本件病院)を設置・運営する学校法人(被告法人)、
本件病院のリハビリ科で作業療法士として勤務する職員(被告c・主任)
本件病院のリハビリ科で部長代行として勤務していた医師(被告d)
本件病院のリハビリ科で作業療法士として勤務する職員(被告e・主任)
本件病院のリハビリ科で理学療法士として勤務する職員(被告f・技師長代理)
本件病院のリハビリ科で理学療法士として勤務する職員(被告g・主任)
の1法人5名です。
原告になったのは、本件病院のリハビリ科で言語聴覚士として勤務していた方です。上司にあたる個人被告らから嫌がらせ・誹謗中傷当のハラスメントを受け、精神的苦痛を被ったとして、損害賠償を請求したのが本件です。
原告が問題にした行為は複数に渡りますが、その中に月間330単位の「ノルマ」を課され、これを取得するように圧力をかけられていたことがありました。
こうした行為の不法行為該当性について、裁判所は次のとおり述べて、これを肯定しました。
(裁判所の判断)
「リハビリ科では、平成30年3月から同年10月までの間を除き、科長である医師並びに技師長・同代理及び主任(以下『リハビリ科管理職』という。)から、所属の作業療法士、理学療法士及び言語聴覚士(以下『セラピスト』という。)に対し、本件病院の収益確保のため、月間330単位(1単位20分以上)のリハビリを実施することが義務であると説明されており、被告gは、平成30年11月12日、言語聴覚訓練室で、リハビリ科では、1日16単位を取得するよう決まっていると発言したことがあった」
「しかし、セラピストは、リハビリ以外の業務もあることから、所定労働時間内で月間330単位を取得することは極めて困難である一方、リハビリ科管理職からは、残業代の請求をしないよう求められていたため、残業をしたのに残業代を請求しないいわゆるサービス残業をするか、そうでなければ、実際のリハビリの実施時間を水増しして申告する(したがって、続けてリハビリが行われた患者相互の実施時間に間隔がない、又は実施時間が重複するといった結果が生じる。)といった対応を取る者が存在した・・・。」
「なお、月間330単位の取得の不達成について、具体的なペナルティは課せられていなかったが、リハビリ科管理職から『ノルマ』であるとの度重なる指示があったこと、令和元年度に示された人事評価において、単位、書類料、検査料等の個人実績を含めた業績評価と日常業務に係る行動評価の2つの観点から総合的に評価するとの方針が示されたこと・・・により、セラピストは、月間330単位の取得は義務であって、達成できなかった場合、勤務評価に悪影響を及ぼすと理解していた。」
(中略)
「被告d、被告f及び被告gは、平成31年1月29日、原告を会議室に呼び出して、次の通り発言した・・・。
(ア)被告d
A 2013年の特定共同指導以来、原告は不正を延々やっているっていう話を聞いている。
B 原告は他の療法士のように100%じゃない。
C 患者間の時間が空きすぎている。他の療法士は数分なのに10分以上ある。
D 原告のやり方は、リハビリ科全員を失職させることになるし、病院が転覆する。そういうリスクを今のやり方で招く。この今の事態は病院の上層部や学長の耳にも入れている。
(イ)被告g
A 被告cが指示した過去の総合実施計画書を全然出していない。
B リハ総合実施計画書ができてないのに患者を訓練してはいけない。」
「被告fは、平成31年3月19日、原告と人事考課の面接を行った際、原告に対し、次の通り発言した・・・。
(ア)
A 100%完璧にはできない。
B カンファレンスをしていなければ、リハ総合実施計画書は作れないというのは正論だが、それをしないと患者を診療できない。
C 治療はできたとしても請求ができないから、給料に反映できない。
D 99や100には行かないが、100にできるだけ近づけた状態でのカンファレンス内容として記載していかないと、リハ科の職務が失われてしまう。
(イ)
A 月間330単位を取得せず収益がなかったら、リハビリの人数がカットになる。個人事業者と一緒だから、自分でかせげなかったら、もう本当はその人はアウトになってしまう。
B 給料に対しては、自分の労働力の提供と同時に、病院が考えている病院の経営方針に沿った動きをしなければいけない。」
「(ア)m言語聴覚士(以下『m』という。)は、平成31年4月18日、言語聴覚訓練室において、原告が、n言語聴覚士において、患者を病棟から言語聴覚室まで車いすで移動させている時間も訓練時間として算定していたのを「移動時間を含んでいけない」と注意したことについて、原告に対し、『厚生省の言う通りやっていたら、病院はもうからない』と発言した。
(イ)原告は、被告dに対し、言語聴覚訓練について、移動時間を含めないことを確認し、言語聴覚訓練室に「移動時間は訓練時間に含まない」との張り紙をしたところ、mに破り捨てられて、『そこはあいまいにしておいてほしい』と、きつく言われた。」
(中略)
「上記認定によれば、リハビリ科においては、平成30年3月から同年10月までの間を除き、リハビリ科管理職から、原告を含むセラピストに対し、所定労働時間内で月間330単位を取得することは不可能であるにもかかわらず、本件病院の収益確保のため、月間330単位(1単位20分以上)のリハビリを実施することが義務として課される一方、残業代の請求をしないよう求められており、原告以外のセラピストは、サービス残業をするか、そうでなければ、実際のリハビリの実施時間を水増しして申告するといった対応を取っていたもので、原告に対しても、被告d及び被告fが、上記1(1)ウ(ア)C、D、エ(イ)A、Bのように月間330単位を取得するよう圧力をかけていたというべきである。」
「このようなリハビリ科管理職の行為は、原告に根拠のない違法な負担を強い、原告の就労環境を悪化させるものであって、不法行為を構成するというべきあり、リハビリ科管理職には故意も認められるとするのが相当である。」
「もっとも、原告は、令和3年5月28日以降、月220単位を取得すれば足りるとされており、不法行為の期間は、同日までに限られる。」
(※ 赤字部分は対応関係にあります 括弧内筆者)
3.国の言う通りでは儲からなかったとしても、労働者に圧をかけるのはダメ
国の言うとおりにしていて儲からない現状があったとしても、それは国に対して意見を述べるのが適切です。末端の労働者に対して過酷なノルマを課したり、不正行為を行わせたりして解決すべき問題ではありません。
この種の立場の弱い人に皺寄せをするタイプのハラスメントは、それなりの頻度で目にします。こうした行為に対してハラスメントとして声を上げられることは、もっと周知されて良いように思われます。