弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働者「変更を」使用者「元のまま」-同一内容での有期労働契約の更新は認められるのか?

1.労使間での噛み合わないやりとり

 有期労働契約の更新に際し、労働者の側から労働条件の変更が求められることがあります。

 これに対し、使用者の側は変更を認めず、従前の労働条件で更新を認めると回答するとがあります。

 この場合、労働条件の変更について、労使間で意思の合致があるということは困難です。

 それでは、従前の労働条件で契約を更新する合意が成立したということはどうでしょうか? 労働者の側で労働条件が変更されたという主張に拘らず、従前の労働条件のもとで契約が更新されていると主張することはできないのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令4.8.24労働判例ジャーナル134-40 医療法人社団日岩会事件です。

2.医療法人社団日岩会事件

 本件で被告になったのは、病院を経営すること等を目的とする医療法人社団です。

 原告になったのは、被告の経営する病院で看護師として勤務していた方です。

 原告と被告との間の当初雇用契約(本件契約)は次のようなものでした。

〔雇用期間〕

令和元年11月8日から令和2年2月7日

〔仕事内容〕

看護師

〔終業時間〕

午前8時30分から午後5時30分(休憩60分)又は午後4時から翌日午前9時(休憩60分、仮眠120分)

〔勤務日〕

4週8休

〔賃金〕

時給2500円、夜勤手当4万8750円(1回あたり)

〔賃金支給日〕

毎月15日締め26日払い

 その後、本件契約は1か月単位で更新が続けられ、令和2年3月4日には、同年4月1日から30日までについても更新することが合意されました。

 この契約には人材紹介会社(スーパーナース)が介在しており、原告と被告とはスーパーナースの担当者を通じてやりとりをしていました(原告担当はC、被告担当はD)。

 このような事実関係のもと、令和2年3月30日、原告は、スーパーナースのCに対し、

「勤務を月5から6回の夜間専従に変更した上で、同年5月1日から1か月間、本件契約を更新したい」

と連絡しました。

 これを受け、スーパーナースのDは、被告に対し、

月5~6回の夜勤勤務に変更した上で、2020/05/01~2020/05/31まで1ヶ月の延長を希望されております。」

とのメールを送信しました。

 これに対し、被告担当者は、スーパーナースのDに対し、

「了解致しました」

とのメールを返信しました。

 そして、スーパーナースのCは、原告に対し、

「契約更新(同年5月1日から同月31日まで)の確認が取れたので、契約を更新する旨のメール(『勤務日数:月5~6回の夜勤勤務に変更』との記載があるもの)」

を送信しました。

 その後、有給休暇の取得等をめぐって原告と被告との間で争いが生じ、被告は令和24月30日の契約満了をもって契約は終了したとの立場をとりました。

 このような事実関係のもと、原告は、

本件契約は勤務内容を夜勤専従に変更したうえで更新されている、

仮に、勤務内容の変更が認められないとしても、従前どおりの内容で更新されている、

と主張し、就労できなかった期間に対応する賃金の支払いを求めて被告を提訴しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、夜勤専従への変更こそ認めなかったものの、従前どおりの内容での契約の更新を認めました。ただし、就労意思が認められなかったとして、請求自体は棄却しています。

(裁判所の判断)

「原告は、本件契約は勤務内容を夜勤専従に変更した上で更新された旨主張する。しかしながら、原告は、本件契約の更新の申込みを、紹介会社担当者を介して被告に伝えたものといえるところ、3月30日メール及び4月7日メールの記載(『月5~6回の夜勤勤務に変更した上で、2020/05/01~2020/05/31まで1ヶ月延長希望』)は、その文言からすると、原告は日勤に従事せず、夜勤のみに従事する旨の記載と解することはできず、単に原告は従前どおり日勤及び夜勤の両方に従事するものの、夜勤勤務を月5~6回に変更することを希望している(被告においては夜勤1回は日勤2日分に相当する・・・ところ、本件契約においては、原告の勤務内容は4週8休となっていることから、月5~6回夜勤に従事したとしても、4週8休の勤務の中では、8日から10日間の日勤に従事することになる。)旨の記載と解するのが相当である。そうすると、原告から被告に対し、勤務内容を夜勤専従に変更した上で本件契約を更新する旨の申込みの意思表示がされたとは認められず、本件契約は勤務内容を夜勤専従に変更した上で更新されたとは認められない。」

「その後、原告と被告の間では令和2年4月10日、夜勤の回数を月8回に変更するとの合意がされたことが認められるものの・・・、この場合でも、4週8休の勤務の中では4日間の日勤に従事することになるから、いずれにせよ本件契約における勤務内容が夜勤専従に変更されたとは認められない。」

「次に、本件契約が従前どおりの内容で更新されたのかを検討すると、上記・・・のとおり、紹介会社担当者を介して被告に伝えられた本件契約の更新の申込みの意思表示は、原告は従前どおり日勤及び夜勤の両方に従事するものの、夜勤を月5~6回に変更することを希望することを内容とするものと解するのが相当であり、被告担当者がこれに対して了承する旨のメールを送信したことにより、被告は当該申込みの意思表示を承諾したものと認められる。そうすると、本件契約は、従前どおりの内容で更新されたと認められる。

たしかに本件においては、原告は紹介会社担当者に夜勤専従に変更した上で本件契約を更新する旨の希望を伝えているから、3月30日メール及び4月7日メールのとおり、表示機関である紹介会社担当者を介して被告に伝えられた原告の更新の申込みの意思表示は、原告の真意に反するものであり、その点で原告には錯誤(表示機関の錯誤)があったとはいえる。しかしながら、原告は本訴訟においてそのような主張をせず、かえって本件契約が従前どおりの内容で更新されたと主張していることからすると、これは上記認定(従前どおりの内容で本件契約が更新されたこと)を左右するものではない。

「この点に関して、被告は、

〔1〕意思表示の解釈に際しては、表意者の内心を一切考慮せずに表示のみに基づいて解釈するべきではなく、表意者の内心と異なった表示があり、かつ、そのことを表意者及びその相手方が認識している場合には、表意者の内心を考慮して、意思表示の解釈をすべきである、

〔2〕本件においては、原告の内心(夜勤専従での更新申出)と異なった表示(従前どおり日勤・夜勤で更新の申出)があり、かつ、原告及び被告の双方がそのことを認識している以上は、原告の内心(夜勤専従での更新申出)を考慮せずに、表示どおりの意思表示(日勤・夜勤で更新の申出)がされたと扱うとすると、原告及び被告の双方が望んでいなかった内容の契約に拘束されることになり極めて不合理である旨主張する。」

「しかしながら、

〔1〕一般的に意思表示の解釈に当たって、表意者の内心と相手方の内心が異なっている場合に、外形的に表示された意思表示の文言からその内容を解釈することはありうる解釈手法の1つであり、また

〔2〕本件においては、原告自身が、自らの内心と異なった意思表示がされたとしても、そのような意思表示に従った契約内容に拘束されることを望んでいることからすれば(上記のとおり、原告は本件において錯誤の主張をしておらず、逆に従前どおりの内容で更新された旨の主張をしている。)、原告及び被告の双方が望んでいなかった内容の契約に拘束されることにはならない。

かえって、被告の主張は、実質的には、原告には、本件契約を更新する旨の意思表示に錯誤があったところ、これを原告が主張しないにもかかわらず、被告がこれを主張して当該意思表示の効力を否定しようとするものにほかならないから、被告の主張は採用できない。

以上によれば、本件契約は、従前どおりの内容で(原告は、日勤及び夜勤に従事するものとして)、令和2年5月31日まで更新されたと認めるのが相当である。

3.原契約でも更新の余地がある場合には、労務提供を申し出ること

 仲介業者が入っている場合はもとより、仲介業者が入っていない場合も、労働条件の変更をめぐって労働者と使用者との間で噛み合わないやりとりが行われたまま、済し崩し的に時間が経過している事案は、実務上、結構目にすることがあります。

 こうした場合に、労働者が従前どおりの労働条件での契約更新を主張して行くにあたり、本裁判例は活用できる可能性があります。

 ただ、本件では、結局、就労意思がなかったとして、原告の請求は棄却されています。こうしたことを考えると、従前どおりの労働条件でも契約更新の余地がある場合、労働者側としては、速やかに労務提供の申出を行っておく必要があります。