1.雇用契約の成立の立証、労働者性の立証
雇用契約と労働契約の関係については、同じであるとする見解(同一説)と、違うとする見解(峻別説)があります。
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2015/04/pdf/074-075.pdf
学術的にいずれが正当なのかは分かりませんが、違うとする見解も、雇用契約と労働契約とは相当部分が重なり合う関係にあることは、否定しないのではないかと思います。
それでは、雇用契約の成立に向けた立証活動と、労働者性の立証活動とは、どのような関係に立つのでしょうか?
雇用契約の成立を立証することは、労働者性を立証すること同義だと言ってよいのでしょうか?
この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.4.12労働判例ジャーナル145-40 AmaductioN事件です。
2.AmaductinN事件
本件で被告になったのは、各種イベントの企画、制作、管理、運営、飲食店の経営、企画、運営事業等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、ステージ併設型飲食店(キャストと呼ばれる女性が、ステージで踊ったり、給仕をしたりするサービスを提供する店)の店長として働いていた方です。被告との間で雇用契約を締結していたと主張し、時間外勤務手当等(残業代)を請求する訴えを提起したのが本件です。
本件の原告は飲食店の経営当を目的とする株式会社アマステージの代表取締役を兼務していたこともあり、本件では、原告と被告との間で雇用契約が成立したといえるのか否かが争点の一つになりました。
本件の被告は、
「原告と被告の間で雇用契約を締結した事実はない。本件店舗等は、アマステージの創業者兼代表取締役であった原告が自らの意思で立ち上げた事業であり、被告は出資者にすぎず、原告との間に指揮監督関係はない。」
と主張し、雇用契約の成立を争いました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、雇用契約の成立を認めました。
(裁判所の判断)
「原告が本件店舗の店長となったのは、被告代表者からの打診があり、これに原告が応じたことを契機とするものであったと認められる。」
「そして、本件店舗の開店に当たっては、被告が必要な契約(資産譲渡等)を締結し、その資金の全額を負担したものである。支出の集計作業等は原告が行っていたが、実際の管理は被告の経理担当者が行っており、被告は、基本的には売上金を被告に収めさせ、そこから経費等を除いた上で残金を回収、すなわち被告に帰属させていたものであるところ、かかる収益について原告やアマステージに分配がされた形跡はない(上記のとおり、残金は被告が回収していたし、原告の報酬は売上等にかかわらず30万円で固定されている。)。このことに、原告が店長となった前記の経緯、本件店舗が被告の事業とリンクするものであったこと(ユニドルの出場者であることが雇用条件となっており、そのことが売りになっていた。)を踏まえると、後記・・・のとおり実務については原告に委ねられていた部分が大きいとしても、本件店舗等の運営は、あくまで被告の事業として行われていたものと評価するのが相当である。なお、二号店店舗の開店に当たっては、アマステージがリース契約等の当事者となっているが、実際の開店資金については全額被告が支払っていることや、被告代表者において、当初から大阪への出店も視野に入れて本件店舗を開店したと認められること(前記認定事実・・・LINEメッセージ)からすると、アマステージが契約当事者であることは、二号店店舗の運営が被告の事業であったとの前記認定を覆すものではない。」
「上記の点に加えて、前記認定のとおり、原告については、従業員コードが付され、『基本給』の名目で毎月30万円が支払われ、雇用保険等の控除がされるなど、被告の労働者として取り扱われていたものであり、原告と被告の代理人としてやり取りしていたHは、原告がアマステージの代表取締役を辞任した後である令和2年4月の時点で、『できる限り円満な形で退職を望まれており』と、少なくともその時点で原告が退職していないことを前提とするメッセージ(本件店舗等における稼働が、アマステージの代表取締役としてではなく、被告の被用者としてなされたものであるとの認識が窺える。)を送った上、『4月末日時点で雇用関係を終了させる。』など、原告と被告の間に雇用関係があることを前提とした記載のある『A様退職にかかる各種取扱いについて』というテキストファイルを送っていることを踏まえれば、原告が本件店舗等の運営業務に従事していたのは、被告との雇用契約に基づくものであったと認めるのが相当である。そして、原告に対する給与の支払状況(前提事実)及び弁論の全趣旨に照らせば、上記雇用契約については、賃金月額30万円とし、賃金締切日が当月末日、支払日が翌月末日とされていたものと認めるのが相当である。」
3.労働者性概念が動く兆しか?
実務上、労働基準法の労働者性は、昭和60年12月19日 厚生労働省『労働基準法研究会報告』(労働基準法の『労働者』の判断基準について)に準拠して判断されています。異説もありますが、労働契約法上の労働者も、労働基準法上の労働者と同一であるとして、この『労働基準法研究会報告』に基づいて判断されています。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf
『労働基準法研究会報告』によると、
仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、
業務遂行上の指揮監督の有無、
拘束性の有無、
といった要素が主要な考慮要素で、
事業者性の有無
は補強的な判断要素として位置付けられているにすぎません。
しかし、本裁判例では、雇用契約の成否を判断するにあたり、
損益の帰属
という事業者性の有無に関係する要素を重視しているように思います。
業務委託という名の下で、損益の全てを委託者が取得してしまうというタイプの契約は少なくありません。例えば、法律事務所の中にも、アソシエイトと呼ばれる弁護士と業務委託契約を締結し、損益を事務所に帰属させたうえ、アソシエイトには一定額の固定報酬のみを支払うといった形態の事務所が少なくありません。
本件は雇用契約の成否、労働者性の立証に従来とは異なる可能性を切り開いた事例として、実務上参考になります。