1.労働者派遣における雇用禁止合意
労働者派遣法33条は、1項で、
「派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者又は派遣労働者として雇用しようとする労働者との間で、正当な理由がなく、その者に係る派遣先である者・・・又は派遣先となることとなる者に当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用されることを禁ずる旨の契約を締結してはならない。」
と、2項で、
「派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者に係る派遣先である者又は派遣先となろうとする者との間で、正当な理由がなく、その者が当該派遣労働者を当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用することを禁ずる旨の契約を締結してはならない。」
と規定しています。
簡単に言うと、派遣会社は、正当な理由がない限り、派遣労働者との間、あるいは、派遣先会社との間で、派遣契約の終了後、派遣先会社と派遣労働者とが直接雇用契約を締結することを妨げるような契約をしてはならないという意味です。
この「正当な理由」の解釈について、昨日、
「派遣先であった者が派遣労働者であった者を無限定に雇用できることとすると、派遣元事業主が独自に有し、他の事業主は有しない特殊な知識、技術又は経験であって、派遣労働者が派遣就業をする上で必要であるため当該派遣元事業主が特別に当該派遣労働者に習得させたものがある場合にも、雇用契約終了後は当該派遣労働者が派遣先と雇用契約を結んでそうした特殊で普遍的でない知識等を勝手に利用することが可能となる結果、特殊で普遍的ではない知識等を有することによる当該派遣元事業主の利益が侵害される事態が発生しかねない。そこで、労働者派遣法33条は、そうした知識等を有することによる当該派遣元事業主の利益を保護するといった正当な理由がある場合に限り、上記の雇用制限の禁止を解除することとしたものと解される。」
「以上によれば、上記の雇用制限をすることは原則として禁止され、これに反して結ばれた雇用制限条項は無効であるが、当該雇用制限条項を設けることに正当な理由があることの主張立証があった場合に限り、例外的にその禁止が解除されて当該雇用制限条項の効力が認められることになると解される。」
との判断基準を示した裁判例(東京地判平28.5.31 労働判例1275-127 バイオスほか(サハラシステムズ)事件)を紹介させて頂きました。
今日は、この裁判例が、上記の判断基準を具体的事案にどのように適用したのかを紹介させて頂きます。
2.バイオスほか(サハラシステムズ)事件
本件で被告になったのは、
コンピュータのソフトウェアの開発及び設計等を業務とする株式会社(被告会社)、
被告会社の従業員3名(被告E1~被告E3)
です。
原告になったのは、コンピュータのソフトウェアの開発及び設計、労働者派遣事業等を業務とする株式会社です。
元々、原告は、被告E1~被告E3を派遣労働者として雇用し、被告会社のもとに派遣していました。
しかし、原告と被告E1~被告E3との間の雇用契約では、原告との雇用契約終了から1年後までの間、派遣先である被告会社との間で業務に関する仕事を引き受けたりすることが禁止事項として定められていました。また、原告は、被告会社との間でも、相手方の書面による承諾を得ることなく、受け入れる派遣労働者(被告E1~被告E3)との間で雇用契約を締結してはならないとの約束を交わしていました(雇用制限条項)。
本件は、これら約束等を根拠とした原告が、被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償等を求めて裁判所に出訴した事件です。ここでは、労働契約法33条の「正当な理由」の存否が問題になりました。
裁判所は「正当な理由」について上述の理解を示したうえ、次のとおり述べて、雇用制限条項の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
・被告E1及び被告会社関係
「被告E1がF社(ハードウェアの販売及び保守管理を業とする株式会社。原告の依頼に応じて被告E1及び被告E2にコンピュータシステムの保守管理業務を想定した個別具体的な研修を行った。括弧内筆者)から受けた研修は、F社がその従業員に対する教育のために実施していたのと同様のものであって、J社のコンピュータシステムの保守点検業務を想定した個別具体的な研修であり、元来はF社が有償で実施するものであったというのであるから、原告以外の使用者の下であっても習得可能なものであったといえ、原告独自の普遍的でない知識等を習得させるものでないことは明らかである。そうすると、そのような研修を被告E1が受ける間の給与を原告が支払い、研修のための費用を実質的に原告が負担したとしても、直ちに本件禁止条項Aを設けることにつき正当な理由があるということはできない。」
・被告E2及び被告会社関係
「原告は、被告E2が原告の雇用期間中にF社から受けた研修やF社から付与されたデータベースへのアクセス権限に基づくOJTが原告の客体的財産であって、本件禁止条項Bには労働者派遣法33条の定める正当な理由がある旨を主張する。」
「しかし、被告E2がF社から受けた研修については、上記・・・において説示した被告E1が受けた研修と同様に、原告以外の使用者の下にあっても習得可能なものであったといえ、原告独自の普遍的でない知識等を習得させるものとはいえない。また、被告E2がF社から付与されたデータベースへのアクセス権限に基づくOJTについても,上記・・・において被告E1について説示したところと同様に、そのことから直ちに原告独自の普遍的でない知識等を被告E2が習得したと認めることはできない。」
「したがって、上記の研修やアクセス権限の件から本件禁止条項Bを設けることにつき正当な理由があると認めることはできず、他に格別の主張立証はない以上、結局のところ、本件禁止条項Bを設けることにつき正当な理由があるということはできない。」
・被告E3及び被告会社関係
「原告は、被告E3に対して、J社のコンピュータシステムの保守管理業務を想定した個別具体的な研修を原告が交通費を負担して行っており、本件禁止条項Cには労働者派遣法33条の定める正当な理由がある旨を主張する。」
「しかし、J社のコンピュータシステムの保守管理業務を想定した個別具体的な研修を実施したというだけでは、当該研修によって被告E3が原告独自の普遍的でない知識等を習得したと認めることはできず、そのことは研修の交通費を原告が負担したとしても左右されない。」
「そして、他に格別の主張立証はない以上、本件禁止条項Cを設けることにつき正当な理由があるとは認められない。」
3.他社で研修させたは勿論、自社の研修でも独自・普遍的知識の習得がなければダメ
裁判所は、「正当な理由」が認められるのか否かの判断基準を、かなり厳格に適用しています。
他社が有償で提供している類の研修を受講させ、その費用を実質的に負担したという程度の利益では、雇用禁止合意・雇用制限条項の効力を認めるための「正当な理由」には該当しないと判示しました。
また、自社の負担のもと自社で研修をしたとしても、自社独自の普遍的でない知識等を習得させる類の研修でなければ、雇用禁止合意・雇用制限条項の効力を認めるための「正当な理由」には該当しないと判示しました。
こうした具体的適用例を見る限り、労働者派遣の場面における雇用禁止合意・雇用制限条項の効力が認められる場面は、かなり限定的に理解されるだろうと思います。
労働者派遣法33条の適否が問題になった公表裁判例は珍しく(公刊物に掲載された裁判例という意味では本件が初めてではないかと思いますが)、裁判所のあてはめは実務上参考になります。