1.セクシュアルハラスメントの処分量定
国や自治体、企業の多くは、セクシュアルハラスメントを懲戒事由として定めています。例えば、人事院総長発「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職-68)は、
「暴行若しくは脅迫を用いてわいせつな行為をし、又は職場における上司・部下等の関係に基づく影響力を用いることにより強いて性的関係を結び若しくはわいせつな行為をした職員は、免職又は停職とする。」
「相手の意に反することを認識の上で、わいせつな言辞、性的な内容の電話、性的な内容の手紙・電子メールの送付、身体的接触、つきまとい等の性的な言動(以下「わいせつな言辞等の性的な言動」という。)を繰り返した職員は、停職又は減給とする。この場合においてわいせつな言辞等の性的な言動を執拗に繰り返したことにより相手が強度の心的ストレスの重積による精神疾患に罹患したときは、当該職員は免職又は停職とする。」
「相手の意に反することを認識の上で、わいせつな言辞等の性的な言動を行った職員は、減給又は戒告とする。」
と規定しています。
また、厚生労働省のモデル就業規則は、
(第68条2項)
「労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態
度その他情状によっては、第53条に定める普通解雇、前条に定める減給又は出勤停
止とすることがある。
(略)
⑨ 第12条、第13条、第14条、第15条に違反し、その情状が悪質と認められ
るとき。 」
(第13条)
「性的言動により、他の労働者に不利益や不快感を与えたり、就業環境を害す
るようなことをしてはならない。」
と規定しています。
国が採用している懲戒処分の指針や、モデル就業規則の文言を見ればわかるとおり、セクシュアルハラスメントにはグラデーションがあります。セクシュアルハラスメントに該当する行為をすれば一律に免職・解雇されるわけではなく、その悪質性や情状に応じて、解雇等の重大な処分から戒告等の軽微な処分まで、様々な処分量定があり得ます。
それでは、解雇にならない(解雇すれば無効になる)レベルのセクシュアルハラスメントは、どのようなものなのでしょうか? また、セクシュアルハラスメントの事実自体を争いにくい場合、解雇を争うためには、どのような対応をとっておけばよいのでしょうか? 昨日ご紹介した、大阪地判令6.8.23労働判例ジャーナル153-10 あさがおネット事件は、こうした問題を考えるうえでも参考になります。
2.あさがおネット事件
本件で被告になったのは、児童発達支援等の事業を目的とする株式会社です。
原告になったのは、35年間大阪市職員として勤務した後、被告との間で雇用契約を締結し、総務部長として勤務していた方です。
Dは令和4年11月1日に被告との間で雇用契約を締結し、事務職として働いていた女性です。既婚者で、夫と子2人と同居していました。
このDに対してセクハラ行為に及んだことを理由に普通解雇されたことを受け、原告の方は、解雇無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。
裁判所は、セクハラの成立を認めたものの、次のとおり述べて、解雇は無効だと判示しました。
(裁判所の判断)
「原告は、令和4年11月15日の朝、事務を担当していたパート従業員(E氏)から原告のパワハラを理由として退職する旨のLINEによるメッセージを受信し、ショックを受けた。原告は、出勤したDが本件事務所の事務室(Dの机は同室外にある。)内に入室し、用事を済ませて退出しようとした際、同人の右後方から、同人の両肩に自身の手を置き(なお、左手については左手首が肩の上に位置し、手の平が鎖骨付近にまで及んだ。)、『俺、もうあかんわ。』などと言いながら、3秒~5秒程度その状態を続けた。」
(中略)
「令和4年12月13日午前11時30分頃から午後零時30分頃までの間、Dが原告に対して子らに武道を習わせたいという趣旨の話をしたことをきっかけとして、原告がDに対し、合気道を紹介し、合気道の技を説明するために、動画を見せたり、Dを相手に技の実演をしたりした。その際、原告は、Dの手を取ったり、同人の肩に手を触れたりした。」
(中略)
「認定事実・・・のとおり、原告は、入社後2週間程度の部下の女性従業員であるDに対し、背後から同人の両肩付近に自身の両手を置き、右手の上に額を乗せた状態を3秒~5秒程度継続するという身体的接触を伴う行為をしたものであるところ、同行為は、就業規則25条が禁止する性的な言動により他の社員に苦痛を与え、就業環境を害する行為・・・に該当するものである。また、認定事実・・・のとおり、原告は、Dに対し、合気道の実演の相手をさせ、同人の手を取ったり、同人の肩に手を触れたりしたものであるところ、同行為も、正当な理由なく女性従業員に身体的接触を伴う行為の相手をさせるものであり、就業規則25条が禁止する性的な言動により他の社員に苦痛を与え、就業環境を害する行為・・・に該当するものである。原告の上記各行為は、その内容及び原告が被告のセクハラ相談窓口の担当者であったこと・・・に照らせば、職場環境を害する明らかに不適切な行為であったというべきである。」
「なお、原告のDに対する上記各行為の際、Dが原告に対して不快感や拒絶の意思を明らかに示したことはうかがわれない。また、上記各行為の前後を通じて、原告とDは、LINEによるメッセージのやり取りをしており、その内容は両者の関係が良好であることをうかがわせるものである・・・。しかし、Dは被告に入社して間もない時期であり、原告が上司であったこと、Dは婚姻しており夫と子2人と同居していたこと・・・などに照らせば、これらの事情をもって、原告の上記各行為を正当化することはできないし、Dが上記各行為に真摯に同意していたともいえない。」
「他方で、原告は、令和5年1月31日の事情聴取の際、Dに対する身体的接触があったことを認め、反省の態度を示していること・・・、過去に被告から懲戒処分を受けたり、女性に対する身体接触について指導を受けたりしたことはうかがわれないこと、原告のDに対する上記各行為(特に令和4年11月15日の行為)は、決して軽視できるものではないものの、重大なものであるとまではいえないことなどの事情を総合すると、本件解雇について、客観的に合理的な理由が認められ、社会通念上相当として是認できる場合に当たるとまでは認められない。」
「よって、本件解雇は無効である。」
「なお、被告は、原告をDが勤務する本件事務所で勤務させることはできないことなどから、解雇を回避することはできない旨主張する。しかし、原告の業務の内容・・・に照らせば、書類の作成等在宅で行うことができる業務が相当程度含まれていること、本件事務所以外の各施設を訪問する必要がある業務については各施設を訪問すれば足りること、Dは週20時間以内で勤務しており、本件事務所にいない時間が相当程度ある・・・から、スケジュール調整をすれば、原告が一定の時間本件事務所で勤務することも可能であること、被告において事務を担当する従業員は、原則として、原告及び被告代表者に加え、パートの従業員2名である・・・から、原告のパート従業員に対する指示や依頼等は、D以外の従業員や被告代表者に対して行うことが可能であることなどの事情を考慮すれば、解雇を回避することができないとまではいえない。」
「よって、被告の上記主張は採用できない。」
3.解雇にならないレベルのセクハラ、解雇無効を勝ち取るための対応
上述のとおり、裁判所は、解雇は無効だと判示しました。
この背景には、二つの事情があると思います。
一つは、セクシュアルハラスメントの軽微性です。
本件のセクシュアルハラスメントを軽視するわけではありませんが、強制性交や強制わいせつに該当するほどの強度があるわけではありません。
もう一つは、就業規則の根拠規定です。
被告が行った解雇は、次のような就業規則の条文に基づくものでした。
「37条1項(解雇)
社員は以下の事由により解雇されることがある。
〔1〕~〔7〕省略
〔8〕その他、第5章の服務心得等にしばしば違反し、改悛の情がないとき。」
「25条(服務心得)
社員は服務にあたって、以下の事項を守らなければならない。
〔1〕~〔12〕省略
〔13〕社員は性的な言動により他の社員に苦痛を与えること、また他の社員に不利益を与えたり、就業環境を害してはならない。
〔14〕性的な言動により就業環境を害してはならない。
〔15〕~〔18〕省略」
被告の就業規則では「改悛の情がないとき」が解雇要件に含まれていました。これに対応してか、裁判所は、
「原告は、令和5年1月31日の事情聴取の際、Dに対する身体的接触があったことを認め、反省の態度を示していること」
を指摘したうえ、解雇無効の結論を導いています。要するに「改悛の情があるではないか」ということだと思います。
本件のように、解雇要件の一つに「反省」「改悛」的な要素が組入れらえている就業規則は少なくありません。こうした就業規則の組み方がされている場合、無理筋の争い方はせず、反省・改悛の情を示すと有効であることがあります(強制性交のような行為自体の悪性が強すぎる場合には、幾ら反省・改悛の情を示しても効果は限定的であろうかと思います)。
セクシュアルハラスメントの処分量定は時代を経るにつれて重くなっている傾向があるように思います。そうした状況の中、解雇が無効とされた事例として、本件は実務上参考になります。
また、セクシュアルハラスメントの嫌疑がかかった場合、
争うルートで行くのか、
認めて改悛の情を示すルートで行くのか、
の判断を正確に行うには、かなりの事実認定能力、法的専門知識が必要になります。
懲戒処分については、受ける前の段階から弁護士に相談しておくことが大切です。