弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「懲戒解雇の普通解雇への転換」の逆パターン、普通解雇を懲戒解雇に転換することは可能なのか?

1.懲戒解雇の普通解雇への転換

 懲戒解雇の普通解雇への転換という論点があります。

 これは、懲戒解雇として無効な解雇を、普通解雇として有効にすることができないのか? という脈絡で議論される問題です。

 通説は、この問題を、次のように整理しています。

「懲戒解雇は普通解雇と同じく労働契約の終了を法律効果としているが、民法の解雇自由の原則の中で行われる中途解約の意思表示である普通解雇の意思表示と、懲戒権の行使とされる懲戒解雇の意思表示とは法的性質を全く異にすることから、懲戒解雇の意思表示に普通解雇の意思表示が含まれているとみることはできないと一般的には解されている。」(白石哲ほか編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕392頁参照)。

 要するに、

懲戒解雇の意思表示は普通解雇の意思表示を包含する関係にはない、

包含関係にないのだから、懲戒解雇の意思表示を普通解雇の意思表示とはみなせない、

有効・無効を議論する前提となる普通解雇の意思表示が事実としてないのだから、懲戒解雇が普通解雇として有効になることは有り得ない、

という考えです。

 それでは、この逆パターンは成立するのでしょうか?

 解雇の中で特に有効性が厳しくチェックされるものが、制裁としての懲戒解雇だとすると、普通解雇の意思表示には懲戒解雇の意思表示が含まれているという考えも、あながち不合理とは言えないように思います。

 通常は普通解雇の方が懲戒解雇よりも容易に効力が認められます。

 しかし、就業規則の規定ぶりによっては、むしろ懲戒解雇の方が容易そうに見えることがあります。こうした場合に、使用者側が逆パターン(普通解雇の懲戒解雇への転換)を主張した場合、それが裁判所で、どのように受け止められるのかというのが本日のテーマです。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介している、大阪地判令6.8.23労働判例ジャーナル153-10 あさがおネット事件です。

2.あさがおネット事件

 本件で被告になったのは、児童発達支援等の事業を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、35年間大阪市職員として勤務した後、被告との間で雇用契約を締結し、総務部長として勤務していた方です。

 Dは令和4年11月1日に被告との間で雇用契約を締結し、事務職として働いていた女性です。既婚者で、夫と子2人と同居していました。

 このDに対してセクハラ行為に及んだことを理由に普通解雇されたことを受け、原告の方は、解雇無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件の特徴の一つは、被告が普通解雇を主張しつつ、予備的に懲戒解雇を主張していたことです。

 なぜ、このような不思議なことをしたのかというと、被告会社の就業規則の規定振りに問題があったからです。

 具体的に言うと、普通解雇の要件は、次のとおり規定されていました。

「37条1項(解雇)

社員は以下の事由により解雇されることがある。

〔1〕~〔7〕省略

〔8〕その他、第5章の服務心得等にしばしば違反し改悛の情がないとき。

「25条(服務心得)

社員は服務にあたって、以下の事項を守らなければならない。

〔1〕~〔12〕省略

〔13〕社員は性的な言動により他の社員に苦痛を与えること、また他の社員に不利益を与えたり、就業環境を害してはならない。

〔14〕性的な言動により就業環境を害してはならない。

〔15〕~〔18〕省略」

 これに対し、懲戒解雇の要件は、次のとおり規定されていました。

「35条(懲戒解雇)

以下の各号の一に該当する場合は懲戒解雇に処する。ただし情状によっては,諭旨退職、減給または出勤停止にとどめることがある。

〔1〕~〔9〕省略

〔10〕第5章の服務心得に違反した場合であって、その事案が重大なとき。 

〔11〕暴行、脅迫その他不法行為をして著しく社員としての体面を汚したとき

〔12〕~〔14〕省略

〔15〕その他前各号に準ずる程度の不都合な行為のあったとき。」

 両者を対照すれば分かるとおり、

普通解雇を行うにあたっては、

反復性(しばしば)、

改悛の情の欠如

が必要とされるのに対し、

懲戒解雇を行うにあたっては、事案の重大性等があれば足りるとされ、非違行為の反復性や、改悛の情の欠如は要件とされていません。

 本件の原告は、過去に同種行為で懲戒処分を受けた履歴はありませんでした。また、事情聴取時から一貫して反省の態度を示しており、「改悛の情がない」とも言いにくい事案でした。

 おそらく、本件の被告は、大事をとって(有効になる範囲が広い)普通解雇の意思表示をしたものの、この就業規則の構造に気付き、事後的に懲戒解雇の主張を追加したのだと思います。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。結論としても、解雇は無効だとして、原告の地位確認請求を認めました。

(裁判所の判断)

「被告の代理人である・・・弁護士・・・は、令和5年2月24日、原告の代理人である・・・弁護士に対し、同日付け書面をもって、原告の女性従業員に対するセクシュアルハラスメント(以下『セクハラ』という。)が普通解雇事由に該当するとして、原告を同月25日に解雇するとの意思表示をした」

(中略)

「本件の争点は、本件解雇(普通解雇)の有効性(本件解雇が、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認できない場合に当たるか。)である。」

なお、被告は、本件解雇について、普通解雇であると主張し、予備的に懲戒解雇であると主張するが、前提事実・・・によれば、普通解雇の意思表示と認められ、懲戒解雇の意思表示を含むものとは認められない。

3.一方が他方を包含する関係にあるというより質的に違うのだろう

 懲戒解雇は特殊な意思表示であるため、これに普通解雇が含まれないという考え方は比較的素直に分かります。

 しかし、普通解雇の一種が懲戒解雇なんだという考えも、別にそこまでおかしな考え方ではないと思います。そうだとすれば、普通解雇の意思表示の中には、懲戒解雇の意思表示も含まれているという主張も、あながち不合理とはいえません。

 ところが、裁判所は、被告側の予備的主張をあっさりと排斥しました。

 これは、本件の裁判所が、両者を質的に別物だと理解したからではないかと思います。普通解雇の中の特殊なものが懲戒解雇なのではなく、両者は全くの別物で、一方が他方を包含する関係にはないという考え方です。

 通常の事案では、就業規則の組み方も、普通解雇の方が懲戒解雇よりも容易に解雇の効力が生じる建付けになっているため活用できる場面は限られそうですが、逆転型の事案に取り組むにあたり、本件は実務上参考になります。