1.セクシュアルハラスメントと迎合的言動
セクシュアルハラスメントというと、嫌がる異性に対して、無理矢理性的な関係を強要するといったイメージを持たれる方もいると思います。
しかし、現代では、こうした古典的なセクハラを目にすることは、それほど多くなくなってきているように思います。代わりに多くなっているのが、被害者の迎合的言動等がある事案です。被害者から迎合的な言動があった、不快感を示されなかった、拒絶の意思を示されなかったなどの理由から、同意があるものと誤信してセクハラに及ぶケースです。
最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件が、
「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」
との経験則を示して以来、迎合的言動等があったとしても、性的自由、性的自己決定権の侵害は生じていると判断する裁判例が増えつつあります。
こうした状況のもと、被害者側の行動が、
単なる(性的同意を基礎付けない)迎合的言動なのか、
性的同意を基礎づけるものなのか、
を区別する必要に迫られる事件が注目を集めるようになっています。
近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。大阪地判令6.8.23労働判例ジャーナル153-10 あさがおネット事件です。
2.あさがおネット事件
本件で被告になったのは、児童発達支援等の事業を目的とする株式会社です。
原告になったのは、35年間大阪市職員として勤務した後、被告との間で雇用契約を締結し、総務部長として勤務していた方です。
Dは令和4年11月1日に被告との間で雇用契約を締結し、事務職として働いていた女性です。既婚者で、夫と子2人と同居していました。
このDに対してセクハラ行為に及んだことを理由に普通解雇されたことを受け、原告の方は、解雇無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。
裁判所は、結論として解雇は無効だと判示しましたが、次のとおり述べて、セクハラの成立自体は認めました。
(裁判所の判断)
「原告は、令和4年11月15日の朝、事務を担当していたパート従業員(E氏)から原告のパワハラを理由として退職する旨のLINEによるメッセージを受信し、ショックを受けた。原告は、出勤したDが本件事務所の事務室(Dの机は同室外にある。)内に入室し、用事を済ませて退出しようとした際、同人の右後方から、同人の両肩に自身の手を置き(なお、左手については左手首が肩の上に位置し、手の平が鎖骨付近にまで及んだ。)、『俺、もうあかんわ。』などと言いながら、3秒~5秒程度その状態を続けた。」
(中略)
「令和4年12月13日午前11時30分頃から午後零時30分頃までの間、Dが原告に対して子らに武道を習わせたいという趣旨の話をしたことをきっかけとして、原告がDに対し、合気道を紹介し、合気道の技を説明するために、動画を見せたり、Dを相手に技の実演をしたりした。その際、原告は、Dの手を取ったり、同人の肩に手を触れたりした。」
(中略)
「原告とDは、令和4年11月1日から令和5年1月24日までの間、LINEによるメッセージのやり取りをしていたが、その中には次のようなやり取りがあった。
ア 令和4年12月2日
『優しさがすてきですー ドキドキしますねっ』(D)
『会議で見たと思うけど、俺、敵とみなしたら容赦ないから みんなそれ知ってるから、出たかと思われても仕方ないと思ってるよ』、『パワハラのことね。』(原告)
『えー!全然そんなことないのに わたしが弁護します』(D)
『いっぱいご迷惑おかけすると思いますが、仕事だけは真面目にAさんとながーく頑張っていきたいと思ってますのでどうぞ宜しくお願いします』(D)
イ 同月5日
『また、HとJ、行きましょうね』(原告)
『今日もごちそうさまです ありがとうございます HとJ楽しみにしてます』(D)
ウ 同月15日
『今日もいろいろあったんで、早く帰れたら、また話しましょう。』(原告)
『お話出来るのを楽しみに帰り待ってます』(D)
エ 同月29日
『今年はあさがおにお世話になり、Aさんに出会い、良くしてもらって良い年でした 来年もよろしくお願いいたします。』(D)」
(中略)
「認定事実・・・のとおり、原告は、入社後2週間程度の部下の女性従業員であるDに対し、背後から同人の両肩付近に自身の両手を置き、右手の上に額を乗せた状態を3秒~5秒程度継続するという身体的接触を伴う行為をしたものであるところ、同行為は、就業規則25条が禁止する性的な言動により他の社員に苦痛を与え、就業環境を害する行為・・・に該当するものである。また、認定事実・・・のとおり、原告は、Dに対し、合気道の実演の相手をさせ、同人の手を取ったり、同人の肩に手を触れたりしたものであるところ、同行為も、正当な理由なく女性従業員に身体的接触を伴う行為の相手をさせるものであり、就業規則25条が禁止する性的な言動により他の社員に苦痛を与え、就業環境を害する行為・・・に該当するものである。原告の上記各行為は、その内容及び原告が被告のセクハラ相談窓口の担当者であったこと・・・に照らせば、職場環境を害する明らかに不適切な行為であったというべきである。」
「なお、原告のDに対する上記各行為の際、Dが原告に対して不快感や拒絶の意思を明らかに示したことはうかがわれない。また、上記各行為の前後を通じて、原告とDは、LINEによるメッセージのやり取りをしており、その内容は両者の関係が良好であることをうかがわせるものである・・・。しかし、Dは被告に入社して間もない時期であり、原告が上司であったこと、Dは婚姻しており夫と子2人と同居していたこと・・・などに照らせば、これらの事情をもって、原告の上記各行為を正当化することはできないし、Dが上記各行為に真摯に同意していたともいえない。」
「他方で、原告は、令和5年1月31日の事情聴取の際、Dに対する身体的接触があったことを認め、反省の態度を示していること・・・、過去に被告から懲戒処分を受けたり、女性に対する身体接触について指導を受けたりしたことはうかがわれないこと、原告のDに対する上記各行為(特に令和4年11月15日の行為)は、決して軽視できるものではないものの、重大なものであるとまではいえないことなどの事情を総合すると、本件解雇について、客観的に合理的な理由が認められ、社会通念上相当として是認できる場合に当たるとまでは認められない。」
「よって、本件解雇は無効である。」
3.関係が良好であることをうかがわせるLINEメッセージがあってもダメ
判決文で示されているLINEメッセージを見る限り、原告とDとの関係は比較的良好であるようにも見えます。
また、本件の発覚の端緒は、
「令和5年1月下旬、Dは、パート従業員(G氏)から原告から何もされていないかと聞かれた際、原告からセクハラを受けた旨を話した。その後、G氏が被告の従業員(総責任者)のK氏に、K氏が被告代表者にそれぞれ上記セクハラについて報告した。」
というものであり、Dが直接問題提起したわけでもありません。
それでも、裁判所は、同意の真摯性を否定し、セクハラの成立を認めました。
本件では行為者がセクハラ相談窓口の担当者であったこと、被害者が既婚者であったことなどの特徴がありますが、そのあたりの事情を差し引いても、やはりセクハラ事案で同意の存在を立証したり、故意を否認したりするハードルは高いなと思います。
処分量定の問題は措くとして、近時の裁判例を見ていると、身体的接触のある事案では、被害者がセクハラと言えばセクハラが認定されるというに近い状況にあるようにも見えます。以前から強調していることですが、加害者にならないためには、職場にいる異性の身体には一切触れないことが大事です。