1.パワハラにあたる言動
職場におけるパワーハラスメントは、
職場において行われる
① 優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③ 労働者の就業環境が害されるものであり、
①から③までの要素を全て満たすものをいう
と定義されています(令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』参照)。
パワーハラスメントには幾つかの類型があり、厚生労働省の指針上、
身体的な攻撃(暴行・傷害)
としては、
殴打、足蹴りを行うこと
相手に物を投げつけること
などが該当するとされ、
精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
としては、
人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動
を行うことを含む
業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと
他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと
相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働
者宛てに送信すること
が該当するとされています。
それでは、
丸坊主にすることを指示したり、
「〇〇に飛ばして平社員からやらせる」と発言したりすることは、
パワーハラスメントとして違法性を有すると言えるのでしょうか?
髪の毛を切るように指示することは不適切ではあるのでしょうが、肉体的苦痛を生じさせる行為ではなく、殴打・足蹴りとは一線を画しているように思われます。
また、「〇〇に飛ばす」といった言葉も、冗談交じりに比較的カジュアルに使われる例が散見されます。
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令6.3.31労働判例ジャーナル152-40 ファーストヴィレッジ事件です。
2.ファーストヴィレッジ事件
本件で被告になったのは、
経営コンサルタント業を主たる事業とする株式会社(被告会社)
被告会社の創業者であり、代表取締役を務めていた方(被告P2)
の二名です。
原告になったのは、被告と雇用契約を締結したうえ、専務執行役員兼営業統括本部長として、コンサルティング業務や営業担当者の監督業務にあたっていた方です。退職に際して顧客奪取行為や情報持出し行為に及んだことなどを理由に懲戒解雇されたことを受け、
解雇の無効を主張して地位確認等を請求するとともに、
パワーハラスメントを受けたことを理由として損害賠償を請求した
のが本件です。
本件では地位確認請求は棄却されたのですが、パワーハラスメントに関する主張は一部認められました。裁判所の判断は、次のとおりです。
(裁判所の判断)
「被告P2は、令和3年6月28日開催の全体会議において、原告に対し、営業本部全体の月次数値目標に未達が多くなりつつあること等を指摘し、同年7月度月次目標が未達の場合にはどのように責任を取るか考えるよう伝えた。」
「被告P2は、被告会社の事業内容が他社に営業指導を行うというものであるにもかかわらず、同年7月度の営業統括本部の月次目標8350万円に対し実績が4500万円であったことから、同年7月20日、P4を通じて原告に対し、目標未達の責任をとって頭を丸めるよう指示した。」
「原告は、令和3年7月26日頃、被告P2の前記指示に従って頭髪を丸刈りにした。」
(中略)
「原告は営業統括本部長として経営会議における営業の報告を行ってきたが、被告P2は、同月25日の経営会議において、原告を無視して原告の部下のみに報告を行わせ、『P1(原告 括弧内筆者)を切る』『大阪に飛ばして平社員からやらせる」等と発言した。」
「原告は、同年5月7日、Kクリニックを初めて受診し、令和3年7月頃に上司に頭を丸めろとの発言をされたこと等を契機に、抑うつ気分、睡眠障害、食欲不振などの症状が出現し、令和4年4月25日の会議において『5~6月の状況でP1を切る』等と発言されるなどしたことから症状が悪化したなどと申告し、うつ病との診断を受けた。」
(中略)
「被告P2は、原告の直属の上司として、令和3年7月20日、原告に対し、同月度の目標未達を理由に頭を丸めるよう指示し、原告が当該指示に従って同月26日頃までに丸坊主にしたこと、令和4年4月25日の経営会議において『P1を切る』『大阪に飛ばして平社員からやらせる』等と発言したことは認められる。これらの被告P2の行為は、業務上必要かつ相当な指導の範疇を超え、原告の人格権を侵害するものとして違法である。その余の原告の主張する行為は、業務上必要かつ相当な範囲を逸脱するとまでは認められず、またパワーハラスメント行為としての特定を欠くものである。」
「なお、被告らは、令和3年7月20日に秘書を通じて坊主にすることを指示したが、のちに撤回したと主張する。確かに甲12の録音は途中で途切れていることが認められるものの、同会話の中で、被告P2はかつても一度坊主にするよう指示したことを認める趣旨の発言をしているところ、被告らは令和3年7月20日以外に原告に対して坊主にする指示をしていないと主張しており、この点に関する被告P2の供述を信用することはできず、被告の主張を採用することはできない。」
「そして、前記・・・の被告P2の行為と相当因果関係の認められる精神的苦痛を慰藉するために相当な慰謝料額は30万円、弁護士費用は3万円と認められる。」
3.丸坊主指示、「〇〇に飛ばして平社員からやらせる」は違法
上述のとおり、裁判所は、丸坊主指示や、「〇〇に飛ばして平社員からやらせる」といった言動に違法性を認めました。
髪を切ったり弄ったりすることに違法性を認めた裁判例は過去にもありましたが、
部下の髪をいじって髪型を変えたことが、屈辱感を与え人格的利益を侵害するものとして違法と判断された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
本件は、指示だけでもダメだとされた点に特徴があります。
また、「〇〇に飛ばす」といった表現は、ツイッター等でもしばしば目にする表現ですが、職場で現実にこうした発言をすることが問題だと判示されたことは注目に値します。
ハラスメントの成否は発言内容だけではなく、状況や脈絡まで考えて判断する必要があるものの、職場カジュアルに使われがちな言動に違法性が認められたことは、実務上参考になります。