弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教員が学生の出来栄えについて「論外」「愚行」「最低最悪」と酷評したことなどが雇止めの理由になるとされた例

1.授業中の言動や学生とのトラブル

 学問の自由(憲法23条)として教授の自由が保障されていることや、教育内容の専門性の高さから、大学教員には、授業の内容や進め方について、一定の裁量が認められています。教育的観点からの合理性が認められる限り、基本的には、授業の内容や進め方について、外野からとやかく言われる筋合いはありません。「外野」というのは雇い主も含まれます。例えば、「A学説しか教えるな」と大学当局から指示されたところで、「B学説も教授することが必要だ」と考えれば、大学教員はA学説もB学説も教授することができます。現行憲法の施行後について言うと、それが問題だと言われた例は、あまり聞いたことがありません。

 こうした背景もあり、旧来は、大学教員の授業中の発言をめぐり、それが労働問題に発展する例は、それほど多くなかったように思います。

 しかし、近時の判例集を見ていると、授業中の発言や学生とのトラブルが問題視され、労働問題に発展している例が少なからず見られるようになっています。一昨日、昨日とご紹介している、横浜地判令6.3.12労働判例1317-5 慶應義塾(無期転換)事件も、そうした例の一つです。

2.慶應義塾(無期転換)事件

 本件で被告になったのは、慶應義塾大学等の学校を設置している学校法人です。

 原告になったのは、平成26年度から契約期間1年(4月1日~翌年3月31日)の有期労働契約を締結し、非常勤講師として、薬学部の第二外国語(フランス語)の授業を担当してきた方です。

 契約は毎年更新されてきましたが、令和3年度末(令和4年3月31日)をもって雇止めを受けました(本件雇止め)。

 これに対し、無期転換権の行使や、雇止めの違法無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では幾つもの興味深い法律上の論点がありますが、本日の記事で焦点を当てたいのは、雇い止め事由の存否です。被告は契約不更新の理由(他学部による移植が困難であった理由)として、学生との間でトラブルがあったことなどを主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、雇い止め事由の存在を認めました。

(裁判所の判断)

「原告については、令和2年及び令和3年に、次のような学生とのトラブルがあった。」

原告は、令和2年6月2日、掲示板において、履修者が提出した3回目のレポートについて、再提出を指示し、その理由として、同レポートの出来栄えについて、『ぶっつけ本番でやったようなたどたどしいものは論外です。』などと、『論外』という表現を13回用いたり、『愚行』との表現を用いたりし、『私は、いくつかの大学で教えていますが、発音レポートについてはこのクラスの出来栄えが、毎回、最低最悪です。』などと指摘した・・・。

「原告は、令和2年6月3日、掲示板において、履修者が提出した4回目のレポートについて、数人のレポートを見た結果、全員に再提出を求めることに決めた旨を伝え、前記・・・の掲示板において『論外』なこととして列挙した点に注意して再提出するよう指示した・・・。」

「原告は、令和2年6月4日、掲示板において、補習動画を掲載したことを伝え、それを閲覧した上で音声レポートを提出するよう指示した。その際、原告は、履修者がこの動画をどの程度熱心に閲覧しているかは、興味がなく、知りたくもないが、音声レポートの出来栄えで分かってしまうと記載した上、叱るのはいちいち面倒なので、叱られない程度の成果を音声レポートにまとめて提出するよう求めた。・・・」

「履修者である学生は、令和2年6月5日、薬学部に対し、前記・・・の掲示板の内容を報告しつつ、原告が掲載する内容があまりにも厳しいこと、レポートの再提出は受講者の中から無作為に抽出された学生の課題の出来が悪かったことが原因であり、自分ではどうすることもできず、自己の課題についても激しく叱責されるのではないかと思うと恐ろしくて取り組めないこと、原告の授業は精神的に非常に辛いものであり、精神的にかなり深い傷を負い、涙が止まらず、心が持たず、心が壊れてしまうかもしれないと感じていることを伝え、秋学期の履修取消を依頼した・・・。」

「原告は、令和3年6月9日、オンライン授業において、学生に質問をした際、当該学生が回答せず、黙っていたため、当該学生を一方的にオンライン授業から退出させた。当該学生からの苦情を受け、P4学習指導主任は、同月11日、原告に対し、授業を直接的に妨害するものでない限り、学生が授業に参加する権利や課題を提出する権利を保障するように配慮することを依頼した・・・。」

「原告は、同月12日、掲示板において、一部の学生に対して大変不愉快に思っており、僅か45分間の授業に集中できず、授業準備などもおろそかであるのは言語道断であり、今後、場合によっては、出来が不十分である時は、途中退出をしてもらうのではなく、授業参加は許可しつつ、音声レポートなどを課して、及第点でなければ、その時点で落第とすることなどを投稿した・・・。」

 (中略)

「他学部による委嘱が難しいと判断された理由は、原告と学生との間のトラブル及び授業評価アンケートの結果にある。」

学生とのトラブルについてみると、原告は、令和2年6月、学生の出来栄えについて、『論外』、『愚行』、『最低最悪』などと辛辣な表現を用いて酷評し、数人の学生のレポートのみに基づいて履修者全員にレポートの再提出を求めるなどしており、その結果、履修者の中には心が壊れるかもしれないとして、履修取消を求めるなど、多大な精神的苦痛を被った者も現れていた・・・。

また、原告は、令和3年6月には、特定の学生をオンライン授業から強制的に退出させ、当該学生の受講態度を前提として、レポートを課し、中間テストを実施するなどし、かかる内容の掲示板上の記載を削除するよう求められたところ、一部の履修者に対して大変不愉快に思っているとの記載は削除せずに残している・・・。

かかる原告の言動は、学生に対する配慮を欠き、ひいては学生の人格を否定するものであり、学生が授業を受ける権利を侵害するものであり、学生に与えた影響は極めて大きく、本件大学に対する信頼、信用に悪影響を及ぼすものといえる。

これに対し、原告は、学生をオンライン授業から退出させたことについて、学生の様子を十分に把握できなかったところ、学生が容易に答えられる質問に何らの回答をしなかったことに原因があり、当該学生が特定される範囲が限られた旨主張する。しかし、原告が説明する背景事情があったとしても、他の学生の面前で特定の学生の人格を否定する言動をとることは、授業を担当する教員としての対応として適切であったとはいえない。

(中略)

「前記・・・の学生とのトラブルの内容、授業評価アンケートの結果に鑑みると、原告について、他学部による委嘱が困難であるとの判断に至ったことはやむを得ないというべきであり、被告において、薬学部運営委員会での検討や団体交渉の前後での検討の他に、原告が外国語教育研究センターでの授業を担当する余地があるかなど、原告を雇用する可能性を更に検討しなかったとしても、雇止めを回避する可能性に関する検討を怠ったとはいえない。」

「以上によれば、本件雇止めは、『客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき』(労契法19条柱書)に当たらない。」

3.酷評は避けた方がいい

 個人的印象にはなりますが、大学当局は、昔と比べ、学生や保護者の目を随分と意識するようになってきているように思います。ハラスメントと捉えられかねない言動には敏感になっていますし、裁判所もそうした大学当局の姿勢に理解を示す傾向があります。

 本件のような裁判例もあるため、大学教員の方は、学生を酷評したり、学生に対する人格否定と捉えられかねない言動をとったりしないよう、普段から注意しておく必要があります。