弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教員の不安定雇用問題-専任教員への昇任が予定されていない「月給」3万5000円の非常勤講師にも5年無期転換ルールの例外は適用されるのか?

1.大学の教員等の任期に関する法律

 労働契約法18条1項、第1文は、

「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約・・・の契約期間を通算した期間・・・が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。」

と規定しています。いわゆる無期転換ルールです。

 この無期転換ルールには、幾つかの例外が設けられています。

 その一つが、大学教員です。

 あまり聞きなれない法律だと思いますが、「大学の教員等の任期に関する法律」という法律があります(任期法)。

 任期法7条1項は、

「第五条第一項・・・の規定による任期の定めがある労働契約を締結した教員等の当該労働契約に係る労働契約法・・・第十八条第一項の規定の適用については、同項中『五年』とあるのは、『十年』とする。」

と規定しています。

 ここで引用されている任期法5条1項は、

「国立大学法人、公立大学法人又は学校法人は、当該国立大学法人、公立大学法人又は学校法人の設置する大学の教員について、前条第一項各号のいずれかに該当するときは、労働契約において任期を定めることができる。」

という条文です。

 ここで言う、

「前条第一項各号のいずれかに該当するとき」

がどのようなときかというと、

一 先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき

「二 助教の職に就けるとき」

「三 大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき」

だとされています(任期法4条1項各号)。

 条文操作に慣れない人にとっては非常に分かりにくいとは思いますが、このようなルールがあるため、有期で働く助教の方などが無期転換権を獲得するまでには、5年間では足りず、10年間に渡って有期労働契約の更新を続ける必要があります。

2.高待遇とはいえない非常勤講師にも無期転換ルールの例外は適用されるのか?

 本日の記事で焦点をあててみたいのは、

授業のみを担当し、専任教員への昇任が予定されていないような非常勤講師にも、5年無期転換ルールの例外が適用されるのか?

という問題です。

 任期法の目的は、

「大学等において多様な知識又は経験を有する教員等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが大学等における教育研究の活性化にとって重要であることにかんがみ、任期を定めることができる場合その他教員等の任期について必要な事項を定めることにより、大学等への多様な人材の受入れを図り、もって大学等における教育研究の進展に寄与することを目的とする」

ことにあるとされています(任期法1条)。

 平たく言うと、

教育研究を進展させるには、大学教員間でのポストをめぐる競争が活発に行われた方が都合がいいから、細切れ雇用をしやすくする、

という意味です。

 この大学教員のポストの待遇が高い場合には、任期法が言っていることも、分からないではありません。高い待遇をめぐって競争が活発になれば、それは、教育研究の進展に寄与する結果に繋がるかも知れません。

 しかし、大学教員のポストは高待遇のものばかりではありません。特に、若手研究者のキャリアのスタートとなる非常勤講師などの職は、低賃金など労働条件の悪いものが少なくありません。こうした必ずしも労働条件が良いとはいえないポストについている大学教員の方にまで任期法の適用を認めてしまうと、

待遇は低賃金の一般労働者と大差なく、

しかも、任期法の適用によって一般労働者よりも不安定な身分になる、

という極めて過酷な状況に若手研究者を晒すことになります。

 これでは競争以前の問題として、誰も研究者を目指さなくなるため、教育研究を進展させるどころか衰退させるのではないか? という問題意識が生じます。

 この問題意識との関係で、近時公刊された判例集に、目を引く裁判例が掲載されています。昨日もご紹介した、横浜地判令6.3.12労働判例1317-5 慶應義塾(無期転換)事件です。

3.慶應義塾(無期転換)事件

 本件で被告になったのは、慶應義塾大学等の学校を設置している学校法人です。

 原告になったのは、平成26年度から契約期間1年(4月1日~翌年3月31日)の有期労働契約を締結し、非常勤講師として、薬学部の第二外国語(フランス語)の授業を担当してきた方です。契約は、

平成26年4月1日~平成27年3月31日

平成27年4月1日~平成28年3月31日

平成28年4月1日~平成29年3月31日

平成29年4月1日~平成30年3月31日

平成30年4月1日~平成31年3月31日

平成31年4月1日~令和2年3月31日

令和2年4月1日~令和3年3月31日、

令和3年4月1日~令和4年3月31日

と更新されましたが、令和3年度(令和4年3月31日)をもって雇止めを受けました(本件雇止め)。

 これに対し、無期転換権の行使や、雇止めの違法無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では幾つもの興味深い法律上の論点がありますが、その中の一つに、

原告は「教育研究組織の職」に就いているといえるのか?

という問題があります。

 原告の労働条件は、かなり特徴的で、令和3年度契約の内容は次のとおりであったとされています。

(裁判所の認定した事実)

「契約期間  令和3年4月1日から令和4年3月31日まで

就業場所  本件大学日吉キャンパス(横浜市α区β×丁目×-×)

職務内容  フランス語の授業担当

勤務時間  授業期間中の水曜日1限

給与    月額3万5000円

交通費   実額支給

給与支払日 毎月末日締め、当月20日払い」

 給与に書かれている「月給3万5000円」というのは誤字ではなく、月の賃金額が3万5000円という意味です。請求の趣旨にも「毎月20日限り、3万5000円及び・・・を支払え」と書かれています。授業一コマとはいえ、知的労働に伴う負荷を考えると、決して高待遇とは言えないように思います。

 本件の原告は、このような就労形態で働く非常勤講師について、

「教育研究組織の職」

についているとはいえないのではないかと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「原告が本件大学の施設内で実際に行った業務は、フランス語初級の授業、試験及びこれらに関連する業務のみであり、これが原告の研究に裏打ちされた見識に基づいて遂行されているとしても、同授業に研究活動を反映することは困難であったといえる・・・。

「しかし、他方で、原告は、科研費の支給を受けて研究活動に従事しており、科研費を申請する際には、研究機関である本件大学の研究活動を行うことを職務に含み、本件大学の研究活動に実際に従事しているという要件を充足するものとして申請をしている・・・。そして、原告が被告から直接支払を受ける給与は、その額が、担当した授業のコマ数、時間数に応じて定められるため、授業を担当したことによる対価であるとみることができるが、これに加えて、原告は、本件大学を所属研究機関とすることにより、科研費を支給され、これを書籍購入、各学会の入会費、参加費、年会費、出張等の経費に充て、その額は、令和元年度が約82万円、令和2年度が約31万円、令和3年度が約78万円に及んでおり,自宅において使用しているとはいえ、設置場所を本件大学とすることにより、パソコンの支給を受けるなどしている・・・。このように、科研費の支給を通じて得られる利益は、本件大学を研究機関として研究活動に従事することによって享受していたものとみることができ、かかる点において、原告は、本件大学において、職務として、研究活動に従事しているとみることができる。

「また、原告の研究内容に着目すると、21世紀の状況も検討の対象としている点で先端的な面があり、文学・芸術・美学のほか、法学、社会学、人類学等を含む学際研究を参照する点で、学際的かつ総合的な研究であると認められる・・・。かかる教育研究の分野又は方法の特性に鑑みると、原告が従事する職務は、実社会における経験を生かした実践的な教育研究等を推進するため、組織の構成員の入れ替えを図り、流動性を取入れ、絶えず多様な人材を確保する必要があるといえる。」

「かかる職務内容に鑑みると、原告は、任期法4条1項1号の『職』に就いているものと認められる。」

「これに対し、原告は、任期法7条1項の特例の適用対象となる講師としては、専ら、大学設置基準15条1号が定める『教授又は准教授となることのできる者』である専任講師が想定されており、同条2号が定める『大学における教育を担当するにふさわしい教育上の能力を有すると認められる者』である非常勤講師が含まれていると解することはできないから、非常勤講師には、任期法7条1項の適用はない旨主張する。

しかし、講師は、学校教育法上、常勤・非常勤を問わず、教授又は准教授に準ずる職に従事する職として位置付けられており(学校教育法92条参照)、非常勤講師が大学設置基準15条1号に該当しないということはできない上、任期法7条1項の適用対象である「教員」には、常勤・非常勤の別にかかわらず、講師を含むものと解されているため(任期法2条2号・・・)、非常勤講師であるから任期法7条1項が適用されないと解することはできない。

また、原告は、非常勤講師であって、業務内容は授業の担当のみであり、賃金は授業の実施の対価であり、専任教員への昇任が予定されておらず、『慶應義塾研究者情報データベース』において研究者として扱われていないため、任期法4条1項1号の職に就いておらず、原告が科研費の支給を受けていることや、本件大学以外において研究活動に従事していることは、原告の本件大学における非常勤講師としての職務の内容とは関係がない旨主張する。

しかし、前記・・・のとおり、原告が本件大学の施設内において授業の担当のみに従事し、給与の額が授業の担当の対価であるとみることができるとしても、原告が従事する研究活動は、本件大学における職務とみるべきである。仮に、非常勤講師である原告について専任教員への昇任が予定されていなかったとしても、かかる事情は、原告の職務の内容を左右するものではないし、『慶應義塾研究者情報データベース』に掲載されているか否かによって、原告の職務内容が決せられるものでもない

「したがって、原告の前記各主張は、いずれも採用できない。」

4.大学教員の雇用政策はこれで本当に良いのだろうか?

 確かに、裁判所が採用した見解も、採り得る幾通りかの解釈のうちの一つであるとは思います。

 しかし、低賃金などの労働条件に苦しんでいる人を、更に絶望の淵に追いやるような帰結には強い違和感を禁じ得ません。何より、このような判断を定着させて、本邦の教育研究は大丈夫なのかと思います。

 本判決は控訴されているようですので、上級審でどのような判断がされるのか、引き続き注視して行きたいと思います。