弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教員の労働問題-人事評価を目的としない授業評価アンケートの結果を雇止め理由にできるのか?

1.授業評価アンケート

 教育を改善するための取り組みとして、現在、多くの大学において、学生による授業評価アンケートが実施されています。

 関内隆ほか「主要国立大学における『学生による授業評価』アンケートの分析」〔東北大学高等教育開発推進センター紀要、2006〕1頁によると、

「学生による授業評価アンケートを実施する国立大学は、10年前の平成7年度には全体の約6割の56大学という状況にあったが、今や実施していない大学は皆無に等しい」

とのことです。

https://tohoku.repo.nii.ac.jp/records/51321

 また、少し古いデータになりますが、文部科学省によると、学生による授業評価アンケートを実施していた私立大学は、平成23年度時点で552校にも及びます。

https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigaku/04052801/002.htm

 しかし、授業評価アンケートには、

学生に阿ることになるのではないか?

という問題があります。

 大学教育を受けた方であれば実体験として分かるのではないかと思いますが、

学生に人気がある授業=優れた授業

という図式は必ずしも成り立ちません。

 典型的な例を一つ上げると、単位認定が甘い授業は人気が出やすい反面、内容的に濃密で深いものであったとしても、単位認定が厳しい授業は人気のないものになりやすい傾向があります。

 こうした問題があることから、授業評価アンケートについては「授業を改善するため」といったように目的を限定し、人事評価の資料としては重視しないという方針を採る大学も少なくありません。

 それでは、このように「授業を改善するため」と銘打って行われた授業評価アンケートの結果を、非常勤講師を雇止めにする材料として活用することは許されるのでしょうか?

 一昨々日、一昨日、昨日と紹介している、横浜地判令6.3.12労働判例1317-5 慶應義塾(無期転換)事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.慶應義塾(無期転換)事件

 本件で被告になったのは、慶應義塾大学等の学校を設置している学校法人です。

 原告になったのは、平成26年度から契約期間1年(4月1日~翌年3月31日)の有期労働契約を締結し、非常勤講師として、薬学部の第二外国語(フランス語)の授業を担当してきた方です。

 契約は毎年更新されてきましたが、令和3年度末(令和4年3月31日)をもって雇止めを受けました(本件雇止め)。

 これに対し、無期転換権の行使や、雇止めの違法無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では幾つもの興味深い法律上の論点がありますが、本日の記事で焦点を当てたいのは、雇い止め事由の存否です。被告は、雇止め事由の一つとして、授業評価アンケートの悪さを指摘しました。

 これに対し、原告は、次のとおり反論しました。

(原告の主張)

「被告は、原告について『授業評価アンケート』で低評価であったとも主張するが、被告において行われていたのは『授業評価アンケート』ではなく、学生を対象とする「授業を改善するための調査」である。」

「『授業を改善するための調査』は、授業内容を充実させ、教材や教授法を改善するための資料として、授業に対するフィードバックを目的としており、教員に対する評価を目的としていない。また、学生が行う評価も、マークシートで、5段階評価を行うだけの簡易なものである。現に、被告が過去に、原告に対して、『授業を改善するための調査』の評価に基づいて、指導や注意を行ったこともない。」

「被告は『授業を改善するための調査』に基づいて、順位を付けた上で、原告の順位が最下位であった、あるいは下から2位から4位であったと強調している。しかし、被告がこれまでに、『授業を改善するための調査』に基づいて、本件大学の教員に順位を付け、本件大学内部で報告したり、個々の教員に通知したりしていたこともない。また、原告の評価は、令和3年度秋学期を除けば、いずれの年度も総合評価は3点を上回っており、平均点との差も僅かである。」

「したがって、『授業を改善するための調査』に現れている原告に対する評価は、『極めて劣悪』などと言われなければならない程のものではなく、本件雇止めを正当化する理由となるものではない。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、授業評価アンケートを雇止めの根拠資料として活用することを認めました。雇止め事由はこれだけではありませんでしたが、結論としても、原告の地位確認請求は棄却されています。

(裁判所の判断)

授業評価アンケートは、薬学部においては人事評価の資料としては使用しておらず、これに基づいて原告に対して注意、指導をしたことはなかったが、教授法等を改善するための資料であり、講義及び講師に関する評価項目は、講義内容が学生に対する教育の観点から適切なものであったかを判断する指標となるものといえるところ、授業評価アンケートにおいて、原告は、平均点を下回るなどしていたものであり・・・、原告の授業内容は、学生への教育という目的を果たすために適切なものであったかについて、疑問や不十分さが残るといわざるを得ない。」

「この点、原告は、上記の授業評価アンケートについて、その名称が『授業を改善するための調査』であり、人事評価を目的とするものではない旨を指摘するが、かかる指摘を踏まえても、上記のとおり、評価項目の内容等によれば、学生に対する教授法等が適切であったかを判断する指標となるものであり、その結果を他学部による委嘱の可能性を検討する資料として用いることが不当であるとはいえない。また、原告は、上記の授業評価アンケートの結果が劣悪というほどではなかった旨主張するが、平均点を下回ったことや点数の順位・・・からすれば、他学部による委嘱が困難であるとの判断が不適切であったとはいえない。」

「前記・・・の学生とのトラブルの内容、授業評価アンケートの結果に鑑みると、原告について、他学部による委嘱が困難であるとの判断に至ったことはやむを得ないというべきであり、被告において、薬学部運営委員会での検討や団体交渉の前後での検討の他に、原告が外国語教育研究センターでの授業を担当する余地があるかなど、原告を雇用する可能性を更に検討しなかったとしても、雇止めを回避する可能性に関する検討を怠ったとはいえない。」

以上によれば、本件雇止めは、『客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき』(労契法19条柱書)に当たらない。」

3.学生に阿る必要はないであろうが、無視するのも危ない

 個人的な感覚としては、学生に迎合して授業内容を決めたり、授業の進め方を組み立てるのはいかがなものかとは思います。

 ただ、本裁判例のように目的の転用を是認するような判断もあることからすると、無視しても平気(労働契約上、不利な扱いを受けない)と言えるわけでもありません。

 塩梅が難しいとは思われますが、大学教員の方は、学生の授業評価アンケートとは是々非々で上手く付き合って行く必要があるのだと思われます。