弁護士 師子角允彬のブログ

一般の方に向けて、法律や判例に関する情報を提供して行きます。

整理解雇における交渉、無理のある回答期限の設定はリスクでしかない(労働条件の切り下げに応じるか、さもなければ解雇する)

1.無理のある回答期限の設定には、害はあっても益はない

 労使紛争に限らず、紛争の一方当事者が他方当事者に何等かの要求をする場合、回答期限を設定することがあります。

 例えば、

「本通知の到達後、2週間以内にご回答を頂けない場合、やむを得ず法的措置をとることがあります。」

といったようにです。

 こういう通知を見ると、その期限内に何らかの回答をしなければ不利になるのではないかと心配する方がいます。

 しかし、別に心配したり怖がったりする必要はありません。一方的に設定された期限に従う義務などあるはずもなく、徒過したところで、普通、どうということはありません。

 弁護士実務をしていると、事件の性質や内容に照らして極端に短い回答期限が付されている通知を見ることがあります。1週間以内に回答しろだとか、酷いときには、3日以内に回答しろといったような通知です。

 余程の弱みでもない限り、こういう期限設定は無視して淡々と合理的期間内に回答をすることになります。普通の事案では、それで何の問題も起きません。期限内に回答がないと騒ぐ人が稀にいますが、訴訟に移行した時に、その人が裁判所から変な目で見られるだけで、当方には特段の実害はありません。紛争処理で重要なのは、裁判所の理解を得ることであって、相手方の理解や納得を得ることではありません。

 一般論として言うと、無理のある回答期限は、遵守されませんし、次の行動を正当化するエクスキューズにもなりませんし、裁判所から変人だと思われるリスクもあるし、設定したところで、害になることはあっても、益になることはありません。

 近時の判例集にも、整理解雇の場面で無理のある期限設定をして、解雇の有効性が否定された裁判例が掲載されていました。大阪地判令元.6.6労働判例ジャーナル92-38 Vet’sコンサルティング事件です。

2.Vet’sコンサルティング事件

 この事件は動物病院(被告P4の個人事業)を整理解雇された動物看護師P1~P3(以下「原告ら」といいます)が、解雇の効力を争って地位の確認等を求めて訴えを提起した事案です。

 整理解雇の背景には、動物病院の売上の減少と、人件費比率の高さがありました。

 裁判所は以下のように述べて、人件費削減の必要性があったことを認めながらも、無理のある期限設定のもとで労働条件の切り下げに応じるか、さもなければ解雇すると迫ったことから解雇回避努力が尽くされていないとして、解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

-人員削減の必要性-

「本件動物病院は、原告らの解雇日に近接する平成29年1月13日、ホームページ上で動物看護師、薬剤師及び事務職の募集を行っている・・・。しかしながら、

〔1〕被告P4の所得税青色申告決算書の損益計算書によれば、平成25年から29年にかけて、売上金額は減少を続けており、平成26年から28年にかけては、経費控除後の金額において損失を計上していること・・・、

〔2〕被告会社は、平成25年から28年まで、被告P4から、おおむね1200万円の支払を受け、被告P4の従業員に対する給与の支払いを行っていたところ、平成27年及び28年の損益計算書によれば、損失を計上していること・・・、

〔3〕被告P4は、外注工賃の名目で被告会社に資金を投入しているところ、被告会社の上記損益計算書によれば、被告会社の販売費及び一般管理費の大部分は人件費で占められていること・・・、

〔4〕被告P4の上記損益計算書によれば、給与賃金と外注工賃との合計額が、売上原価差引後の金額に占める割合は、平成28年においては約54%、平成27年においては約52%、平成26年においては約58%であったこと・・・、

以上の事実が認められる。かかる事実によれば、本件動物病院における利益に対する人件費の占める割合は高く、被告P4が上記のように損失を計上するに至った主な原因は、高額な人件費にあるということができる一方で、本件動物病院の売上金額が減少を続けている状況においては、被告P4には、経営を健全化・合理化するため、人員の削減を行ない、人件費を削減する必要性があったと認められる。

-P2との関係での解雇回避努力等-
「P5マネージャーが、原告P2に対して提示した賃金額は、時給が1400円であり、1日8時間労働として日給に換算すると、1万1200円となるところ、従前は、日給が1万2705円とされていたから、日給が1505円の減額となる・・・。また、昼食代については従前1勤務日当たり800円であるとされ、仮に22日勤務した場合、月額1万7600円となるところ、提示された賃金においては、昼食代月3500円のほかに、家賃補助月2万円を支給するとされている・・・。」
「以上によれば、被告P4は、本件動物病院の経営状況に照らし、賃金の減額が避けられない中でも、原告P2に対して、一定の合理性を有する契約内容を提示することで、解雇を回避する努力を行っているということができる。」

「しかしながら、

〔1〕P5マネージャーは、平成28年9月以降、本件動物病院の経営に関与するようになり・・・、同月23又は24日、原告P2に対して、本件動物病院の経営状態が芳しくないことを理由として、最終的には年収300万円にまで賃金を減額する可能性を示唆しつつ、職務内容について教育指導を担当するか否かの意向を確認してはいたものの・・・、具体的な賃金額や職務の内容(受付事務)を提示したのは、同年11月25日が初めてであったこと・・・、

〔2〕P5マネージャーが、原告P2に対して賃金額等の労働条件を提示した際、原告P2に対して、労働条件の変更に応じるか、さもなければ解雇するとの二者択一的な提示をした上で、わずか5日で回答するように求めたこと・・・、

〔3〕原告P2が加入した本件組合は、回答期限満了までの間にも、被告P4との間で、団体交渉を行ったものの、被告P4は、原告P2が、賃金減額や職務内容の変更を了承できないとの意向であると理解しながら、回答期限を延ばすことのないまま、原告P2に対する解雇予告を行ったこと・・・、以上の事実が認められる。これらの事実に加え、労働契約法の合意原則(同法1条、3条1項、4条1項)、労働者の従属性及び労使間の情報収集能力・交渉力の格差に鑑みれば、被告P4は、原告P2に対し、解雇回避のために労働条件の変更を申し出てはいるものの、十分な説明や交渉を経ることのないまま、解雇の意思表示を行ったものということができ、解雇回避努力が十分に尽くされたものと評価することはできない。解雇の手続上も相当であるとはいえない。

「以上によれば、原告P2に対する解雇が、整理解雇として、客観的合理的理由及び社会通念上の相当性を有するものであるとは認められない。」

-P1及びP3との関係での解雇回避努力等-
「被告P4は、原告P1及びP3に対し、平成28年12月12日に労働条件の提示を行った・・・ものの、原告P1及びP3から返答を聞くことのないまま、同月27日、原告P1及びP3に対して解雇の意思表示を行った・・・ものであって、何らかの解雇回避努力がなされているとはいえない。
「したがって、原告P1及びP3に対する解雇が、整理解雇として、客観的合理的理由及び社会通念上の相当性を有するものであるとは認められない。」

3.専門家から見て適切な行動、紛争処理に慣れない人にとって頼もしく映る行動

 弁護士の良し悪しを一般の人が判断するのは困難だと思います。原因は幾つもありますが、専門家から見た適切な行動と、紛争処理に慣れない人にとって頼もしく映る行動が違うことも、その一つではないかと思います。

 無理のある回答期限の設定も評価に齟齬がでるポイントの一つです。

 紛争処理に慣れた弁護士からすると、冒頭で述べたとおり、無茶な回答期限の設定はリスク要因でしかなく、こうした期限設定をすることには消極的な評価をすることが多いだろうと思います。

 他方、裁判慣れしていない人から見ると(裁判慣れしている一般の人など殆どいないとは思いますが)、強気に回答を迫る人の方が頼もしく見えることもあるようです。

 しかし、強気に行った結果、どうなるかと言うと、Vet’コンサルティング事件で敗訴した使用者のようになります。人員削減の必要性が認められているのだから、必要なプロセスさえ踏めば有効な整理解雇ができた可能性はそれなりにあったのに、無茶な回答期限を設定して回答を迫ったという手続のところで足元を掬われました。

 使用者側の交渉はP5マネージャーがやっています。無茶な回答期限の設定がP5マネージャーの独断なのか、病院側の弁護士の助言のもとで行われたのかは分かりませんが、手続で負けるというのは、端的に言うと、エラーによる負けに等しいことだと思います。

 一般の方が弁護士の良し悪しを見極めるポイントですが、相手方に対してあんまり高圧的に迫る人への依頼の継続には、少し慎重になった方がいいかも知れません。

 

「もう来なくてもいい」系の言動への対応-働く気はないけれどもクビになるのは納得できない方へ

1.「もう来なくていい」系の言動への対応

 「『もう来なくてもいい』と言われた。こんな会社で働く気はないけれども、クビになるのは納得できない。」という相談を受けることがあります。

 こうした場合でも、解雇を争うことには一定の実益があります。

 解雇の無効が認められれば、解雇の意思表示を受けてから、解雇の無効が認められるまでの間の賃金を得ることができるからです。訴訟に絶対はないのでリスクはありますが、1年、1年半と裁判をやって解雇の無効が認められた場合、実際に労務を提供していなくても、かなりの金額を手にすることができます。解雇の無効が認められた後、退職の意思表示をするのは自由であり、解雇無効の判決が確定したところで、その会社で働かなければならないわけではありません。

 「もう来なくてもいい」系統の解雇なのか退職勧奨なのかが微妙な言動に関しては、先ずは解雇の意思表示として構成できないかを検討することになります。

 解雇は客観的に合理的な理由・社会通念上の相当性が認められない限り効力を有しないのに対し(労働契約法16条)、退職合意は錯誤・詐欺・強迫といった意思表示上の問題がない限り、その効力を否定することができないからです。実務的な感覚で言うと、解雇の効力を争う方が、退職合意の効力を争うよりも、ずっと簡単です。

 しかし、ここで一つの問題が生じます。

 解雇を主張するとして、いつ主張するのかです。

 すぐに解雇無効を主張すると、「もとより解雇したつもりはない。速やかに出勤されたい。」との回答が来る場合があります。本気で復職を狙っている事案であれば願ったり叶ったりで問題ないのですが、働くつもりがなく専ら金銭的な解決を企図して解雇無効を主張する場合には困ったことになります。

 しかし、だからといって時間を置きすぎると、「合意退職が成立している。長期間何も言ってこなかったのは、そういう趣旨ではないか。合意退職でないとしても、無断欠勤がここまで続いているのだから解雇する。欠勤期間中は労務の提供の意思表示を受けていたわけではないし、当然賃金は発生しない。」という趣旨の回答を寄せられることになります。

 それでは、いつ解雇無効を主張するのが最善手なのかと言うと、一律に言うことはできません。時間を置きすぎることが悪手であることは間違いないのですが、早期に介入するパターンと、ある程度時間を置いてから介入するパターンの二通りの選択が有り得ます。ある程度時間を置くというのは「出勤するようにとの働きかけが全然ないのだから、これは解雇というほかない。」という論法を展開するためです。

 早期介入パターンを選択するか、ある程度時間を置くパターンを採用するかは、事案毎の判断になります。

 一例を挙げると、他社就労など退職合意の根拠とされそうなことを早期に行う予定があるような場合には、早期介入を図ります。以降の行動が、解雇の効力を争う権利を留保したうえでのものであることを明確にするためです。他方、そうした特段の事情がない場合には、出勤要請がない時間を一定程度作り出してから介入することも選択肢として生じてきます。

 この介入時期の選択の問題は、あまり実務書で触れられているといった感がないのですが、個人的には重要で専門的な判断だと思っています。

 なぜ、このようなことを書こうと思ったのかと言うと、近時公刊された判例集に、退職合意をとられないために早期に解雇無効を主張したことが有効に機能した裁判例が掲載されていたからです。東京地判平31.4.25労働判例ジャーナル92-52 新日本建設運輸事件です。

2.新日本建設運輸事件

(1)事案の概要

 この事件で被告になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、被告でトラック運転手として働いていた人達です。

 賃上げ等の労働条件の改善をめぐって会社と話し合いをしていたところ、会社側から解雇通知を受け取るのか、これまでの問題行動を謝罪して交渉を白紙化するのかの選択を迫られ、原告らは「もういいですよ。」などと言いながら解雇通知書等を手に取って退席しました。

 これが平成28年5月26日のやりとりです。原告らの最終出勤日は6月20日であり、その間、原告らは被告の求めに応じて私物を持ち帰ったり、車両を返還したりしました。最終出勤日の後、原告らの一部は他社就労をしています(他社就労しても、損益相殺される限度は決まっているので解雇無効を主張することは無駄にはなりません)。

 本件では、こうした一連の経過が、解雇なのか退職合意なのかが争点の一つとなりました。

 原告らが解雇通知書等を受け取って退席した時のやりとりの詳細は次のとおりです(h 氏とあるのは土建労組の担当者です)。

「原告ら6名及び被告代表者は、平成28年5月26日、土建労組江戸川支部に集まり、別々の部屋で待機しながら、h氏が双方の部屋を行き来して交渉を行った。被告代表者は、h氏を通じて、原告ら6名に対し、原告a、g氏及びf氏を解雇し、場合によっては、原告b、原告c及びe氏も解雇することを考えている旨を伝え、解雇だけは避けてほしい旨のh氏からの要望に対しても、特に原告a、g氏及びf氏の解雇は譲れない旨を強く述べていたが、仲介役のh氏からの再三にわたる要望を受け、h氏に対し、原告ら6名がこれまでの行動を謝罪するとともに、これまでの交渉を全て白紙に戻すのであれば解雇しない旨を伝えた。」
「h氏から被告代表者の話を聞いた原告ら6名は、被告代表者が待機していた部屋に向かい、被告代表者と直接交渉を行った。被告代表者は、原告ら6名に対し、過去の問題行動等を謝罪するとともに、これまでの交渉を全て白紙に戻すことを求めたが、原告ら6名がこれに応じることはなく、また、賃上げについても、双方とも従前どおりの提案と回答をするのみで交渉は進展しなかった。そのような中で、被告代表者は、原告ら6名に対し、目の前の長机の上に置いていた原告ら6名全員分の本件解雇通知書等を示しながら、本件解雇通知書等を取るのか、それとも過去の問題行動等を謝罪するとともに、これまでの交渉を全て白紙に戻すのかのいずれかを選択するように求めた。これに対し、原告bは、原告aに対し、『もういいよ。話にならないよ。』等と述べ、原告aも、被告代表者に対し、『もういいですよ。』等と述べるとともに、被告代表者においていずれかを選ぶように求めた。しかし、被告代表者から原告ら6名が選ぶように求められたため、原告aは、原告ら6名全員分の本件解雇通知書等を手に取り、その他の者とともに部屋を出た。」

(2)裁判所の判断

 裁判所は次のように述べて、これは解雇だと判示しました。

「被告は、平成28年5月26日の原告らと被告との間のやり取り等を基に、原告らと被告との間には退職合意が存在すると主張する。」
「しかし、同日の原告らと被告との間のやり取りは、上記1(2)の認定事実のとおりであるところ、原告らが本件解雇通知書等を手に取り、部屋を出たのは、被告代表者から、本件解雇通知書等を取るのか、それともこれまでの行動を謝罪するとともに、これまでの交渉を全て白紙に戻すのかのいずれかを選択するように求められたためであり、その後、原告らが被告代表者に対し不当解雇である旨を述べていたことからも明らかなように、原告らが被告に対し被告を任意に退職する意思を示していたということはできない(原告らの「もういいですよ。」等の発言についても、上記の選択を求めた被告代表者の意思が固いことを認識し、それ以上の交渉を断念したことによりされた発言であり、当該発言をもって被告を任意に退職することを了承した趣旨であると解することはできない。)。」
「そして、上記1(1)ウ及び(2)のとおり、被告代表者は、原告らを(原告b及び原告cについては条件付きで)解雇する意思を固め、予め原告ら全員分の本件解雇通知書等を作成した上で平成28年5月26日の直接交渉に臨み、その旨を原告らに伝え、その後、原告らに対し、解雇の意向を完全に撤回することなく、原告ら全員分の本件解雇通知書等を示した上で、本件解雇通知書等を取るのか、それともこれまでの行動を謝罪するとともに、これまでの交渉を全て白紙に戻すのかのいずれかを選択するように委ねたのであるから、原告らが本件解雇通知書等を手に取り、部屋を出た時点で、原告らに対し、確定的な解雇の意思表示をしたと認めるのが相当である。」
「これに対し、被告は、同日以降、最終勤務日までの原告らの言動から退職合意が存在したことが裏付けられる旨を主張するが、上記のとおり、原告らが、被告から確定的な解雇の意思表示をされた上、最終勤務日の2日後である同年6月22日、本件各解雇が無効である旨主張する通知書を被告宛に送付していることに照らせば、その後、被告に対して労働契約の継続を求めなかったり、被告の求めに応じて私物を持ち帰ったり、被告に車両を返還したりしたとしても、被告を任意に退職することについて合意していたと認めることができないことは明らかである。

3.本件で解雇とされたのは当然であろうが・・・

 本件は解雇通知書の用意までなされていた事案であり、一連のやりとりが解雇だと評価されたのは、当然といえば当然のことだと思います。

 しかし、私物の持ち帰り・被告への車両の返還といった労働契約の存続を望むことと矛盾していると捉えられかねない挙動が、最終勤務日の2日後という比較的早い段階で解雇無効を主張する通知書が送付されている事実から問題視されなくなっていることは、注目に値する事実認定ではないかと思います。

 これは早期の解雇無効の主張が、事件処理の中で有効に機能した一例として位置づけられます。

 事件処理を行うにあたっては、一つ一つの行動が、後の手続との関係でどのように評価されるのかを考えながら行動を組み立てて行かなければなりません。

 多数の裁判例を読み込んでいる専門家でなければ、これを行うのは難しいと思います。そのため、揉め事になりそうだと思ったら、できるだけ早い段階から弁護士に相談しておくことが大事です。ご自身の手に負えなくなってから相談に来る方もおられますが、弁護士的な感覚で言うと、行動選択の幅が広がるので、できるだけ早い段階から相談しておくことが望ましいのではないかと思います。

 

導入に失敗して基本給化した固定残業代は、一方的には減らされない

1.固定残業代の導入の失敗

 適法要件を満たさない固定残業代は、残業代の支払としての効力を持ちません。その結果どうなるかと言うと、労働者は固定残業代部分も含めた金額を前提に時間単価を計算し、改めて使用者に残業代を請求できることになります。

 これは使用者にとっては相当なダメージになります。そのため、固定残業代の導入が不適法で無効だと理解される場合、使用者としては固定残業代の導入そのものを撤回したいという発想になります。

 しかし、こうした経緯から固定残業代部分の賃金を減らすことは許されるのでしょうか。無効なものなのだから仕切り直しを認めてもいいように思われる反面、一旦既得権として得られた賃金を一方的に減らされるというのはおかしなことであるようにも思われます。

 この問題を考えるうえで、参考になりそうな裁判例が公刊物に掲載されていました。大阪地判令元.7.16労働判例ジャーナル92-20メディカルマネージメントコンサルタンツ事件です。

2.メディカルマネージメントコンサルタンツ事件

(1)事案の概要

 この事件で被告になったのは、病医院及び一般企業の会計業務及び経営コンサルタント業務等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告で税務会計補助業務を担当していた従業員の方です。

 試用期間中、原告の基本給は18万円でした。これが試用期間経過後に20万円に上げられました。

 しかし、基本給が引き上げられてから約7か月後、原告は基本給を2万円引き下げられました。残業代の趣旨で2万円を引き上げたけれども、残業が少ないから減らしたとのことでした。

 基本給2万円の引き上げが有効な固定残業代の導入と認められるのかを含め、このようなことが果たして許されるのかが争われたのが本件です。

(2)裁判所の判断

 裁判所は次のとおり述べて、2万円部分の固定残業代としての有効性を否定したうえ、一方的な基本給の引き下げは許されないと判示しました。

(判決要旨)

-2万円部分の固定残業代としての有効性について-

「平成27年9月分までの原告の給与支払明細書には、基本給が18万円である旨記載され、試用期間が経過した平成27年10月分以降の原告の給与支払明細書には、基本給が20万円である旨記載されていることが認められる。そして、被告代表者は、平成27年10月分からの基本給の増額について、原告に対し、『仕事も慣れてきたみたいで、試用期間も終了して、残業もやってもらわなきゃいけなくなる可能性も大ということから、一応本人には、残業していただくことになるから、それを込みで、残業代も込みで2万円増額しますという臨時昇給の旨を申し渡し』たと供述するところ(被告代表者)、同供述によれば、当該2万円の増額は、残業代込みでの臨時昇給であると認められる。そうすると、平成27年10月分からの基本給の増額分には、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが混在していることになるから、上記基本給の2万円の増額全部が残業代見合いのものであると認めることはできないし、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することもできないから、上記増額のうち一部が残業代見合いのものであると認めることもできない。
「よって、平成27年10月分からの基本給2万円の増額分は、残業代であるとみることはできず、給与支払明細書記載のとおり、基本給であるとみるほかない。

-2万円部分の引き下げの有効性について-
「被告は、原告に対し、平成28年10月分以降、基本給を2万円減額して支給していること(本件賃金減額)、これに対し、原告は、被告代表者に対し、抗議を行ったこと、以上の事実が認められる。被告は、原告に対し、残業する必要はない旨伝えた上で、残業代分である2万円を減額して支給した旨主張するが・・・、平成27年10月分からの基本給2万円の増額分は基本給とみるほかないから、本件賃金減額は、原告の同意なく行われた労働契約の内容の不利益変更であり、無効というべきである(労働契約法8条)。

3.使用者側のミスは安易に救済されない

 固定残業代の有効性が否定されたのは、残業代の趣旨とそうではない趣旨の部分とが混在していると理解されたところ、残業代の部分をきちんと判別することができなかったからです。

 判別可能性は、最高裁が定立している固定残業代の有効要件です(最二小判平6.6.13労働判例653-12 高知県観光事件、最一小判平24.3.8労働判例1060-5 テックジャパン事件、最二小判平29.7.7労働判例1168-49 医療法人社団康心会事件)。判別可能性が有効要件であるのは、判別可能性がなければ、労働基準法37条に基づいて計算された額以上の金額がきちんと支払われているかを検証できないからです。

 本件では判別可能性がないことを理由に、固定残業代の有効性が否定されました。有効性が否定された固定残業代は全額が基本給に組み込まれました。

 そして、一旦基本給に組み込まれた以上、これを減らすことは労働条件の不利益変更であり、一方的に行うことは許されないと判断されました。

 固定残業代に関しては、日本全国で争いが頻発しています。法の趣旨に従ってきちんと運用する場合、使用者にとっては損にしかなりません。予定された時間以下の残業しかなくても満額を支払わなければならない反面、固定残業代で賄えない部分が出てきた場合その分はきちんと精算しなければならないからです。

 こうした実体が周知されてきたせいか、近時、固定残業代をなくすという方向に制度を改めようとする会社も散見されます(そういう相談実例にあたりました)。しかし、導入時にエラーがある場合、労働者の側は、こうした動きに対抗して行くことが可能です。

 固定残業代に振り回されてお困りの方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談頂ければと思います。

 

職場内不倫は危険(セクハラで訴えられた時、防御することが難しい)

1.セクハラに関する経験則

 セクハラの被害者は、明示的な抵抗を示せないことが少なくありません。そのため、損害賠償を請求する訴訟を提起しても、加害者から「同意があった。」という反論が出されることがあります。

 同意の有無を判断するにあたっては、最高裁が、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくない」

という経験則を示しています(最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件)。

 最高裁が示した上記の経験則は、懲戒処分の効力を争う訴訟の中で示されたことです。しかし、セクハラをめぐる損害賠償請求訴訟にも影響を与えていて、同意があったとの抗弁は、従来よりも採用されにくい傾向が生じていると思います。

 そのことが端的に伺われる裁判例が公刊物に掲載されていました。

 京都地判令元.6.28労働判例ジャーナル92-26 学校法人つくば開成学園事件です。

2.学校法人つくば開成学園事件

 本件は、学校法人が設置する高等学校の常勤講師の女性が原告となって、分室長及び副校長にあった被告bからセクハラを受けたとして、被告bらに対して損害賠償を請求する訴訟を提起した事件です。

 セクハラ行為は多岐に渡りますが、裁判所は下記の(ア)、(イ)の行為について、次のような判断を示しています。

(セクハラ行為(ア)、(イ))

「(ア)原告は、平成24年4月6日、教員の懇親会である『講師会』の二次会で、カラオケボックスに行った。同日午後9時30分頃、原告が同カラオケボックスのトイレの入り口で立っていた。すると、被告bは、原告に対し、『がんばってください』などと言いながら、同人を抱きしめて、そのままキスをした。」
「(イ)原告は、平成24年4月6日午後10時頃、他の教員の飲み物を取ってくるため、上記(ア)記載のカラオケボックスのカラオケルームを出た。すると、被告bが原告を追い掛けて、同カラオケルームを出てきた。そして、同カラオケルームの前で、『いい?』と言いながらディープキスをした。」

(裁判所の判断)

「原告は、本件行為(ア)及び(イ)が行われ、本件行為(ア)には同意していなかったと主張し、証拠(甲23、原告)には、これに沿う部分がある。被告らは、本件行為(イ)を否認し、本件行為(ア)については、原告が被告bに抱きついてきたために、原告の同意のもとに、抱き合ってキスをしたと主張する。証拠(乙20、被告b)には、被告らの上記主張に沿う部分がある。」
「前記認定事実(4)ア及びイ並びに争いのない事実によれば、被告bが、本件行為(ア)の当時、原告と抱き合ってキスしたことが認められるうえに、原告が、平成24年5月10日に、恩師に対し本件行為(ア)及び(イ)などに関してどのように対処すべきか相談していること及び原告が同月以降、ほぼ一貫して、弁護士に、本件行為(ア)及び(イ)に関する被害申告ないし相談している事実も認められる。これらの事実に加えて、本件全証拠を精査しても、原告が本件各行為について虚偽の供述をする動機がうかがわれないうえに、原告と被告bとの間では、職場以外でのやり取りがほぼなく、本件各行為の当時、親密な関係であったとうかがわせる事情がないこと及び原告の供述内容に、格別不自然、不合理な点が見受けられないことを踏まえると、原告の供述や陳述書の記載が事実と異なるとは考え難い。」
「これに対して、被告らは、原告が駅前クリニック及びこだまクリニックの診療において、やっぱり自分が悪かったと思う、誤解させた、陳述書を読んでも、結局自分がわるいんじゃんと思っているなどの旨を担当医に話していること及び平成24年7月11日以前に交際していたeには本件各行為の話をしていないことなどから、上記原告の供述が信用できない旨をも主張する。
「確かに、証拠(甲24、乙2)及び弁論の全趣旨によれば、被告らが主張する事実が認められる。しかしながら、証拠(甲26、28)によれば、性的被害を受けた場合、逃げたり直接的な抵抗をしたりできるのは被害者のごく一部で、身体的・心理的まひ状態に陥るなどする被害者が多いこと、性的被害を受けている被害者が、笑っていたり全くの無表情で抵抗をしていないように見えたりする場合があることが認められる。このような事実からすれば、原告が、自責の念に駆られたり、その他合理的でない行動を執ったとしても、不自然であるとはいえない。また、性的な被害を受けた場合、羞恥心等から、交際相手や夫に対してであっても被害を申告できないことは、格別不自然とまではいえない。被害者の態度が、加害者からみて同意を表すようにみえても、実はそうでないということが、十分あり得る。そうすると、被告らの主張は、上記原告の供述の信用性に疑義を生じさせるほどのものとはいえないから、採用することができない。
「以上によれば、上記証拠(甲23、原告)中原告の主張に沿う部分は、信用でき、上記証拠(乙20、被告b)中被告らの主張に沿う部分は、採用できない。原告が主張するとおり、本件行為(ア)及び(イ)が行われたと認められ、原告が本件行為(ア)に同意していたとは認められない。」

3.職場内不倫のリスク-セクハラで訴えられた時、防御することが難しい

 本件では、上記以外にも、セクハラ行為として、被告bがラブホテルで原告女性と性交渉に及んだことが認定されています。その中で、原告女性が「奥さんに悪いとは思わないんですか。」と発言した事実があるようです。被告bは既婚者で、不貞行為に及んだのだと思います。

 そうだとすれば、職場以外でのやりとりや、親密な関係であることを示す証拠がなかったとしても、それほど不自然ではないかも知れません。そういう証拠は不貞行為が発覚する端緒となるため、被告bとしても残したくないと思われるからです。

 しかし、裁判所は「被害者の態度が、加害者からみて同意を表すようにみえても、実はそうでないということが、十分あり得る。」との経験則のもと、同意を示唆する証拠を排斥したうえ、職場以外でのやり取りがほぼなく、本件各行為の当時、親密な関係であったとうかがわせる事情がないことなどを根拠に、原告女性の供述の信用性を肯定し、セクハラ行為があったことを認めました。

 確かに、不貞行為に及ぶ方が悪いと言われればそれまでだと思いますが、不貞関係が結ばれていたケースを念頭に置くと、こうした経験則のもとでセクハラが認定されるのは結構怖いことだと思います。同意の存在を立証しようにも、職場外でも親密にしていたことを示す証拠が残っていないことが考えられるからです。

 親密にしていたことを示す証拠を残しておけば不貞行為発覚のリスクが生じ、不貞行為発覚のリスクを避けようと痕跡を消してしまうと今度はセクハラで訴えられた時に防御が非常に難しくなる、そうしたジレンマがあることからも、職場内不倫は極めて危険な行為だと思います。

 

忘年会が禁止されていたとしても、忘年会で同僚から暴力を振るわれた方には、会社に責任を追及できる可能性がある

1.使用者責任

 民法715条1項本文は、

「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」

と規定しています。

 これは、簡単に言うと、従業員が事業活動に関連して第三者に損害を与えた場合、その雇い主も責任を負うという意味です。

 民法715条1項但書は、

「ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」

と選任監督に相当の注意を払っていれば、使用者は責任を免れることができると規定しています。

 しかし、実務上、選任監督について相当の注意を払ったと認められる可能性は極めて低く、雇い主が従業員のしでかした不法行為に対する責任を免れることができるのは、不法行為が

「事業の執行について」

なされたとはいえない場合くらいです。

 そのため、仕事かどうかが曖昧な状況のもとで被害が発生した場合、被害者が加害者の雇い主に損害賠償を請求すると、「事業の執行について」なされた不法行為なのかが、しばしば熾烈に争われます。

 「事業の執行について」といえるのかが問題になりやすいのは忘年会などの非公式行事中の出来事です。

 近時公刊された判例集に掲載されていた東京地判平30.1.22労働判例1208-82フーデックホールディングスほか事件も、忘年会での暴行が「業務の執行について」なされたものであるのかが争われた事案の一つです。

2.フーディックホールディングスほか事件

(1)事案の概要

 本件は、忘年会の二次会で同僚から殴られた原告が、会社に対して使用者責任の規定を根拠に損害賠償などを請求した事案です。

 忘年会の二次会で仕事ぶりなどを非難するようなことを言われた原告が、

「めんどくせえ。」

と言い返したところ、同僚から暴行を受けたという経緯です。

(2)裁判所の判断

 裁判所は、次のように述べて、暴行が「事業の執行について」行われたことを認め、被告に対して60万円強の損害賠償額の支払を命じました。

(判決の要旨)

「本件忘年会は、新橋店のD店長の発案で、同店の忘年会と、定年退職者及び異動者の送別会の趣旨で開催されたものであり、一次会は、新橋店の営業終了後に同店近くの焼肉店で行われたこと、原告は、当日休みであったにもかかわらず、事前にD店長から参加を促されており、新橋店の従業員及びアルバイトが全員参加していること、二次会は、公共交通機関による帰宅が不可能な午前2時30分頃から開催されているから、一次会に参加した者は、事実上二次会にも参加せざるを得ない状況にあり、現に一次会に参加した者全員が二次会にも参加したことが認められる。
そうすると、本件忘年会は、一次会、二次会を通じて、被告会社の職務と密接な関連性があり、事業の執行につき行われたというべきである。
「これに対し、被告会社は、本件忘年会のような行事は労務管理上禁止しており、本件忘年会は、業務外の私的な会合であると主張し、D店長もこれに沿う供述をする。」
「しかし、そもそも被告会社が本件忘年会のような行事を禁止していたと認めるに足りる客観的な証拠はないし、仮に被告会社が本件忘年会のような行事を禁止していた事実があったとしても、上記事情に照らせば、本件忘年会が被告会社の事業の執行につき行われたものであることは否定できない。
「そして、本件暴行は、本件忘年会の二次会において、被告会社の従業員である被告Y1によって行われたものであるから、被告会社は使用者責任を負う。

3.忘年会で同僚から酷い目に遭わされた方へ

 上述の裁判例から分かるとおり、裁判所は忘年会だから会社の事業とは関係がないといった硬直的な判示はしていません。忘年会の実体を見て「事業の執行について」行われたと認められのかを具体的に認定しています。このことは形のうえで忘年会が禁止されていた事案でも変わりません。

 これから忘年会の季節に入って行きます。加害者となった同僚には十分な賠償資力がないことも少なくありません。殴った雇い主に対する責任追及が可能か否かは救済の実効性を大きく作用します。

 忘年会で同僚から殴られたにもかかわらず、会社側から損害賠償を拒否され、違和感をお感じの方は、一度弁護士のもとに相談に行ってみると思います。

定年後再雇用を拒否された人の地位確認請求

1.定年後再雇用を拒否された人の地位確認請求

 高年齢者等の雇用の安定に関する法律9条1項により、事業主は、高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、

① 65歳までの定年の引き上げ、

② 継続雇用制度の導入、

③ 定年制の廃止、

のいずれかの措置を講じなければなりません。

 平成30年11月に厚生労働省が公表した資料によると、雇用確保措置のうち最も割合の大きいのが「継続雇用制度の導入」で、全体の79.3%を占めます。

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000182200_00002.html

https://www.mhlw.go.jp/content/11703000/000398101.pdf

 継続雇用制度は、

「現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度」

でなければなりません(同法9条1項2号)。

 ただ、希望すれば全員が無条件で採用されるかといえばそういうわけでもなく、

「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針 平成24年11月9日 厚生労働省告示560号」

により、

「心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。以下同じ。)に該当する場合には、継続雇用しないことができる。」

と例外が規定されています。

https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/koureisha/topics/tp120903-1.html

https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/koureisha/topics/dl/tp0903-560.pdf

 例外が許容されている以上、継続雇用制度の枠組みから、こぼれおちてしまう人は、必然的に生じてしまいます。

 こうした人達の法的保護の求め方としては、二つの考え方があります。

 一つは地位確認請求です。継続雇用制度の適用対象外とした事業主の判断は違法であり、同制度の適用により労働契約上の権利を有する地位が得られていると主張する方法です。

 もう一つは損害賠償請求です。本来継続雇用制度の適用対象となったはずであるところ、適用対象外とした事業主の判断は違法であり、これによって受けた損害(逸失利益・慰謝料等)の賠償を主張する方法です。

 いずれの方法が主流かといえば、後者の損害賠償請求の方法だと思います。継続雇用とはいっても、継続雇用される前と後とでは契約関係が一旦断絶するため、継続雇用制度の対象外とすることが違法であったとしても、実際に契約が結ばれていないと、再雇用後にどのような権利を有していたといえるのかを特定することが困難だからです。

 こうした議論状況のもと、定年後再雇用を拒否された方について、地位確認請求を認めた裁判例が公刊物に掲載されていました。

 名古屋地判令元.7.30労働経済判例速報2392-3学校法人Y学園事件です。

 この事件は65歳定年制が敷かれていた学校法人で、68歳までの再任用規程が設けられていた事案なので、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の継続雇用制度についての判例ではありません。

 しかし、この事件での判示事項は、同法の雇用継続措置の適用の可否を争う事件にも応用可能なもので、注目に値すると思われます。

2.学校法人Y学園事件

 この事件は懲戒処分を受けた経歴があることを理由に定年後再雇用を拒否された大学教授が、再雇用拒否は違法・無効であるとして、雇用契約上の地位の確認等を求めた事案です。

 裁判所は次のとおり判示し、原告である大学教授の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「労働者において定年時、定年後も再雇用契約を新たに締結することで雇用が継続されるものと期待することについて合理的な理由があると認められる場合、使用者において再雇用基準を満たしていないものとして再雇用をすることなく定年により労働者の雇用が終了したものとすることは、他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情がない限り、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、この場合、使用者と労働者との間に、定年後も就業規則等に定めのある再雇用規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当である(労働契約法19条2号類推適用、最一判平成24年11月29日集民242号51頁参照。原告が解雇権濫用法理(労働契約法16条)の類推適用を主張するのも、これと同趣旨と解される)。」
「被告は、再雇用候補者としてふさわしい者等の要件を充足するか否かをその都度審議する必要があり、被告において、当然に再雇用する慣行は存在しないと主張するけれども、弁論の全趣旨によれば、□□大学において、平成24年度から平成28年度まで、65歳定年時に再雇用を希望した原告を除く43名全員が再雇用されていること、平成24年度から平成28年度まで、65歳定年時に再雇用を希望しなかった教授は3名であり、うち1名は懲戒処分を受けた者であること、平成25年度から平成28年度までをみると、再雇用された教員30名のうち、本人の希望により1年間の再雇用であった1名を除く29名全員が満68歳の属する年度末まで再雇用が継続されたことが認められること、原告には別紙1の役職歴があることや平成26年4月から平成28年3月まで専攻主任という役職にあったことも加味すれば、本件処分がされた点を除いては、原告において、定年時、再雇用契約を締結し、満68歳の属する年度末まで雇用が継続すると期待することが合理的であると認められる。」
「そして、本件処分は、懲戒事由該当性すら欠き無効であることは前示判断のとおりであり、再任用規程3条3号の欠格事由には当たらず、(1)の特段の事情にも当たらない。被告は、原告について再雇用の欠格事由に該当したため、再雇用の審査手続を一切していないというのであって、他に原告について再雇用を不適当とする事情の主張・立証はない。」
「これらによれば、被告による原告の再雇用の拒否は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないから、前記のとおり、被告と原告との間に、定年後も再任用規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当である。」

「そして、再任用規程(前提事実(2)エ)に(2)の実情を合わせ考慮すると、原告の再雇用後の給与面での待遇については、原則として、定年年齢時の俸給63万0700円(前提事実(1)イ(ウ)及び弁論の全趣旨)は少なくとも支給され、雇用期間については,原告が満68歳に達する年の学年度末である令和2年3月31日までになるものと解される。」

3.本件は給与の額等を認定しやすい事案であったが・・・

 被告大学には、定年後再雇用者の給与について、

「□□大学職員規則13条1項により採用された職員の俸給は、その定年年齢に達した年度末の俸給号俸を固有号俸とし、昇給を行わない。ただし、担当する業務の程度により、適宜減額することがある。」

という規定があり、給与額が幾らだったのかを認定しやすいという事情がありました。また、一般的には就労請求権は消極に理解されていますが、大学教授に関してはこれを認める見解も有力であり、実際、認めた裁判例も存在します。

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/06/54.html

 こうした特性のある事案であることから、本件を安易に一般化することはできません。しかし、それでも地位確認請求が認められたのは、注目に値する判断であるように思われます。

 高齢化が進む中、定年後再雇用を拒否された人の救済は一つの重要なテーマとなっています。法的措置をとりたいとお考えの方は、ぜひ、一度ご相談ください。

 

業務に起因して鬱病を発症した従業員への対応を誤り、3000万円以上の損害賠償を支払うことになった会社

1.高額の損害賠償請求の認容事例

 一般論として、業務に起因して鬱病になったからといって、何千万円もの損害賠償が認められる例は稀だと思います。

 そうした稀な事案が近時公刊された判例集に掲載されていました。

 札幌地判平31.3.25労働経済判例速報2392-14甲研究所事件です。

 ここまで高額の損害賠償が認容されたのは、会社が復職時の対応を誤ったからです。休職からの復職をめぐる紛争実例は多く、高額の損害賠償請求を許容した対応がどのようなものだったのかは、同種事案の処理にあたり参考になります。

2.事案の概要

(1)事案の概要

 本件で被告となったのは、官公庁等からの受託調査研究、株式会社Cからの業務委託及び経営コンサルティングを主な業とする株式会社です。

 原告となった方は、平成8年4月1日付けで被告に採用された正社員の方でした。

 原告は平成18年1月20日に鬱病を発症しました。

 その後、平成25年7月9日、原告は札幌中央労働基準監督署長宛てに労災認定の申請を行いました。これを受けて、平成26年1月30日、原告の申請を受けた同署長は、原告の疾病を労度災害として認定しました。

 これによって填補されなかった分の損害の賠償を求めて、原告が被告を訴えたのが本件です。

 労災認定が認められるポイントになったのは、平成17年8月と同年10月の労働時間を比較したところ、同年10月にかけて飛躍的に業務時間が増えていた点にあります。同年10月は時間外労働時間が100時間を超えていたうえ、同年8月の倍以上になっていました。こうした仕事内容・仕事量の大きな変化による心理的負荷が「強」と評価されたことが、業務起因性が認められた主な要因でした。

 平成18年11月、原告は、それ以前の勤務時間の半分で職務に復帰しました。その際、被告は、原告の基本給と主任加算給の合計額を半減させました。また、平成23年4月13日、同月21日、同年5月2日に被告は原告に退職勧奨を行いました。給料が半減した状態は、平成26年5月に原告が休職するまでの間継続し、同月からは無給となりました。

 本件では上記のような被告側の対応が、安全配慮義務違反を構成しないかが問題となりました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は次のとおり判示し、被告の安全配慮義務違反を認めたうえ、

昇給が遅れた分の損害について、1000万0000円、

給与自体の減額分について、2126万9283円、

の支払を命じました。

-安全配慮義務違反について-

「被告会社が不当に減給した事実・・・及び共済掛金を納付しなかった事実と、被告らが原告に退職を迫った事実が認められるといえる。
 ただし、不当に減給した事実は、本件の事実関係及び証拠上、それにより原告のうつ病を悪化させたとは認められない。
 したがって、被告らが安全配慮義務違反に問われるのは、退職を迫った点についてのみであると解する。」

-昇給が遅れた分の損害について-

原告の勤務日数、勤務時間が減少した結果、仕事量が減ったことには争いがなく、原告の(昇給における)評価についてもうつ病にならなかった場合に比して低くなっていたであろうことは推認できる。
 そして、うつ病の原因が業務に起因することは上記1で認定したとおりであり、そのうつ病が、症状固定することなく続いていたと認められる。
 もっとも、乙35によれば、原告に限らず被告会社の従業員について、必ずしも昇給表のとおりに定期昇給していたとは認められない。これに加え、・・・原告の仕事の進め方によれば、周囲の協力、助言等を取り入れて業務の効率化を図るような性格ではなく、事務処理の速度も決して早かったとはいえないことが認められることも踏まえると、本件では、原告が昇給表のとおり昇給していたと認めるに足りないというべきである。
 以上の状況からすると、損害額について判然としないことから、弁論の全趣旨により、本件口頭弁論終結時までの原告の損害については、1000万円と認めるのが相当である。

-給与自体の減額分について-

「原告は、平成18年に復職してから平成26年5月に休職するまでの間、基本給と主任加給の合計額の半分を減額されてきている。この減額は、業務に起因するうつ病により原告の勤務時間が減少したことによるものであるから、損害となる。
 また、同年6月から口頭弁論終結日(平成31年1月9日)までの間は、給与が支払われていないから、その分も損害となる。」
 一方で、原告は、労災認定を受けた結果、休業補償金、傷病手当及び休業(補償)給付金を受領しているから、当該金員を控除する。
 以上に基づき計算すると、別紙5のとおり2126万9283円を損害と解する。」

3.稼働能力の不十分な状態の従業員を復職させるにあたり、処遇を切り下げること自体は不合理ではないが・・・

 従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したとまではいえない状態の従業員を復職させるにあたり、労働条件を切り下げることは、それ自体が不合理とされているわけではありません。

 裁判所も、
「平成21年1月分までは、原告の勤務日数が制限されていたこと・・・及びその後、勤務日数は増加していったものの、勤務時間について午後出勤など勤務時間について調整をしていたこと・・・が認められるから、その勤務日数・時間に応じて給与を減額すること・・・は理解できるものの、被告会社は、勤務日数及び時間数に応じた割合で減額を行なわず、また、同年2月以降の就業時間も半減していたとはいえなかったにもかかわらず、一律に半額にし続けており、そこに合理的な理由は見いだせない。
 また、本件では、原告が稟議書・・・に捺印していることについては当事者間に争いがないところ、同稟議書の給与の項目には出勤日数の案分での給与を支払うことを願う旨が記載されていて、一律に半額を減給する合意が成立していたとも認められない。

と勤務日数や時間に応じた形に給料を減額したり、それを個別同意したりすることまで否定しているわけではありません。

 しかし、労働条件の切り下げは理屈に基づいている必要があります。合理性を欠く形での労働条件の不利益変更を、一方的に押し付けることはできません。

 本件の被告は勤務日数や時間に比例するのではなく、一律に給与を半分にするといった乱暴な対応をとりました。結果、それが損害として理解されることになり、上記のような高額の賠償金を払うことが命じられました。

 休職からの復職の場面では、しばしば退職圧力が強まるという現象がみられます。

 不合理な労働条件の切り下げを押し付けられた方がおられましたら、一度弁護士のもとに相談に言ってみることをお勧めします。

 一般論として、古い事件は、それだけで処理しにくいとは思いますが、本件のように相当以前の給与の改定であったとしてもも、問題にできる可能性があるからです。