弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「末永く働いてもらいたい」はあまり信用できない(無期転換を避けるための雇止め)

1.特任教員の雇止め

 少し古い(平成30年5月20日掲載)ですが、

「大学教員、半数は非常勤 常勤も4分の1が『期限付き』」

という記事があります。

https://www.asahi.com/articles/ASL5M54SBL5MUTIL00Z.html

 記事には、

「全国の大学の教員のうち約半数は非常勤で、常勤の専任教員も約4分の1が『特任』『特命』などの形で任期付き雇用となっていることが、朝日新聞と河合塾の共同調査『ひらく 日本の大学』で分かった。」

などと記載されています。

 非常勤・任期付きの大学教員の増加に伴い、こうした方々の雇止めに関する紛争が判例集に搭載される頻度が上がっているように思います。

 近時の公刊物に掲載されていた、札幌高裁令元.9.24労働経済判例速報2401-3 学校法人Y大学事件もその一つです。

2.学校法人Y大学事件

 この事件で原告(控訴人)になったのは、平成22年4月1日に被告大学(被控訴人)との間で雇用期間を1年間とする特任教員の方です。

 平成22年4月1日から平成25年3月31日までは外国語学部ロシア語学科の、平成25年4月1日から平成29年3月31日までは地域創生学群のロシア語専行の特任教員を務めていました。

 平成29年3月31日をもって被告大学から雇止めを受けたため、その効力を争って地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告は、

平成22年の採用時に末永く働いてもらうという目的を掲げて採用人事を進めら

れた、無期転換権(労働契約法18条1項)を阻止するための雇止めである、

などと主張して雇止めの効力を争いました。

 しかし、一審は労働契約の更新を期待することについて合理的な理由があったということはできないとして、原告の請求を棄却しました。

 これに対し、原告が控訴したのが本件です。

 高等裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

(1)平成22年当時の被告の採用方針との関係について

「控訴人は、本件労働契約の更新を期待することの合理的な理由の有無を判断するに当たっては、平成22年当時、被控訴人大学の卒業生の中から優秀な人材を採用すること、学生のために、末永く働いてもらうという目的を掲げて採用人事を進めたこと等の採用の経緯も考慮すべきである旨主張するようである。」

(中略)

「しかし、・・・仮に上記採用方針があったとしても、具体性を欠いており、本件労働契約の雇用満了時(平成29年3月31日)における更新の期待について合理的理由とはならない。

(2)無期転換権逃れとの指摘について

「原告は、被告が、原告を非常勤講師としても雇用しないとした理由は、原告と被告との間の労働契約が期間の定めのないものに転換することを阻止するためであり、このような扱いは労働契約法8条1項の適用を潜脱することになる旨をも主張する。」

「しかしながら、いかなる者を非常勤講師として採用するかは、被告の判断に委ねられる事項である。」

「また、A20副学長は、雇用の固定化を防止するため、原告を非常勤講師としても採用できない旨のメッセージを送信しているが・・・他方で、教育研究の活性化及び高度化のため、教員の流動性を高めることが要請されている現状・・・にも鑑みれば、労働契約法18条1項により、期間の定めのない教員としての雇用義務が被告に生じる前の段階で、当該教員の雇用継続を打ち切ることも、被告の採用の自由の範囲内に属する判断として尊重されるべきである。」(一審の判断が維持)

3.抽象的な言葉は、あまり真に受けない方がよい

 有期労働者の採用にあたっては、「末永く働いてもらいたい」「長く働いてもらいたい」と言いったように、使用者側から雇用の安定をにおわされることがあります。

 しかし、そうした言葉を真に受けても、裁判所は具体性が低い話をあまり重視しない傾向があるように思われます。

 無期転換権が発生しないようにするための更新拒否を適法と判断する裁判体もあることからすると、採用時の話はリップサービス程度に受け取っておいた方がよく、非正規の大学教員の方は、在職中から常に転職のアンテナを張っておくなど、契約の打ち切りに備えておく必要があるのだろうと思います。

 

固定残業代の有効性-割増賃金の種類(時間外・休日・深夜)の明示の必要性

1.固定残業代の有効要件

 固定残業代が有効であるためには、

「通常の労働時間の賃金に当たる部分と・・・時間外の割増賃金に当たる部分とを判別」

できることが必要です(最一小判平24.3.8労働判例1060-5テックジャパン事件)。

 ここまでは実務的に決着していますが、ここから先、どのレベルまで判別可能性が必要なのかという議論があります。

 割増賃金には、時間外割増賃金、休日割増賃金、深夜割増賃金の三つの種類があります。判別可能性があると認められるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金の部分とが区別できれば足りるのか、それとも、時価外割増賃金の部分、休日割増賃金の部分、深夜割増賃金の部分、といったように、割増賃金の性質まで特定されていなければならないのかという問題です。

 この問題に関し、割増賃金の種類が示されていないことを、固定残業代の有効性を否定する要素として位置づけた裁判例が公刊物に掲載されていました。

 東京地裁令元.7.24労働経済判例速報2401-19 新栄不動産ビジネス事件です。なお、本件は、以前、不活動仮眠時間の労働時間性というテーマでご紹介させて頂いた裁判例と同じ事件です。下記の記事は労働判例ジャーナルという判例集に掲載されているのを見て執筆したものです。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/12/23/001202

2.新栄不動産ビジネス事件

 本件は、建物の総合管理業務等を業とする被告の正社員として、ホテルの節義管理業務等に従事していた原告らが、残業代を請求した事件です。

 不活動仮眠時間の労働時間制のほか、固定残業代の有効性も本件の争点になりました。

 被告の給与規程には、次のような定めがありました。

(12条2項)

調整給は本給を調整する金額とする。

(12条3項)

調整給を含めた基本給には、月45時間相当の時間外勤務割増賃金を含むものとする。月45時間相当分の金額については個別に定めるものとする。従業員の実際の時間外割増賃金が付き45時間を超えた場合は、超えた分については別途時間外勤務割増賃金を支給する。

 このような定め方で固定残業代としての有効要件が満たされているといえるのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、固定残業代の有効性を否定しました。

(裁判所の判断)

「割増賃金の算定方法は、労働基準法37条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下、これらの規定を『労働基準法37条等』という。)に具体的に定められているところ、同条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるというべきであるから、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払う方法や基本給及び諸手当等にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払う方法により、同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができるものと解される(最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁参照)。」
「そして、使用者が、労働者に対し、時間外労働等の対価として労働基準法37条所定の割増賃金を支払ったといえるためには、当該手当が割増賃金の支払の趣旨であるとの合意があることまたは基本給及び諸手当の中に割増賃金の支払を含むとの合意があること(以下『対価性』という。)を前提として、雇用契約における賃金の定めにつき、それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができること(以下『明確区分性』という。)が必要である(最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁等参照)。」
「これを本件についてみると、対価性については、被告の固定残業代制(いわゆる基本給組込型と解される。)に関する定め(給与規程12条3項、乙3)が、『調整給を含めた基本給』に『月45時間相当の時間外勤務割増賃金』を含む旨を定めていることからすれば、被告として、時間外労働等に対する対価の支払いのため、上記固定残業代制を位置付けていたことは一応うかがわれる。」
「しかしながら、明確区分性について、同項は、あくまでも『調整給を含めた基本給』に『月45時間相当の時間外勤務割増賃金』を含む旨を定めているのみで、文言上も『調整給』が時間外割増賃金のみを指すのか、基本給部分にも時間外割増賃金が含まれるのかは明らかではなく、また、時間数の明示はあるものの、割増賃金の種類が示されておらず、通常の労働時間に対する賃金部分と割増賃金部分との比較対照が困難なものとなっている。そして、被告において、原告らを含む従業員に対して、労働基準法所定の割増賃金額以上の支払がされたか否かの判断を可能とするような計算式が周知されており、実際に、当該計算式に従って割増賃金が計算され、超過した割増賃金が支払われているような事情もうかがわれない。」
「さらに、同項は『月45時間相当分の金額については個別に定めるものとする』と規定しているが、原告らについて当該金額を個別に定めたことの的確な立証はない。」
(中略)
「以上を踏まえると、結局、被告の主張する固定残業代制は、明確区分性及び対価性の要件をいずれも欠いていると言わざるを得ない。」

 3.「時間外勤務割増賃金」との文言ではあったが・・・

 本件で問題となった給与規程には、「時間外勤務割増賃金を含む」という文言で固定残業代の性質が規定されていました。

 この文言からすると、一応、時間外割増賃金なのかと読み取れそうな気もしますが、裁判所は「割増賃金の種類が示されておらず」と判断し、判別要件の具備を否定する判断を示しています。

 これは「月45時間相当分の金額」が具体的に定められておらず、時間外割増賃金、休日割増賃金、深夜割増賃金のそれぞれがきちんと計算されたうえで差額精算が行われていた実体がないという状況のもとでは、「時間外勤務割増賃金」といっても、それが時間外割増賃金のみを意味するものなのか、休日割増賃金や深夜割増賃金を包含するものなのかが分からないではないかという意味ではないかと思います。

 時間外割増賃金、休日割増賃金、深夜割増賃金は、それぞれ計算方法が異なるので、これらを包含する趣旨で固定残業代が定められる場合には、固定残業代部分について、時間外割増賃金の部分、休日割増賃金の部分、深夜割増賃金の部分のそれぞれが、きちんと特定されていなければならないのではないかと思います。

 この三つが混同されているような形で固定残業代の支給を受けている方は、そうした規定・運用が果たして法的に許容されるのか否かを争ってみても良いのではないかと思います。

 第二東京弁護士会労働問題検討委員会『働き方改革関連法 その他重要改正のポイント』〔労働開発研究会、第1版、令2〕という書籍の「固定残業代に関する近時の裁判例の動向」という箇所を執筆した関係で、固定残業代に関しては、弁護士の中でも、かなり詳しい方だと自負しています。

 疑問を持っている方、お悩みの方は、ぜひ、一度ご相談ください。

 

オオカミではなくヒツジをとれ-ヤンチャで素行の悪い生徒を入学させたらエンカレッジスクールは成り立たない?

1.エンカレッジスクール

 「エンカレッジスクール」と呼ばれる都立高校があります。

 これは、

「小・中学校で十分能力を発揮できなかった生徒のやる気を育て、頑張りを励まし、応援する学校として、社会生活を送る上で必要な基礎的・基本的学力を身に付けることを目的として、既設校の中から指定。」

される学校で、

「基礎・基本を徹底するとともに体験学習を重視」

することに特徴があるとされています。

https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/school/high_school/type.html

 エンカレッジスクールは、

「学習への関心、意欲、態度や基本的生活習慣等に課題を抱え、可能性はありながら、学ぶことに積極的な意味を見出すことができない生徒が多く入学してくる高校において、そのような生徒への対応に苦慮し、生徒の求めに応じた十分な成果を言い難い状況」

を踏まえて設置されたという経緯があります(東京地判平30.5.15判例時報2429-5)。

 文字で説明を聞くだけでも運営の難しそうな学校ですが、このエンカレッジスクールで、態度や身なりに課題のある生徒(茶髪、まゆ毛、ピアス、化粧、服装及び態度の6項目に問題のある生徒)の総合成績を操作して不合格にしていた校長がいました。

 この校長を懲戒免職にすることの可否が争われた事件が、近時発行された判例集に掲載されていました。東京地判平30.5.15判例時報2429-5です。

2.東京地判平30.5.15判例時報2429-5

 この校長は、エンカレッジスクールの先行校の校長から、

「ヤンチャで素行の悪い生徒を入学させたらエンカレッジスクールは成り立たない、オオカミではなくヒツジをとれ」

といった話を聞き及び、それを実行したと主張しました。

 要するに、

「真面目な気の弱い生徒が安心して学ぶことのできる高校」

を実現するためには、

「真面目な気の弱い生徒の学びの妨げになるような粗暴な生徒」

は入学させないことが必要であったと開き直りました。

 しかし、裁判所は、このような主張は受け入れず、東京都教育委員会がした懲戒免職処分は有効であるとし、原告の請求を棄却しました。

 裁判所の判断は次のとおりです。

(裁判所の判断)

「関係法令上、エンカレッジスクールの入学者選抜に関しては、地教行法の定める職務権限に基づき都教委が定めた入学者選抜規則と、その委任に基づく毎年度の実施要綱において、高校の校長を委員長とする選考委員会が調査書、面接、小論文及び実技検査の結果による総合成績の順に決定した合格候補者を踏まえて、最終的に校長がこれを確認・許可する趣旨で合格者を決定する方法が構築されており・・・他方で、調査書、面接、小論文及び実技検査の総合成績の順に決定される合格候補者につき、それ以外の何らかの結果に基づき、校長権原でもって、その総合成績の順を変更したり、総合成績の順で合格候補者とされる者を不合格と決定したりする実施要綱上の根拠はない。

(中略)

「さらに付言すれば、そもそも、原告が『ヤンチャで素行の悪い受験生』を不合格とするために考案したという本件チェック基準は、本件高校を訪れた受験生につき、茶髪、まゆ毛、ピアス、化粧、服装及び態度の6項目を見て課題のある受験生を特定するというものであって、これらの項目について具体的にいかなる問題があれば不合格と判断するのか、客観的に特定し得ない基準といわざるを得ない。すなわち、原告が本件チェック基準により『校長の裁量』で受験生の合否を決定するというのは、要するに、原告が受験生の外見のみを記録した資料に基づき、その主観で『ヤンチャで素行が悪い』と感じた受験生につき、本件高校への入学を拒むということにほかならない。入学者選抜の公平という観点からして、このような入学者選抜の方法は、それ自体、合理的なものとして妥当とは解し難い。」

(中略)

「原告が前記・・・の行為に及んだ動機は、可能性はありながら力を発揮しきれずにいる生徒を受け入れて学び直しのできる学校と位置付けられるエンカレッジスクールにおいて、素行不良の生徒ではなく、学習意欲を持つ生徒を入学させることにあったものと認められる。」

「しかしながら、その目的の当否はともかく、入学者選抜は、エンカレッジスクールの先行校であるD高校のように、生徒の素行などに関する情報を面接官の参考資料として面接官の採点による面接店の範囲でこれを利用するなど、飽くまで実施要綱あるいは選抜要領に定められた枠内で行われるべきと解される。それにもかかわらず、原告は、関係法令等を遵守して公正・公平な入学者選抜を実施した上で合格者を決定するべき校長、入学者選抜の選考委員会の委員長という立場にありながら、本件高校の荒んだ状況を改善するには、関係法令等上の根拠がなくとも致し方ないとの考えに基づき、実施要綱に明確な根拠がないこと、あるいは少なくとも明確な根拠があるか否かの確認ができていないことを認識しながら、実施要綱などに沿って算出される総合成績の数値を校長である原告の裁量との理由でもって引き下げたというもので、関係法令等をないがしろにしたその態様は、重大かつ悪質といわざるを得ない。

(中略)

「以上の次第で、都教委が裁量権を逸脱濫用した違法があるとは認められず、その取消を求める原告の請求は理由がない。」

3.法的根拠の無視・軽視はダメ

 公務員の場合、法律による行政という建前から、やることなすことに一々法的な根拠が必要になります。法令等に明確に書かれていないことに関しては、それが禁止される趣旨で書かれていないのか、それとも、ある程度漠然とした根拠規定に基づいて許容されるという趣旨で明記されていないのかを、法令の趣旨に遡って仕分けして行くことになります。

 この仕分けは、法曹有資格者でも難しい作業になりますし、意見が分かれることも少なくありません。独断で解釈を誤った場合には、組織が助けてくれることも稀で、普通に懲戒処分の対象になります。懲戒処分は、行政に比較的広範な裁量が認められているため、滅多なことでは違法にはなりません。

 入試は公平性が特に強く要請されるため、本件のようなことを独断で行う感覚についてはどうかと思いますが、公務員の方は、やっていいことなのかダメなことなのかの判断に迷った時には、一々関係法令等を確認し、それでも判断しかねる時には担当部署に問い合わせる習慣を身につけておくことが必要です。

 

賃金が上から数えて一桁番台でも、権限がなければ管理監督者にはあたらない

1.管理監督者

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間、休憩及び休日に関する規定の適用がありません(労働基準法41条2号)。そのため、時間外勤務をしても、管理監督者には残業代が支払われることはありません。俗に、管理職には残業代が支払われないと言われる所以です。

 この管理監督者に該当するといえるため、

「裁判例・・・において必要とされてきた要件は、①事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を認められていること、②自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること、および③一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金(基本給、手当、賞与)上の処遇を与えられていること」

であると理解されています(菅野和夫『労働法』〔弘文堂、第12版、令元〕491頁)。

 それっぽい名称が与えられていたとしても、上記①~③の観点から管理監督者であるとは認められない場合、労働者は残業代を請求することができます。

 上記①~③に考慮要素としての優劣があるのかに関しては、それほど明確には分かっていません。しかし、権限が不十分である場合には、幾ら待遇が良かったとしても、管理監督者性は認められにくい傾向にあるのではないかと思います。

 以前、このブログの

「巨大企業における管理監督者性-労働時間に裁量があり、年収1200万を超えても残業代請求できる場合がある」

という記事で、年収が1200万円を超えていても権限の観点から管理監督者性が否定された裁判例があることを紹介しました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/07/22/001754

 これは絶対値としての年収が高かった事案ですが、近時の公刊物に、待遇の相対的な優位性を認めながら、管理監督者性への該当性が否定されるとした裁判例が掲載されていした。東京地判令元.9.27労働判例ジャーナル95-32 エルピオ事件です。

2.エルピオ事件

 本件で被告になったのは、各種燃料の卸売、販売等を目的とする株式会社です。

 資本金は9850万円で、約180名の従業員がいました。

 原告になったのは、被告の総務人事課の課長であった方です。管理監督者ではないのに、管理監督者扱いされて残業代が支払われてこなかったとして、被告に対し、残業代や付加金を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 原告の月給は48万8800円~49万1800円とされていました。

 原告の待遇について、被告は、

「営業支店長、経理課課長に次ぐ3番目、1名いる取締役を含めても4番目に高額」

であると主張していました。

 裁判所の認定としても、

「本件請求期間中の原告の賃金額は、被告の全従業員中、上から数えて一桁番台に位置するものであった」

とされています。

 こうした相対的な高待遇が認められる従業員について、管理監督者性が認められるかどうかが本件の主なテーマです。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告には管理監督者性が認められないと判示し、残業代に関する請求の大部分を認容しました。

(裁判所の判断)

「原告は、総務人事課の課長として、人事関係の業務としては人事労務関係業務を全般的に担当していたほか、就業規則の変更といった社内制度・環境整備業務を担当し、総務関係の業務としては内部文書の作成、施設、備品、文書管理、トラブル対応等の業務に加え、外部業者との契約交渉等の法務関連業務に従事していたものと認められ、このうち、採用面接については、多くの場合に採用が決定されることとなる一時面接までの業務を担当しており、かつ、一次面接に関する原告の意見の8割ないし9割が採用されていたというのであるから、原告は、採用面接に関しては実質的な権限を有していたものといえる。」
「もっとも、従業員の賃金額に関しては、新卒従業員の初任給はあらかじめ金額が設定されており、原告に初任給額の決定権限はなく、また、中途採用者の初任給額や従業員の昇給額については、・・・原告が被告代表者に先例を調査、報告し、被告代表者においてこれらの情報に基づいて金額を指示しているのであるから、この点に関する原告の業務は一般的な人事、総務担当者の業務の範疇を超えるものではなく、原告に実質的な決定権限が存在したとはいえない。また、人事異動についても、・・・原告が被告代表者に対して判断に必要な情報を提供し、被告代表者において内容を決定した上で、それに沿う形での社内文書を準備するよう原告に指示していることから、原告は、人事異動に関して、決定事項を踏まえた諸手続を行っているにすぎず、実質的な決定権限を有しているものとはいえない。さらに、懲戒処分についても、原告が被告代表者に事実関係や専門家と相談した結果等の判断に必要な情報の提供や報告を行い、被告代表者においてこれらの情報等に基づいて具体的な処分内容、量定を指示しているのであるから、この点に関する原告の業務は一般的な人事、総務担当者の業務の範疇を超えるものではなく、原告に実質的な決定権限が存在したとはいえない。これらの点に加え、本件請求期間中に作成された被告の社内決裁書類上、原告の押印のみで決裁が完結する形式となっている文書はなく、押印されている印影についても、被告代表者の入院に伴い被告代表者に代わって原告が被告の社内決裁書類の決裁を行っていた際に使用していた名前印とは異なり日付印となっていることからすると、これらの決裁書類についての実質的な決裁権限が原告に存したかどうか疑わしいと言わざるを得ず、現に決裁書類への原告の押印によって当該決裁にかかる業務が遂行されたことを認めるに足りる客観的な証拠も存しないことからすると、原告が決裁書類に関する実質的な決裁権限を有していたと認めることはできない。」
「被告は、原告が就業規則の改定作業を行っていたこと、タイムカードや時間外労働の申請に対する許可の最終決裁を行っていたこと、営業所の新設について被告代表者と相談の上決定をしていたことを指摘するが、就業規則の改定作業は、一般に人事関係業務の一つと理解されている社内制度・環境整備業務に含まれるものであって、これに関与していたことが、直ちに労働時間規制の枠を超えた活動を要請されざるを得ない重要な職務を担っていたことになるものではなく、改定内容に関して実質的な権限を付与されていたことを認めるに足りる客観的な証拠は存しないから、原告が就業規則の改定作業を行っていたことは、人事総務課の業務を行っていたということ以上の意味を有するものではない。また、原告のタイムカード・・・の確認欄に原告の日付印が押印されていることからすると、原告が総務人事課課長という一事業部門の長として部門に所属する従業員のタイムカードの確認を行っていた事実の存在は推認されるものの、人事総務課課長として、人事関係業務、総務関係業務としてのタイムカードや時間外労働の申請の確認といった事務作業ではなく、人事権の実質的な行使としての被告の従業員のタイムカードの決裁や時間外労働の申請に対する許否の判断を行っていたことを認めるに足りる客観的な証拠はなく、営業所の新設に関する点についても、原告が決定過程に実質的に関与していたことを認めるに足りる客観的な証拠はないから、これらの点は、原告の職務権限や責任を検討する際に考慮することはできない。」
「以上によれば、原告が実質的な決定権限を有していたのは、人事関係業務の一つである採用面接のうち一次面接までで採否を決することができる応募者に関する採否権限という使用者が有する人事権の一部にすぎず、その業務内容に照らしても、労働時間規制の枠を超えた活動を要請されざるを得ない重要な職務や権限を有していたとか、その責任を負っていたとまでは評価できず、また、原告がこのような実質的な決定権限を行使するにあたって労働時間に関する裁量を有していたことを認めるに足りる適切な証拠もない。そうすると、被告における原告の処遇が高水準であると評価できる点を最大限斟酌するとしても、原告が労基法41条2号の管理監督者であったと認めることはできない。

3.賃金面での厚遇は権限が不十分であることを打ち消さない

 年収1200万円を超えて管理監督者性を否定した横浜地判平31.3.26労働判例ジャーナル88-26日産自動車事件にもあてはまりますが、賃金面で厚遇されていることは、経営に参画する権限・労務管理に関する指揮監督権限が不十分であることを打ち消したり補ったりする関係にはないように思われます。

 経営に関する意思決定に参画したり、実質的な指揮監督をしたりする権限がない場合、幾ら賃金面で絶対的・相対的に優遇されていたとしても、管理監督者であることを理由に残業代を支払わないことは難しいのではないかと思います。

 賃金が比較的高額である事案は、時間単価が高いので、多額の残業代の請求に結びつきやすい傾向があります。エルピオ事件でも、管理監督者性が否定された結果、残業代として373万7991円の請求が認容されています。

 管理職扱いされて残業代が支払われないけれども、実質的な権限はないし、おかしいのではないか、そうお感じの方は、残業代請求の可否を、一度、弁護士に相談してみてはどうかと思います。

 

入団契約を結んだ劇団員の労働者性-稽古・出演の時は労働者でなくても裏方業務をしている時は労働者

1.劇団員の労働者性

 小規模な劇団では、劇団員が、出演者と、装飾・衣装・音響照明・大道具小道具などの裏方作業員とを兼任していることが珍しくありません。

 この場合、出演に関しても上命下達の指揮命令系統がはっきりしていれば話は早いのですが、演じる気のない方に出演を命じても仕方がないことから、出演に関しては諾否の自由が保障されているケースがあります。

 このように、仕事の依頼への諾否の自由のあるフリーランス(自営業者)としての側面と、指揮命令系統に組み込まれた労働者としての側面とが併有されている場合、これをフリーランスと理解するのか、労働者と理解するのかは極めて難しい問題です。

 この問題について、近時の公刊物に珍しい判断をした裁判例が掲載されていました。東京地判令元.9.4労働判例ジャーナル95-48 エアースタジオ事件です。

 何が珍しいのかというと、劇団との入団契約について、稽古・出演の時は労働者ではないものの、裏方業務をしている時は労働者であるといった、複合的な性質を持つものとして理解していることです。

2.エアースタジオ事件

 この事件で原告になったのは、元劇団員の方です。

 被告になったのは、舞台制作、映像制作、芸能プロダクション、スタジオ経営等を目的とする株式会社です。

 原告は公園への出演のほか、小道具などの裏方業務にも従事していました。こうした就労実体に照らせば労働者性が認められるとして、未払賃金や未払残業代などを請求する労働審判を申し立てました。

 これに対し、被告は原告の労働者性を争い、労働者ではないのだから未払賃金や未払残業代の請求は棄却されるべきだと主張しました。

 労働審判がまとまらず、本訴移行した後に言い渡されたのが本件の判決です。

 裁判所は、次のとおり述べて、公演・稽古の部分では労働者ではないものの、裏方業務との関係では労働者であるとして、原告の請求を一部認める判決を言い渡しました。

(裁判所の判断)

「労働基準法上の労働者と認められるか否かは、契約の名称や形式にかかわらず、一方当事者が他方当事者の指揮命令の下に労務を遂行し、労務の提供に対して賃金を支払われる関係にあったか否かにより決せられる。そして、両当事者が労働者と使用者の関係にあったといえるためには、原告が、劇団の業務について諾否の自由を有していたか、業務を行うに際し時間的、場所的な拘束があったか、労務を提供したことに対する対価が支払われていたかなどを検討すべきである。」
「本件劇団は、年末には、翌年の公演の年間スケジュールを組み、2つの劇場を利用して年間90本もの公演を行っていたこと、本件入団契約においては、原告は、本件劇団の会場整理、セットの仕込み・バラシ、衣裳、小道具、ケータリング、イベント等の業務(以下、出演以外の劇団運営に必要な業務を『裏方作業』又は『裏方業務』ともいうことがある。)に積極的に参加することとされ、実際に、本件劇団の劇団員は、各裏方作業について『課』又は『部』なるものに所属して、多数の公演に滞りが生じないよう各担当『課(部)』の業務を行っていたこと、原告を含む男性劇団員は、公演のセット入替えの際、22時頃から翌日15時頃までの間、可能な限りセットの入替えに参加することとされ、各劇団員が参加可能な時間帯をスマートフォンのアプリケーションを利用して共有し、原告も相当な回数のセットの入替えに参加していたこと、音響照明は、劇団において各劇団員が年間4回程度担当するよう割り振りが決定され、割り当てられた劇団員は、割当日に都合がつかない場合には交代できる者を探し、割り当てられた公演の稽古と本番それぞれに音響照明の担当者として参加していたことが認められ、これらの点を考慮すると、原告が、セットの入替えや音響照明の業務について、担当しないことを選択する諾否の自由はなく、業務を行うに際しては、時間的、場所的な拘束があったものと認められる。」
「また、原告は、劇団員のP4とともに小道具課に所属し、同人との間で、年間を通してほぼ毎週行われる公演のうちどの公演の小道具を担当するか割り振りを決め、別の公演への出演等で差支えのない限り、日々各公演の小道具を担当していた事実が認められるところ、公演本数が年間約90回と多数であって、原告が、年間を通じて小道具を全く担当しないとか、一月に一公演のみ担当するというようなことが許される状況にあったとは認められないことからすると、原告が、本件劇団が行う公演の小道具を担当するか否かについて諾否の自由を有していたとはいえない。また、小道具は、公演の稽古や本番の日程に合わせて準備をし、演出担当者の指示に従って小道具を準備、変更することも求められていたことから、原告は、本件劇団の指揮命令に従って小道具の業務を遂行していたものと認められる。」
「そして、原告を含む劇団員は、公演に出演しない月には4日間、劇団の業務を行わない休日を作ることを推奨され、休日希望日を劇団側に伝えることとされていたこと、劇団の業務とアルバイトとの両立が難しい劇団員が多くいたことも理由の一つとなって、月額6万円の支給が始まったこと、本件劇団は、現在では、音響照明やセットの入替えには外部からアルバイトを雇い、給料を支払っていることなどの事実に照らすと、本件劇団は、裏方業務に相当な時間を割くことが予定されている劇団員に対し、裏方業務に対する対価として、月額6万円を支給していたと評価するのが相当である。」
「以上によれば、原告は、本件劇団の指揮命令に従って、時間的、場所的拘束を受けながら労務の提供をし、これに対して被告から一定の賃金の支払いを受けていたものと認められるから、原告は、被告に使用され、賃金を支払われる労働者(労働基準法9条)に該当すると認められる。
他方、公演への出演は任意であり、諾否の自由があったことは原告も認めるとおりであるから、原告は、被告の指揮命令により公演への出演という労務を提供していたとはいえず、チケットバックとして支払われていた金銭は、役者としての集客能力に対する報酬であって、出演という労務の提供に対する対価とはいえない。
(中略)
原告は、本件劇団の裏方業務の遂行については労働基準法上の労働者であったものと認められる。そして、原告は、裏方業務にある程度の時間を割いていたことはうかがわれるものの、実労働時間を算定するための客観証拠がほぼ存在しないことにかんがみ、謙抑的に実労働時間の認定を行うこととする。」
「なお、前判示のとおり、出演を前提とする稽古及び出演については、原告は労働基準法上の労働者とは認められない。

3.フリーランスの保護の在り方に示唆を与える裁判例

 実体としては労働者であるのに、異なる法形式(委任・請負など)に分類することを「誤分類」ということがあります。

 誤分類されたフリーランスの方は、労働者性を争うことにより、労働法の保護を求めることができます。

 他方、誤分類ではない真正のフリーランスの方に、労働法が適用されることはありません。こういった方は、経済法(独占禁止法、下請法など)による保護を受けることになっています。

 しかし、独占禁止法や下請法を民事的に運用することには、かなり難しいのが実情です。公正取引委員会などの行政的なリソースも、残念ながら個々のフリーランスの方を十分に保護できるほど潤沢であるわけではありません。そのため、経済的な従属性が認められるにもかかわらず、契約自由の名の下に弱肉強食の世界に放り出されているフリーランスの方は、決して少なくありません。

 労働者と経済的な従属性が認められるフリーランスの方は、連続的な立場にあるのに、法的な保護の在り方にあまりにも大きな差があります。こうした差を放置することが適切なのかどうかは、現在、各所で議論が進められています。

 本件裁判例は、一つの契約を労働法か経済法かという二社択一的な形で理解するのではなく、労働法の適用がある部分とそうではない部分を切り分け、部分的に労働法による保護を及ぼして行こうとする折衷的なアプローチをとったものだと言えます。

 こうした判断は、他の事案にも応用可能なもので、フリーランスの保護の在り方を考えるにあたり、一定の示唆を与えてくれるものだと思います。

 

78万円の横領は24年8か月の功労(900万円超の退職金)を吹き飛ばす

1.横領は重い

 会社のお金の横領は、懲戒事由の中でも、かなり重い方に位置づけられます。比較的少額でも、普通に懲戒解雇されますし、退職金も不支給とされてしまいます。

 近時も、横領に対する裁判所の厳しい姿勢をうかがえる裁判例が、公刊物に掲載されていました。大阪地判令元.10.29労働判例ジャーナル95-20 日本郵便事件です。

2.日本郵便事件

 本件の被告は、日本郵便株式会社です。

 原告になったのは、昭和63年10月5日に旧郵政省に郵政事務官として採用され、平成25年6月18日まで、主に郵便局内の窓口業務及び総務業務に従事していた方です。平成23年5月中旬から平成24年11月上旬までの間に、当時の就業場所であった郵便局において、10回に渡り、1000円切手780枚を横領しました(本件横領行為)。横領した切手は、金券ショップで換金し、換金後のお金は、遊興費(風俗店、競馬)や借金の返済に使いました。

 原告が他の郵便局に配置転換された後、後任者が切手の在庫枚数が符合しないことに気付き、本件横領行為が発覚しました。

 被告は、平成25年6月18日、本件横領行為を理由に原告を懲戒解雇しました。

 被告の就業規則には退職金不支給条項(懲戒解雇 即時に解雇する。退職手当は支給しない)が存在しており、これに基づいて原告には退職金が支給されませんでした。

 退職金額には争いがあり、原告は自己都合退職をしていれば976万5000円が支給されていたと主張していますが、被告は944万3700円だと主張しています。いずれの金額が正当かは、裁判所では認定されていませんが、いずれにせよ900万円を超える退職金があったことは間違いなさそうです。

 本件は、原告が、

幾ら何でも退職金全額の不支給は酷いのではないか、

300万円程度は受け取れても良いのではないか、

と被告を訴えた事件です。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「被告の退職手当規程において、社員の退職手当の額は、『退職手当の基本額』に『退職手当の調整額』を加えて得た額とするとされるところ(5条)、『退職手当の基本額』は、『退職日基本給の月額』に『退職事由別・勤続期間別支給率』を乗じて算出され(6条)、『退職事由別・勤続期間別支給率』を定めた退職手当規程別表第2によれば、自己都合退職の場合、勤続期間が1年から45年までの間は、勤続期間が長くなればなるほど支給率が上昇する仕組みとなっていることが認められる。」
「そうすると、上記認定のとおり、退職手当の算出の際に、『退職日基本給の月額』が用いられていること及び本件退職手当不支給条項が定められていることからすれば、被告と原告との間の労働契約における退職手当は、功労報償的な性質を有するといえるが、退職手当の算出の際に、勤続期間が長くなればなるほど支給率が上昇する『退職事由別・勤続期間別支給率』が用いられていることからすれば、同退職手当は、賃金の後払い的な性質をも併せ持つというべきである。
「そして、退職手当が賃金の後払い的な性質をも有する場合には、従業員の退職後の生活保障の意味合いも有することとなるところ、このような性質を有するにもかかわらず、本件退職手当不支給条項を適用して退職手当を支給しないこととできるのは、当該従業員に、従前の勤続の功を抹消するほど著しい背信行為があった場合に限られると解するのが相当である。

(中略)

「本件横領行為は、正に原告が当時従事していた被告の中心業務の1つの根幹に関わる最もあってはならない不正かつ犯罪行為であり、出来心の範ちゅうを明らかに超えた被告に対する直接かつ強度の背信行為であって、極めて強い非難に値し、被害額も多額に上り、その後の隠ぺいの態様も悪質性が高く、動機に酌むべき点も見当たらない。そうすると・・・、原告と被告との間の労働契約における退職手当は賃金の後払い的な性質をも併せ持つこと、被害については隠ぺい工作の一環によるもの及び金銭の支払によるものにより回復されていること、原告は、旧郵政省時代から通算して約24年8か月余りの間、本件横領行為及び平成22年10月25日の注意処分のほかは大過なく職務を務めており、本件横領行為を行ったc郵便局在勤中お歳暮の販売額に関するランキングで5位以上であったこと、原告が、被告による事情聴取に応じ、最終的には非を認めて始末書や手記を提出し、本件横領行為の態様、隠ぺい工作、動機等についても明らかにしていることを十分に考慮したとしても、原告による本件横領行為は、原告の従前の勤続の功を抹消するほど著しい背信行為といわざるを得ない。
「よって、原告は、退職手当規程の本件退職手当不支給条項の適用を受け、被告に対し、退職手当の支給を求めることができないというべきであり、その余の点を検討するまでもなく、原告の請求は理由がない。」

3.横領ダメ、絶対

 当然といえば当然なのですが、横領行為に対して裁判所の姿勢は極めて厳しいです。

 懲戒解雇の効力を争うことも、退職金の不支給を争うことも、裁判例の傾向を見ると、基本的には難しいと言っても差し支えないだろうと思います。

 本件は、①退職金に賃金の後払い的正確が含まれている点、②一応の被害回復が図られている点、③勤続年数が長かった点(後払い賃金の蓄積がある点)、③発覚後は非を認めて事実調査に協力している点、④退職金額に比して横領金額が少なかった点などから、一部支給くらいはいけるのではないかとの目測のもと、訴えが提起されたのだと思いますが、裁判所は全部ダメだと判断しました。

 具体的な金額として対照すると分かりやすいですが、社会の仕組みは犯罪が割に合わなくなるように作られています。割に合っては、犯罪が抑止できないことを考えると、理解し易いのではないかと思います。

 少額でも救いようのないケースが多いため、横領は決して軽く見てはいけません。

 

使用者側の訴訟代理人による自滅事案-労働事件で適切な代理人弁護士を選任することの重要性

1.労働事件の特性

 労働事件の特性の一つに、依拠するルールが抽象的であることがあります。

 例えば、懲戒処分の有効性を判断するうえでの基準となる労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 法文を見ているだけでは、個別事案における懲戒処分が有効かどうかは、良く分かりません。

 では、専門家がどのように事案に見通しをつけているかというと、過去の裁判例を参考にしながら判断しています。

 労働の分野では、裁判例によって、不文のルールや、客観性・合理性・社会通念・相当性といった抽象的な規範の意味内容が形成されています。そのため、的確な見通しのもと、事件を適切な手順で進めるためには、裁判例に関する知識がどれだけあるのかが重要な意味を持ちます。

 しかし、裁判例の数は膨大であるため、一朝一夕で読み込めるようなものではありません。また、古い裁判例の中には、現代まで生き続けているものと、時代背景の移り変わりによって参照に適さなくなっているものがあり、判例データベースを調査するだけで結論が予想できるかというと、そういうものでもありません。きちんとした仕事をするためには、日常業務の合間を見つけて判例集を読み込み、常に知識をアップデートさせて行く必要があります。欲を言えば、公刊物の発刊と同時に読み込んで、データベースに登載されるまでのタイムラグもなくした方がよいとも思います。

 このように知識の蓄積が重要な領域であることから、不慣れな弁護士に依頼することには慎重になった方が良いと思っています。

 近時公刊された判例集にも、適切な代理人弁護士を選任することの重要性を意識させる裁判例が掲載されていました。大阪地判令元10.15労働判例ジャーナル95-26 JFS事件です。

2.JFS事件

 この事件で被告になったのは、資産運用コンサルティング及び投資コンサルティング等を目的とする合同会社です。

 原告になったのは、被告に雇われていた方です。被告との法律関係が委任契約なのか雇用契約なのかは争いがあったようですが、裁判所では試用期間付き雇用契約であったと認定されています。

 この事件の中心的な争点は懲戒解雇の有効性です。

 そして、特徴的なのは、就業規則が存在しないにもかかわらず、訴訟代理人弁護士を通じて懲戒解雇の意思表示がされていることです。

 一瞬、見間違いかと思ったのですが、判決の「前提事実」には、次のとおり明確に書かれています。

「被告は、平成29年12月28日付けで、原告に対し、本件の被告訴訟代理人(以下単に「被告訴訟代理人」という。)を通じて、『当社は貴殿を懲戒解雇処分とし、本書面をもってお伝えいたします』、との内容を含む内容証明郵便を送付した(以下『本件内容証明郵便1』という。甲3)。」
「被告は、平成30年2月9日付けで、原告に対し、被告訴訟代理人を通じて、『なお、当社から貴殿に対する平成29年12月28日付内容証明郵便に記載したとおり、貴殿は既に懲戒解雇されておりますが、念の為、本書面にても懲戒解雇の意思表示をいたします』、との内容を含む内容証明郵便を送付した(以下『本件内容証明郵便2』という。甲5)。」

3.就業規則がなくても懲戒処分はできるのか?

 かなり昔、就業規則上、懲戒に関する根拠規定が存在しない場合にも、使用者は懲戒処分をできるのかが議論になったことがあります。

 しかし、最三小判昭54.10.30労働判例329-12 国労札幌支部事件が、

「企業は、その存立を維持し目的たる事業の円滑な運営を図るため、それを構成する人的要素及びその所有し管理する物的施設の両者を総合し合理的・合目的的に配備組織して企業秩序を定立し、この企業秩序のもとにその活動を行うものであつて、企業は、その構成員に対してこれに服することを求めうべく、その一環として、職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保するため、その物的施設を許諾された目的以外に利用してはならない旨を、一般的に規則をもつて定め、又は具体的に指示、命令することができ、これに違反する行為をする者がある場合には、企業秩序を乱すものとして、当該行為者に対し、その行為の中止、原状回復等必要な指示、命令を発し、又は規則に定めるところに従い制裁として懲戒処分を行うことができるもの、と解するのが相当である。」

としたうえ、

最二小判平15.10.10労働判例861-5 フジ興産事件が、

使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する

と明確に判示したことにより、この問題には実務上の決着がつけられました。

 つまり、最高裁判例に照らせば、就業規則が存在しない時点で、懲戒解雇に関する主張は意味のない主張(確実に負ける主張)だということになります。

 これは裁判例によって形成されている不文のルールの一例です。

4.使用者側瞬殺

 上記のようなルールがあるため、JFS事件では、委任契約なのか雇用契約なのかの論点で負けた後、使用者側が瞬殺されました。

 裁判所は、次のような判示をしています。

(裁判所の判断)

使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(最高裁昭和54年10月30日第三小法廷判決・民集33巻6号647頁、最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決・裁判集民事211号1頁参照)ところ、被告が、原告に対し、懲戒解雇の意思表示をした当時、被告に就業規則が存在しなかったことについては当事者間に争いがないから、被告の原告に対する平成29年12月28日付け及び平成30年2月9日付けの懲戒解雇の意思表示・・・は、いずれも懲戒権の根拠を欠き、無効というべきである。

「よって、原告の地位確認請求は理由がある。」

5.普通解雇でも解雇の有効性は否定された事案ではあろうが・・・

 本件では、裁判所によって次の事実が認定されています。

「原告は、平成29年12月26日付けで、被告に対し、『私は、貴社に勤務しておりました期間のうち、平成29年12月1日から平成29年12月20日までの給与をお支払いいただいておりませんので、下記の通りご請求申し上げます。つきましては本書面到達後3日営業日以内に銀行振込にてお支払いください』との内容を含む『賃金請求書』と題する書面を送付した・・・。」
「被告は、平成29年12月28日付けで、原告に対し、被告訴訟代理人を通じて、上記・・・『賃金請求書』の内容について、『貴殿が当社に入社する際に署名押印した誓約書の第2条及び第3条に違反すると言わざるをえません』、『当社は貴殿を懲戒解雇処分とし、本書面をもってお伝えいたします』、『本件につきましては、当職ら(担当:大坪)が委任を受けておりますので、ご意見がおありの場合は、当社への直接の連絡はなさらず、当職らまでご連絡ください』との内容を含む本件内容証明郵便1を送付し、懲戒解雇の意思表示をした。」

 賃金請求の書面を出したことが解雇理由になるとは、通常考え難く、普通解雇であったとしても、解雇の効力は否定されていた可能性が高いのではないかと思います。

 しかし、同じ負けるにしても、瞬殺されるルート(懲戒解雇)よりは、まだ格好がついたかも知れません(雇用契約なのか委任契約なのかを争う事案において、解雇を通知することの是非という問題は残りますが)。

 懲戒処分に就業規則上の根拠が必要であることは、概ねの教科書に書いてあるレベルの知識ではあります。

 例えば、菅野和夫『労働法』〔弘文堂、第12版、令元〕702頁には、

「使用者は懲戒の事由と手段を就業規則に明定して労働契約の規範とすることによってのみ懲戒処分をなしうる」

と明記されています。

 本件はやや極端な事案でありますが、労働事件を適切な手順で進めるためには、普段から裁判例を読み込み、アップデートを繰り返している事件処理に慣れた弁護士を代理人に選任する必要があります。

 建築や医療のような法律以外の知識という分かりやすい特殊性がないせいか、誤解されがちであるように思いますが、労働事件が弁護士であれば誰でもできる分野でないことは、一般の方も知っておくと良いと思います。