弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

過労死しても7割自己責任-健康診断の軽視等はそこまで責められることなのか?

1.過失相殺

 民法418条は、

「債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。」

と規定しています。

 また、民法722条2項は、

「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」

と規定してます。

 これは一般に過失相殺と呼ばれています。この過失相殺のルールによって、

「債権者・被害者の側にも〇割の過失がある」

などと判断されると、損害賠償請求の認容額は、総損害額から〇割減らされた金額になります。

 この過失相殺が適用される範囲は非常に広範です。(被害者自身ではなくとも)被害者側に立つ者に過失があるだとか、被害者に損害の拡大に繋がるような素因があっただとか、被害者の側から危険に接近して行っているだとか、とにかく色々な理屈をつけては損害賠償額が削減されます。

 こうした現象については、

「過失相殺といっても『過失』ということに特別な意味があるのではなく、被害者の側にも責任原因が存在するときは、これを考慮して加害者の責任の範囲を公平に定めるべきであるとういことであり、それがいわゆる過失相殺の理念なのである」

という説明がされています(我妻榮ほか『我妻・有泉コンメンタール民法 総則・物権・債権』〔日本評論社、第6版、令元〕1559頁参照)。

 この過失相殺は、損害賠償額が高額となりがちな死亡事案において、熾烈に争われることが多くみられます。人の死が絡んでいる損害賠償請求は、請求額が数千万円規模に及ぶことが少なくないからです。過失相殺割合が1割違うだけで、義務者が払うお金/遺族が受け取る損害賠償金は数百万円規模で変動します。

 近時の公刊物に、この過失相殺割合について、遺族側にかなり厳しい判断がされた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、横浜地判令2.3.27労働判例ジャーナル100-30 サンセイ事件です。

2.サンセイ事件

 この事件は、いわゆる労災民訴の一種です。脳出血で死亡した従業員(平成23年8月7日死亡:故P7)の遺族が、勤務先及びその取締役らに対し、当該従業員が脳出血で死亡したのは、勤務先が長時間労働を行わせたからだと主張して、損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 裁判所は、

発症前1か月                85時間48分
発症前2か月 111時間09分 2か月平均 98時間28分
発症前3か月 88時間32分  3か月平均 95時間09分
発症前4か月 50時間50分  4か月平均 84時間04分
発症前5か月 63時間20分  5か月平均 79時間55分
発症前6か月 75時間43分  6か月平均 79時間13分

の時間外労働があるとし、

「本件脳出血の発症当時、故P7は重度の高血圧を呈しており、自然経過として脳出血を発症する可能性は高かったと認められるものの、業務による過重負荷によってその自然経過を超えて本件脳出血を発症させるに至ったと考えられるから、業務と本件脳出血による死亡との間に相当因果関係を認めるのが相当である。

と長時間労働と脳出血・死亡との間の因果関係を認めました。

 裁判所が相当因果関係を認めたのは「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合」が脳血管疾患の労災認定の基準となっていることとを踏まえた判断です。

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11a.pdf

 ここまではそうだろうと思われますが、裁判所は、続けて次のように判示し、7割もの過失相殺を認めました。

(裁判所の判断)

「本件脳出血は、故P7の基礎疾患である高血圧が過重な業務の負荷により自然経過を超えて増悪して発症に至ったものと認められるところ、故P7については、被告会社の実施する健康診断において、平成13年5月以降、継続して高血圧を指摘されて産業医との面談が行われたにもかかわらず、少なくとも平成19年以降に病院を受診せず、P9や被告P6に対して病院を受診しているなどと虚偽の事実を述べ、また、原告P1(故P7の妻 括弧内筆者)に対しても健康診断の結果を伝えずに高血圧が徐々に増悪したこと、脳出血の危険因子である飲酒を本件脳出血の発症時点まで継続していたことが認められ・・・、被告会社における業務とは無関係に、本件脳出血の発症につながる要因があったということができる。そうすると、本件脳出血による死亡によって生じた故P7の損害の全額を被告会社に賠償させることは公平の見地から相当ではなく、過失相殺の規定を類推適用し、故P7に関する上記要因がその結果の発生に寄与した割合に応じて損害額を減額するのが相当である。そして、本件における故P7の業務の過重の程度、故P7の高血圧や飲酒等の脳出血の危険因子の有無及び程度、健康診断で異常を指摘されてからの医療機関への受診を始めとする故P7の行動等の諸般の事情に鑑み、本件における上記寄与の割合は7割と判断するのが相当である。

3.確かに血圧は高かったようであるが・・・

 裁判所では、

「平成13年に実施された健康診断の時点で高血圧と判定され、平成20年以降の健康診断では収縮期血圧が200mmHgを超える重度な高血圧を呈するようになり、本件脳出血の直近に行われた平成23年5月26日の健康診断における血圧は210/120mmHgであったこと、高血圧以外の脳出血の危険因子である飲酒についても、本件脳出血の発症に至るまで1日当たりビール1~2本程度の飲酒を継続していたことが認められる」

との事実が認定されています。

 確かに、高血圧が脳出血のリスクを高めるのは、そうだろうと思います。

https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/3284.html#:~:text=%E8%A1%80%E7%AE%A1%E5%B9%B4%E9%BD%A2%E3%81%AE%E7%AE%97%E5%87%BA%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6&text=%E3%81%9D%E3%81%93%E3%81%A7%E3%80%8C%E8%84%B3%E5%8D%92%E4%B8%AD%E3%81%AE%E7%99%BA%E7%97%87%E7%A2%BA%E7%8E%87,%E3%81%8C%E5%9B%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

 しかし、高血圧の人が必然的に脳出血を発症するというわけでもないのに、

病院を受診しなかった、

病院を受診したとつい嘘を言ってしまった、

妻に高血圧のことを言っていなかった、

1日ビール1~2本程度の飲酒を継続していた、

といった程度のことで、死亡しても7割自己責任とされるのは、人が死んでもおかしくないほどの残業をさせた企業・経営者との間の利益較量として、やや行き過ぎであるように思われます。

 過失相殺がなかったとしても、損害賠償は、一家の大黒柱を失った遺族にとって、不十分であることが少なくありません。逸失利益の中間利息控除(将来もらえたはずの金銭を現在価値に引き直す作業。金利が市中金利と著しく乖離しているため請求者にとって非常に不利となる。)など、本当に色々な理屈をつけては損害額が減らされていくからです。

 本件は労災認定されたことがせめてもの救いですが、一家の大黒柱が過労などで死亡してしまうと、残された遺族が困窮することは少なくありません。

 自分の命を守るということは言うまでもなく、死亡しても必ずしも遺族が十分に守られるわけではないので、当たり前のことではありますが、死ぬほど働かないこと、死ぬ気で働こうとしないこと、しんどくなったら医師・家族・弁護士など他社に相談することが大切です。

 

労災民訴-取締役への責任追及の壁

1.取締役への責任追及

 会社法429条1項は、

「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」

と規定しています。

 そして、取締役の職務には、自らが法令を遵守することとや、株式会社の業務の適正を確保するために必要な体制を整備することが含まれます(会社法355条、同法348条3項4号、同法362条4項6号参照)。

 使用者が労働者に対しその生命・身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をすることは、法的な義務であるとされています(労働契約法5条 安全配慮義務)。

 以上のような法令上の規定があるため、取締役が労働者への安全配慮義務を遵守して職務を執行していたとはいえない場合、それによって損害を受けた労働者は、会社だけではなく取締役個人に対しても、損害賠償を請求できる可能性があります。

 概ねの場合には、被害を受けても、会社さえ訴えておけば、適切な損害賠償を受けることができます。

 しかし、会社が破綻・清算してしまったなど、会社に対する責任追及が困難になる事情がある場合、以上のような法令上の規定をもとに、取締役個人に対して責任追及せざるを得ない場合があります。

 ただ、取締役個人の責任を追及するためには「悪意又は重過失」という要件が充足されていなければなりません。単なる過失では足りず、職務・任務の懈怠に悪意や重過失があったことが必要になります。

 この「悪意又は重過失」のハードルは結構高く、しばしば労働者側の悩みの種になります。近時公刊された判例集に掲載されていた、横浜地判令2.3.27労働判例ジャーナル100-30 サンセイ事件も、そうした事案の一つです。

2.サンセイ事件

 本件は、脳出血で死亡した従業員(平成23年8月7日死亡:故P7)の遺族が提起した、いわゆる労災民訴と呼ばれる損害賠償請求事件です。本件の特徴は、P7の勤務先であった会社(被告会社)だけではなく、取締役ら(P4代表取締役、P5元代表取締役、P6専務取締役工場長)も被告として訴えられていることです。

 P4~P6らも被告として訴えられたのは、被告会社が解散のうえ、清算結了の登記をしてしまっていたため、被告会社のみを訴えても、損害賠償金を回収できるのか否かに懸念が生じたからではないかと思われます。

 脳出血の背景には長時間労働があり、裁判所では、

発症前1か月                85時間48分
発症前2か月 111時間09分 2か月平均 98時間28分
発症前3か月 88時間32分  3か月平均 95時間09分
発症前4か月 50時間50分  4か月平均 84時間04分
発症前5か月 63時間20分  5か月平均 79時間55分
発症前6か月 75時間43分  6か月平均 79時間13分

の時間外労働があったとの事実が認定されています。

 「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合」が脳血管疾患の労災認定の基準となっていることと対照すると、労働者・故P7の労働時間がいかに長かったのかが分かります。

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11a.pdf

 原告となった遺族は、各取締役(P4.P5、P6)に損害賠償を請求しました。ここに立ちはだかったのが、「悪意又は重過失」の壁です。

 裁判所は、次のとおり述べて、過失を認めながらも重過失を否定し、各役員に対する損害賠償請求を認めませんでした。

(裁判所の判断)

「被告P6は、残業時間集計表によって平成23年6月分及び7月分の故P7の残業時間がいずれも80時間を超えていると認識していたこと・・・に加え、P8支社の工場長の地位にあるとともに故P7の直属の上司であり・・・、故P7の業務内容及び仕事量を直接把握しており、故P7が高血圧を呈していたことや残業時間が1か月当たり80時間を超えると過労死の危険が高いことも知っていたと認められる。そうすると、被告P6は、被告会社の取締役として、遅くとも平成23年6月分の残業時間の集計結果の報告を受けた同月23日頃には、被告会社が故P7の生命、健康等を損なう事態を招くことのないように、故P7の業務の負荷を軽減するための是正措置を講じるべき義務があったのに、これを怠ったことにより、故P7の死亡という結果を招いたことについて過失があったと認めるのが相当である。
 しかし、一方で、前記・・・認定のとおり、被告P6は、故P7の業務の負担を軽減するために、他の従業員に業務を代わってもらうように故P7に声掛けをしたほか、自ら故P7の業務を代わりに行っていたこと、見積りソフトを作成して業務を効率化しようとしていたこと、発症前1か月の時間外労働時間(85時間48分)は発症前2か月の時間外労働時間(111時間09分)よりも軽減したこと、実現はしなかったものの被告P4と相談しながら被告会社の従業員の増員を検討していたことが認められる。さらに、本件脳出血の発症日の約1週間後にはお盆休みを控えており、故P7がその期間を利用して身体を休めることを期待したとしてもあながち不相当とはいえない。以上によれば、被告P6の上記注意義務の懈怠について悪意ないし重大な過失があったと認めることはできない。

(中略)

「被告P4は、被告P6から報告を受け、残業報告書の内容を確認することにより、故P7を含むP8支社の従業員の時間外労働時間について把握し、従業員の増員等の対策を講じようとしていたものである。そして、故P7の業務を軽減させるための有効な措置を講じなかった点について取締役としての任務懈怠が認められるものの、被告P6と同様に、悪意又は重過失を認めることはできない。」

「被告P5は、P8支社の労務管理等を直接行っていたわけではないが、被告会社の取締役として、労務管理等について被告P6及び被告P4を監督する義務を負っていたということができる。しかし、被告P6及び被告P4の任務懈怠について悪意又は重過失が認められないのであるから、被告P5の任務懈怠についてもこれを認めるのは相当でない。

4.悪意又は重過失のハードル

 会社に対する損害賠償請求は一部認容されています。しかし、上述のとおり、取締役個人に対する責任追及は否定されました。

 かなりの長時間労働が恒常化している一方、それが是正されていないなど、被告となった取締役らの経営には明らかに問題がありました。それでも、単なる過失に留らない「悪意又は重過失」の要件を満たすには至りませんでした。

 本件は一つの事例判断ではありますが、裁判所が捉えている「悪意又は重過失」の水準を知るうえで参考になります。

 

労使紛争の局面で、マスコミを出すのは慎重に

1.マスコミへの情報提供

 勤務先と紛争状態になった時、労働者側から「マスコミにリークする」という趣旨の発言がなされたり、実際に勤務先の問題点についてマスコミに情報提供がなされたりすることがあります。

 使用者とのパワーバランスの問題から、社会問題化して世論を味方につけたいという気持ち・戦略に至るのは、理由のないことではないのだろうと思います。また、広く社会に対して紛争の内容に関する情報提供を行うことは、同種の問題に悩んでいる人に力を与えたり、法改正や立法に向けた原動力にもなります。

 しかし、裁判所は労使紛争にマスコミを介入させることについて、それほど寛容ではありません。その傾向は、マスコミへの録音データの提供や提訴会見が問題視された東京高判令元.11.28労働判例1215-5 ジャパンビジネスラボ事件以降、更に顕著になっているように思われます。

2.マスコミへの情報提供・情報提供の示唆が問題となった近時の例

 近時公刊された判例集にも、マスコミへの情報提供、情報提供の示唆が問題になった例が2件掲載されていました。

(1)国立大学法人岡山大学事件

 一つ目は、広島高岡山支判令2.3.19労働判例ジャーナル100-36 国立大学法人岡山大学事件です。

 本件は、岡山大学の薬学部長・副薬学部長らが提起した地位確認等をテーマとする訴訟です。解雇事由に論文不正に関するフリーライターへの情報提供が含まれていたところ、裁判所は、次のとおり判示し、情報提供が解雇事由になることを認めました。

(裁判所の判断)

「控訴人らは、共通解雇事由〔3〕(フリーライターへの情報提供)について、不正論文が多数あると信じたことについて相当の理由があり、国民の不利益を防ぐという公益的な目的があり、情報提供の態様も相当であったから、解雇事由には当たらない旨を主張する。」

「しかしながら、控訴人らが告発対象とした31本の研究論文について、学外委員も含む研究活動調査委員会による調査が行われたところ、多数の論文不正が存在するなどといった事実が認められなかったことは、原判決の認定するとおりである。学内での正式な調査等が続けられている段階である平成26年1月27日に、未だ不正であるか否かの結論が出ていなかったにもかかわらず(控訴人Aが被控訴人監察室に本件卒業生論文の告発をしたのは平成25年11月11日であること、予備調査委員会が上記告発についての判断を示したのは平成26年4月3日であることは原判決が認定するとおりであり、調査が遅延していたとはいえず、隠蔽しようとする態度が明白だったなどとはいえない。)、控訴人らは、不正の隠蔽指示や多数の不正論文の存在を断定する形でフリーライターEに述べたことも、原判決の認定するとおりであり、これらのことなども併せ考慮すると、被控訴人の研究不正を煽情的に報道させることによって、控訴人らに対するハラスメント調査等を妨害することなどを企図していたことが明らかである。

「そうすると、不正論文が多数あると信じたことについて相当の理由があったともいえないし、公益的な目的があったともいえず、内部告発の手段、態様が相当ともいえない。以上によれば、控訴人らの上記主張も採用できない。」

(2)本多通信工業事件

 二つ目は、昨日もご紹介した、東京地判令1.12.5労働判例ジャーナル100-52本多通信工業事件です。本件では、譴責処分や減給処分の有効性のほか、勤務先の役員らにマスコミへのリークを示唆したメールを送信したことを理由とする懲戒解雇(諭旨退職処分→懲戒解雇)の効力が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、諭旨退職処分・懲戒解雇の有効性を認めています。

(裁判所の判断)

「原告は、被告の代表取締役及び賞罰委員会の委員に対し、

平成28年12月21日、別紙『添付2』記載のメールを、

平成29年1月20日、別紙『添付4』記載のメールを、

同年2月8日、別紙『添付6-1』及び『6-2』記載のメールを、

同月13日、別紙『添付8』記載のメールをそれぞれ送信し、

また、被告の代表取締役、役員及び44名の従業員に対し、

同年2月27日、別紙『添付1』記載のメールを送信したこと、

被告は、原告が上記メールを送信した都度、原告に対し、賞罰委員会のメンバーに対してメールを送信することや、被告に対する挑発的・威嚇的な内容のメールを送信することを控えるよう注意していたことが認められる。」

「そして、本件メールの記載内容は、『歴史のある本多に、逸話、美話を残るのは良いですが、恥、汚点を作ってはいけません。特に社長、経営者達』、『これ以上譴責処分に固執するならば、社内・社外の場を拡げていきます。メディアーの力、法的力で、本多の恥、汚点を作っている社長、経営者達と戦います。』(別紙『添付1』のメール)などと記載されており、かかる内容に加え、前記認定に係る本件譴責処分に至る経緯に照らせば、これらのメールは、被告の代表取締役等の役員を誹謗中傷し、これらの者や賞罰委員会の構成員を威嚇又は挑発する内容のものというべきであり、また、原告は、被告からの度重なる指示に従わず同様の行為を繰り返している。」

「そうすると、原告が本件メールを送信した行為は、就業規則35条10号『他人を中傷または誹謗し名誉・信用を傷つけ損ないもしくは秩序を乱す流言飛語を行ったとき』、同14号『経営に著しく非協力なとき、もしくは業務上の指揮命令に不当に反抗し誠実に勤務しないとき』、同21号『その他、再三注意するも規律、義務に違反したとき』に該当するというのが相当である。」

「原告は、本件通報後の一連の措置について被告の公正な対応を求めるため、賞罰委員会の委員であった者に対してメールを送信し、経営陣の違法・不当な対応等を理解させるため従業員に対してメールを送信したのであり、個人に対する誹謗中傷として行ったものではない旨主張する。」

「しかしながら、本件メールを送信した際の原告の主観がいかなるものであったとしても、本件メールの記載からすれば、同メールの表現等が節度を欠くもので、受信者を威嚇、挑発するものであることは明らかであり、本件諭旨退職処分が有効であることを左右するものではない。」

3.マスコミを利用しようとするのはリスクが高い

 上述のとおり、裁判所は個別の労使紛争の局面で、マスコミを出すことに寛容ではありません。私の個人的な感覚として、その傾向は最近特に顕著になっているような気がします。対立当事者の反論の機会が制度的に与えられているとはいえない場所で、一方的な認識を語ることに対し、慎重な考え方を持つ裁判官が増えてきているのではないかと思います。

 こうした裁判所の傾向を踏まえると、マスコミへの情報提供は、提供した情報に間違いがあったら、普通に非違行為として捉えられたり、損害賠償の責任原因とされたりする可能性が否定できません。また、実際に情報提供行為に及ばなかったとしても、マスコミへの情報提供を示唆すること自体、労働者の主観にかかわらず、解雇事由として認識される可能性があります。

 マスコミへの情報提供は法廷外の出来事であり、それをやったから個別の紛争で勝ち易くなるという類の行動ではありません。また、報道内容を労働者側でコントロールできるわけでもありません。

 紛争の係属中にマスコミを出す場合には、リスクとリターンを天秤にかけて、慎重な検討を行ってからにする必要があります(個人的には、個別案件に勝つことを目的にするのであれば、生きている紛争をやっている最中に、マスコミへの情報提供を示唆したり、実際に情報提供に及んだりすることは、推奨しません)。

 

管理職はプライベートを優先して早退してはダメ?

1.管理監督者の出退勤の自由

 管理監督者には時間外勤務手当を支払う必要がありません(労働基準法41条2号参照)。ただ、この管理監督者に該当するためには、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること、②自己の労働時間についての裁量を有していること、③管理監督者にふさわしい待遇を得ていることといった要素を満たしている必要があります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕172-173頁参照)。

 それでは、管理監督者と扱われている方は、労働時間についての裁量を有していることを根拠に、自由に早退することが許されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたって参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令1.12.5労働判例ジャーナル100-52本多通信工業事件です。

2.本多通信工業事件

 本件で被告になったのは、電子機器の製作販売などを行う株式会社です。

 原告になったのは、被告で課長として採用され、勤務していた方です。譴責、減給を経た後、懲戒解雇となったため、各懲戒処分の無効や地位確認を求めて出訴したのが本件です。

 本件で興味を惹かれた論点の一つが、譴責処分の有効性です。

 被告会社は、早退が多いことの指摘・注意に従わなかったことを受け、原告に役割トランスファー制度(降格等が必要と考えられる場合に適用される被告における人事上の制度であり、概ね6か月間の観察期間の間に対象者に改善活動を実施させ、担当役員がその間の観察結果を被告の経営会議に諮問し、現職継続の可否を判断する制度)を適用することを決定しました。

 しかし、原告は役割トランスファー制度の適用の受け入れを拒否しました。被告会社はこれを懲戒事由として構成し、譴責処分を言い渡しました。

 これに対し、原告の方は、

「早退は管理職として常識的な範囲であ」る

などと主張して、譴責処分の効力を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、譴責処分の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成27年度人事評価のフィードバック面接において、直属の上司であるcから早退が多いことについて指摘を受け、その後、役員であるdから原告が早退することによりチームの意欲が低下することになる旨の注意を受けたにもかかわらず、これに従わず早退をしたことから、被告は、原告の自己中心的な態度の改善を図るため、賞罰委員会を開催した上で役割トランスファー制度の適用を決定したが、原告は同制度を受け入れることを拒否したものと認められる。

上記の経緯に照らせば、同制度の適用を拒否した原告の行為は、就業規則35条14号『経営に著しく非協力なとき、もしくは業務上の指揮命令に不当に反抗し誠実に勤務しないとき』に該当するというのが相当である。

「原告は、役割トランスファー制度を適用することは、合理的理由がなく違法・無効であり、これを拒否したことを理由としてされた本件譴責処分も違法・無効である旨主張する。」

「しかしながら、証拠・・・によれば、原告の早退の時間は、平成27年度が63時間、平成28年度(8月まで)が45時間に及ぶことが認められ、また、前記認定事実によれば、原告が早退の理由として述べる事情は、子の留学準備や水虫の治療があるという個人的な事情であり、かかる早退の時間や理由に鑑みれば、被告が他の従業員との関係を考慮して原告の早退について改善を求めることは相当というべきである。原告は、早退の理由として、自らが労働時間について裁量のある管理職であり、所定労働時間外にも業務を行っていたことをあげるが、被告の指摘する管理職としての他の従業員との関係に対する配慮について理解が欠けているといわざるを得ず、自己の意見に固執して被告の注意に従わず早退を繰り返していたことが正当化されるものではない。

「したがって、原告に対して役割トランスファー制度を適用したことに合理的な理由がないとはいえず、原告の主張は、採用することができない。」

3.管理監督者であると認定されているわけではないが・・・

 管理監督者性が争点となっている事案でないこともあり、裁判所は原告が労働基準法上の管理監督者であったのかは認定していません。そのため、原告の方が、労働時間に対する裁量権を有してる管理職だったのかまでは明確ではありません。

 ただ、それを措くとしても、裁判所は、個人的な事情で早退したことについて、

「管理職としての他の従業員との関係に対する配慮について理解が欠けている」

と否定的に評価し、出退勤の自由の範囲内だとする原告の反論を採用しませんでした。

 最近では少なくなりつつあるように思われますが、遅くまで居残る管理職に気兼ねして、部下が無駄に居残るという現象があります。本件はこれの逆で、プライベートを優先して管理職が率先して早退していたことが問題視されました。

 個人的には、管理職であるかどうかに関わらず他の従業員との関係性に配慮して出退勤の時刻を調整するという発想は、前時代的で非効率であるように思われますが、同調圧力や空気を読まずに早退を繰り返していると、企業風土によっては降格や懲戒処分の対象になりかねないことには注意が必要です。

 

試用期間中の解雇-初期と終期とで解雇のしやすさに違いはあるか?

1.試用期間中の解雇

 長期雇用制度の下の正規従業員の採用にあたり、一定期間を試用期間として労働者の能力、適性をみることは多くの企業において行われています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕262頁参照)。

 そして、試用期間中の解雇(解除権留保付雇用契約における留保解除権の行使)は、通常の解雇より広い範囲で認められると理解されています(同文献263頁参照)。

 この試用期間中の解雇について、時期的な観点から解雇のしやすさに相違はないのでしょうか? 改善の可能性があることから、初期段階での解雇の方が、試用期間の終了間際での解雇よりも認められにくいといった議論は成り立つのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令元.12.20労働判例ジャーナル100-46 NAIN SOURCE事件です。

2.NAIN SOURCE事件

 本件で被告になったのは、キャンピングカーの製造、販売等の事業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告を試用期間中に解雇された労働者の方です。解雇無効を主張して、地位確認等を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 本件の特徴は、試用期間の初期段階で原告が解雇されていることです。

 雇用開始日が平成30年5月1日で、試用期間は平成30年8月31日までの4か月間とされていました。

 しかし、被告会社は、平成30年6月1日と雇用開始から1か月しか経っていない時点において、原告に対し、平成30年7月1日付けで解雇するとの意思表示をしました。

 こうした解雇権の行使に対し、原告は、

「試用期間中における留保された解約権の行使も解雇に他ならず、解雇権濫用法理の規制に服する。したがって、本件解雇に合理性、相当性が認められ、その有効性が認められるためには、当該労働者の不適格性を示す事実が存在し、かつ、それが解約を正当化するほど重大であることが立証される必要があり、通常解雇における解約の自由の範囲と、留保解約権におけるそれとの差異は質的差異ではなく、量的差異にとどまり、留保解約権の行使については、本採用後の通常解雇に準ずる合理的理由を要するものと解される。そして本件は、試用期間満了に伴う解雇(本採用拒否)ではなく、4か月の試用期間のわずか4分の1にすぎない1か月間で解雇された事案であるところ、試用期間中の解雇は、試用期間の満了を待たずに行われる解雇であるから、試用期間の満了時に行われる本採用拒否よりさらに高度の合理性、相当性が要求される。

との主張を展開しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、試用期間途中と、試用期間満了時とで、解雇のしやすさに違いを設けることを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告の採用に当たり、原告が被告への入社を希望する動機について不安があったことや、原告の具体的な能力や適性等が不明であったことから、原告の適性等を見極めるために平成30年5月1日から同年8月31日までの間を試用期間としたことが認められるところ、これは、一般的に試用期間が、使用者において採用決定の当初において当該労働者の資質、能力等、適格性の有無に関する事項について十分に把握することができないことから、後日の調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨で設定されることと整合するものであり、このような解約権留保としての試用期間の趣旨からすると、行使の時期にかかわらず、留保解約権に基づく解雇は通常の解雇よりも広い範囲で認められるべきであるが、その解約権の行使は、上記の試用期間の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当と認められる場合に有効となると解するのが相当である(最高裁判所昭和43年(オ)第932号同48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁参照)。」

3.当てはめのレベルで差はあるであろうが・・・

 裁判所は以上のとおり述べた後、結論として解雇は有効だと判示しました。

 同じルールが適用されるとしても(解雇に必要な合理性・相当性の水準に差異はないとしても)、試用期間の初期段階の方が、試用期間の満了時よりも改善の可能性は指摘し易いと思います。

 そういう意味では、試用期間の初期段階での解雇の方が、試用期間満了時の解雇よりも認められにくい傾向にはあるだろうと思います。

 しかし、それは個別事案のルールへのあてはめの問題であり、合理性・相当性の水準に差異を設けることを否定した裁判例があることは、意識しておく必要があります。

 

他社就労しながら解雇の効力を争う場合の留意点-黙示の合意退職を認定されないためには

1.地位確認訴訟係属中の他社就労

 裁判には、どうしても、一定の時間がかかります。それは解雇の効力を争って地位確認訴訟を提起する場合も同じで、訴訟提起から一審判決の言い渡しまでには、1年以上かかることも珍しくありません。

 例え解雇が違法・無効なものであったとしても、裁判所で地位が確認されるまでの間、賃金が支払われることはありません。その間、労働者は、貯金を切り崩したり、雇用保険の仮給付を受給したりしながら、生計を確保することになります。

 しかし、みんながみんな十分な貯蓄を持っているわけではありません。また、雇用保険からは必ずしも十分な金額が支払われるとは限りませんし、受給期間には一定の限界もあります。

 そこで他社就労することの可否が問題になります。

 単に他社就労をしたとしても、元々の賃金の4割の限度での中間収入控除がなされるだけであり、それ以上の問題になることはありません。しかし、他社就労で職場復帰の意思が失われたと認められる場合には、解雇無効の判断がなされたとしても、就労意思の喪失時以降の賃金請求権は発生しない扱いになります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕246-249頁参照)。

 そのため、他社就労するものの、職場復帰の意思がある場合には、職場復帰がないと誤解されないための注意が必要になります。

 それでは、どういった点に注意すれば、職場復帰の意思がないと誤解されることを防げるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した東京地判令元.10.23労働経済判例速報2416-30有限会社スイス事件です。

2.有限会社スイス事件

 本件で被告になったのは、洋食喫茶等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、被告で勤務していた従業員の方です。被告から普通解雇を言い渡された後、解雇無効を理由に地位確認等を求めて訴訟提起したのが本件です。

 本件では原告の他社就労をどのように評価するのかが争点の一つになり、被告は、

「仮に本件解雇が無効であるとしても、原告は平成31年2月1日から他社に再就職し、月額28万円の給与を得ていることからすると、同時点において、被告において就労を継続する意思はなかったというべきである。」

と主張しました。

 これに対し、裁判所は、解雇を無効とはしたものの、次のとおり判示し、他社就労による就労意思の喪失を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件解雇から1年2か月余りが経過した平成31年2月1日、株式会社Hに、基本給月額28万円、食事手当月額8000円等との条件で再就職し、同日以降、同社において就労し、本件解雇前に被告において得ていた賃金とほぼ同水準の賃金を得るようになり、同年6月からは、役職を付されたことが認められる。

「これらの事情に加え、本件解雇に至る経緯等を考慮すると、原告については、株式会社Hに再就職した同年2月1日の時点で、被告における就労意思を喪失するとともに、被告との間で原告が被告を退職することについて黙示の合意が成立したと認めるのが相当である。」

3.労働条件が同水準の他社就労になると黄信号

 解雇前の生活水準を維持しようと思えば、従前と似たような賃金が得られるよう他社で就労するのは仕方のないことであり、賃金水準が同等であることから就労意思の喪失を認定することには異論の余地もあると思います。

 しかし、労働条件・賃金水準が同程度になると、本裁判例のように、就労意思の継続が認められない危険が生じることになります。

 解雇無効の判断後の復職を確実なものとしながら他社就労する場合、係争中の勤務先での労働条件よりも、多少低めのところを狙っておいた方が無難だと思われます。

 

残業代請求でGPS移動記録に基づく労働時間の立証が認められた事例

1.GPSによる労働時間の立証

 残業代を請求する時、スマートフォンを利用したGPS移動記録は、他の証拠と組み合わせて使うことにより、かなりの威力を発揮することがあります。

 例えば、メールの送信時刻を労働時間の立証の柱として使う場合に、GPS移動記録と組み合わせて、社内からメールが送信されていることを裏付けるといった使い方がああります。GPS移動記録があれば「メールは一旦就労を終えた後、モバイルのノートパソコンから単発で送られたものである可能性がある。」との使用者側の主張に対し、効果的に反駁を加えることが可能になります。

 ただ、GPS移動記録は何時から何時までどの辺にいたのかという位置情報を示すものでしかないことから、その時間に指揮命令下に置かれたことが直ちに裏付けられるわけではありません。つまり、使用者側から「社内の端末に残されている最後のメールから時間が経ちすぎている。社内で休憩してから会社を出た、あるいは、会社を出て近くの喫茶店で飲食していただけである可能性が排除できない。」などと言われた場合、GPS移動記録だけでは、立証に今一歩足りないといったことが起こり得ます。

 そのためか、残業代請求訴訟において、GPS移動記録からダイレクトに労働時間を認定した事案があるという話は、あまり聞いたことがありません(労災民訴でGPS移動記録をもとに労働時間を認定した事例に津地裁平29.1.30労働判例1160-72 竹屋ほか事件がありますが、労災事案での労働時間と残業代請求の局面での労働時間との概念が別物であることは昨日の記事でお話ししたとおりです。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/08/02/002932)。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、残業代請求の局面でGPS移動記録に基づく労働時間の立証が認められた事例が掲載されていました。東京地判令元.10.23労働経済判例速報2416-30 有限会社スイス事件です。

2.有限会社スイス事件

 本件で被告になったのは、洋食喫茶等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、被告で勤務していた従業員の方です。被告から普通解雇を言い渡された後、解雇無効を理由とする地位確認や残業代を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 被告では適切な労働時間管理がなされていなかことから、原告はグーグルマップの付属機能であるタイムライン(スマートフォンのGPSを自動で感知し、スマートフォンの移動や滞在の場所と時間を自動で記録する機能)で労働時間の立証を試みました(本件タイムライン)。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、タイムラインに基づいて労働時間の認定を行いました。

(裁判所の判断)

「本件タイムライン記録は、平成30年2月5日から同月16日にかけて、原告のスマートフォンの画面をスクリーンショットしたものである・・・ところ、被告が指摘するとおり、事後に編集可能なものであり・・・、それ自体が完全に客観的な証拠であるとはいえない上、実際の記録についても、自宅から徒歩2分程の距離にある最寄り駅である△△駅までの間の移動記録がなかったり、△△駅から築地店又は銀座店までの間の移動記録が省略されているものが多く、記録されていても、平成29年3月29日に、表参道駅で20分滞在した後、同駅から銀座店まで6分で移動した旨が記録されたりする・・・など、実際の移動状況の全てが余すことなくそのまま正確に記録されているとまではいえないものである。」

「もっとも、本件タイムライン記録に記載された原告の築地店及び銀座店における滞在時間は、以下のとおり、・・・築地店の営業時間及び銀座店における勤務時間や、D氏の証言及び原告の供述に沿うものである。」

「すなわち、①築地店は、3階建てで、店長である原告のほか、料理長及びアルバイト1名の体制で運営され・・・、夜営業のみであった平成28年10月18日までは、営業時間が午後5時から午後10時30分までとされていたところ、築地店は、平成28年1月頃に、人手不足のため一旦閉店したものを、同年10月から、それまでの昼営業から夜営業に変更した上で営業を再開したものであったこと・・・からすると、原告が供述するとおり、店内の片付けや開店準備のため、本件タイムライン記録に記録された時間(D氏は、原告が午後3時から午後4時までの間に出勤していたと思う旨を証言するところ、それよりも1時間程度早く)に出勤し、本件タイムライン記録に記録された時刻に退勤することも十分にあり得るものといえ、現に、同月14日には、築地店に出勤した後、業務用スーパー等を訪れたことがうかがわれる記録もあるところ・・・である。なお、同月10日及び同月16日については、同各日の移動記録・・・からしても、原告が供述するとおり、築地店の営業日ではなかったものの、被告の依頼を受け、銀座店において稼働したものと認められ、このような記録があることは、むしろ、本件タイムライン記録の信用性を高める事情であるということができる。」

「また、②築地店につき、昼営業が追加された同月19日以降は、営業時間が午前11時から午後3時まで及び午後5時から午後10時30分までとされ、D氏は、原告が午前9時若しくは午前10時頃に出勤していたと思う旨を証言する(原告も同様の供述をする。)ところ、本件タイムライン記録の記録は、上記の営業時間やD氏の証言に沿うものである。」

「さらに、③平成29年1月1日以降の銀座店における勤務については、午前9時から午後9時までの間のシフト制とされ、D氏は、通常、午前9時(ただし、ホール(フロア)担当の場合は午前10時からもあり得る。)から午後9時までの勤務(休憩1時間)であり、早番の場合は、午前9時(午前10時である旨の証言もしているが、シフト表(甲6)や本件タイムライン記録からすると、午前9時が正しいものと考えられる。)から午後4時までの勤務(休憩なし)(早番①)か、午前10時から午後6時までの勤務(休憩1時間)(早番②)のいずれかである旨を証言するところ、本件タイムライン記録の記録は、上記の営業時間やD氏の証言に概ね沿うものである。とりわけ、本件タイムライン記録の記録がシフト表(甲6)における早番や休みの記載とほぼ整合していることや、近所の喫茶店における休憩が多数記録されていること(甲5・38、43、48、50、57頁等。中には、1日に2回に分けて休憩をとった記録もある(同・66頁)ほか、原告が主張する1時間以上の休憩がとられている記録も多数ある。)は、本件タイムライン記録が各日の移動状況をその都度記録したものであることを強く裏付ける事情であるということができる。」

「その他、本件タイムライン記録には、休日の移動記録(甲5・3頁等)や、築地店及び銀座店以外の場所への移動記録(同・9頁等)のほか、退勤後に寄り道をした記録(同・43、50、59、61、83、88、89頁等)もあり、これらの事情によれば、原告が、本件解雇後に、被告に対し割増賃金を請求するため、編集機能を利用して本件タイムライン記録を一から作出したとは考え難いものである。」

「他方で、被告が本件タイムライン記録の不自然性として指摘する諸事情は、原告が主張するとおり、GPSの感度の問題やタイムライン機能の設定の問題等として一応の説明をすることが可能であるところ、本件においては、本来、労働者の労働時間を適切に把握して然るべき被告において、原告の主張する本件タイムライン記録に基づく各日の労働時間が実際の原告の労働時間と異なることについて、個別具体的に指摘し、その裏付けとなる客観的な証拠を提出しているわけでもない。

上記に検討したところによれば、本件タイムライン記録には信用性が認められるというべきであり、原告が築地店及び銀座店に滞在していた時間中に、休憩時間を除き、被告の業務以外の事項を行っていたと認めるに足りる客観的な証拠はないから、原告は、本件タイムライン記録に記録された築地店及び銀座店の滞在時間(休憩時間を除く。)に、被告の業務に従事していたものと認めるのが相当である。

3.GPS移動記録「で」補強したのではなく、GPS移動記録「を」補強した

 冒頭で述べたとおり、他の立証の柱(メールなど)をGPS移動記録で補強することは実務上普通に行われていたことです。

 しかし、本件は、

「本件タイムライン記録に記録された築地店及び銀座店の滞在時間・・・に、被告の業務に従事していたものと認めるのが相当である」

とGPS移動記録の滞在時間からダイレクトに労働時間を認定しました。

 さすがに営業時間や証言などの一定の補強材料と、被告による労働時間管理の懈怠とが組み合わさってのことではありますが、それでもGPS移動記録をもとに労働時間を認定した点は画期的な判断だと思います。

 GPS移動記録は手軽に付けることができるため、このような労働時間の立証方法がが認められたことは、残業代請求を容易にする点で、労働者側にとって好ましいことだと思います。後は、補強材料としてのどの程度の事情が必要になるのか、事案の集積による明確化が期待されます。