弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワーハラスメントに係る事実確認のために提供した資料に対するコントロール

1.パワーハラスメントを防止するための雇用管理上講ずべき措置

 労働施策総合推進法30条の2第1項は、

事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

と規定しています。

 この「雇用管理上必要な措置」として、事業主には、

「職場におけるパワーハラスメントに係る相談の申出があった場合において、その事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認及び適正な対処として」

「事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること」

が求められています(令和2年1月15日 厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 厚生労働省の指針では、

「相談窓口の担当者、人事部門又は専門の委員会等が、相談者及び行為者の双方から事実関係を確認すること。その際、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも適切に配慮すること。」

が、

「事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認していると認められる例」

として掲げられています。

 しかし、それ以上に、相談者から提供を受けた資料の扱い方について、何か具体的な指針が定められているわけではありません。

 それでは、パワハラを申告した相談者は、事業主に対して提供した資料に対し、何らかのコントロールを及ぼすことはできないのでしょうか?

 パワハラを問題として取り上げてもらうにあたっては、証拠となる資料に基づいて申告することが効果的です。しかし、パワハラを主張、立証するための資料には、日々の出来事を記載した日記など、プライバシー性の高いものも少なくありません。こうした資料は、一旦提出してしまったら、相談者の意向とは無関係に自由に使われてしまうことを受忍しなければならないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。京都地判令3.5.27 労働経済判例速報2462-15 労働判例ジャーナル116-42 京丹後市事件です。

2.京丹後市事件

 本件の被告は地方公共団体である京丹後市です。

 原告になったのは、保育士・幼稚園教諭として被告に任用されていた方です。

 鬱病での病気休職中、原告の父又は母は、被告に対し、原告がC園長から受けたパワハラの証拠であるとして、原告の日記の写しを提出しました(本件日記)。

 被告は、本件日記を受領した後、パワハラの事実調査のため、本件日記のコピーを複数作成し、関係する職員らに閲覧させました。また、被告は、C園長に対し、本件日記のコピーを交付して書き込みをさせました。しかし、本件日記をこのように扱うことについて、被告は原告から個別の同意を取得してはいませんでした。

 本件では、被告職員が、加害者とされたC園長に対し、本件日記のコピーを交付して書き込みをさせ、その後これを保管させていた行為が原告のプライバシーを侵害するのではないかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示して、被告の行為の違法性を認定しました。

(裁判所の判断)

「P次長及びM課長は、平成27年8月12日、C園長に対し、本件日記のコピーを交付し、その上で書き込みをさせ、その後これを保管させたことが認められる。そして、上記5で判示したとおり、原告は、被告におけるパワハラの調査目的のため、必要性・相当性の認められる範囲内において、本件日記が利用されることを許容していたと解されるところ、M課長らのC園長に対する上記行為は、被告におけるパワハラの調査の一環として行われたものではある。」

「しかしながら、本件日記には、原告がパワハラであると主張している事実関係に加えて、原告の心情等に係る記載もあるなど、原告の重大なプライバシーに係る事項が記載されているところ、C園長は、原告がパワハラの加害者であると主張している人物であるから、C園長に本件日記の内容が開示されれば、原告のプライバシーが侵害されることはもとより、いくらパワハラの調査のために提出されたものであっても、被害者であると主張する原告の立場からすれば、心情的に、C園長には本件日記の内容をそのままの状態では知られたくないと考えるのが通常であると思われる。また、C園長に原告が主張している事実関係を確認してもらう必要があったとしても、本件日記のコピーをそのまま渡すのではなく、事実関係のみを抽出して作成した書面を交付するなど、他の方法によっても、C園長に事実関係を確認することは十分可能であったと思われ、C園長に本件日記のコピーそのものを交付する必要性は低かったといえる。

以上によれば、パワハラの調査目的のためであるからといって、C園長に対して本件日記のコピーそのものを交付して書き込みをさせ、それを保管させることは、原告のプライバシーに係る情報の適切な管理に係る合理的な期待を裏切るもので、必要性・相当性の認められる範囲を超えており、原告が上記行為を許容していたと評価することはできない。

したがって、被告職員が、C園長に対し、原告の承諾を得ることなく、本件日記のコピーを交付して書き込みをさせ、それを保管させた行為は、原告のプライバシーを侵害するものとして、国家賠償法上違法である。

3.本人から提出を受けていたとしても、個別同意なく交付するのは不適切であろう

 本件は父母から日記の提供を受けていたという点に特徴があります。

 しかし、仮に本人から本件日記の提出を受けていたとしても、何のことわりもなく加害者と主張する人に日記を見せていたとすれば、やはりプライバシー侵害・不法行為が成立していたのではないかと思われます。

 ハラスメントの調査は、適切な方法で行われなければ、それ自体が労働者を職場に居辛くさせる効果を持ちかねません。調査方法に対し、労働者側で一定のコントロールを及ぼすことは、これからの課題になって行くのではないかと思われます。本裁判例は提出資料の使い方に配慮を求める根拠となるものとして、実務上参考になります。

 

負傷から2年以上経過して発症した精神障害に業務起因性が認められた例

1.精神障害の労災認定

 精神障害の労災認定について、厚生労働省は、

 平成23年12月26日 基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(最終改正:令和2年8月21日 基発0821第4号)

という基準を設けています。

精神障害の労災補償について|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/000661301.pdf

 この基準は、

対象疾病を発病していること、

対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、

業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと、

の三つの要件が満たされる場合、対象疾病を業務上の疾病として取り扱うとしています。

 この二つ目の要件については、例外がないわけではありません。

「業務上の傷病により6か月を超えて療養中の者が、その傷病によって生じた強い苦痛や社会復帰が困難な状況を原因として対象疾病を発病したと判断される場合」

には、強烈な心理的負荷をもたらした出来事から対象疾病の発症までに6か月以上を経過している場合でも、労災認定を受けられることがあります。

 ただ、これはあくまでも例外です。対象疾患の発病から6か月よりも前の事情は、どれだけ強い心理的負荷を感じさせる出来事であったとしても、対象疾患の発病とは無関係だと扱われるのが原則です。

 しかし、近時公刊された判例集に、強い心理的負荷を発生させる出来事から2年以上経過して発症した対象疾患に業務起因性の認められた裁判例が掲載されていました。名古屋高判令2.7.6労働判例1251-46労働判例1251-46 国・一宮労基署長事件です。

2.国・一宮労基署長事件

 本件は労災の取消訴訟です。

 本件で原告・控訴人になったのは、自動車部品の製造等を行う株式会社では働いていた方です。工場で成形業務を担当していたところ、令和24年10月27日、をチャック板と成形機との間に頭部を挟まれ、左目に重篤な傷害を負いました。

 その後、原告は、平成25年3月21日時点で、心因反応・PTSDを発病ていいたなどと主張して、休業補償給付を請求しました。しかし、不支給処分を受けてしまったため、その取消を求めて訴訟提起しました。取消訴訟の審理を担当した一審裁判所は原告の請求を棄却しました。これに対し、原告側が控訴したのが本件です。

 この事案の裁判所は、精神障害を適応障害と、その発病時期を平成29年10月29日と認定しました。そのうえで、次のとおり述べて、適応障害の業務起因性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件事故による心理的負荷及び左目の負傷による心理的負荷・・・は、負傷後の疼痛及び視力の低下も含めれば、控訴人と同程度の年齢、経験を有する平均的労働者にとっても相当強度なものであったというべきであり、とりわけ視力の低下が本件事故から約2年後の発病当時も継続していた状況にあったことも総合的に評価すれば、上記・・・の右目の視力の低下による心理的負荷を除いたとしても、本件事故と適応障害の発病との間の相当因果官営・・・を見尾めるに足りる程度の強度なものであったと判断される。このことは、被控訴人が社会復帰が困難な状況であったとまでは認められず、上記・・・の休業補償給付の打ち切りによる経済生活上の不安定等も原因として複合していたとしても、否定すべきものではない。また、上記・・・についても、控訴人の本件事故前からの既往症であるうつ病及びアルコール依存症は、本件事故時点では、就労に支障がない程度の状態で安定し、ほぼ寛解状態にあった・・・から、業務以外の心理的負荷及び個体側の要因により適応障害を発病したもの(認定基準の認定要件における除外事由)があると認めることはできない。そして、適応障害は平成26年10月29日時点で新たに発病した上記既往症とは異なる精神障害であって・・・、本件事故による心理的負荷及び左目の負傷による心理的負荷は平均的労働者にとっても強度なものであり、業務による強い心理的負荷があったといえるから、相当因果関係が認められるとの上記判断は左右されない。」

3.視力の低下が継続していたことが効いている

 上述のとおり、本件では強い心理的負荷を生じさせた事故から2年以上経過して発症した適応障害の業務起因性を認めました。こうした判断の背景には、本件事故以来、視力が継続的に低下し続けているのが効いているのではなかと思われます。

 6か月の期間制限が主張、立証の悩みを生じさせることは少なくありません。本件で裁判所が示した考え方は、心理的負荷を発生させる出来事と対象疾患の発症時期が離隔している事件の処理にあたり参考になります。

 

未払賃金請求か損害賠償請求か

1.二つの法律構成

 解雇の効力を争って金銭的な請求を行うにあたっては、二通りの法律構成が考えられます。

 一つは、未払賃金としての構成です。解雇が無効である場合、労働契約は存続していることになります。契約が存続しているのに働けなかったのは労務の受領を使用者が拒絶したからである、ゆえに労働者は未払賃金を請求する権利を失わない、とする考え方です。

 もう一つは、損害賠償としての構成です。違法無効な解雇をされたことにより得られるはずであった収入を失った、ゆえに逸失利益相当額の損害の賠償を求める、とする考え方です。

 未払賃金構成をとる場合、解雇が違法・無効であることさえ立証できれば、請求が認められます。他方、損害賠償構成をとる場合、違法・無効な解雇がされたことに加え、当該違法・無効な解雇が使用者側の故意や過失に基づいていることまで立証する必要があります。立証命題を増やしてしまうことになるため、金銭的な請求を行う場合には、未払賃金構成をとることが普通です。

 しかし、損害賠償構成をとるメリットもないわけではありません。1か月あたりにとれる金額で換算すると、損害賠償構成の方が未払賃金構成を上回ることがあります。

 具体的に言うと、未払賃金構成の場合、多くの裁判例において「時間外手当については、時間外手当は、時間外に勤務して初めて発生するものであるから、時間外に勤務していない解雇の場合には、請求できない」と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕382頁)。しかし、損害賠償請求構成をとる場合、請求できる逸失利益の額は、当該利益を得られた蓋然性によって判断されます。そのため、残業して時間外手当を得ることができた可能性が高い場合には、基本となる賃金に得られた蓋然性の高い時間外手当を付加した金額を請求することができます。

 このようなメリットがあることは、近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例からも読み取ることができます。昨日もご紹介した、東京地判令3.4.28労働判例1251-74 株式会社まつりほか事件です。

2.株式会社まつりほか事件

 本件で被告になったのは、飲食店の経営等を目的として設立された株式会社(清算会社)と、その代表取締役であった方です(被告会社、被告Y2)。

 原告になったのは、被告会社に雇用され、料理長として勤務していた方(亡A)の遺族2名です(妻X1、長女X2)。亡Aが心停止を発症して死亡したのは、被告会社における長期間の過重労働が原因であると主張し、被告らに対して損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 損害賠償請求にあたり特徴的だったのは、亡Aの時間外手当も含めた金額を逸失利益の計算の基礎としたことです。具体的に言うと、原告は、

「亡Aは、時間外労働に対する割増賃金の支払を受けていなかったが、長時間労働の勤務実態があったことに加え、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合には業務と心疾患との関連性が弱いとされていることからすれば、亡Aが過重な業務により死亡することがなければ、少なくとも1か月当たり45時間の時間外労働を将来にわたって継続していた蓋然性が高い。そこで、1か月当たり45時間分の時間外手当については、将来における稼働蓋然性が高いものとして基礎収入に加えられるべきである。」

と主張しました。

 こうした原告の主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、これを認めました。

(裁判所の判断)

「亡Aは、その生前、被告会社から、基本給15万5000円、役職手当5万円、超過手当10万円、深夜業手当5000円の合計月額31万円を得ていた・・・。」

「また、亡Aは、その生前、1か月当たり100時間を超える時間外労働に従事していたものであるが、被告会社から時間外労働に対する割増賃金の支払を受けていなかったのであるから、亡Aの逸失利益の基礎収入の算定に当たっては、亡Aが被告会社において労働を継続することのできる限度で、亡Aに支払われるべきであった時間外労働に係る割増賃金相当額を加えるのが相当である。そして、証拠(甲4)及び弁論の全趣旨によれば、亡Aの被告会社における時間外労働の時間が45時間以内に収まっていたのであれば、被告Aが被告会社における業務過多による本件発症により死亡することはなかった可能性が高いと認めることができるから、亡Aが被告会社において労働を継続することのできる時間外労働の時間として、1か月当たり45時間の限度で認めるのが相当である。そうすると、亡Aの1時間当たりの賃金額は1783円(計算式:31万円÷173.8時間〔1か月平均所定労働時間〕)であるから、45時間分の時間外手当の額は10万0293円と認めるのが相当である。

「これに対し、被告らは、亡Aに支払われるべき時間外労働に係る割増賃金は、超過手当及び深夜業手当の合計月額10万5000円の範囲内であったとして、それとは別に上記45時間分の時間外手当を基礎収入に加えるべきではない旨主張する。しかしながら、前記認定事実のとおり、亡Aと被告会社との間の本件雇用契約において、契約内容が書面で明確に定められていたことはなく・・・、超過手当及び深夜業手当がどのような内容の手当であったのかを基礎付ける客観的な証拠もないし、被告会社において就業規則や賃金規程も備えられていなかった・・・のである。そうである以上、本件雇用契約における超過手当及び深夜業手当の具体的な内容は不明というほかなく、それが時間外手当として支払われるべきものとは認めることができないから、被告らの上記主張を採用することはできない。」

「以上によれば、亡Aの逸失利益の算定における基礎収入は、月額41万0293円、年額492万3516円であると認めるのが相当である。」

3.逸失利益に関する考え方は死亡後遺族が原告となる場合に限られないだろう

 本件は過労死した労働者の遺族が提起した損害賠償請求事件であり、ありふれている事件類型というわけではありません。

 しかし、逸失利益をどのように把握するのかという問題において、労働者が生存しているのか・死亡しているのかで、考え方を変えるのは論理的ではありません。本件の裁判所の考え方に従えば、違法無効な解雇を受けた労働者が自ら損害賠償請求を行う場合であっても、残業が発生する蓋然性が立証できる限り、時間外手当を加えた額を逸失利益として請求できるはずです。

 死亡事案以外で本人が請求する場合には、再就職までに必要な合理的期間で終期を画されてしまうなど金額が伸びにくいこともあり、あまり使われる構成ではありませんが、損害賠償請求構成をとる利点として、残業代を上乗せできることは、覚えておいても損はないだろうと思われます。

 

名目だけの代表取締役になるリスク-合計5000万円以上の損害賠償責任を負った例

1.名義貸しに伴うリスク

 この仕事をしていると、安易に他人に名義を貸して、過大な責任を負う方を目にすることが少なくありません。

 過大な責任に繋がる名義貸しには、大きく言って二つの類型があります。

 一つ目は、借金の名義貸しです。他人に頼まれて消費者金融などからお金を借り、それを依頼主に渡すという類型です。依頼主がお金を返すことができなくなったとしても、金融機関との金銭消費貸借は有効に成立しているため、貸金返還義務を免れることはできません。借金を返すことができなければ、破産による債務名義を余儀なくされることもあります。

 もう一つは、名目だけの責任者になることです。実権を持たない登記簿上の会社役員になる場合などが典型です。会社役員などの法的地位には法令によって種々の責任が紐づいています。何事もなければよいのですが、不祥事が発生した場合、第三者からの責任追及の矢面に立つことになります。

 近時公刊された判例集に、後者の危険が顕在化した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.4.28労働判例1251-74 株式会社まつりほか事件です。

2.株式会社まつりほか事件

 本件で被告になったのは、飲食店の経営等を目的として設立された株式会社(清算会社)と、その代表取締役であった方です(被告会社、被告Y2)。

 原告になったのは、被告会社に雇用され、料理長として勤務していた方(亡A)の遺族2名です(妻X1、長女X2)。亡Aが心停止を発症して死亡したのは、被告会社における長期間の過重労働が原因であると主張し、被告らに対して損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 この事件には二つの特性があります。

 一つは、元代表取締役Y2が訴えられたことがあります。

 普通、個人よりも会社の方が資力を有しているため、人の死が関係するような高額の損害賠償請求事件において、個人を訴える実益はありません。しかし、本件では、亡Aの死後、会社が解散して清算会社になってしまったため、賠償資力を拡張するという目的からか、元代表取締役Y2まで訴えられました。

 もう一つは、Y2が名目だけの代表取締役であったことです。

 被告会社を設立した亡Bは、自らは役員にならず、別会社で板前として勤務していた被告Y2に名前を貸すように依頼しました。被告Y2はこれを了承し、被告会社の代表取締役として登記されました。しかし、被告Y2は、被告会社の経営に関与することもなければ、役員鳳雛を受領することもありませんでした。被告会社では、亡Bが「社長」と呼ばれ、実質的な経営を行っていました。

 本件では、このように経営に関与することなく、報酬(名義貸しに対応するリスク負担料)すら受け取っていなかった者にまで、法的な責任が発生するといえるのかが問題になりました。

 この事件を審理した裁判所は、亡Aの死亡の業務起因性を認めたうえ、次のとおり判示して、被告Y2の損害賠償責任を認めました。

(裁判所の判断)

「被告Y2は、被告会社の代表取締役として、被告会社の業務全般を執行するに当たり、被告会社において労働者の労働時間が過度に長時間化するなどして労働者が業務過多の状況に陥らないようにするため、従業員の労働時間や労働内容を適切に把握し、必要に応じてこれを是正すべき措置を講ずべき善管注意義務を負っていたというべきであるところ、被告会社の業務執行を一切行わず、亡Aの労働時間や労働内容の把握や是正について何も行っていなかったのであるから、その職務を行うについて悪意又は重大な過失があり、これにより亡Aの損害を生じさせたというべきである。」

「したがって、被告Y2は、会社法429条1項に基づき、被告会社と連帯して、亡Aの死亡により生じた損害の賠償責任を負うというべきである。」

これに対し、被告Y2は、亡Bに名義貸しをしたものにすぎず、被告会社の取締役としての職務を行うことが予定されておらず、実際にも職務を行っていなかったから、被告Y2の原告に対する重大な過失はないとも主張する。

そこで検討するに、前記認定事実のとおり、被告Y2は、亡Bから被告会社の設立に当たり名前を貸すように依頼を受けてこれを了承し、被告Y2において被告会社の代表取締役の登記手続をされたものであり、被告会社の経営に関与したり、役員の報酬を得たりしたことも一切なかったのである・・・から、被告Y2が被告会社の業務執行に関わることが一切予定されていない、いわゆる名目的な代表取締役であったことは、被告らが主張するとおりである。

もっとも、被告Y2は、亡Bからの上記依頼の内容について、被告会社の役員になるのかもしれないとの認識を持ち、印鑑登録証も貸したことが認められるのである・・・から、被告会社の代表取締役への就任自体は有効に行われたものであるといわざるを得ず、そうである以上、被告Y2が被告会社の代表取締役として第三者に負うべき一般的な善管注意義務を免れるものではない。仮に、被告Y2が、被告会社の実質的な代表者であった亡Bから、被告会社の業務執行に関わる必要がないとの説明を受けていたり、被告会社から何らの報酬を得ていなかったりしたとしても、それは被告会社の内部的な取決めにすぎず、そのことから被告Y2が被告会社の代表取締役として負うべき第三者に対する対外的な責任の内容が左右されることはない。

「そうすると、被告らの上記主張は当を得ないものであり、採用することができない。」

3.安易な名義貸しは禁物

 本件の判決主文は、

「被告らは、原告X1に対し、連帯して、2091万5568円及びこれに対する平成29年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」

「被告らは、原告X2に対し、連帯して、3093万5452円及びこれに対する平成29年4月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」

というもので、被告Y2は合計5000万円以上の損害賠償金を支払う義務を負うことになりました。清算会社との連帯債務であるし、内部的な負担割合として清算会社の方が大きいことは確かです。しかし、清算会社にどれだけの資力があるかは不明であり、被告Y2は極めて危険な立場に置かれることになりました。

 個人的な実務経験に照らして言うと、名義貸しを依頼する方は、大体において、自分の名前ではできない・したくないことをやろうとします。ハイリスクな行為であるため、安易な名義貸しには応じない方が賢明です。

 

社会保険労務士の方を対象とした能力担保研修講師を経験してⅡ

 昨年に引き続き、今年度も社会保険労務士の方を対象とした能力担保研修講師を務めました。

 これは社会保険労務士の方が、特定社会保険労務士になるための研修です。

 特定社会保険労務士は通常の社会保険労務士業務に加え、紛争解決手続代理業務を行うことができます(社会保険労務士法2条2項、同法2条1項1号の4ないし6)。

 特定社会保険労務士になるためには、紛争解決手続代理業務を行うのに必要な学識及び実務能力に関する研修を修了した後、試験に合格する必要があります(社会保険労務士法13条の3第1項)。試験に合格して紛争解決手続代理業務の付記の申請し、社会保険労務士登録に紛争解決手続代理業務の付記をされると、特定社会保険労務士票が交付され、特定社会保険労務士としての業務ができるようになります(社会保険労務士法14条の11の2ないし3参照)。

 上記の傍線部の研修を能力担保研修といいます。私が務めたのは、この能力担保研修のゼミナール講師です。

 このゼミナールは、特定の事例・題材をもとに受講者と議論しながら進めるものです。受講者も専門家(社会保険労務士)であることから、発問に返ってくる答えは示唆に富むものが多く、講師である私自身にとっても大変勉強になりました。受講者の方々にも何等かの有効な視点を提供できていれば、大変嬉しい限りです。

 研修講師等の仕事も随時受け付けておりますので、ご要望の方は、お気軽にご連絡ください。

 

退職者を引きとどめる言動「逃げるのか」に違法性が認められた例

1.退職妨害

 労働者の退職を妨げようとする時の使用者の言動は、大体において似通っています。その中の一つに、「逃げるのか。」というものがあります。

 この「逃げるのか。」という言葉は、労働環境・勤務条件の過酷さから目を逸らし、退職の理由を個人の意思の弱さと結びつけ、労働者を非難する意味合いで用いられることが多くみられます。

 労働者の矜持や罪悪感に訴えかけて退職を妨害することに関しては、常々問題だと思っていたところ、近時公刊された判例集に、「逃げるのか。」という言動を違法だと判示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、長崎地判令3.8.25労働判例1251-5 長崎県ほか(非常勤職員)事件です。

2.長崎県ほか(非常勤職員)事件

 本件で原告になったのは、長崎県A部B課の非常勤職員として採用された歯科衛生士の方です。

 被告になったのは、長崎県(被告県)と原告の上司であったB課の課長補佐丙川(被告丙川)です。

 被告丙川からセクシュアルハラスメント(セクハラ)やパワーハラスメント(パワハラ)を受けたとして、原告が被告らに対して損害賠償等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 原告が主張したパワハラの一つに、退職意向を告げた時に被告丙川から言われた「逃げるな。」という言動がありました。

 この言動について、裁判所は、次のとおり判示し、違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「被告丙川は、原告に対し、①3か月たったら、他の職員に迷惑をかけることになるから、早くできるようにならないといけない旨を述べ、原告が退職意向を告げると、②俺の何が気に食わないのか、逃げるのか、俺に対して失礼だと思わないのか、などと述べたことが認められる。この点、被告らは、それぞれ、前記・・・のとおり主張するが、被告丙川は、この点について供述又は陳述しておらず、この点に関する原告の供述及び陳述並びにそれまでの前記認定の経過に照らすと、上記のとおり認定することができる。」

「被告丙川の上記発言のうち、①は、その内容及び同日午前の経緯に照らし、原告に対する指導ということができ、社会通念に反し、原告に対する精神的攻撃又は人格権若しくは人格的利益の侵害に当たり、違法であるとまでは認められない。他方、②は、退職意思を示した原告に対し、原告が被告丙川によるパワハラを訴え、辞めようとしているものと捉え、自己防衛的に原告を非難するものであり、退職意思を示した部下に対し、事情を聴取する際の上司の言動として、不適切であることが明らかであり、社会通念に反し、違法であると認められる。

3.逃げて何が悪いのか?

 労働環境や勤務条件に見切りをつけて逃げることは、労働者に認められた当然の権利です。非難されるいわれは全くありません。

 辞意を切り出したところ「逃げるのか。」などと追い打ちをかけるかのように非難され、辟易としている方の保護を考えるうえで、本裁判例は参考になります。 

 

合理的理由なく業務習熟を妨げない義務-メモの禁止に違法性が認められた例

1.メモの禁止

 近時、報道等で「メモをとらない新人」についての悩みが取り上げられるようになっています。メモは仕事を覚え、ミスを防ぐうえで役に立ちます。それなのに新人がメモを取ろうとしないというのが、大体のパターンです。

 それでは、逆に、新人のメモを禁止することはどうでしょうか?

 通常、新人のメモを禁止することには何の合理性もありません。しかし、時折、上長からメモを禁止されたという相談を労働者の方から受けることがあります。このような合理性に乏しいマイルールを押し付けられることは、ハラスメントにあたるのではないでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。長崎地判令3.8.25労働判例1251-5 長崎県ほか(非常勤職員)事件です。

2.長崎県ほか(非常勤職員)事件

 本件で原告になったのは、長崎県A部B課の非常勤職員として採用された歯科衛生士の方です。

 被告になったのは、長崎県(被告県)と原告の上司であったB課の課長補佐丙川(被告丙川)です。

 被告丙川からセクシュアルハラスメント(セクハラ)やパワーハラスメント(パワハラ)を受けたとして、原告が被告らに対して損害賠償等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 原告が主張したパワハラの一つに、「メモの禁止」がありました。

 具体的に言うと、原告は、

「被告丙川は、平成30年4月26日までの間、採用されたばかりで行政事務を初めて

担当する原告に対し、繰り返し『メモをとるな』、『できる人はメモをとらない。』などと述べてメモをとることを禁止し、原告がメモをとると不合理な叱責をした。」

と主張しました。

 被告らはメモの禁止の事実自体を争いましたが、裁判所は、次のとおり述べて、被告丙川の行為に違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、初めて行政事務を担当することから、被告丙川からの説明の際、逐一、メモをとり、覚えようとしていたところ、被告丙川は、平成30年4月2日頃、原告に、メモをとらずに話を聞くよう指導したことが認められる。」

「この点、被告らは、被告丙川が、そこまでメモをとる必要はないと述べたにとどまる旨主張し、被告丙川は、これに添う供述及び陳述をする。しかし、前記認定事実・・・のとおり、原告が、同日26日、メモの制限についてH参事に相談し、その後、F総括が被告丙川と面談した後については、原告はメモの禁止について主張しておらず、改善がされたという経過に照らして、採用できない。」

「また、被告丙川は、メモを制限した理由として、原告がメモをとる姿勢が、無理やりメモを取らせているように見えるためだなどど、自身の対面を慮って削減した旨を陳述しており・・・、合理的理由に基づくものとはいえない。」

そして、前記認定事実・・・のとおり、原告は被告丙川の説明を十分に理解できずにいたところ、メモをとることを制限されたことも、理解を困難にした要因であったと認められるから、被告丙川がメモをとることを制限したことは、合理的な理由がなく原告の業務習熟を妨げるものであり、違法であるというべきである。

3.業務習熟を妨げない義務

 メモの禁止が違法とされたこともさることながら、裁判所が違法性の核心を、

「(合理的な理由なく)原告の業務習熟を妨げるもの」

に求めたことは、注目に値します。この理屈が通用するのであれば、上長の行為が違法になるのは、メモを禁止した場合に限りません。凡そ不合理な理由で労働者の業務習熟が妨害されている場合全般に応用できる可能性もあります。

 嫌がらせの動機か何なのかは分かりません。しかし、上長が部下の業務習熟の妨害に及ぶことは昔から一定数あります。本件の裁判例は、こうした習熟妨害行為の是正・救済を求めるにあたり参考になります。