弁護士 師子角允彬のブログ

一般の方に向けて、法律や判例に関する情報を提供して行きます。

かかってくる電話に対応しながらの昼休みは、休憩時間といえるのか?(労働時間ではないのか?)

1.昼休みの電話対応
 労働基準法34条1項は、
「使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。」
と規定しています。
 1日8時間のフルタイムで働いている方の場合、12時から1時までの間が休憩と定められていて、この間に昼食等を済ませている方も多いのではないかと思います。
 しかし、中小規模の事業所では、昼休みに自席で弁当等を食べている時であったとしても、かかってくる電話には事実上対応せざるを得ないという方が、少なくないように思われます。

 こういった昼休みは、果たして休憩時間といえるのでしょうか?

 もし、休憩時間といえないのであれば、昼休みの間も、所定労働時間外の労働をしたものとして、残業代を請求する余地が生じます。

 近時の公刊物に、この点が問題となった裁判例が掲載されていました。

 水戸地裁土浦支判平29.4.13労働判例1204-51 結婚式場運営会社A社事件です。

2.電話を取っていた昼休みの位置づけ

 この事件は、結婚式場運営会社にプランナーとして勤めていた労働者の方が、使用者に対し、残業代を請求した事件です。

 電話を取りながらの昼休みが時間外労働にあたるのかが、争点の一つになりました。

 裁判所は次のように判示し、昼休みの労働時間性を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件雇用契約上、休憩時間は1時間であったが、時間帯は定められていない。」

「通常シフトの場合、プランナーは、12時から13時までの間、仕事をせずに昼食をとるなどしており、昼食時に事務所で待機する必要はなく、外出も自由であり、上司の許可を得る必要はなかった。

被告は、原告を含むプランナーに対し、12時から13時までの電話当番を命じていなかった(原告は、電話番として残って電話に応答するよう指示を受けたと供述するが(原告本人)、裏付けがなく信用できない。)。昼食時に電話が全くかかってこないことはなく、原告を含むプランナーが応答することもあったが、被告から応答するよう指示を受けていたのは新入社員であった。また、12時から13時までの来客には、従業員が持ち回りで担当するコンシェルが対応した。」

「原告は、時間帯がずれることもあったが必ず昼食をとっており、弁当を持参するか空き時間に近所のコンビニ等で購入し、事務所に戻って食べることが多かった。」

「認定事実によれば、通常シフトの場合、被告は12時から13時までの間に昼休みとして休憩時間を設定していたといえる。その運用は厳格ではなかったことがうかがわれるが、原告がこの時間帯に指揮命令から解放されなかったとまでは認められないというべきである。」

「したがって、通常のシフトの場合には1時間の休憩時間があったと認められる。」

 この判示部分は、控訴審である東京高裁平31.3.28労働判例1204-31 結婚式場運営会社A事件でも、改められずに維持されています。

3.他に電話番が指示されていた場合には難しいのだろうが・・・

 この事件では、昼休みに労働時間性は認められませんでした。

 しかし、裁判所は、電話当番が命じられていたわけではないからという形式的な理由だけで労働時間性を否定しているわけではありません。

 本件に関して言えば、原告らプランナーに電話当番が命じられていなかっただけではなく、別途電話に応答するように指示を受けていた「新入社員」の存在が効いたのではないかと思います。

 電話当番を命じられている役割の方がおらず、かかってくる電話を無視するわけにもいかない、そうした事実関係のもとであれば、使用者側からの明示的な指示がなかったとしても、指揮命令から解放されているとはいえないとして、労働時間性が認められる可能性はあるのではないかと思います。

4.人員に余裕のない小規模な事業所では、昼休みの電話は法の間隙になり易い

 電話当番となる人員を捻出しにくい小規模な事業所では、電話対応しながらの昼休みは法の間隙になりがちです。人間関係が密であることから緊張が弛緩して、きちんとした取り決めがなされず、なし崩し的に適法性に疑義のある状態が放置されていることも、珍しくないように思われます。

 しかし、こうした状態は法的なリスクを抱えています。

 残業代は過去2年間まで遡って請求できますが(労働基準法115条)、昼休みを休憩時間とみるのか、それとも労働時間とみるのかで、請求できる金額にかなりの差が生じることは珍しくありません。

 残業代を請求するにあたっては、夜の方向だけではなく、昼休みの休憩時間が、果たして本当に労働基準法上の「休憩時間」といえるのかどうかを検討する姿勢も大切です。

 

医師の労働時間の認定方法と残業代請求-膨大な残業代を請求できる可能性

1.医師の長時間労働問題

 今年の3月29日に厚生労働省から「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」という文書が公表されました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04273.html

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000496522.pdf

 この「報告書」38頁の

「2024年4月とその後に向けた改革のイメージ」

を見ると、現状、病院勤務医の約1割に相当する約2万人の方が、時間外労働の年間時間数1860時間を超える水準にあると書かれています。中には年間3000時間近い時間外労働をしている医師もいるとのことです。

 基発第1063号 平成13年12月12日 改正基発0507第3号 平成22年5月7日「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(いわゆる脳・心臓疾患の労災認定基準)によると、

「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できること」

とされています。

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-11.html

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11a.pdf

 また、基発1226第1号 平成23年12月26日 「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(いわゆる精神障害の労災認定基準)には、
「出来事に対処するために生じた長時間労働は、心身の疲労を増加させ、ストレス対応能力を低下させる要因となることや、長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから、出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価を行う。

・・・

なお、出来事の前の恒常的な長時間労働の評価期間は、発病前おおむね6か月の間とする。」

との記載があります。

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/090316.html

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120118a.pdf

 時間外労働の年間時間数1860時間は、1か月あたりに換算すると155時間に相当します。脳・心臓疾患の労災認定基準、精神障害の労災認定基準のいずれに照らしても、かなり危険な働き方だと思われます。

2.医師の残業代の問題

 そして、医師の方には、長時間労働の実体があるにもかかわらず、適正な残業代の支払いを受けられていない人もいます。

 長時間労働が珍しくない業界であるためか、医師の方からの残業代請求事件は、定期的に公刊物にも掲載されています。

 近時、公刊物・判例データベースに掲載された、東京地判平31.2.8労働判例ジャーナル90-56 社会福祉法人恩賜財団母子愛育会事件 LEX/DB25563219も、医師の残業代請求の可否が問題となった事件の一つです。

3.社会福祉法人恩賜財団母子愛育会事件

 この事件で被告になったのは、病院を運営している社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告が運営している病院で勤務している医師の方です。

 残業代が適正に支払われていないとして被告を訴えたのが本件です。

 この事件では、

医師手当の固定残業代該当性、

管理職手当の受給権限:割増賃金の基礎となる賃金の該当性、

実労働時間、

付加金支払義務、

などが争点となりました。

 裁判所は、

「医師手当は固定残業代に該当し、割増賃金の基礎となる賃金には含まれない。」

「原告aには管理職手当の受給権限はないから、原告aは、過去に支払われた管理職手当について、被告財団に対して,不当利得として返還すべき義務を負う。また,管理職手当は、割増賃金の基礎となる賃金に該当しない。」

としながらも、長時間労働の実体を認め、

元金だけで2163万7219円の未払残業代

1806万9744円の付加金

を支払うよう被告に命じました。

4.基礎賃金の高さ、労働時間の長さから膨大な金額を請求できる可能性がある

 社会福祉法人恩賜財団母子愛育会事件で目を引くのは、認容額の高さです。

 固定残業代の論点で負け、受領していた管理職手当は割増賃金の基礎賃金から除外され、それでも2000万円超の未払残業代の請求が認められました。

 公表されいている判決文では、具体的な賃金額や労働時間が記載されている別表が省略されているため、ある程度推測を含んだものにはなりますが、未払残業代がこれほど高額になったのは、元々の賃金が高額であったのと、時間外労働時間が極端に多かったからではないかと思われます。

 判決は実労働時間の認定に関しては、次のとおり判示しています。

愛育病院新生児科の医師は、出勤してから退勤するまでの間、院内連絡用の携帯電話を常に携帯して連絡がとれる状態を維持しており、連絡があった場合には必要な対応を行うこととされている上、医師が必要な休憩時間を取得するための上記携帯電話による連絡のルール等も定められていなかったことからすれば、労働から解放されていたことが証拠上明らかであると認められない限り、出勤してから退勤するまでの全ての時間を労働時間と解するのが相当である。そして、上記認定事実によれば、被告財団は、タイムカードやセキュリティシステムにより従業員の出退勤管理を行うのと併せて、超過勤務命令書によっても従業員の労働時間の管理を行っていたものと認められるところ、タイムカード等の打刻の時刻の一覧表は打刻の時刻が印字される形式となっており、かつ、各従業員が打刻忘れ等を確認するという運用が行われているのに対し、超過勤務命令書については、記載方法についての被告財団からの指導が行われているものの、基本的には従業員が手書きで記入するものであることからすれば、証拠としての信用性は基本的に前者のほうが高く、また上記のとおりの医師の労働実態にも合致するものといえる。したがって、労働時間の認定に当たっては、前提事実記載のとおり当事者間に争いのない時刻以外の時刻について、タイムカード等の打刻の時刻を主とし、これによる特定ができないものについて、超過勤務命令書その他の証拠によって時刻を認定すべきものと解する(なお、いずれによっても時刻が特定できないものについては所定労働時間に係る時刻とする。)。」

 携帯電話でずっと拘束されていたため、出勤時間から退勤時間まで基本全部が労働時間になると判示されています。

 これが長時間の時間外労働時間の認定に繋がっているのではないかと思います。

 付加金というのは、労働基準法114条に根拠のある仕組みで、残業代を支払わなかった使用者に対し、労働者の側からの請求により支払いが命じられるペナルティのようなものです。最大、未払い額と同一額の支払いが命じられます。

 付加金と合わせると、本件では実に4000万円近い高額の請求が認められていることになります。

5.残業代請求をお考えの方へ

 長時間労働をしている医師の方は、残業代を計算してみると、膨大な額になる可能性があると思います。

 残業代の事項は2年間と短いため(労働基準法115条)、請求をお考えの場合には、できるだけ速やかに法的措置をとって行く必要があります。

 請求を検討している方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談ください。

 

パソコンに保存されているだけの就業規則に拘束されるか?-見たこともない就業規則を盾に損害賠償を請求されている方へ

1.就業規則の周知性

 労働契約法7条本文は、

「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」

と規定しています。

 要するに、労働者を採用する場面では、無茶な内容の労働条件を定めている場合であればともかく、そうでない場合、就業規則を周知させておけば、その内容が自動的に労働条件に組み込まれるということです。

 就業規則の周知は労働基準法106条によって使用者に義務付けられています。周知の方法は労働基準法施行規則52条の2によって、

一 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること
二 書面を労働者に交付すること
三 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること

の三つの方法が規定されています。

 ただ、労働契約法7条の「周知」はかなり緩やかで、

「本条にいう『周知』とは労基法上定められた法定周知手続によるものに限られず、実質的周知、すなわち、労働者が知ろうと思えば知りうる状態にしてこうことで足りる。実質的周知とは、たとえば、作業場とは別棟の食堂や更衣所に就業規則をファイルに綴じて備え付け、労働者が見ようと思えばいつでも見ることができるような状態である。労働者が実際に認識しているかどうかは問題とならない。

と理解されています(荒木尚志ほか『詳説 労働契約法』〔弘文堂、第2版、平26〕113頁参照)。

 上記のような緩やかな理解が採用されているため、就業規則の周知性が否定される例は、実務上、それほど目にすることがありません。

 しかし、近時の公刊物に、就業規則の周知性が否定された裁判例が掲載されていました。東京地判平31.3.25労働判例ジャーナル90-55 ムーセン事件です。

2.ムーセン事件

 この事件で原告になったのは、人材派遣業などを業務内容とする株式会社です。

 被告になったのは、原告を退職し、外国人の人材派遣業などを業務内容とする合同会社の業務執行社員に就任した方です。

 原告の就業規則には、

「会社のビジネスモデル、財務状況、人事、顧客及び関連企業の情報・・・については、最高機密事項とし、在職中はもちろん,退職後もこれら機密事項を他に漏らし、利用しまたはコピー(各種記録メディアを含む)、通信等(メールによる添付ファイル送信、外部サーバーでの共有設定を含む)による持ち出しを行ってはならない。」

「従業員は退職後を想定し、第10条の誓約に違反して、第三者のためまたは自己のために、在職時における地位、担当または顧客リスト等の機密情報を利用し、会社の顧客に対し勧誘またはそれを疑われるような背信的営業行為をしてはならない。」

などの定めがありました。

 こうした規定に違反して競業しているとして、原告が被告に対して損害賠償を請求したのが本件です。

 この事件では就業規則の周知性が争点の一つとなりました。

 原告は、

「本件就業規則等の社内規程は、原告の全従業員が会社のパソコン上で閲覧することができる共有フォルダ内に電子データで保存されており、その旨全従業員に対し入社時に説明して周知されている。」

と主張しましたが、被告は、

「原告在職中に本件就業規則を見たことがない上、原告入社時に会社のパソコンの共有フォルダ内に就業規則等の社内規程が存在することを説明されておらず、原告は,本件就業規則について周知義務を履行していないから、・・・本件就業規則の効力は及ばない。」

と反論しました。

 これに対し、裁判所は次のとおり判示し、就業規則の周知性を否定しました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実・・・、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告が被告P3及び被告P4の入社に当たり作成した『雇用契約書兼就業条件明示書』において、就業規則に言及されている部分があること、原告は、平成25年4月2日、会社のパソコンの共有フォルダ『社内規程』内に『AP契約社員就業規則』、『AP正社員就業規則』、『AP派遣社員就業規則』という名称の電子ファイルを保存していたことが認められるものの、原告が被告P3及び被告P4を含む従業員に対し、就業規則を保存した場所やその内容を確認する方法について説明していたとは認められない・・・。また、上記電子ファイルと平成28年6月1日制定・実施とされる本件就業規則・・・が同一のものか否か、変更された部分があるとすれば、いつどのような手続を経てどこが変更されたのかも判然としない。
上記事情に照らすと、本件就業規則は周知等がされておらず、被告P3及び被告P4に対して効力が及ばない。

3.見たこともない就業規則を盾に損害賠償を請求された方へ

 実務上、就業規則の周知性を争点化する事案は、それほど多くないように思います。それは、冒頭で述べたとおり、就業規則の周知性は、極めて緩やかに認定されてしまうからです。通説的な見解に立てば、そもそも実際に認識していなくても問題にならないというのが議論の出発点として位置づけられています。結論が見えているため、争点化する誘因が湧かないのだと思います。

 しかし、就業規則を見たことがないという人は、法律相談をしていると割と目にする印象があります。普通の人にとっては、揉め事になるまで、あまり関心を持つ類の文書ではないのだろうと思います。

 本件裁判例のような場面で周知性が否定されるのであれば、従前「認識可能性があるから、周知性で争うのは無理そうだな。」と思っていた事案においても、争点化してみれば、案外いけるかも知れないなと思えてきます。

 特に、退職後、見たこともない就業規則の規定を盾に損害賠償請求されているようなケースにおいては、周知性を主要な争点の一つにできる事案は、それなりにあるかも知れません。

 お困りの方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談ください。

 

全員参加型労働者主権主義を基礎とする共同体?(全員が経営者なら労働法を無視できる?)

1.取締役に就任させることを利用した脱法スキーム

 会社法330条は、

「株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。」

と規定しています。

 これに着目し、実体は労働者であるのに、名目上、これを取締役(役員)にして、労働基準法を始めとする各種労働法の規制を免れさせようとするスキームがあります。

 雇用されている労働者ではなく、委任契約で規律されている取締役であるから労働法の適用を受けないというロジックです。

 しかし、このようなロジックは、かなり昔からその有効性を否定されています。

 例えば、東京地判昭60.2.4労働判例451-85山徳商店事件は、

「被控訴人は、取締役としての地位のほかに、労働者としての地位をも有しており、その受領していた給料は労働者としての地位に基づくものが相当であるから、取締役としての地位にあったからといって解雇予告手当の請求権を失うものではない。」

といったように取締役の労働者性を認めています。

 労働契約は必ずしも民法上の雇用契約と概念的に一致するものではありませんし、従業員兼務取締役の存在が一般に承認されていることからしても、「取締役だから・・・」という形式論が通用しないことは明らかです。

 そのため、今更驚くようなことではないのですが、近時、この亜種といえるような主張の適否が争われた裁判例が公刊物に掲載されていました。

 大阪地判令元.5.30労働判例ジャーナル90-24類設計室事件です。

2.類設計室事件

 この事件の被告は、「類塾」の名称で学習塾を運営している株式会社です。

 原告は被告に正社員として採用され、類塾の講師として働いていた方です。

 原告が、被告に対して、未払の時間外割増賃金等の支払を求める訴えを起こしたのが本件です。

 本件では原告の労働者性が争点となりました。

 ここで被告が展開したのが、「全員参加型労働者主権主義を基礎とする共同体」理論です。

 被告が展開したのは、以下のような主張です。

(被告の主張)

「原告は、以下のとおり、被告の指揮監督を受ける者には該当せず、労働者にはあたらない。」
「被告は、法的形態は株式会社ではあるものの、その体制は、通常の株式会社とは異なり、メンバー全員参加により、全員一致でその決定を行う劇場会議を最高決議機関とする全員参加型労働者主権主義を基礎とする共同体である。
被告におけるメンバーは、被告の株主・取締役を中心とするが、参加後間もなく、形式的に被告の株式を取得せず、取締役に選任されていないが、入社時に被告の株主・取締役になることを約束していた者もメンバーである。
「劇場会議は、被告における組織及び運営に関するあらゆる事項を決定し得る機関であって、被告では、劇場会議とは別に株主総会や取締役会を開催したことはない。
「被告では、あらゆる決定が、劇場会議の決定に直接基づくか、少なくとも正当性の基礎を劇場会議の決定に置いており、実際の仕事をするメンバーは何もかも他人に決められて活動をする立場にあるわけではない。」
「原告も被告のメンバーの一員として、自らの業務内容等を基礎付ける決定に全面的に参画しうる地位にあり、被告の指揮命令に従うだけの従属労働者だったものではない。」

 被告によるとメンバーは株主・取締役になることが想定されていたとのことです。実際、原告に関しても、株主となる旨記載された書面、取締役への就任を承諾する書面が徴求されていたようです。

 しかし、裁判所は次のように述べて、原告の労働者性を認めました。

(裁判所の判断)

「〔1〕被告の講師は、被告が指定する教室において被告が指定する教科を担当することが指示され、これを拒否することはできなかったこと、

〔2〕講師は、被告が作成したテキストを被告が作成したマニュアルに従って授業を行わなければならなかったこと、

〔3〕被告の講師は、原則として午後2時から午後11時までの間、指定された教室で、各種事務に加えて被告が定めた授業配置表に従って授業を行うとともに、活動記録により毎日の出退社時刻及び活動内容別の活動時間数を本部へ報告することを義務付けられていたこと、被告においては、欠勤、遅刻及び早退を行う場合の申請方法が定められており、事前申請の場合は、本人から上長へ欠勤報告書が提出され、上長が了承すれば、上長から本部へ電話連絡するとともに、1週間前までに欠勤報告書を本部へ提出すること、事後申請の場合は、3日以内に欠勤報告書を本部へ提出すること、欠勤報告書の欠勤理由欄には、『私用』などの曖昧表現は認められないこと、

〔4〕被告の講師は、自己の判断だけで代講者を決めることはできなかったこと、〔5〕原告は、毎月、給与の名目で固定額の基本給及び扶養手当から構成される報酬が支払われていたこと、

〔6〕被告は、講師の報酬について給与所得として源泉徴収を行っており、かつ講師を労働保険の適用対象としていたこと、以上の事実が認められる。」
「以上によれば、被告の講師は、

〔1〕被告の具体的な仕事の依頼、業務従事地域の指示等に対して諾否の自由を有しないこと、

〔2〕被告から業務の内容及び遂行方法について具体的な指揮命令を受けていること、

〔3〕勤務場所・勤務時間に関する拘束性があること、

〔4〕業務の代替性が認められないこと、

〔5〕報酬の労務対償性があること、

〔6〕報酬について給与所得として源泉徴収が行われ、労働保険の適用対象とされていることが認められ、これらの事情から、原告は、労働基準法上の労働者であるということができる。」
被告は、被告が対等な関係にあるメンバーから構成される共同体であり、被告におけるルールは、メンバー自身の決定によるものと同視され、原告が他のメンバーから指揮命令されることはなかった旨主張する。しかしながら、この主張は、メンバーが被告において最高意思決定機関と称される劇場会議の議決に参加していることを主たる根拠とするものと解されるが、劇場会議の議決に参加することと被告の業務遂行上の指揮命令に服することは両立すると考えられるから(被用者が使用者の株式を取得したうえ、株主総会の議決権を行使する場合と同様である。)、劇場会議の議決に参加することをもって、直ちに業務遂行上の指揮命令関係を否定することはできない。そして、上記(2)で説示したとおり、原告は、業務の内容及び遂行方法について被告の具体的な指揮命令を受けていたといえるから、被告の上記主張を採用することはできない。なお、原告が、取締役に就任し、株主となる旨記載された書面(甲1)、原告が株主総会において、取締役に選任され、その就任を承諾する旨記載された書面(乙20)は存するけれども、原告が実際に取締役に選任され、株式を取得した事実を認めるに足りる証拠はない。仮に原告が取締役に選任されていたとしても、労働基準法上の労働者の地位と株主や取締役の地位は、取締役兼務従業員や従業員持株制度の存在が認められていることからも明らかなとおり、それぞれの要件に該当する限り、両立するものであるから、そのことから原告が労働基準法上の労働者でないといえるものでもない。

3.マイルールを設けたところで、法律は捻じ曲がらない

 会社法上、

「定時株主総会は、毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならない。」

とされています(会社法296条1項)。

 また、代表取締役や業務執行取締役は、

「三箇月に一回以上、自己の職務の執行の状況を取締役会に報告しなければならない。」

とされています(会社法363条2項)。

 株主総会や取締役会を開催したことがないといった主張を裁判所で堂々と展開できるところは勇気があるなと思います。

 しかし、法律で定められている株主総会や取締役会といった機関を省略し、従業員全員が参加する「劇場会議」なるマイルールを導入していることを梃子に、「全員が経営者だ」みたいな議論を通用させるのは無理がありすぎるように思います(判決によると、被告は、資本金9900万円、社員数485名と結構な規模ですが、誰も止めなかったのだろうかと不思議に思います)。

 裁判所が指摘しているような事実関係のもとにおいては、原告に労働者性が認められるのは当然だろうと思います。

 マイルールで法律が捻じ曲がることはありません。

 また、労働者性は実体・実質によって判断されるため、労働法はスキームを整えることで脱法できるといった類のルールでもありません。

 違和感のあるスキームを提示されて、労働者ではないといった扱いを受けている方は、勤務先の理屈が本当に法的に正当なものなのか、一度弁護士に意見を求めてみてもよいだろうと思います。

 小規模零細企業であればまだしも、結構な規模であるにもかかわらず、「うちでは株主総会も取締役会も開いたことがない。」などと堂々と言っている会社は危ないです。事業活動の拡大に法令順守が追い付いていなくて、労務管理体制にも問題がある可能性が高いのではないかと思います。

若手を潰さないために-残業を命令していなくても若手が夜遅くまで残っていたら要注意

1.自主的・自発的に働いている?

 過労死が問題になる事案では、使用者側から、

「彼は自主的、自発的に残って働いていた(勉強していた)だけだ。」

という主張がなされることがあります。

 これは、法律的に表現すると、

長時間の時間外勤務を命令したわけではなく、安全には十分配慮していた(安全配慮義務違反の事実自体がない)、

死亡結果を予見することは不可能だったのだから、過失や因果関係が認められない、

といった主張になります。

 上司・先輩の立場からすると、命令したわけでもないのに、新入社員・若手社員が一生懸命に仕事に取り組んでいる姿を見ると、帰れと言いづらい気持ちになるのは分からないではありません。特に、仕事が好きな方にとっては、夢中になって仕事に打ち込んだ自分の新人時代と重ねてしまうことがあるかもしれません。

 しかし、自分が若手の時には平気だった・乗り越えられたんだからと個人的な経験を一般化するのは危険です。夜遅くまで働いている若手・新入社員がいたら、基本的には無理矢理にでも帰らせた方がよいのだろうと思います。業務量が多すぎるのであれば、仕事の内容を引き取ったり変更したりすることが必要です。

 死んだら後悔してもしきれませんし、死なないまでも一度メンタルを崩してしまったら、その後の職業生活に深刻な影響が生じかねないからです。

 近時の公刊物にも、管理職の認識の甘さから、過労→精神疾患の発症→自殺 の流れを止められなかった事案が掲載されていました。

 福井地判令元.7.10労働判例ジャーナル90-2 福井県・若狭町(中学教員)事件です。

2.福井県・若狭町(中学教員)事件

 この事件で原告になったのは、町立中学校の自殺した教員の父親です。

 被告になったのは、町立中学校の費用負担者である福井県と、設置主体である若狭市です。

 原告は、子どもが自殺したのは、本件学校による長時間労働等の過重な労働で何等かの精神疾患を発症したからだとして、安全配慮義務違反を理由に、被告らに対して国家賠償請求訴訟を提起しました。

 裁判所は以下のように判示して学校の安全配慮義務違反を認め、被告らに6537万8159円の損害賠償の支払いを命じました。

「本件校長は、亡dの業務遂行に関し、精神的に余裕がなく、在校時間も非常に長く、身体的にも疲労を感じていることをうかがわせる情報を得ていたのであるから、亡d又は他の教員に対する聞き取りなどにより、亡dの所定勤務時間外の業務時間やその正確な内容把握を行えば、遅くとも9月までには、亡dの所定勤務時間外の業務時間及び業務内容が、通常の一般労働者にとっても過重なものとなっており(これは教員であったとしても変わることはない。)、亡dの心身の健康状態を悪化させ得るものであったことを認識可能であったと認められる。それにもかかわらず、本件校長は、亡dに対し、早期帰宅を促す等の口頭指導をするにとどまり、これらの事項についての把握を行った上で、亡dの業務内容変更などの措置をとらなかったのであるから、本件校長は、亡dに対する安全配慮義務の履行を怠ったものといわざるを得ない。

被告らは、本件校長は時間外勤務命令をしておらず、自主的活動の範疇を超えた労働を亡dが行っていたことの認識がなかったと主張している。教員の活動には自主的、自発的な部分が存在し、それらを全て校長が管理することが困難である点は、一般論として否定するものではない。しかし、上記(2)のとおり、亡dが所定勤務時間外に行っていた業務は、教員としての業務に必要な付随的業務にあたり、亡dにおいて、同業務を所定勤務時間外に行わざるを得なかったものであるから、仮にその中に若干の自主的な部分が含まれていたとしても、同業務の遂行が自主的活動の範疇に属するということはできない。そして、同業務の遂行時間や心理的負荷が過重に及べば、心身の健康を損なう可能性があるから、明示的な時間外勤務命令がなかったことは、本件校長の亡dに対する安全配慮義務に消長をきたすことはないというべきである。
「また、被告らは、本件学校の教員らは亡dの健康状態の変化に気づくこともなく、亡dからの主訴もなかったとも主張するが、上記(3)のとおり、亡dの所定勤務時間外の業務時間及び業務内容自体が亡dの健康状態を悪化させうるものであることは、客観的に認識可能であったといえるから、本件校長又は本件学校の教員らが亡dの健康状態の変化に気が付かなかったとしても、上記結論は左右されない。
「さらに、被告らは、亡dの担当していた業務は、客観的にみれば過重なものとはいえない旨主張する。亡dの担当業務は、熟練の教員にとっては過重とまではいえないかもしれないが、亡dは、正規教員として採用後1年未満で、同時期頃に採用された教員も午後9時過ぎまで在校していたというのであり(証人f・28頁)、また、全国的にも教員の多忙化が問題視されていたことからしても(上記1(8))、当該業務は、亡dと同程度の経験年数の教員にとっては客観的に負荷の大きいものであったと考えるべきである。
「よって、被告らの主張はいずれも採用できない。」
「以上より、本件校長は、亡dの業務時間及び業務内容を把握した上で、業務の量を適切に調整するなどの勤務時間を軽減する措置等をとるべき義務(安全配慮義務)を怠ったものと認めるのが相当である。」

3.命令してない・気付かなかった・熟練すれば過重でない、はいずれもダメ

 福井県・若狭町(中学教員)事件では、被告側から提示された、

残業を命令したわけではない、

本人からの主訴がなかったのだから、気付かなかった、

客観的には過重ではなく、熟練すれば問題ない、

という主張はいずれも認められませんでした。

 近時、学校教員の長時間労働が問題視されるようになっていますが、裁判所としても看過しがたいと考えたのかも知れません。

 この事件で自殺したdは次のような日記をつけていたと判決で認定されています。

「亡dは、4月1日から9月29日までかかさず、日記をつけていたが、同日を最後にその記載は途絶えた。なお、日記の表紙には、『疲れました。迷わくをかけてしまいすみません。』と記載されていた。」
「日記には、その日の出来事や感想が簡潔に記されており、内容は必ずしも本件学校の話題ばかりではないが、業務に関する不安や疲労をうかがわせる部分としては、以下の記載がある。日付は、日記の記載日である。」
「『クラス、授業、会議で追われるような状態で余裕が全くない。』(4月21日)、『上中スタイルの授業が自分の中で上手く消化できておらず、常に自分の中にモヤモヤが渦まいている。どうしたらよいのかも考える時間すらない。ただただ疲れた。とにかく寝たい。しかし、後が詰まってくる。』(4月22日)、

『寝不足と疲れからなかなかつらいものがある。道徳の授業などの準備をしつついた。』(5月1日)、

『終りを感じ、涙が出そうになる時がある。しかし、いつまでも過去にとらわれていては私の前進はない。これまでの思い出を胸に上中で新しい自分と向き合いたい。授業について、考え続けつつ、吐きそうになったりもしたが、今は耐える時だ。』(5月6日)、

『授業の準備が追いつかず、時間もなく、眠るのが怖い。』(5月8日)、

『寝たいが、そうすれば、仕事が回らなくなるというこの状態をどうしたもんかと思いつつの一日だった。にしても疲れた。』(5月9日)、

『新しい方法での1年生の授業はわかりやすかったという感想をもらうことができて嬉しかった。午後より、教頭Tの助けをお借りしつつ、家庭訪問を無事に終えることができて、一安心した。しかし、〆切が近いものが多く、ゆっくり眠れる日はまだまだ遠いようだ。』(5月12日)、

『今、欲しいものはと問われれば、睡眠時間とはっきり言える。寝ると不安だし、でも体は睡眠を求めておりどちらへ進むも地獄だ。いつになったらこの生活も終るのだろう。さすがにこうも続くとけっこうきつくなってきた。』(5月13日)、

『g Tの「学校は何をする所か?」というお題の特別授業に参加しつつ、人の話を聞いて、涙が出そうになるほど感動することってあるんだと思いつつ「死」という言葉が頭に浮かんでいた私をまた現実に戻してくれた。自分で自分を褒める。そういえばできてないな。』(5月14日)、

『周囲からはいつも元気だと思われているんだなって近頃、気づいてきた。周りにわからないというのも辛いものがあるように思う。』(6月3日)、

『振り替えのため3限ということに大きく助けられた。i Tが自分の時間を犠牲にしてくれたおかげで、要録も作成はスムーズだった。しかし、ゆっくり休みたいがそうも言ってはいられない。』(6月9日)、

『久しぶりにノックをし、体を動かすことがいい気分転換となるのを感じる、しかし、休めない』(6月10日)、

『g Tとの話しの中で、自分があまりにもいっぱいいっぱいなことを実感させられた。余裕のない自分に涙が止まらなかった。これから、自分がやっていけるのかわからなくなった。』(6月18日)、

『生徒A母との面談を19:00より行う。どう話しても、烈火のごとく反撃がくるので、もう完全にお手上げだ。こりゃ担当降ろしの書名(ママ)も夢ではないような気がしてきた。あまりに疲れて考える気力もわかない。』(6月20日)、

『テストが完成したことに一安心しつつ、次の道徳の準備に追われて余裕が全くない。苦しみはいつまで続くのか・・・。』(6月23日)、

『テスト対策で体に余裕はあるものの明日のことを思うと余裕が全然ない。ただ寝ていたい・・・。』(6月24日)、

『初任研のレポートが書けず、苦しい。でもなんとかせねば体がすぐに眠ってしまう。本当に辛い。』(6月26日)、

『g Tの指導をうけるも全く余裕なし。このままで自分は大丈夫なのだろうか?明日は出張だ・・・。』(7月2日)、

『午後より初任研だったが、疲れて眠いままだった。二中の先生も同じ心境のようで、このままやってけるのかと、不安で仕方がない。辞めるわけにもいかし(ママ)、どうしたものか?』(7月3日)、

『バスで栗中へ行った。この2日間は連勝した。にしても息つく暇もないこの日々はいつ終る?』(7月6日)、

『全く余裕がなく苦しいだけだ。授業もなかなか上手くできず困った。生徒Bの件は、嘘もありいつの間にか一件落着した。生徒A、生徒B、生徒Cと要注意の子供と親が集中している。そりゃ、きついと感じるわな。』(7月9日)、

『終りの見通しが全く立たない・・・。』(7月10日)、

『明日が休みと思うと少しはがんばれるが、時間が足りないように思い、焦りで眠りが落ち着かない。』(9月22日)、

『睡眠時間が2時間で越前中への遠征に行ったもののバスの仮眠と気持ちいいプレーのおかげでなんとか耐えることができた。当然ながら帰ってからはダウンしてしまい、指導案の目度(ママ)が立たず泣きそうだ。』(9月28日)、

『朝から指導案を一応書き上げたものの、内容があまりよくない気がする。〆切が迫り焦るのみの自分がいる。なんでこうなってしまったのか?反省せねば、夜は、歴史の教材研究をしつつ、楽しくなっている自分がいて、0:00を過ぎても頭が冴えている。』(9月29日)」

 dは10月7日に自動車内で練炭を焚いて自殺しました。

 働きすぎると、人は死ぬことがあります。

 管理職・先輩としては、夜遅くまで新人や若手が残っていたら、口頭で早く帰って休めというだけではなく、仕事を引き取るなどの具体的な対応をとることが必要だと思われます。

職務経歴の盛りすぎはダメ

1.職務経歴の詐称

 職務経歴を盛ったことについて、勤務先に発覚したらどうなるかという相談を受けることがあります。

 即戦力が求められる中途採用の場合、労働能力の評価を誤らせる職歴の詐称は、割と深刻な問題です。

 独立行政法人 労働政策研究・研修機構のホームページ上でも、

「職歴の詐称は、即戦力を求める中途採用において多く問題となる。これまでの例をみると、職歴については、雇用の採否や雇用後の労働条件の具体的内容の決定に際して重要な判断要素となるため、これを詐称することは、解雇の客観的合理的理由となると判断するものが多い。」

とされています。

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/06/61.html

 そのため、基本的な回答は、

「職務経歴を踏まえて採否・労働条件の決定がされている場合、あまり楽観的な見通ししはお示しできません。」

といったものになります。

 近時の公刊物にも、中途採用者の試用期間後の本採用拒否の理由の一つとして、職務経歴を盛ったことが問題視された事案が掲載されていました。東京地判平31.1.11労働判例1204-62社会福祉法人どろんこ会事件です。

2.社会福祉法人どろんこ会事件

(1)事案の概要(職務経歴申告上の問題を中心とした要約)

 本件で被告となったのは、保育所や障害児通所支援事業の社会福祉事業等を行う社会福祉法人です。首都圏を中心に、認証保育園や発達支援施設を運営していました。

 原告になったのは、被告の発達支援事業部の部長として中途採用された方です。

 原告の方は、平成28年11月1日に賃金月額83万4000円(年収1000万円相当)で被告に採用されました。

 原告から応募された履歴書には下記のような記載があったとされています。

「S大学大学院工学研究科やP大学大学院医学系研究科の工学修士課程や医学博士課程を終了(原文ママ)し、平成14年4月から同17年3月までE大学で研究者として在籍していたこと、同18年6月から同20年4月までM県立医科大学医学部において講師を務め、同月から同25年3月までB大学遺伝子病制御研究所感染癌研究センターにおいて独立講師を務めたこと、その後も、各種機関に務める(原文ママ)傍ら、合同会社の副代表を務めるなどし、さらに同27年4月からはN社においてコンサルタントとして地域振興といった業務に従事していたことが学歴・職歴欄及び添付の職務経歴書に記載されていた。また、事項欄には、同21年4月から社会福祉法人C会のサイエンス教室を現在も継続中などと記載されていた。

 こうした経歴を踏まえ、被告は原告の採用を決定しました。また、

「賃金について、被告は当初、募集要項と同じ年収700~850万円を想定していたが、原告の意向を踏まえ、年収1000万円に相当する月額83万4000円」

とすることが定められました。

 しかし、採用されてから短期間に多数の問題を起こしたため、被告が原告のマネジメント能力に不審を抱いて調査会社に経歴調査を依頼したところ、

「要旨、原告が現在まで継続していたと履歴書で申告していたサイエンス教室は随分前に辞めており、同月当時、C会に関与することもなかったとされていたこと、B大学でも就職後半年ほどでトラブルを起こし、大半の期間において勤務実績がなかったこと、さらにはN社やM県立医科大学でもトラブルを生じていたこと」

等が報告されました。

 被告は、原告が種々の問題を起こしたことや、経歴申告上の問題を指摘し、試用期間後の本採用を拒否することを通知しました。

 その効力を争って、地位確認等を求めて原告が被告を訴えたのが、本件です。

(2)判決の要旨(職務経歴申告上の問題に対する指摘を中心に)

 裁判所は次のように述べて、原告がした職務経歴の申告は問題だと判示しました。

「証拠・・・によれば、少なくとも、被告が経歴において重視していた点の一つである原告のC会におけるサイエンス教室の現在までの6年間に亘る継続開催につき、実際には平成26年6月から平成27年6月までの1年間において、4回ばかり科学実験の先生として関与していたと認められるにとどまって、以降、特にC会とのやり取りも途絶していたこと、さらには、同様、被告が民間企業でのマネジメント能力に関して注目していたN社でのコンサルタントとしての稼働に関しても、仔細については本訴提起後に判明した事情であったものの、履歴書付属の職務経歴書の記載から推知されるほどの活躍は認められなかったほか、そもそも稼働期間自体、その記載に反し、同28年4月から同年8月31日までとわずかであったことが認められる。この点、原告は、前者(C会での活動)の点につき、履歴書の『職歴』欄にではなく『事項』欄に記載している、C会からの要請があれば何時でもサイエンス教室に協力する用意があったから履歴の記載として誤りではないなどと主張し、原告本人も、C会の理事長とは今も懇意にしていると供述するほか、上記原告主張と同旨の供述をしているが、事項欄であっても履歴であることに変わりはなく、サイエンス教室に協力する用意があるから現在も継続しているなどとは一般にもおよそ見難い。また、原告は後者(N社での稼働)の点についても、同社からの回答・・・の証拠力も争うが、その信用性を疑わせる事情は本件証拠上認められない。以上のとおりであるから、その主張の点からその記載が正当化されるものではない。

「結局、以上のような点に照らすと、上記のように高いマネジメント能力が期待されて管理職として中途採用された原告につき、・・・・他の職員の業務遂行に悪影響を及ぼし、協調性を欠くなどの言動のほか、履歴書に記載された点に事実に著しく反する不適切な記載があったことが認められるところであり、本件本採用拒否による契約解消は、解約権留保の趣旨、目的に照らし、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当なものと認められる。」

3.職務経歴の盛りすぎはダメ

 嘘をついて勤務先に採用されたとしても、大体碌な顛末は待っていないように思います。使用者は、その気になれば、費用をかけてでも職務経歴を調査します。働くうえで勤務先を舐めるのは絶対にダメです。詐称が発覚しないかとビクビクしながら働くのも、しんどいだけだろうと思います。

 嘘には本件の原告が主張したような独自の見解のもとでの記載も含まれます。盛るにしても限度というものがあって、常識的に採り得ないような理解のもとで「これは嘘ではない。」と強弁したところで、裁判所には通じません。

 個別案件について色々言いたくなる時はありますが、全体の傾向として見た場合、裁判所は決して弱い立場の人に厳しい機関ではないと思います。しかし、嘘をついたり、不正をしたりすることに関しては、割と厳しい立場をとることが多いのではないかと思います。

 冒頭で述べたとおり、中途採用の場面での職務経歴の詐称は、致命的な問題に発展しやすいので注意が必要です。

 

募集要項や求人票のチェックポイント-低賃金・過重労働から身を守るために

1.固定残業代には要注意

 固定残業代とは、

「その名称にかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働および深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金」

のことを言います。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000097679.html

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000498453.pdf

 ◯時間分の時間外労働として◯円を支給する、といったように予め残業代を固定で賃金体系に組み込んでしまう制度です。

 引用した厚生労働省のPDF資料には、

「ハローワークにおける、求人票の記載内容と実際の労働条件の相違に対する申出・苦情で、一番多い内容は『賃金に関すること(固定残業代を含む)』です。」

「民間職業紹介機関を利用して就職活動した方の『求人条件と採用条件が異なっていた』という不満で、一番多い内容は『賃金に関すること(固定残業代を含む)』です。」

と書かれています。

 固定残業代は濫用的に使われることが多く、しばしば裁判でも問題になります。

 典型的な濫用例は、基本給を極端に低くしたうえ、月100時間分の固定残業代として◯円を支給するといった賃金体系を設けることです。

 こういう賃金体系を構築しておけば、使用者は、事実上、労働者を低賃金・定額働かせ放題で使うことができます。

 このような賃金体系を持っている勤務先で働くと、100時間残業しても残業代は出ません。賃金を低いまま固定されたうえ、長時間労働で心や体が壊れてしまうリスクを負担することになります。

2.裁判所は濫用的な固定残業代から守ってはくれないのか?

 では、裁判所は上述のような固定残業代の濫用例から労働者を守ってはくれないのでしょうか?

 結論から言うと、守ってくれることもあれば、くれないこともあります。

 例えば、東京高判平30.10.4労働判例1190-5 イクヌーザ事件は、月80時間分に相当する固定残業代の有効性が問題となった事案において、脳血管疾患及び虚血性心疾患等に関する労災の認定基準に言及したうえ、

「このような長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して、基本給のうちの一定額をその対価として定めることは、労働者の健康を損なう危険のあるものであって、大きな問題があるといわざるを得ない。そうすると、実際には、長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情が認められる場合はさておき、通常は、基本給のうちの一定額を月間80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることは、公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当である。」

と固定残業代の定めを無効としています。

 しかし、近時公刊物に掲載された、東京高判平31.3.28労働判例1204-31 結婚式場運営会社A事件は、

基本給15万円

職能手当(固定残業代)9万4000円(約87時間分の時間外労働に相当)

という賃金体系について、

「1審被告の主張によると、基礎賃金1時間当たりの金額(残業単価)は863円、職能手当は9万4000円であるあら、職能手当は、約87時間分(9万4000円/863円×1.25)の時間外労働等の対価相当額となる。863円は、平成25年から平成27年の茨城県の最低賃金額である713円から747円・・・を2割近く上回っているから、不当に廉価とはいえない。確かに、月87時間は、平成10年12月28日労働省告示第154号所定の月45時間を超えるものであるが、雇用契約に対して強制的補充的効力を有するものではない上、本件特約は、時間外労働等があった場合に発生する時間外割増賃金等として支払う額を合意したものであって、約87時間分の法定時間外労働を義務付けるものではない。現に、別紙4割増賃金計算書・・・によれば、1審原告の法定時間外労働時間は21時間30分から108時間22分まで幅がある。」

「職能手当が約87時間分の時間外労働等に相当することをもって、前記のとおり給与規程及び本件雇用契約書において明確に定額残業代と定められた職能手当につき、時間外労働の対価ではなく、あるいはそれに加えて、通常の労働時間内の労務に対する対価の性質を有すると解釈する余地があるというには足りない。」

などと述べ、その固定残業代としての有効性を承認しています。

 ただ、この事件の第一審、水戸地土浦支判平29.4.13労働判例1204-51は、

「職能手当9万4000円は、被告の主張する基礎時給863円の約109時間分にも当たり、本件特約は上記(1)の勤務体系とはかけ離れたものである(頻繁に深夜・早朝まで残業し、かつ休憩時間が存在しないとする原告の主張によっても、1か月の時間外労働が100時間を超える月は多くない。)。また、被告は、定時により後に業務が行われているにもかかわらず、タイムカードによる従業員の出退勤管理を行っておらず、従業員に残業代を支給したことがないばかりか、これを計算したこともない。」

「このような事情によれば、差額精算の合意は形ばかりのものにすぎず、本件特約の実態は、被告が実際にはおよそ現出し得ない長時間労働を仮定した上で、残業代の支払義務を回避し、従業員に対する労働時間管理の責任を放棄するための方便であり、労使の公平の見地から許されないものといわざるを得ない。」

「したがって、本件特約は公序良俗に関し無効であ(る)」

と固定残業代の有効性を否定しています。

 同じ事案でも地裁と高裁で判断が異なっていることからも分かるとおり、固定残業代の有効性に関する判断は、必ずしも安定していないのです。

3.では、どうやって自衛するのか?

 裁判所の判断が安定しないとなると、身を守る上で一番重要なのは、固定残業代を濫用的に用いている会社に近づかないことになります。

 一般の方にとって、それほど有名な法律ではないと思いますが、

「青少年の雇用の促進等に関する法律」

という法律があります。

 これに基づいて、厚生労働省は、

「青少年の雇用機会の確保及び職場への定着に関して事業主、特定地方公共団体、職業紹介事業者等その他の関係者が適切に対処するための指針」(平成二十七年九月三十日)(厚生労働省告示第四百六号)

という文書を作成しています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000498459.pdf

 この指針は、

「事業主、青少年の募集を行う者、募集受託者・・・及び求人者は、青少年が適切に職業選択を行い、安定的に働くことができるようにするためには、労働条件等が的確に示されることが重要であることに鑑み、次に掲げる労働条件等の明示等に関する事項を遵守すること。」

「賃金に関しては、賃金形態(月給、日給、時給等の区分)、基本給、定額的に支払われる手当、通勤手当、昇給に関する事項等について明示すること。また、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金を定額で支払うこととする労働契約を締結する仕組みを採用する場合は、名称のいかんにかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金(以下この(ハ)において「固定残業代」という。)に係る計算方法(固定残業代の算定の基礎として設定する労働時間数(以下この(ハ)において「固定残業時間」という。)及び金額を明らかにするものに限る。)、固定残業代を除外した基本給の額、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深夜労働分についての割増賃金を追加で支払うこと等を明示すること。

と規定しています。

 厚生労働省の、

青少年雇用対策基本方針(平成二十八年一月十四日)(厚生労働省告示第四号)

には、

「青少年の対象年齢については、第九次方針において『三十五歳未満』としていたこと
を踏まえ、引き続き、『三十五歳未満』とする。」

と書かれています。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000190100.pdf

 つまり、35歳以下の青少年が応募する可能性のある募集又は求人に関して、固定残業代の定めがある場合、使用者は何時間分の固定残業代として幾ら支払うのかを予め明示しておかなければなりません。

 「35歳以下の青少年が応募する可能性のある募集又は求人」はかなり範囲が広いので、相当の募集・求人がカバーされるのではないかと思われます。

 制度上、賃金のうち固定残業代が幾らで、それが何時間分の時間外労働を予定したものなのかは、募集要項や求人票で事前に分かるようになっています。

 したがって、募集要項や求人票の固定残業代の定めに関する部分を見て、

「87時間分の時間外労働の対価として9万4000円を支給します。」

などと書かれている会社にはできるだけ近づかないようにするのが、低賃金・過重労働から身を守る上でのポイントになります。

4.濫用的な固定残業代の適用を受けてしまったら・・・

 上記のように一応の自衛が可能になっていますが、濫用的な固定残業代の適用を受けて困っているという方がおられましたら、できるだけ速やかに弁護士のもとに相談に行ってみるとよいと思います。

 仕事を辞めたいと言う場合、辞め方や、固定残業代の有効性を否定して残業代請求に繋げられないかについて、アドバイスが得られるだろうと思います。