弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

生徒に対するわいせつ行為を理由とする退職手当支給制限処分(全額不支給)-報道されななったこと、被害届の不提出は有利な事情にならない

1.公務員の懲戒免職処分と退職手当支給制限処分

 国家公務員退職手当法12条1項は、

「退職をした者が次の各号のいずれかに該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職をした者(当該退職をした者が死亡したときは、当該退職に係る一般の退職手当等の額の支払を受ける権利を承継した者)に対し、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度、当該非違が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響その他の政令で定める事情を勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。

一 懲戒免職等処分を受けて退職をした者

・・・」

と規定しています。

 文言だけを見ると、懲戒免職処分を受けた国家公務員に対しても、退職手当等が一部支給される余地が広く残されているように思われます。

 しかし、懲戒免職処分を受けた国家公務員に対して退職手当等が支払われることは、実際にはあまりありません。昭和60年4月30日 総人第 261号 国家公務員退職手当法の運用方針 最終改正 令和4年8月3日閣人人第501号により、

「非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とするものとする」

と定められているからです。

 上記は国家公務員についてのルールですが、多くの地方公共団体は地方公務員に対して同様のルールを採用しています。

2.生徒に対するわいせつ行為を理由とする懲戒免職・退職手当支給制限処分

 学校の教師が生徒に対してわいせつな行為を行い、懲戒免職処分を受けることは少なくありません。懲戒免職処分を受けた学校の教師は、ほぼ自動的に退職手当支給制限処分(全額不支給)を受けることにもなります。

 それでは、退職手当支給制限処分を受けるにあたり、

報道されなかったこと、

生徒側から被害届が提出されていないこと、

は有利に斟酌されるのでしょうか?

 報道されなかったことが有利に斟酌されるべきであるという主張に対し、一般の方は違和感を持つかも知れません。しかし、これはそれほど変な主張ではありません。なぜなら、公務員に対する懲戒制度は、公務に対する国民の信頼が毀損されたことを根拠にしているからです。非違行為を起こしたとしても、報道されなければ国民が知ることはないのだから、国民の公務への信頼が毀損されることはないという考え方です。

 被害届が出されていないことを有利に斟酌して欲しいという主張は、理解するのにそれほどの困難さはありません。被害を受けた当人が刑事処分を求めるほどの被害感情を持っていないのであるかから、宥恕されて然るべきではないかとする考え方です。しかし、裁判の負担や社会的な注目を浴びたくないといった理由で、刑事責任の追及を断念する方は少なくありません。こうした理由で刑事責任の追及を断念した時にまで、被害届を提出しないことが加害者に有利に働くことには強い批判もあり、本当に被害届が出されていいないことが有利な事情として斟酌されて行くのかには不安も残ります。

 このような状況のもと、報道されなかったことや被害届が提出されていないことが懲戒免職処分を受けた教師側に有利に作用するのか否かが問題となった裁判例が掲載されていました。山形地判令5.11.7労働判例ジャーナル144-22 山形県・県教委事件です。

3.山形県・県教委事件

 本件で原告になったのは、山形県の県立高校の教職員であった方です。野球部の顧問を務めていた際の非違行為(本件非違行為)が理由で懲戒免職処分・退職手当支給制限処分(全額不支給)を受けました。本件非違行為は女子マネージャーに対するわいせつ行為で、次のようなものであったと認定されています。

「令和4年7月9日、翌日行われる甲子園山形県大会の試合のため、鶴岡市内のホテルに野球部員とともに宿泊した際に、3年生の女子マネージャーを自らの好意を伝える目的で自室に呼び出し、肩を揉ませ、その後同生徒の肩を揉んだ後、後ろから抱き寄せ、振り向かせて、生徒が望んでいることと勝手に解釈して唇に数秒間キスし、さらにその後膝の上に生徒を乗せ、ベッドに横にして、上から覆いかぶさるように約30秒間、再度唇にキスをした。」

 そして、審査請求の後、懲戒免職処分の効力はそのままにしたうえ、退職手当支給制限処分の取消を求めて出訴したのが本件です。

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「本件条例13条1項は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給を制限するかの判断を、退職手当監理機関の裁量に委ねているものと解すべきである。したがって、裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に限り、当該退職手当支給制限処分が違法となると解すべきである。」

「この点、原告は、退職手当の全部不支給処分は例外的な場合に限られると主張する。しかし、本件条例13条1項は、退職者が懲戒免職等処分を受けて退職をした者であるときに、同条所定の事情を総合的に勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができると定めるのみであるから、その文言からは、全部不支給処分を例外的な場合に限る趣旨は読み取れない。」

「そこで、本件処分における判断が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したといえるか検討すると、本件非違行為は、野球部の顧問であった原告が、野球部の大会期間中であるにもかかわらず、本件生徒に自らの好意を伝えたいと考え、ホテルの自室という閉鎖的空間で、本件生徒を突然抱きしめて好意を伝え、動揺する本件生徒に対してキスをしたうえ、さらに本件生徒をベッドに横にして約30秒もの間キスをするというものであるが、これは身勝手かつ悪質な行為である。本件生徒は、自身の心情について、本件非違行為の最中はショックで頭が真っ白になり、何も考えられなくなった、後から冷静に考えると気持ち悪いし、最低だと思う、原告からの謝罪を受入れる気はない旨述べているように、原告の行為が本件生徒の心身に与えた悪影響は無視できない。」

「また、本件非違行為に至る経緯についてみても、原告は、被告委員会の指導に反して、本件生徒とSNSでプライベートなやりとりをしたり、お互いの体をマッサージしたことをきっかけに、本件生徒に一方的に好意を抱くようになって、本件非違行為に至ったものであるから・・・、本件非違行為当時、原告に超過勤務による精神的疲労があったとしても、本件非違行為に至る経緯について原告に有利に斟酌すべき点はない。」

「加えて、本件非違行為当時、原告は本件高校の教務主任という重要な職責を担っていたこと・・・や、本件非違行為が、野球部が大会に出場するためにホテルに宿泊した際に行われたものであることからすると、本件非違行為は、高校における公務の遂行に著しい影響を与えるとともに、学校教育に係る公務に対する県民の信頼を著しく損なうものである。」

原告は、原告に有利な事情として、本件生徒が被害届を提出していないことや、本件非違行為がマスコミ報道されていないことを挙げる。しかし、本件非違行為が公表されなかったことは、本件生徒の強い希望を受けてのものであるから(甲4)、この点が原告に有利な事情となるものではない。また、本件生徒は適切な時期を選んで本件の相談をし、事情聴取の中で原告を宥恕していないことを明らかにしているのであるから、被害届の不提出が原告に有利な事情となるものでもない。

「被告委員会は、本件条例13条1項の考慮要素へのあてはめについて、・・・のとおり弁明しているが、そのあてはめは、上記と同趣旨であり、前記認定の原告の経歴及び勤務内容、被告委員会による教職員への指導内容、非違行為以前の原告と生徒への関わり方、本件非違行為の内容とその後の経緯といった諸点から見ても、合理的で相当なものといえる。したがって、被告委員会が、これらの判断を総合的に勘案した上で、本件非違行為は全部不支給に相当する重大なものと判断したことに、社会観念上著しく妥当性を欠いた点があるとはいえない。」

4.報道されなかったことや被害届の不提出は、有利な事情には斟酌されない

 以上のとおり、裁判所は、退職手当支給制限処分(全額不支給)の取消の可否を判断するにあたり、報道されなかったことや被害届の不提出がを公務員側に有利な事情として斟酌しませんでした。

 わいせつ事案に関する責任追及は年々厳しくなって行く傾向にあり、裁判所の判断は実務上参考になります。

 

新型コロナウイルスが蔓延する海外への渡航を阻止するため、有給休暇の時季変更権を行使することができるのか?

1.有給休暇の時季変更権

 労働基準法39条5項は、

「使用者は、・・・有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。」

と規定しています。

 要するに、労働者は、基本的に、好きな時(請求する時季)に有給休暇を取得することができます。しかし、「事業の正常な運営を妨げる場合」、使用者は、その時の有給休暇の取得を認めず、時季の変更を求めることができます。

 この「事業の正常な運営を妨げる」かどうかは、

「①当該労働者が属する課・班・係など相当な単位の業務において必要人員を欠くなど業務上の支障が生じるおそれがあること(業務上の支障)に加えて、②人員配置の適切さや代替要員確保の努力など労働者が指定した時季に年休が取得できるよう使用者が状況に応じた配慮を行っていること(使用者の状況に応じた配慮)を考慮して、判断される。」

と判断されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕753頁参照)。

 それでは、新型コロナウイルスが蔓延する海外への渡航を阻止するため、有給休暇の時季変更権を行使することは許容されるのでしょうか?

 確かに、感染症を持ち帰られて、事業場で感染症が流行するような事態を防ぎたいという使用者側の事情は理解できます。

 しかし、当該労働者が休んだとしても、その間の事業の正常な運営は妨げられない場合にまで感染症を持ち帰られるリスクを理由に有給休暇の取得に干渉することが条文の建付け上可能といえるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。札幌地判令5.12.22労働判例ジャーナル144-1 京王プラザホテル札幌事件です。

2.京王プラザホテル事件

 本件で被告になったのは、札幌市内においてホテルを運営する株式会社です。

 原告になったのは、被告の宿泊部長として勤務していた方です。

 令和2年3月21日にハワイで行われる娘の結婚式に出席するため、令和2年2月25日、被告に対し、令和2年3月18日~同月25日を有給休暇に指定しました。

 しかし令和2年3月17日、被告は、新型コロナウイルス感染症に関する状況を踏まえ、原告のハワイへの渡航を禁止するため、年次有給休暇の時季変更権を行使しました(本件時季変更権の行使)。これにより娘の結婚式に出席できなくなった原告が、本件時季変更権の行使が違法であったとして、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の原告は、

「使用者は、労働者の請求した時季に年次有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合には時季変更権の行使をすることができる(労働基準法39条5項ただし書)。事業の正常な運営を妨げるか否かは,当該労働者が属する部署の業務において必要人員を欠くなどの業務上の支障が生じるおそれがあること、人員配置の適切さや代替要員確保の努力等、労働者が指定した時季に年次有給休暇が取得できるよう使用者が状況に応じた配慮を行っていることを考慮して判断すべきである。また、年次有給休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であるから、代替勤務者を配置することが可能な状況にあるにもかかわらず、休暇の利用目的の如何によってそのための配慮をせずに時季変更権を行使することは、利用目的を考慮して年次休暇を与えないことに等しく許されないものである。」

などと主張し、本件時季変更権の行使の違法性を指摘しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件時季変更権の行使は適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「使用者は、原則として、労働者の請求した時季に年次有給休暇を与えなければならないが、当該時季に年次有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えるために時季変更権を行使することができる(労働基準法39条5項)。」

「前記・・・の認定事実によれば、1月ないし3月当時、新型コロナウイルス感染症が世界的に急拡大する中で、北海道においても、道内全ての公立小中学校が休校となり、北海道知事が道独自の緊急事態宣言を発表し、北海道大学が卒業式を中止し、ホテルや飲食店で宿泊や宴会のキャンセルが相次ぐなど、新型コロナウイルス感染症の拡大傾向にあり、人生における重要なイベントであっても中止や自粛をすることが感染拡大を防止するために必要であると社会的に受け止められる状況にあったと認められる。」

「また、前記・・・の認定事実によれば、札幌市内にある国家公務員共済組合連合会斗南病院、イオンモール札幌発寒、札幌三越と丸井今井札幌本店といった多数の者が出入りする施設において、その従業員等が新型コロナウイルスに感染した場合には、当該感染の事実と共に、施設名や当該従業員の属性等が報道されたことや、被告の関連会社が運営する京王プラザホテル(新宿)では、アルバイト従業員が新型コロナウイルスに感染した事実や当該従業員の担当業務の内容や海外旅行歴が報道されたことが認められ、これらの事実等に照らすと、被告の従業員が新型コロナウイルスに感染した場合には、多数の者が出入りするホテルを運営する被告の社会的な責務として、当該感染の事実、当該従業員の属性、海外旅行歴等を公表して報道されていたものと考えられる。」

「そして、前記・・・の認定事実によれば、原告が渡航する予定であったハワイについては、3月17日の本件時季変更権の行使の時点では、感染症危険情報は発出されていなかったものの、これに先立つ同月6日には政府が中華人民共和国と大韓民国からの入国者に対して水際対策としての検疫の強化を発表し、同月11日にはWHOが『パンデミック(世界的大流行)』を表明し,同月13日(現地時間)にはアメリカ合衆国で大統領による国家非常事態宣言を発表したことが認められ、これらの事実等からすれば、同月17日の本件時季変更権の行使の時点でも、近い時期に、アメリカ合衆国からの入国者に対しても水際対策としての検疫の強化がされるなど、一定の行動制限を受け得ることは容易に予想することができたものである。実際、本件時季変更権の行使後において、同月17日(現地時間)にはハワイ州知事がハワイへの渡航と往来を控え、10名以上のイベントの自粛等を要請し、同月21日(現地時間)には同月26日以降にハワイに到着する観光客等全員に対して14日間の隔離を義務付ける措置を実施することを発表している。」

「以上のような新型コロナウイルス感染症の状況の下では、仮に原告がハワイに渡航していた場合、一定の感染対策を講じていたとしても新型コロナウイルスに感染していた現実的危険性はあったというべきであり、実際に原告が新型コロナウイルスに感染し、帰国後に症状等が出た場合には、独自の緊急事態宣言が発出されている北海道において宿泊事業を営んでいる被告としては、その社会的責務から、当該感染の事実と共に、ホテル名、感染者が宿泊部部長であること、感染前にハワイに渡航していたこと等を公表せざるを得ず、これが大々的に報道されていたものと考えられ、宿泊部部長の立場にある原告が、大統領により国家非常事態宣言が既に発せられており、ハワイ州知事によりハワイへの渡航と往来を控え、10名以上のイベントの自粛等の要請がされるような状況の中で、あえてハワイに渡航して新型コロナウイルスに感染したという事実は、人生における重要なイベントであっても中止や自粛をすることが感染拡大を防止するために必要であるといった当時の通常人を基準とした社会的な受け止め方を前提とするならば、たとえ娘の結婚式に出席するためであったことが併せて報道されていたとしても、被告に対する社会的評価の低下をもたらすものであったと認められる。そして、2月ないし3月当時の被告の経営状況が危機的な状況であったことからすると、被告に対する社会的評価の低下は、被告の事業継続に影響しかねないものであったといえる。」

「そうすると、被告が、3月17日の本件時季変更権の行使の時点において、原告に対し、業務命令としてハワイへの渡航を禁じることは、被告の事業の正常な運営を妨げる場合に当たるものとして合理性があったというべきである。その上で、本件期間の年次有給休暇が専らハワイへの渡航であることを明示していた原告に対して、ハワイへの渡航を禁じた結果として本件時季変更権の行使に至ったものであるから、これをもって違法であるということはできない。

「原告は、年次有給休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であるから、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かの判断に際し、原告がハワイに渡航して娘の結婚式に出席するという年次有給休暇の利用目的を考慮することは許されないなどと主張する。」

「確かに、上記の事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かは、客観的に判断すべきであるところ、一般的には、年次有給休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところであり、当該利用目的を考慮して年次有給休暇を与えないことは許されないものと解されてきた(最高裁昭和62年7月10日第二小法廷判決・民集41巻5号1229頁参照)。しかしながら、当該解釈は、年次有給休暇の利用目的といった主観的な事情が事業の正常な運営に直接影響を及ぼすものではないとの理解を前提としたものであったから、労働者が利用目的を明示して年次有給休暇の時季指定を行っており、専ら当該利用目的を達するために当該年次有給休暇を取得する場合を前提として、当該利用目的自体から現実的に生じ得る事態等を踏まえて、使用者の事業の正常な運営に直接影響を及ぼすこととなるといった特段の事情があるときには、例外的に、使用者において時季変更権の行使に当たり年次有給休暇の利用目的を考慮することも許されるというべきである。

「これを本件についてみると、原告は、本件期間の年次有給休暇の利用目的としてハワイで行われる娘の結婚式に出席することを明示しており、ハワイに渡航できず、同結婚式にも出席できない場合にはおよそ本件期間に年次有給休暇を取得する必要がなかったものと認められることを前提に、前記・・・の認定説示のとおり、当時の新型コロナウイルス感染症の状況の下では、仮に原告がハワイに渡航し、実際に新型コロナウイルスに感染し、帰国後に症状等が出た場合には、当該感染の事実等が大々的に報道され、被告に対する社会的評価の低下をもたらすことで被告の事業継続に影響しかねないものであったと認められ、上記の特段の事情があると認められるから、本件時季変更権の行使に当たり、原告の本件期間の年次有給休暇の利用目的を考慮することも許されるというべきである。」

3.例外的とはいいえ利用目的を考慮すること許されるのか?

 原告が指摘するとおり、有給休暇の使用方法は労働者の自由です。そのことをとやかく使用者側から非難される理由はありません。しかし、裁判所は、例外的にではあるものの、一定の要件のもと、有給休暇の取得方法に干渉することを許容しました。

 本件が従前裁判所で採用されてきた「事業の正常な運営を妨げる」という要件の理解に適合するのかは甚だ疑問ですが、一歩踏み出した裁判例が出現したことは実務上、覚えておく必要があるように思います。

 

求人情報に「賞与年2回(7月・12月/昨年度実績:2ケ月分)」「創業以来、毎年欠かさず支給中です!」と書かれていても賞与請求が否定された例

1.賞与を具体的な権利として請求するためには・・・

 「会社の業績等を勘案して定める」といったように具体的な金額が保障されていない賞与は、算定基準の決定や労働者に対する成績査定が行われて具体的な金額が明らかにならない限り請求することができないと理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕44頁参照)。

 そのため、解雇された労働者が、バックペイ(賃金)に加えて賞与まで請求する場合、しばしば「具体的な金額が保障」されていたといえるのかどうかが問題になります。

 この「具体的な金額が保障」されていたといえるのかどうかとの関係で、近時公刊された判例集に参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.7.14労働判例ジャーナル144-34 新日本技術事件です。

2.新日本技術事件

 本件で被告になったのは、建築意匠の制作、建築構造設計、空調衛生・電気設備、情報通信、機械プラント、機械、土木工事の設計・監理・積算、管理・施工図の作成等を目的とする株式会社です。被告は、技術部に属する100人余りの人員を派遣先企業に在席させ、主として施工管理(監理)、CADオペレーターとしての業務等に従事させて収益を得ており、営業部は、新規の派遣先企業を開拓したり、技術者派遣に関する依頼を受け、条件交渉を行うなどの営業事務を行っていました。

 原告になったのは、自動車修理、配送、営業等の職を歴任した後、ケーブルテレビの加入促進業務の受託等を目的とする株式会社の代表取締役を経験し、その後、会社を解散してタクシー運転手として働いていた方です。令和2年12月頃、被告の代表取締役であるBとその妻を乗車させた後、令和3年2月16日に被告との間で期間の定めのない労働契約を締結しました。

 被告への入社後、原告は営業職として勤務していましたが、令和3年6月11日、同月15日付けで技術部に配置転換することを命じられました(本件配置転換命令)。

 その後、配置転換の効力を争い、技術部に勤務する労働契約上の義務がないことの確認を求める訴訟を提起しましたが(本件訴訟)、配置転換命令に従わず欠勤していることや訴訟を提起したことを理由に懲戒解雇を受けました。これを受けて、地位確認等の請求を追加したのが本件です。

 本件の原告は、地位確認請求に併合して、賃金請求だけでなく、賞与請求まで行いました。賞与請求まで行ったのは、

「インターネット上の求人情報において、『賞与年2回(7月・12月/昨年度実績:2ケ月分)』『創業以来、毎年欠かさず支給中です!』『賞与年2回(7月・12月/昨年度実績:2ヶ月分)』と記載」

されていたことなどが根拠とされています。

 しかし、本件雇用契約において

「夏・冬期 年2回支給(本人の業務実績及び会社の業績による)」

と定められていたり、就業規則に、

「賞与は、原則として年2回、会社の業績と社員の勤務成績を勘案して支給する。但し業績の悪化等の経営状況により支給しないことがある」

と書かれていたりしたことなどから、懲戒解雇が無効であったとしても、賃金に加え賞与請求まで可能なのかが問題になりました。

 裁判所は、懲戒解雇を無効だと判示し、賃金請求を認めましたが、次のとおり述べて、賞与請求を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件雇用契約において、毎年7月と12月に給与の2か月分に相当する48万円の賞与を支払う旨を合意したと主張する。そして、原告も、本件雇用契約に先立ち、年収550万円を下回らない水準にしてほしいと伝えた旨を供述する・・・。」

被告は、求人情報において、賞与について『賞与年2回(7月・12月/昨年度実績:2ケ月分)』『創業以来、毎年欠かさず支給中です!』等と記載していたものと認めることができるのであり・・・、被告において継続的に賞与を支払っていたことは否定し難い。

しかしながら、本件雇用契約においては、賞与について『夏・冬期年2回支給(本人の業務実績及び会社の業績による)』と定め、就業規則及び賃金規定においても、賞与は、原則として年2回支給するものの、具体的な賞与支給日は都度に定められ、具体的な金額も会社の業績と社員の勤務成績を勘案するものとされるにとどまり、算定基準は定められておらず、業績の悪化等の経営状況により支給しないことがあると定められていたにとどまるものと認めることができる・・・。

以上によると、本件雇用契約における賞与は、上記求人情報にかかわらず、それを支給するか否か、いくら支給するかがもっぱら被告の裁量に委ねられていたといわざるを得ず、具体的な権利として発生することはなく、これを請求することはできない。

3.求人情報はあてにあらない

 一般論として「求人ないし募集は申込みの誘引にすぎず、契約申込みではない」(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』30頁参照)と理解されています。

 そうしたこともあり、雇用契約書や就業規則に不確定的な文言が記載されている場合、求人広告や募集広告に魅力的な言葉が書かれていたとしても、雇用契約書や就業競うの文言と矛盾する関係にある場合、求人や募集時の文言を具体的な労働条件として認めてもらうのは困難です。

 これこそ求人詐欺の温床になっているとも思うのですが、裁判所の考え方は上述したとおりです。求人や募集はあてにならない-労働者としては、そう考えて自衛しておく必要があります。

 

技術者の不足を未経験者で補おうとする配転命令について、必要性が否定された例

1.配転命令権の濫用

 配転命令権が権利濫用となる要件について、最高裁判例(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)は、

「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。

と判示しています。

 つまり、労働者は、

① 業務上の必要性が認められない場合、

②-A 業務上の必要性があっても、不当な動機・目的をもってなされたものである場合、

②-B 業務上の必要性があっても、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合、

のいずれかの類型に該当する場合、法的に無効であるとして、使用者からの配転命令を拒むことができます。

 このうち、①の業務上の必要性が認められない類型に関しては、それほど容易に認められることはありません。なぜなら、東亜ペイント事件の最高裁判決が「企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである」と判示しているとおり、必要性が極めて緩やかに理解されているからです。

 そのため、必要性がないとして配転命令の効力が否定される例は珍しいのですが、近時公刊された判例集に、必要性を否定して配転命令の効力を否定した裁判例が掲載されていました。東京地判令5.7.14労働判例ジャーナル144-34 新日本技術事件です。

2.新日本技術事件

 本件で被告になったのは、建築意匠の制作、建築構造設計、空調衛生・電気設備、情報通信、機械プラント、機械、土木工事の設計・監理・積算、管理・施工図の作成等を目的とする株式会社です。被告は、技術部に属する100人余りの人員を派遣先企業に在席させ、主として施工管理(監理)、CADオペレーターとしての業務等に従事させて収益を得ており、営業部は、新規の派遣先企業を開拓したり、技術者派遣に関する依頼を受け、条件交渉を行うなどの営業事務を行っていました。

 原告になったのは、自動車修理、配送、営業等の職を歴任した後、ケーブルテレビの加入促進業務の受託等を目的とする株式会社の代表取締役を経験し、その後、会社を解散してタクシー運転手として働いていた方です。令和2年12月頃、被告の代表取締役であるBとその妻を乗車させた後、令和3年2月16日に被告との間で期間の定めのない労働契約を締結しました。

 被告への入社後、原告は営業職として勤務していましたが、令和3年6月11日、同月15日付けで技術部に配置転換することを命じられました(本件配置転換命令)。

 その後、配置転換の効力を争い、技術部に勤務する労働契約上の義務がないことの確認を求める訴訟を提起しましたが(本件訴訟)、配置転換命令に従わず欠勤していることや訴訟を提起したことを理由に懲戒解雇を受けました。これを受けて、地位確認等の請求を追加したのが本件です。

 懲戒解雇の効力を判断するうえでの先決問題としても、本件訴訟では、本件配置転換命令が無効かどうかが争点になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、本件配置転換命令の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「配置転換命令については、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により決定することができるが、無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されず、当該配置転換命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配置転換命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該配置転換命令は権利の濫用になるものではないというべきである。そして、業務上の必要性についても、余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。(最高裁昭和59年(オ)第1318号同61年7月14日第二小法廷判決・裁集民第148号281頁)」

「本件雇用契約においては、『業務都合により異動(配置転換、転勤、派遣、出向)、出張又は担当以外の業務を命じ行わせることがある。』と定められ・・・、就業規則も、『業務の都合により必要がある場合は、社員に異動(配置転換、転勤、出向)を命じ、または担当業務以外の業務を行わせることがある。』と定めていたものと認めることができる・・・。」

「原告は、本件雇用契約に先立って提出した履歴書において営業職を希望する旨を明らかにしていたものと認めることができるが・・・、本件全証拠を精査しても、原告と被告が本件雇用契約書及び就業規則の定めにかかわらず、職務を営業部に限定する等の合意をしたと認めるには足りない。」

「したがって、被告が原告に対して本件雇用契約及び就業規則に基づいて配置転換等を命ずること自体は、妨げられるものではない。」

(中略)

「ところで、被告は、本件配置転換命令の理由について、『貴殿の適性を考慮した結果、技術部にて当初は施工管理業務のスキルを取得し、一流の技術者として成長し活躍するのが望ましい』『現在の技術者不足を解消するため』等と説明していたものと認めることができる・・・。」

「しかしながら、本件雇用契約を締結した後の原告の営業成績、人物評価等を明らかにする証拠は見当たらず、Dも、このような成績等を示す資料はない旨を供述している(証人D)。また、原告は、これまで自動車修理、配送、営業等の職を歴任し、ケーブルテレビの加入促進業務の受託業務、タクシー運転手として勤務した経験を有するものの、施工管理(監理)、CADオペレーターとしての業務経験はなかったものと認めることができるのであって・・・、被告において原告がいかにして技術部に適性があると判断したのか具体的な理由は明らかではない。そして、仮に、被告において技能を有する技術部従業員が少なく、高齢化していたとの背景事情があったとしても・・・、被告に所属する具体的な技術部の技術職の人員数、派遣先企業数、派遣在籍に不足している人員数等を明らかにする証拠もない。そして、このような技術者の不足について、未経験者である原告をもって補い得るとする具体的な事情も不明といわざるを得ない。

また、被告は、原告に対し、本件配置転換命令を行うとともに、本件自宅待機命令により令和3年6月14日から同月30日まで自宅待機することを指示し、被告の事務所の鍵の返却することを要求した上・・・、その後、技術部に所属するはずの原告に対し、具体的な出勤を命ずることもなく、従事すべき業務も指示していない。そして、技術職は、派遣先企業に直行直帰の勤務であったにもかかわらず・・・、被告が原告に対して派遣先企業を具体的に指定したこともない。なお、被告は、未経験者に対しても研修(建築技術全般研修、CAD技術研修、建築施工管理研修、建築資格研修、安全教育、現場でのOJT)を実施している旨を主張するところ、原告に必要とされる上記研修のうち、派遣先企業との調整を要しない研修についても具体的に実施する旨を通知したこともない。

むしろ、被告は、原告に対し、令和3年6月11日、『会社に不利益を与える言動や行動』と題する書面を交付し、女性従業員に対する言動、Cに対する言動等を注意したほか、同月13日、上記注意に従わない場合には懲戒解雇事由に当たること、重ねて被告の事務所の鍵の返却を指示し、その後も、同月15日付け及び同月24日付け各『通告書』と題する内容証明郵便により、繰り返し原告の言動等を批判していたに過ぎない・・・。

以上のとおり、被告において技術部に所属する技術職が不足しているなどの必要性は明らかでない一方、原告に対して鍵の返却を指示した上で、具体的な出勤・業務を命ずることもなかったことからすると、被告において、本件配置転換命令に当たり、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化などの業務の必要性があったものと認めることはできない。

「したがって、本件配置転換命令は無効であるというべきである。」

3.経験したことのない業務への配転

 未経験業務への配転について、その適否を争いたいと思う方は少なくありません。

 本件は、未経験者を特殊な技能が要求される部署に配転し、仕事をあてがうわけでもなく、研修を実施するわけでもなく自宅待機させたことなどをもって、業務上の必要性があったとは認められないと結論付けられました。

 裁判所の判断は、未経験業務への配転の可否を判断するにあたり、実務上参考になります。

 

従業員数が10人以上になった時、それまで存在していた就業規則は労働者過半数代表者からの意見聴取をしなくても有効になるのか?

1.就業規則の作成・変更にあたっての意見聴取義務

 労働基準法89条は、

常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする(以下略)」

と規定しています。

 また、労働基準法90条は、

使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。」(第1項)
「使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。」(第2項)

と規定しています。

 労働基準法90条に規定されいてる「就業規則」は、この条文が労働基準法89条を受けた条文であることから「就業規則一般をいうのではなくて、常時10人以上の労働者を使用する事業場における就業規則」(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 下』〔労務行政、平成22年版、平23〕906頁参照)であると理解されています。

 要するに、常時10人以上の労働者を使用する使用者は、労働者過半数代表者からの意見を聴取したうえで、就業規則を作成する義務があります。

 他方、常時10人未満の労働者を使用するにすぎない使用者は、就業規則の作成にあたり、労働者過半数代表者からの意見を聴取する必要もなければ、就業規則を行政官庁に届け出る義務もありません。

 それでは、常時10人未満の労働者を使用する使用者が労働者過半数代表者から意見を聴取せずに作成した就業規則について、その後、従業員数が常時10人以上に増加したにもかわらず、事後的に労働者過半数代表者からの意見聴取等を行わなかった場合、元々存在していた就業規則の効力は、どのように理解されるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.10.5労働判例ジャーナル143-34 スマット事件です。

2.スマット事件

 本件は労働者が申し立てた仮処分事件です。

 債務者になったのは、薬局を設置する有限会社です。

 債権者になったのは、平成22年6月に債務者との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、瓜破あさひ薬局で薬剤師として働いていた方です。令和5年6月2日付けで債権者からスマット薬局への配転命令を受けたものの、当該配転命令は無効であるとして、同薬局での就労義務のない地位を仮に定めることなどを申立てました。

 瓜破あさひ薬局の従業員数は元々10名未満でしたが、令和元年6月に10名に達しました。本件の原告は、配転命令権の根拠が就業規則にあることを踏まえ、

「瓜破あさひ薬局について、従業員が10名であった期間があることに鑑みると、同薬局について、労働基準法89条1項に基づく届出等(等の中に労働者過半数代表者からの意見聴取が含まれる趣旨だと思われます 括弧内筆者)が必要であるにもかかわらず、同薬局との関係での届出はされておらず、同薬局従業員にとの関係で就業規則は適用されない。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、就業規則の効力に問題はないと判示しました。結論としても、配転命令の有効性を認め、債権者側の申立てを却下しています。

(裁判所の判断)

「労働基準法89条1項、90条によれば、使用者は、常時10人以上の労働者を使用する事業場につき、その労働者過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数代表者の意見を聴いたうえで、就業規則を作成し、これを労働基準監督署に届け出る行政上の義務を負っている。また、使用者は、常時10人以上の労働者を使用するとはいえなかった事業場において、常時10人以上の労働者を使用するに至ったときは、遅滞なく、就業規則の届出を所轄する労働基準監督署長にしなければならないものとされている(労働基準法施行規則49条1項)。」

「本件についてこれをみるに、瓜破あさひ薬局について令和元年5月までは常時10人以上の労働者を使用する事業場には当たらず、同薬局との関係で債務者は就業規則作成義務、労働者過半数代表からの意見聴取義務及び就業規則届出義務を負わなかったものの、同年6月以降の従業員数の推移に照らすと、その頃、同薬局は常時10人以上の労働者を使用する事業場に該当するに至ったというべきであって、債務者は遅滞なく同薬局の労働者過半数代表から本件就業規則について意見を聴いた上で、本件就業規則を大阪南労働基準監督署長に対する就業規則の届出をすべき義務があったもののこれを怠ったといわざるを得ない。

しかしながら、本件就業規則作成時や発効日には瓜破あさひ薬局との関係で労働基準関係法令への抵触があったとは認められないから、本件就業規則の発効により、本件就業規則は債権者・債務者間の労働契約の内容となっている(債権者は就業規則の不利益変更を指摘するが、上記認定事実・・・に照らせば、配転命令の関係で就業規則の不利益変更があったとは認められない。)。そして、その後就業規則の過半数代表からの意見聴取義務や労働基準監督署長への届出義務の不履行という後発的な手続的瑕疵により、債権者・債務者間の労働契約の内容から本件就業規則に係る部分が失効すると解すべき法的根拠は見出し難い。

「よって、債務者は、本件就業規則に基づき、瓜破あさひ薬局の従業員に対し配転命令を発する権限を有している。」

3.「後発的な手続的瑕疵」にすぎないから処分を取消してはダメ

 以上のとおり、裁判所は、労働者過半数代表者からの意見聴取をしていないことについて、「後発的な手続的瑕疵」にすぎないとして、本件就業規則は失効しないと判示しました。

 意見聴取の手続は労働者が自分達の利益を就業規則に反映させるための機会であり、重要な意味を持っています。「後発的な手続的瑕疵」にすぎないとして就業規則の効力と切り離すことには疑問がありますが、本論点についての裁判例として、参考になります。

 

業務委託契約が実は労働契約であった場合、受け取った消費税は返さないといけないか?

1.業務委託契約・労働契約と消費税

 消費税は

「国内において事業者が行つた資産の譲渡等

に課税されます(消費税法4条)。

 ここで言う

「資産の譲渡等」

とは、

事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供・・・をいう」

とされています(消費税法2条1項8号)。

 業務委託契約に基づいて支払われる業務委託料には消費税が発生します。しかし、賃金は「事業として」行う資産の譲渡等の対価には該当しないため、消費税が発生することはありません。

No.6157 課税の対象とならないもの(不課税)の具体例|国税庁

 それでは、業務委託契約に基づく業務委託料の消費税部分は、その契約が実は労働契約であった場合、返金の対象になるのでしょうか?

 このブログでも何度も触れて来ましたが、労働契約であるのか否か・労働者であるのか否かは、契約形式ではなく実体に基づいて判断されます。業務委託契約や請負契約などの形式が使われていたとしても、労働者と変わらないような働き方をしていれば、その契約は「労働契約」として理解され、働いている人は「労働者」として労働基準法をはじめとする各種労働関係法令で保護されます。

 業務委託契約に基づいて業務受託者として働いていた人が、労働者性を主張し、それが認められた時に、委託者からもらっていた消費税相当額を返さなければならなくなるのかが本日のテーマです。

 昨日ご紹介した、大阪地判令5.10.26労働判例ジャーナル143-24 ハイスタンダードほか1社事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.ハイスタンダードほか1社事件

 本件で被告になったのは、

貨物・荷物の搬入出代行業務等を目的とする株式会社(被告ハイスタンダード)と

一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社(被告Growing up)

です。

 原告になったのは、貨物・荷物の搬入出代行業務等を目的とする株式会社サンライズ(反訴被告サンライズ)の代表取締役です。

 原告の方は、

被告ハイスタンダードとの間で期間の定めのない労働契約を締結した

と主張して、未払賃金や未払退職金を請求しました。

 また 被告Grawing upとの間でも期間の定めのない労働契約を締結していたと主張し、賃金が一部しか支払われていないとして、未払賃金を請求しました。

 これに対し、被告らは、原告及び反訴被告サンライズに対し、従業員への引き抜き行為や競業先への接触、信用毀損行為を行ったと主張し、損害賠償を請求する反訴を提起しました。

 また、被告らは、

「原告と被告ハイスタンダードとの間に労働契約はなく、原告は、経営する反訴被告サンライズの職人から反旗を翻されて被告代表者に助けを求め、被告ハイスタンダードを委託者、反訴被告サンライズを受託者とする営業代行の業務委託契約を締結した」

などと述べ、そもそも原告との間では契約が成立していないと主張しましたが、この主張が通らず、原告と被告ハイスタンダードとの間で労働契約の成立が認められた場合に備え、反訴被告サンライズに支払った報酬のうち消費税部分の返還を請求しました。

 裁判所は、原告と被告ハイスタンダードとの間に労働契約が成立していると認定したうえ、次のとおり述べて、被告らの行った消費税部分の返還請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告と被告ハイスタンダードとの間の合意・・・は労働契約であるといえる。そして、被告ハイスタンダードは、上記労働契約に係る賃金の支払として、反訴被告サンライズの口座に報酬を支払っているものと解するのが相当である。そして、上記報酬の内訳には消費税分が計上されているが、原告と被告ハイスタンダードとの間ではかかる内訳を含む合計額としての賃金を支払う旨の合意が成立していると認められるから、上記消費税部分の支払について法律上の原因に欠けるところはない。

「したがって、原告及び反訴被告サンライズは消費税相当額の支払により法律上の原因なく利得を得たとはいえない。」

「なお、原告が本件不当利得返還請求に係る各報酬の受領時に民法704条所定の悪意の受益者であったとは認められない。そうすると、仮に上記の法律上の原因を欠くとしても、原告は利益の存する限度において不当利得の返還義務を負うところ(民法703条)、反訴被告サンライズは消費税を納付しており・・・、原告及び反訴被告サンライズに利得は存しない。

3.消費税額含めて賃金の合意/業務受託者として消費税は納税しているはず

 裁判所は、大意、

消費税額を含めた金額を賃金として支払うことが合意されていた、

受託者の側も事業者として受領した消費税の納税を行っているのであるから、返還すべき利得が存在しない、

と述べ、被告側の消費税相当額の利得を返せという請求を排斥しました。

 業務受託者や請負人が労働者性を主張する事件の処理にあたり、裁判所の判断は参考になります。

 

債務の履行が代表者の労務の提供以外に想定し難いとして、法人ではなく代表者との労働契約が認められるとされた例

1.一人会社に対する業務委託

 労働法の適用を逃れるために、業務委託契約や請負契約といった、雇用契約以外の法形式が用いられることがあります。

 しかし、当然のことながら、このような手法で労働法の適用を免れることはできません。労働者性の判断は、形式的な契約形式のいかんにかかわらず、実質的な使用従属性を勘案して判断されるからです(昭和60年12月19日 労働基準法研究会報告 労働基準法の「労働者」の判断基準について 参照 以下「研究会報告」といいます)。業務委託契約や請負契約といった形式で契約が締結されていたとしても、実質的に考察して労働者性が認められる場合、受託者や請負人は、労働基準法等の労働法で認められた諸権利を主張することができます。

 それでは、一人会社との間で業務委託契約を交わすなどして、労働者性の問題を解消してしまうことはできないのでしょうか?

 法令用語ではないため厳密な定義はありませんが、一人会社とは、発行済株式の全てを一人で保有したうえ、自身を代表者とし、従業員を使用することなく経営している会社をいいます。こうした会社と業務委託契約を交わし、「法人間での契約であるから、労働者性が問題になることはない」という理屈のもと、その代表者に被用者と似たような働き方をさせることはできるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.10.26労働判例ジャーナル143-24 ハイスタンダードほか1社事件です。

2.ハイスタンダードほか1社事件

 本件で被告になったのは、

貨物・荷物の搬入出代行業務等を目的とする株式会社(被告ハイスタンダード)と

一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社(被告Growing up)

です。

 原告になったのは、貨物・荷物の搬入出代行業務等を目的とする株式会社サンライズ(反訴被告サンライズ)の代表取締役です。

 原告の方は、

被告ハイスタンダードとの間で期間の定めのない労働契約を締結した

と主張して、未払賃金や未払退職金を請求しました。

 また 被告Grawing upとの間でも期間の定めのない労働契約を締結していたと主張し、賃金が一部しか支払われていないとして、未払賃金を請求しました。

 これに対し、被告らは、原告及び反訴被告サンライズに対し、従業員への引き抜き行為や競業先への接触、信用毀損行為を行ったと主張し、損害賠償を請求する反訴を提起しました。

 本件では、原告と被告Grawing upとの間で労働契約が締結されていたことに争いはなかったのですが、被告ハイスタンダードとの間で労働契約が成立しているのかが争点になりました。

 被告らは、

「原告と被告ハイスタンダードとの間に労働契約はなく、原告は、経営する反訴被告サンライズの職人から反旗を翻されて被告代表者に助けを求め、被告ハイスタンダードを委託者、反訴被告サンライズを受託者とする営業代行の業務委託契約を締結した」

などと主張し、そもそも原告との間では契約が成立していないとの立場を採りました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告と被告ハイスタンダードとの間の労働契約の成立を認めました。

(裁判所の判断)

「上記認定事実・・・のとおり、原告は、平成22年頃、反訴被告サンライズの売上が低下したことから、被告代表者との間で、反訴被告サンライズの従業員及び顧客を被告ハイスタンダードに引き継ぎ、原告は被告ハイスタンダードの営業を行う旨を合意した。以上によれば、反訴被告サンライズはその営業資産を被告ハイスタンダードに承継する一方で、その後の反訴被告サンライズによる営業は原告自身の労務の提供以外に存しない。そうすると、上記合意の際、反訴被告サンライズと被告ハイスタンダードとの間で、反訴被告サンライズが被告ハイスタンダードに対して取引先及び従業員を承継する旨の合意が成立するとともに、原告と被告ハイスタンダードとの間で、原告が被告ハイスタンダードの営業を担当する旨の合意が成立したと認められる。」

「これに対して、被告ハイスタンダードは、被告ハイスタンダードと反訴被告サンライズとの間で被告ハイスタンダードの営業を委託する旨の契約を締結した旨主張する。
 しかし、上記・・・で説示したとおり、上記・・・の合意の際、反訴被告サンライズではみるべき営業資産である取引先及び従業員は全て被告ハイスタンダードに承継したのであるから、被告ハイスタンダードの営業を担当するという債務は原告による労務の提供以外に想定し難いのであって、これは被告ハイスタンダードに対する請求書の主体が反訴被告サンライズであることや、同社の口座に対して報酬が支払われ、そこから原告が役員報酬を受領していたこと・・・によって左右されない。したがって、被告ハイスタンダードの上記主張は採用することができない。」

したがって、以下では、原告と被告ハイスタンダードとの間に原告が被告ハイスタンダードの営業を担当する旨の合意が成立したことを前提に、同合意が労働契約か否か(原告の労働者性)を検討する。

(中略)

「以上のとおり、原告は、被告ハイスタンダードの営業業務について諾否の自由がなく、業務遂行に当たって指揮監督を受けるとともに、勤務場所及び勤務時間に関して相応の拘束を受け、その労務提供に代替性がない一方で・・・。その報酬は労務対償性に欠けるところはなく・・・、専属性の程度が高いという労働者性を補強する要素があること・・・を考慮すると、原告には使用従属性を認めることができる。」

「したがって、原告と被告ハイスタンダードとの間の合意は労働契約であるといえる。

3.契約当事者は原告になるとされた

 上述のとおり、裁判所は、

「反訴被告サンライズによる営業は原告自身の労務の提供以外に存しない」

として、契約当事者を原告と被告ハイスタンダードだと判示しました。

 この理屈で行くと、一人会社の殆どは、代表者個人との契約の成立を主張できることになり、相当数の方が労働者としての保護を受けられることになります。

 いわゆるフリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)では、

「法人であって、一の代表者以外に他の役員(理事、取締役、執行役、業務を執行する社員、監事若しくは監査役又はこれらに準ずる者をいう。第六項第二号において同じ。)がなく、かつ、従業員を使用しないもの」

も個人であるフリーランスと同様の保護を受けます(フリーランス新法2条1項2号参照)。

 裁判所の考え方は、労働者性の問題を、これと並行的に捉えようとするものとも評価でき、実務上参考になります。