1.専門職大学院の実務家教員
学校教育法99条は、次のとおり規定しています。
「第九十九条 大学院は、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめ、又は高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培い、文化の進展に寄与することを目的とする。
② 大学院のうち、学術の理論及び応用を教授研究し、高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培うことを目的とするものは、専門職大学院とする。
③ 専門職大学院は、文部科学大臣の定めるところにより、その高度の専門性が求められる職業に就いている者、当該職業に関連する事業を行う者その他の関係者の協力を得て、教育課程を編成し、及び実施し、並びに教員の資質の向上を図るものとする。」
この学校教育法99条2項に基づいて設置された大学院を、専門職大学院といいます。
専門職大学院には、
【ビジネス・MOT】
【会計】
【公共政策】
【公衆衛生】
【臨床心理】
【その他】
【法科大学院】
【教職大学院】
といった括りがあり、多数の大学院が設置されています。
https://www.mext.go.jp/content/20240314-mxt_senmon02-000034152_1-1.pdf
専門職大学院の特徴の一つに、実務家教員の割合の高さが挙げられます。実務家教員の割合は、一般的な専門職大学院で3割以上、法科大学院で2割以上、教職大学院で4割以上という数値が定められています。
それでは、この専門職大学院が廃止される場合、実務家教員の雇用継続の可否は、どのように判断されることになるのでしょうか?
近時公刊された判例集に、専門職大学の廃止に伴う実務家教員の整理解雇の可否が問題になった裁判例が掲載されていました。福岡地判令6.1.19労働判例ジャーナル145-1 学校法人西南学院事件です。
2.学校法人西南学院事件
本件で被告になったのは、西南学院大学を設置する学校法人です。西南学院大学には、法学部と大学院法務研究科(法科大学院)が設置されていました。
原告になったのは、被告との間で無期労働契約を締結し、被告の法科大学院で就労していた弁護士です。元々は有期労働契約を締結・更新していましたが、無期転換権の行使により、労働契約が無期化したという経過が辿られています。
法科大学院の廃止に伴い解雇されたことを受け、その無効を主張し、労働契約上の地位の確認等を求めて出訴したのが本件です。
裁判所は、整理解雇法理に沿った判断を行い、次のとおり述べて、解雇は有効だと判示しました。
(裁判所の判断)
・判断の枠組み
「本件解雇は、被告が設置運営していた法科大学院の廃止という被告の経営上の理由に基づくものであり、原告に特段の帰責事由はない。したがって、本件解雇が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」(労働契約法16条)に該当し無効となるか否かについては、いわゆる整理解雇法理に沿い、〔1〕人員削減の必要性、〔2〕解雇対象となる人選の妥当性、〔3〕解雇回避努力ないし解雇に伴う不利益軽減措置の履践及び〔4〕手続の相当性等の事情を総合考慮して判断すべきものと解される。」
・〔1〕人員削減の必要性及び〔2〕解雇対象となる人選の妥当性について
「被告は、本件解雇の約4年5か月前の平成30年6月には法科大学院の学生募集を停止する旨の発表を行い、本件解雇の8か月前の令和4年3月末に法科大学院を廃止しており・・・、本件解雇がされた同年11月末の時点において法科大学院に配置し得る教員の定員は存在しなかった。」
「また、原告は、法科大学院において弁護士としての長年の職務経験・・・を活かし法律実務の教育に従事することを期待されて雇用された実務家教員であり(実務家教員規程1条1項参照)、弁護士業務との兼任も認められていたのであって、専ら学術的見地から法科大学院での教育、研究に従事することを期待されて雇用され、他の職種との兼業が基本的に認められていない研究者教員とは立場が異なり、原告が法科大学院の実務家教員以外の職種に配置転換されることは想定されていなかったといえる。」
「そして、原告以外の実務家教員は全て無期転換権を行使することなく期間満了に伴い被告との雇用契約を終了したこと・・・も併せ考慮すると、被告の経営状態に特段不安定な面は窺われないことを踏まえても、法科大学院の廃止に伴い法科大学院に配置されていた原告を含む実務家教員の雇用を全て終了させることとした被告の判断は相応の合理性を有しており、当該判断に基づく実務家教員の人員削減の必要性及びその対象として原告を選定したことの妥当性は認められるというべきである。」
・〔3〕解雇回避努力ないし解雇に伴う不利益軽減措置の履践及び〔4〕手続の相当性について
「各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。」
「被告は、原告からの無期転換申込みを受けて、原告が担当し得る授業科目等について法学部教授会に問い合わせを行い、令和4年3月1日頃、法学部教授会から臨時開講科目(刑事模擬裁判)の講師を次年度に限り担当してもらうことは可能であるとの回答を得た・・・。」
「被告は、同月17日頃、原告に対し、法科大学院の廃止を理由として、無期転換申込みによる無期労働契約を成立させず、新たに同年8月31日までの有期労働契約を締結し、法学部の非常勤講師として雇用することを提案したが、原告は、無期転換申込みによる無期労働契約を成立させるべきであるとして同提案を拒絶した・・・。」
「被告は、同年3月31日から同年4月19日にかけて、同年4月以降は休業扱いとするが刑事模擬裁判の授業を担当してもらい、別途上記科目を除く部分の休業手当(平均賃金額の6割相当額)を支払うこととし、令和4年度以降の業務・処遇等について協議を継続するよう原告に対し要望した・・・。」
「原告は、同年4月27日、自身に解雇事由はないことを前提に、民事系科目の要件事実教育を法学部で行うことを要望した・・・。」
「被告は、法学部に上記原告の要望の検討を依頼したが、法学部から、カリキュラム編成の都合上、上記要件事実に関する講座の開講その他の方法により原告の担当すべき科目を確保することはできない旨の回答を得たことから、原告に対し、同年6月13日頃、その旨を説明するとともに、就業規則の定める被告都合による退職金845万0400円に加えて契約解除金690万円(賃金年額の5割相当額)を支払うことを条件とする合意退職の提案をした・・・。」
「原告は上記提案に同意せず、その後も被告の教員組合に連絡するなどして被告での雇用契約の存続を図ったが、被告は教員組合とも協議した上で同年11月30日を解雇日とする本件解雇を行った・・・。」
「被告は、同年12月12日、上記各金員(ただし所得税等控除後の金額)を原告のために供託した・・・。」
「前記・・・のとおり、被告は、原告の法科大学院廃止以降も被告に雇用されて実務家教員としての能力を発揮したいという意向に沿う現実的な雇用維持の方策を模索し、法学部における担当科目の確保を法科大学院廃止前の令和4年3月頃から6月頃にかけて2度にわたり試みたものの、法学部から断られその方策を実現できなかったことも踏まえて、原告と繰り返し協議を行い、本件解雇の約5か月前に契約解除金の支払等による一定の経済的補償を加算した条件での合意退職を提案し、教員組合とも協議していたものであり、同年10月にいったん解雇を予告した後、原告からの請求に応じて人事公正委員会における審議も経た上で、当初の解雇予定日よりも予定日を繰り下げて本件解雇を行ったこと・・・に加え、原告が基本的に法科大学院の実務家教員以外の職種への配置転換を想定されていない実務家教員であり、自らの法律事務所で弁護士業を営むことも含め被告以外での稼働が比較的容易なベテランの弁護士であること・・・も併せ考慮すると、本件解雇に先立ち被告は十分な解雇回避努力ないし解雇に伴う不利益軽減措置を履践しており、本件解雇に至るまでの手続も相当であったと評価することができる。」
・小括
「前記のとおり、労働協約に基づいてされた本件解雇は、〔1〕解雇の必要性があって、〔2〕その人選も妥当であり(前記3)、〔3〕十分な解雇回避努力ないし解雇に伴う不利益軽減措置が履践されており、〔4〕手続の相当性を欠くともいえない(前記4)から、法科大学院の廃止に伴う整理解雇として客観的に合理的な理由を備えており、社会通念上も相当であって、『客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合』(労働契約法16条)には該当せず、有効であるというべきである。」
3.やはりそれほど立場は強くなかった
当たり前のことながら、実務家教員は本業として実務をしています。専業で教員をしているわけではなく、生活して行こうと思えば、本業で生活していける人が殆どではないかと思います。また、実務家教員が教員であるのは、実務に関する知見を買われてのことであって、貢献できる可能性がが比較的限定されています。
そうしたことから、労働契約上の立場は、それほど強くないのではないかと思っていましたが、やはり比較的あっさりと解雇の有効性が認められました。裁判所は、被告の経営状態に特段不安定な面は窺われないことを踏まえても、整理解雇は有効だと判断しています。
専門職大学院の廃止はそれなりにありますが、本業がある関係からか、実務家教員の整理解雇の可否が争われたという話は、あまり耳にしません。
本件は実務家教員の整理解雇の可否を議論するにあたっての先例として、参考になります。