1.解雇権濫用法理と雇止め法理の間隙
労働契約法16条は、客観的合理的理由、社会通念上の相当性の認められない解雇が無効になることを規定しています。これは一般に解雇権濫用法理と言われています。
労働契約法17条は、契約更新に向けた合理的期待がある場合など、一定の有期労働契約について、客観的合理的理由、社会通念上の相当性がなければ更新拒絶が認められないことを規定しています。これは一般に雇止め法理と言われています。
このように、無期労働契約における解雇、有期労働契約における更新拒絶に対しては、使用者の権利の濫用を防ぐための仕組みが設けられています。
しかし、退職扱いされる理由は、解雇、雇止めに限られるわけではありません。就業規則の規定ぶりを工夫すれば、解雇や雇止めに該当しない退職理由を設けることもできないわけではありません。例えば、無期労働契約を締結しつつも、成績が一定の基準に満たない場合、労働契約が終了するといったように、労働契約の終了事由を規定しておくことが考えられます。この場合、無期労働契約であるため、雇止め法理の適用はありません。また、こうした規定は、労働契約の終了条件を定めているだけであり、契約の終了を解雇という意思表示に係らせているわけではありません。そのため、解雇権濫用法理をストレートに適用することには疑義があります。
それでは、このように解雇権濫用法理や雇止め法理の間隙を縫う退職理由は、何らの法的制約も受けないのでしょうか?
この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.3.17労働判例ジャーナル127-40 日本生命保険事件です。
2.日本生命保険事件
本件で被告になったのは、生命保険業免許に基づく保険の引受、資産の運用等を行う相互会社です。
原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、保険営業の業務に従事していた方です。委任契約⇒期間1か月の有期労働契約⇒期間1か月の有期労働契約を経て、無期労働契約を締結しました。
ただし、この無期労働契約には、
「資格選考において、本人の活動成果等が、営業職員就業規則に定める基準(以下「職選基準」という)に達しない場合には、選考月の前月末をもって、営業職員としての資格を失い、本契約は終了する」
という契約条項が設けられていました。この契約条項基づいて、平成29年12月22日、原告は、被告から、本件職選基準を達成しなかったことを理由に同月末をもって労働契約が終了すると通知されました(本件退職扱い)。これを受けて、原告が地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
この事件では、本件退職扱いに解雇権濫用法理の適用が認められるのか否かが争点の一つになりました。
被告は、
「本件退職取扱いは、原告と被告が合意した終了条件が、使用者の行為や恣意的な判断に基づくことなく成就したことにより、契約終了の効果が発生するものであるから、使用者の一方的な意思表示による解雇とは異なる性質のものであり、解雇権濫用法理(労働契約法16条)は適用されない。」
と主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、解雇権濫用法理の適用を認めました。
(裁判所の判断)
「被告は、本件退職取扱いは、本件労働契約において定められた契約条件が成就したことにより終了したものであり、使用者が一方的に行う解雇とは異なり、解雇権濫用法理は適用されない旨主張する。」
「しかしながら、本件退職取扱いは、原告の営業成績が不良であることを理由として、原告の意思に反して退職の効果を生じさせるものであり、労働者の能力不足により解雇がされる場合と類似することから、解雇権濫用法理が適用されると解することが相当である。」
3.安易な潜脱は認められない
以上のとおり、裁判所は、契約終了条件を設定しておくという形で解雇規制を潜脱することを否定しました。
当たり前のことながら、条項や規定の書きぶりを多少変えた程度で解雇規制を潜脱するようなことが許されたのでは、労働契約法の趣旨は水泡に帰することになってしまいます。
解雇や雇止めといった典型的な場合に該当しなかったとしても、違和感のある退職理由を突き付けられてお困りの方は、本当に労働契約上の権利を有する地位にあることを主張できないのかを、弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でも、ご相談をお受けすることは可能です。