弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

有期労働契約に試用期間を設定する要件、試用期間中の解雇の可否に係る判断基準をどう理解するか?

1.有期労働契約の解雇規制

 労働契約法17条は、

「使用者は、期間の定めのある労働契約・・・について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。」(1項)

「使用者は、有期労働契約について、その有期労働契約により労働者を使用する目的に照らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その有期労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない。」(2項)

と規定しています。

 有期労働契約における契約期間には雇用保障的な意味合いがあるため、この「やむを得ない事由」は無期労働契約者を解雇する場合よりも厳格に理解されています(福岡地小倉支判平29.4.27労働判例1223-17 朝日建物管理事件等参照)。

 それでは、有期労働契約に試用期間を設けることはできるのでしょうか?

 無期雇用であれば、その適正・能力を慎重に見極めるため、試用期間を設けることに意義があることも理解できます。

 しかし、有期労働契約は、期間満了により終了するのが原則です。多少問題があったとしても、予定された期間が経過しさえすれば、労働契約上の地位は失われます。期間が相当長期に及ぶ場合はともかく、例えば、1年といった比較的短い期間が定められているにすぎないような場合にも、試用期間を設定して、雇用保障的な要素を奪うことが許されて良いのでしょうか? 試用期間というバーを設けることは、ただでさえ短い雇用期間を更にぶつ切りにする便法として、労働契約法17条2項の趣旨に反しているということができないのでしょうか? 仮に、試用期間を設けることが許容されるとして、解雇権(留保解約権)の行使要件を緩和して良いのでしょうか? 留保解約権の行使には、試用期間経過後に求められる「やむを得ない事由」と同様の厳格さが求められて然るべきではないのでしょうか?

 有期労働契約、とりわけ契約期間が長期に及ばない有期労働契約に試用期間を付することの許容性や、試用期間中の解雇権の行使の可否に係る判断基準をどのように理解するのかは、考え出すと色々と難しい問題を含んでいます。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令3.7.19労働判例ジャーナル117-36 CoinBest事件です。

2.CoinBest事件

 本件は期間1年の有期労働契約者に対する使用期間(3か月)満了に伴う解雇の可否が争点となった事件です。

 被告になったのは、暗号資産交換業者として登録を完了し、暗号資産交換の営業を開始していた株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間1年の有期労働契約を締結していた方です(本件有期労働契約)。本件有期労働契約の締結に際して署名押印した雇用契約書兼労働条件通知書には、次のとおり記載されていました。

「雇用形態・期間 有期契約社員(2020年7月1日~1年間)、2020年7月1日から2020年9月30日は試用期間」

「契約更新の有無 更新する場合がある」

「契約更新条件 契約満了時の業務量、勤務成績・態度、能力、会社の経営状況、従事している業務の進捗状況」

「従事すべき仕事の内容 内部管理(配属先:内部管理部、試用期間後の役職:担当部長)」

 また、本件労働契約においては、試用期間経過後、特段の問題がない場合には、原告が内部管理部の担当部長となることが予定されていました。

 こうした契約のもと、被告は、留保解約権の行使として、原告を使用期間満了に伴い解雇しました(本件解雇)。

「原告は、・・・内部管理業務の遂行能力が不十分で試用期間中に遂行した業務はいずれも完成度が低く、何度も修正を行う必要があるものが大半であり、被告が期待している水準には程遠く、勤務態度も芳しくなかった。」

というのが被告の主張した解雇理由の骨子です。

 これに対し、原告の方は、本件解雇が無効であると主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 解雇の可否を考えるにあたっては、試用期間を定めることの可否や、留保解約権の行使と「やむを得ない事由」の関係性が議論の対象になりました。

 裁判所は、この問題について、次のとおり判示したうえ、本件解雇は有効だと結論付けました。

(裁判所の判断)

「本件契約書及び本件就業規則等の内容並びに本件求人情報の内容及び本件採用面接の状況からすれば、本件労働契約は、被告の内部管理部の担当部長として原告を本採用するにあたり、被告において、採用決定当初には原告の資質、性格、能力その他管理職要因としての適格性の判断材料を十分に得ることができないため、後日の調査や観察にもとづく最終決定権を留保する趣旨で、試用期間中に原告が内部管理部の担当部長として不適格であると認めるなどの事情があると認めた場合には、本件就業規則15条又は69条の規定に従い本件労働契約を解約しうるという解約権を留保した、解約権留保付き雇用契約であると解するのが相当である。そうすると、当該解約権留保に基づく解雇としての本件解雇は、通常の解雇の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められ、前述の解約権留保の趣旨、目的に照らして、原告の試用期間中の勤務状態等により初めて使用者たる被告側に判明した事実として客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当と認められる場合に有効となると解すべきである。具体的には、原告の試用期間中の勤務状態等により初めて使用者たる被告側に判明した事実として、被告が本件解雇の理由として挙げている本件就業規則15条2号(上司の指示不服従、協調性欠如、意欲欠如、勤務態度不良)又は3号(能力不足、成績不良、向上見込欠如)に該当する事実が認められる場合には、本件解雇が有効となり得るというべきである。そして、能力不足の評価の前提として、本件労働契約において被告から原告に対して求められていた能力は、前記前提事実・・・のとおりの本件契約書、本件求人情報、本件履歴書及び本件職務経歴書の内容並びに本件採用面接の状況からすれば、法務、コンプライアンスやマネー・ローンダリングに関する業務も取り扱う被告の内部管理部において、即戦力として実務を遂行することができ、将来は同部の担当部長や部長などの管理職として勤務していく能力及び資質であったと認められる。」

「なお、原告は、本件労働契約は1年間の有期労働契約であるから労働契約法17条が適用され、試用期間の定めは意味をなさず『やむを得ない事由』がなければ1年間の契約期間が満了するまで解雇することはできない、1年間の有期労働契約に対し試用期間を3か月と設定することは公序良俗に反し試用期間の定めとして認められないなどと主張するが、前記認定事実・・・のとおり、本件労働契約が1年間の有期労働契約となったのは原告の希望によるものであること、試用期間を3か月とすることは本件契約書及び本件就業規則にも明記されていること、本件労働契約において原告が果たすべき役割は内部管理部において即戦力として勤務し試用期間終了後担当部長となり管理職となっていくことであったことからすると採用決定当初には知り得ない原告の資質、性格、能力その他管理職要員としての適格性の判断材料を十分に得るための期間を設ける必要性が認められること、このような事情からすれば契約期間全体である1年の4分の1の期間に当たる3か月を試用期間と定めることが不相当であるとはいえないこと、前記前提事実・・・の半月のアルバイト勤務期間を実質的に試用期間の一部と考えるとしても不当に長期にわたるとまではいえないことなどからすれば、本件における試用期間の定めが公序良俗に反するとは認められない。また、これらの点からすれば、本件解雇について労働契約法17条の『やむを得ない事由』の有無を判断するにあたっては、本採用後の解雇と全く同一に解さなければならないものではなく、前記試用期間を定めた趣旨から、前記解約権留保に基づく解雇としての判断基準を考慮することも認められると解するのが相当である。

(中略)

「以上によれば、本件解雇は有効であり、無効であるとは認められず、原告の地位確認請求には理由がない。」

3.試用期間の設定は少なくとも当然に許されるわけではない

 上述のとおり、裁判所は、試用期間の設定を許容したうえ、試用期間中の「やむを得ない事由」の判断にあたり留保解約権を設定した趣旨を読み込むこと(大抵は緩和する方向に働くと思われます)を認めました。

 ただ、試用期間の設定が公序良俗に反しないという判断を導くにあたっては、試用期間が設けられた経緯や、雇用期間に占める割合などが比較的丁寧に検討されています。今回は有効だと結論付けられましたが、使用者側から試用期間を一方的に設定された場合には、また違った判断も在り得るのではないかと思われます。

 少なくとも試用期間の設定が当然のように許されるわけでないことは、意識しておく必要があります。