弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

試用期間の潜脱スキームを考える(訓練契約の労働契約該当性から)

1.試用期間の潜脱スキームの展開

 試用期間中または試用期間満了時の本採用拒否については、実際の就労状況等を観察して従業員の適格性を判定するという留保解約権の趣旨・目的に照らし、本採用後の解雇の場合よりも広い範囲の解雇の自由が認められます(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕466頁参照)。

 しかし、解約留保権の行使といっても解雇であることに変わりはなく、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない限り、その効力は認められません(労働契約法16条)。

 この解雇権濫用法理(労働契約法16条)を免れるためのスキームとして、有期労働契約を活用する手法があります。試用期間を有期雇用契約に置き換え、使用者にとって好ましい場合には期間満了時に無期雇用契約を締結し、好ましくない場合には期間満了とともに契約を終了させてしまうという手法です。

 しかし、このスキームは、最三小判平2.6.5労働判例564-7 神戸弘陵学園事件が、

「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である」

と判示したことによって塞がれました。

 こうした判例法理の展開を意識したうえ、近時では、業務委託契約などの労働契約以外の契約方式を利用した潜脱スキームが散見されるようになっています。これは、人を雇用するにあたり、先ず業務委託契約を締結し、そこで適正を見極めたうえで、改めて労働契約を締結するといった手法です。

 このような使用者側の対応に問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。東京地判令4.1.17労働判例1261-19 ケイ・エル・エム・ローヤルダッチエアーラインズ事件です。何が興味深いのかというと、労働契約の締結前に結ばれていた訓練契約を労働契約だと判示していることです。

2.ケイ・エル・エム・ローヤルダッチエアーラインズ事件

 本件で被告になったのは、オランダに本社を有する航空会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、客室乗務員として勤務していた方複数名です。

 各原告は期間を

平成26年5月27日~平成29年5月26日

とする労働契約を締結しました(本件労働契約①)。

 本件労働契約①は、期間満了時に更新され、各原告は、被告との間で、期間を

平成29年5月27日~令和元年5月26日

までとする労働契約を改めて締結しました(本件労働契約②)。

 その後、本件労働契約②の期間満了により雇止めを受けた原告らが、地位の確認等を求めて訴訟を提起したのが本件です。

 この時、原告らが依拠した理屈の中に無期転換権行使がありました。

 労働契約法上、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になった場合、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が発生するとされています(労働契約法18条)。

 原告らは本件労働契約①の前に被告との間で「訓練契約」を締結し、客室乗務員として働くための訓練を受けていました。原告の主張の骨子は、

この「訓練契約」は労働契約に該当する、

訓練契約を勘定に入れれば、雇用期間は通算5年以上になり、無期転換権の発生が認められる、

原告らは無期転換権を行使する、

ゆえに、現在も労働契約上の地位が存続している、

というものでした。

 そのため、本件では訓練契約の労働契約該当性が問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、労働契約該当性を認めました。結論としても、原告らの地位確認請求を認めています。

(裁判所の判断)

「本件訓練契約が労働契約に該当するといえるためには、本件訓練期間中の原告らが労働契約法及び労働基準法上の労働者であるといえることが必要である。」

「労働契約法2条1項は、同法の適用対象となる『労働者』について、『使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者』と定義し、労働基準法9条は、同法の適用対象となる『労働者』について、『職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者』と定義していることから、労働契約法及び労働基準法上の労働者に該当するためには、①使用者の指揮監督下において労務の提供をする者であること、②労務に対する対償を支払われる者であることが必要であると解される。」

「本件訓練は、教育的性格を有するものであるが、このことと労務の提供とは両立し得るものであるから、本件訓練期間中に原告らが被告に対して労務を提供しているといえるか否かを個別具体的に検討すべきである。」

「これを本件についてみると、たしかに、客室乗務員認証を取得し、かつ、機種別訓練を修了しているという要件を満たさない訓練生は、EU委員会規則により、正規の客室乗務員として乗務することはできない・・・。」

「しかしながら、①本件訓練の内容は、前記認定事実・・・のとおり、EU委員会規則の要求する基準に準拠しつつも、被告が作成した教材や被告独自のマニュアルに従い、被告の航空機や設備等の仕様及びこれを踏まえて策定された保安業務や、就航する路線や客層に合わせたサービス業務等の内容に則ったものであり、他の航空会社と異なる被告に特有の内容を多分に含んだものである。そして、他の航空会社において訓練を終了して客室乗務員認証を取得し、機種別訓練を修了していたとしても、本件訓練を受講して、被告独自の保安業務や客室サービス業務に習熟しなければ、実際に被告において客室乗務員として就労することは困難であることが認められる・・・。以上に加えて、②被告は、本件訓練契約の締結に先立ち、被告の客室乗務員採用選考に応募した各原告に対し、健康診断と身元確認の条件付きとはいえ、被告のアジア人客室乗務員として採用する旨を通知した上、本件各労働契約において継続して使用する社員番号、レターボックスや制服を付与していること・・・、③本件訓練に引き続いて本件労働契約①が締結され、原告らの被告における客室乗務員としての勤務が開始されていること・・・、④被告は、客室乗務員認証の取得の有無や機種別訓練の修了又は搭乗経験の有無にかかわらず、訓練生に対して一律に同内容の訓練を実施していること・・・、⑤本件訓練契約において、訓練生は、本件訓練を修了した後に被告との間で労働契約を締結することを拒否した場合には、被告が被る訓練費用相当額の損失について支払義務を負うものとされていたこと・・・からすれば、本件訓練は、訓練生が本件訓練に引き続いて被告において客室乗務員として就労することを前提として、そのために必要な知識や能力を習得するために実施されたものであって、被告の運航する航空機に乗務する客室乗務員を養成するための研修であったと認められる。」

「また、⑥被告が各原告に対して本件訓練の訓練手当を支払うに当たって所得税の源泉徴収を行っていること・・・、⑦被告が原告らに対して交付した推薦状や証明書において、原告らが客室乗務員としての稼働を開始した時期を本件訓練契約の始期と記載していること・・・、⑧被告が現在、日本人客室乗務員との間で、労働契約とは別個の訓練契約を締結することはせず、労働契約の締結後に本件訓練と同様の訓練を実施していること・・・は、いずれも、被告において本件訓練を受講中の訓練生を労働者であると認識していたことを推認させるものである。」

「そうすると、本件訓練期間中、訓練生が正規の客室乗務員として乗務することがなかったとしても、本件訓練に従事すること自体が、被告の運航する航空機に客室乗務員として乗務するに当たって必要不可欠な行為であって、客室乗務員としての業務の一環であると評価すべきであり、原告らは、被告に対し、労務を提供していたと認めるのが相当である。」

「さらに、前記認定事実・・・によれば、被告の客室乗務員として乗務するためには本件スケジュールに従って本件訓練を受講し、これを修了するほかないのであるから、本件訓練期間中、原告らには訓練内容について諾否の自由はなく、原告らは、時間的場所的に拘束され、被告の指揮監督下において本件訓練に従事していたこと、原告らに代わって他の者が本件訓練に従事することは想定されておらず、代替性もなかったことが認められる。したがって、本件訓練期間中の原告らは、使用者である被告の指揮監督下において労務の提供をする者であったと認められる。」

「他方、被告が、各原告に対し、本件訓練期間中、2週間ごとに1055ユーロもの日当を支払い、本件訓練終了後に訓練手当として18万8002円を支払い、これを所得税の源泉徴収の対象としていたこと・・・、これらの合計には全ての法定の手当が含まれるとされていること・・・、本件訓練が途中で終了した場合には、訓練生に支払われる訓練手当は、実際の訓練契約の長さに従って計算されるとされていること・・・からすれば、上記の訓練手当及び日当の支払は、本件訓練に従事するという労務の提供に対する対償としてされたものであり、原告らは、労務に対する対償を支払われる者であったことが認められる。」

「以上によれば、本件訓練期間中の原告らは、労働契約法及び労働基準法上の労働者であることが認められるから、本件訓練契約は労働契約に該当するというべきである。」

3.法潜脱スキームの否定例

 被告が「訓練契約」を労働契約から外出しする形で設けたのは、適格性が十分でないと判断される方を確実にふるいにかける趣旨だったのではないかと推測されます。

 本件は訓練契約期間の満了に伴う契約の打ち切りが問題となったケースではありませんが、外出しされた契約の労働契約該当性が認められた点は画期的なことで、同種事案の処理にあたり大いに参考になります。