弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

復職面談の場でのセクハラ被害者に対する発言の不法行為該当性-「酷いことを言われても大丈夫だという診断書をもらってきてほしい」「魅力的だからまた誘われてしまうことがあるかも知れない」

1.復職面談による二次被害

 セクシュアルハラスメントの被害者が、心身への負担から職場に通えなくなり、休職を余儀なくされることは少なくありません。

 こうした場合、療養を経て復職を試みて行くことになるわけですが、復職手続の過程で二次被害に遭うことがあります。傷病が治癒したことを示すために「酷いことを言われても大丈夫だという診断書をもらってきてほしい」と過剰な対応を求められたり、再度休職する事態に至らないかを確認する名目で「また誘われてしまうことがあるかも知れないが、大丈夫か」と確認されたりすることは、その典型ともいえます。

 常識的に考えて頂ければ分かるとおり、こうした言動は明らかに不適切です。

 企業には、労働者が上司から酷いこと(パワーハラスメント、セクシュアルハラスメントになりえる言動)をされることのない職場環境を整える責任があります。大丈夫かも何も、「また(性的に)誘われる」自体そのものを防ぐ必要があります。「酷いことを言われても大丈夫」であることや「また誘われても大丈夫」であることの確認を求める行為は、事態の再発を防止する意思がないと捉えられても仕方がないだろうと思います。

 近時公刊された判例集に、こうした発言の不法行為該当性が認められた裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京高判令6.2.22労働判例ジャーナル148-24 東京税理士会神田支部事件です。被害者保護を考えるうえで参考になるため、ご紹介させて頂きます。

2.東京税理士会神田支部事件

 本件で被告になったのは、

東京税理士会神田支部(一審被告支部)

一審被告支部の総務部長(一審被告B)

の二名です。

 原告になったのは、一審被告支部の事務局職員であった方です。一審被告Bから職務上の優越的地位を背景に、同意のない性的行為(本件性的暴行)をされてPTSDを発症したと主張し、損害賠償を請求したのが本件です。このほか、原告の方は、支部役員等が十分な救済・再発防止措置や復職への配慮を行わず、人格を侵害する言動をしたことなども問題視しました。

 今日の記事で焦点を当てたいのは、復職への配慮についての問題です。

 裁判所は、次のとおり述べて、復職面談における一審被告関係者らの言動に不法行為該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「P9副支部長は、一審原告に対し、『こんなふうに休んでいるじゃない?本当の事情知っている人はここにいる人たちだけだけれども、他の人も別な意味で色んなことを考えちゃったりしていると思うから、復職したときに、嫌な態度をあなたにね、したりとか、知っている人とかで、嫌な風に感じちゃうことがあるかもしれないけど平気?』、『自分で考えてて、休んでて、どう思った?』、『支部を訴えたんだって、とか言われちゃったりしたら、えーそんな人なの?というふうに言ってくる人もいるかもしれないじゃない。言わなくても態度で示してくる人もいるかもしれないじゃない。あのー、いたたまれなくなっちゃうんじゃないかなと。』、『大丈夫?なんか態度で示されちゃっても、前と同じように仕事できる?』、『今後、あれだよ、相談するのはさ、弁護士さんじゃなくてさあ、支部の人にした方がいいよ。』、『本当に支部のことが好きなんだったら、もうちょっと支部に優しくしてくれた方が、と思うんだけどなあ。』、『正直言うけどさ、何かやっぱりまだちょっと信じられないっていうかさ、なんでこんな訴えたりして戻ってこれるのかなって正直思っちゃうよね。』などと述べた。」

「これに続いて、P1副支部長は、『支部を預かっている以上は、支部として訴えを起こされたら、支部として闘わなきゃいけないんだよ。あなただけの問題じゃなくなってきちゃうんだよ。』、『だから、それを取り下げてくれるっていうのであれば、話は置くけれども。でも、もしそのまま続くんだったら、やっぱり敵対関係にあるのと同じだからね。そんなんで雇用関係なんてそんなのできるわけないじゃない、どう考えたって。そこをやっぱり僕は一番最初にただしたかったということ。だからさっきそれを言っていただいたから、僕はもうだから、いいけど。』などと述べた。」

「さらに、P9副支部長は、『こんな話を聞いて、たぶん嫌な思いをしちゃったでしょうから、もう一回お医者さんとかからね、こんな酷いことを言われても大丈夫っていう診断書もらって来てよ』、『本当に、もっと厳しいことを言ってくる人もいるかもしれない。それでも耐えられるんです、私はっていうくらいじゃないと、辛いと思うんだ。』と述べ、一審原告が『もしそれが出なかったらどうなるんですか。』と尋ねると、『だって出るんでしょう。言って、もらえるでしょ。』、『もらえそうなんでしょ。治ってきてるんでしょ。』、『だったら大丈夫じゃない。』、『そんな風に言われたんですけど、大丈夫ですよっていうようなのをもらってきてもらわないと、だって、こっちがさ、せっかく戻ってきてもらったのに、対応がそれでまたさ、調子悪くなっちゃったら、申し訳ないし。また本当に魅力的だから、誘われちゃうことだっていっぱいあるかもしれないし、それでも大丈夫、みたいなさ。』などと述べた。

(中略)

本件面談は、性被害により精神疾患を発症して療養のため休職中の一審原告の復職に向けて、一審原告と一審被告支部との間で双方の代理人弁護士を介した調整が行われていた状況下で、一審被告支部が一審原告に対し、一審原告が復職可能か否かの最終判断をするために当事者間の面談を行う必要があるから、弁護士を同伴せずに一人で来るように指示し、これに従い一審原告側は一人で出席したのに対し、一審被告側は支部長、副支部長等合計8名が出席して実施されたもので、そのような状況設定自体、一審原告にとって強い精神的圧迫を受けざるを得ないものであったといえる。そして、本件面談においては、まず、一審被告支部側が、一審原告に対し健康状態の説明を求めた上、一審被告支部の基本姿勢として、本件診療情報提供書に記載された回復状況から通常通り勤務可能と判断しており、時短勤務とすることは考えていないことを説明し、一審原告がこれを了解する姿勢を示したところ、話題が一審原告からの損害賠償請求に転じ、一審原告が、一審原告としては職場の環境を整えてもらえれば金銭的要求をすることは考えておらず、復職を希望する意思が強いことを繰り返し説明したのに対し、一審被告支部側の複数の出席者が、こもごも、支部役員らにおいては一審原告のために尽力してきたのに弁護士が介入して損害賠償請求をされたことを心外に思っていることや、そのような経緯があった後に復職して一緒に働いてもらうことができるのか疑問に思っていることなど、否定的感情を率直に吐露する展開となり、その中では、こんな酷いことを言われても大丈夫だという診断書をもらって来てほしいといった発言や、一審原告は魅力的だからまた誘われてしまうことがあるかもしれないといった発言など、それ自体がハラスメントに当たるといわざるを得ない言動も含まれている。

「前記認定のとおり、一審被告支部においては、一審原告から本件性的暴行の申告を受けた後、事実調査や被害拡大・再発防止の措置をとっており、また、本件面談の前後にわたり、一審原告の代理人弁護士を介して復職に向けた調整を継続して行っており、本件面談における一審被告支部側の出席者らの発言をもって、一審原告が主張するような安全配慮義務の放棄、権利行使の妨害、代理人弁護士との信頼関係の破壊、退職示唆等があったとはいえないが、本件面談において、上記のような精神的圧迫を与えかねない状況の下で、一審被告支部側の出席者らが、復職の可否判断に必要な事実確認を行うという本来の目的からは逸脱して、一審原告に対する否定的な感情をこもごも吐露し、それ自体ハラスメントに当たるといわざるを得ない言動をしたことは、一審原告に対する人格権侵害に当たるというべきである。

「したがって、一審被告支部は、本件面談における支部役員の言動について、不法行為責任を負い、これによって一審原告に生じた損害の慰謝料額は50万円とするのが相当である。」

3.復職面談時の言動に不法行為該当性が認められた

 以上のとおり、裁判所は、復職面談時におけるP9副支部長らの発言に違法性を認めました。

 復職手続に際して否定的な言動を浴びせられたというセクハラ被害を受けた方からの相談は、私が経験しているだけでも結構多く、裁判所の判断は実務上参考になります。