弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇の撤回により心理的負荷は緩和・除去されるのか?

1.解雇による心理的負荷

 解雇を通告されると、労働者はかなりの衝撃を受けます。精神的な不調をきたしてしまう人も少なくありません。

 精神障害の労災認定に用いられる

平成23年12月26日 基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(最終改正:令和2年8月21日 基発0821第4号)

も、

「突然解雇の通告を受け、何ら理由が説明されることなく、説明を求めても応じられず、撤回されることもなかった」

場合、強い心理的負荷が発生すると規定しています。

 それでは、このような解雇によって生じた心理的負荷は、解雇撤回によって緩和・除去されるといえるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。高松高判令4.8.30労働判例ジャーナル129-26 せとうち周桑バス事件です。

2.せとうち周桑バス事件

 本件で被告になったのは、乗合バス、貸切バスを使用した旅客自動車運送事業等を営むことを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、平成24年2月1日に被告に入社し、以降、運行管理、貸切バスの予約業務、車両トラブルへの対応、運転手の点呼等の業務に従事していた方です。被告から解雇されたことを受け、解雇無効を主張して地位確認等を求めるとともに、パワハラを理由とした慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

 原審裁判所は、地位確認請求のみ認容し、その余の請求を棄却しました。これに対し、原告、被告の双方から控訴されたのが本件です。

 本件で第一審原告が解雇無効の理由として活用したのは、労働基準法19条1項の

「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間・・・は、解雇してはならない。」

という条文です。業務に起因して鬱病を発症し、その療養のために休業していた期間に行われた解雇だから無効だというのが原告の主張の骨子です。

 本件では訴訟で効力が問題となった解雇に先行して、一旦解雇⇒解雇撤回されたという経緯がありました(第一次解雇)。この第一次解雇がもたらした心理的負荷について、裁判所は次のとおり述べて鬱病と業務との相当因果関係を認め、解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実によれば、第1審原告は、平成25年6月14日に第1審被告から同年7月15日付けで解雇(第1次解雇)するとの通知を受け、同年10月15日に復職(本件復職)したものの、従前従事していた業務とは異なるバスの清掃等を中心とする業務のみに従事させられ、その結果、長時間行うべき業務がない状態に置かれた上、事務所設置のパソコンのパスワードも知らされず、第1審被告の当時の代表者であるDからしばしば叱責されていたことが認められる。」

「第1審被告による上記取扱いは、これを受けた第1審原告の側から見れば、第1審原告が第1次解雇前に従事していた業務から第1審原告を排除しようとする行為が繰り返された一連のものであり、平成25年6月14日に始まり、うつ病を発症した時期に近接する平成26年2月まで継続したものということができるから、上記取扱いにより第1審原告が受けた心理的負荷の程度を評価する場合には、その開始時からの全ての行為を一体として評価し、かつ、行為が繰り返されたことにより心理的負荷が強まったものとして評価するのが相当である・・・。」

「そして、第1次解雇の通告は、その性質上、第1審原告に強い心理的負荷を与える行為というべきであり(認定基準別表1の業務による心理的負荷評価表の具体的出来事20『退職を強要された』参照)、従前事務的作業をしていた第1審原告が、主としてバスの清掃を命じられ、他に行うべき業務がない状態に置かれた上、第1審被告の当時の代表者からしばしば叱責され、事務所のパソコンのパスワードを知らされなかったという異例の業務内容の変更とそれに付随する職場における状況も、第1審原告に強い心理的負荷を与えるものというべきであって(認定基準別表1の業務による心理的負荷評価表の具体的出来事21『配置転換があった』参照)、これらの行為が繰り返されたことにより心理的負荷が強まったというべきであるから、第1審原告に強度の心理的負荷を与えるものであったというべきである。

「この点、第1審被告は、第1次解雇は前件調停において撤回されているから、第1次解雇は、『退職を強要された』には該当しないし、仮に撤回後も第1次解雇による心理的負荷が残っているとしても、心理的負荷の強度は『弱』を超えることはない旨主張する。

しかしながら、突然の解雇が労働者に対して強い心理的負荷を与えるものであることは明らかであり、第1審原告が結果として復職できたとしても、その心理的負荷の程度が残っていないとか、軽微であるなどということはできない。第1審被告の上記主張は、採用できない。

「また、第1審被告は、バスの清掃業務は、その他の業務内容と比較して特別異質なものではなく、本件復職後の担当業務の減少は、従前2人勤務体制であったものが3人勤務体制になったことによるものであって、第1審原告が第1次解雇前にパソコンを使用して業務を行うことはほとんどなかったなどとして、認定基準別表1の業務による心理的負荷評価表の具体的出来事21の『配置転換があった』には当たらないと主張する。」

「しかしながら、第1審原告について、第1次解雇前と本件復職後とで、業務を行う部署に変更はなかったとしても、具体的な担当業務に変更があったことは明らかであって、そのような担当業務の変更は、『配置転換があった』ものとして心理的負荷を与えるものであったというべきである。第1審被告の上記主張は、採用できない。」

「さらに、第1審被告は、『退職を強要された』、『配置転換があった』との出来事があったとしても、それらは、第1審被告が、第1審原告を第1次解雇前の業務から排除する意図をもってした一連の出来事などということはできず、相互に関連するものではないから、それらの出来事が相まって心理的負荷の強度が上がるとはいえないと主張する。」

「しかしながら、上記各出来事を客観的に見れば、第1審被告は、第1審原告を第1次解雇前の業務に就かせなかったのであり、第1審原告の立場からみると、第1審原告を第1次解雇前の業務から排除する意図をもって行われた一連の出来事であるというべきであるから、それらの出来事を一体のものと評価し、それらが継続することによって心理的負荷が強まるものと解するのが相当である。第1審被告の上記主張は、採用できない。」

「以上によれば、C医師が第1審原告をADHDと診断していることなどを考慮しても、第1審被告における業務による心理的負荷が相対的に有力な要因となってうつ病を発病させたと認められるから、第1審原告のうつ病の発症と第1審被告における業務との間に相当因果関係が認められると解するのが相当である。」

・・・

「したがって、本件解雇は、第1審原告が業務上の疾病にかかり療養のために休業していた期間にされたものと認められるから、労基法19条1項本文に反し無効である。」

3.一旦解雇によって生じた心理的負荷は解雇撤回によっても治癒されない

 上述のとおり、裁判所は、先行する第一次解雇について、これを撤回したとしても、解雇により生じた心理的負荷が治癒されることを否定しました。

 冒頭で述べたとおり、解雇を通告されて精神に不調を生じさせてしまう方は少なくありません。形成不利とみた使用者から一方的に解雇を撤回されたとしても、わだかまりが残り続けるのが普通です。

 この判断は業務起因性に関するものですが、本件の判示事項は、解雇⇒解雇撤回された場合に、就労を拒否しつつ賃金を請求することができるのかという問題を考えるうえでも参考になるのではないかと思われます。