弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

業務上の負傷・疾病の療養中であることを無視した解雇と賃金請求

1.業務上の負傷・疾病の療養のための休業期間における解雇制限

 労働基準法19条1項本文は、

使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。

と規定しています。この規定があるため、いわゆる労災事案において休業期間中に解雇されることはありません。

 しかし、休業する原因となっている負傷・疾病について、私傷病なのか業務起因性のあるものなのかで、使用者と労働者との間の認識が相違することがあります。

 それでは、業務起因性のある負傷・疾病であるのに、私傷病であるとの認識のもと使用者によって解雇が強行されてしまった場合、労働基準法19条1項本文違反を主張する労働者が、解雇無効と共に賃金を請求することはできるのでしょうか?

 これは負傷・疾病により労務提供能力に疑義のある場合でも賃金請求が可能なのかという問題です。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、高松高判令4.8.30労働判例ジャーナル129-26 せとうち周桑バス事件です。

2.せとうち周桑バス事件

 本件で被告になったのは、乗合バス、貸切バスを使用した旅客自動車運送事業等を営むことを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、平成24年2月1日に被告に入社し、以降、運行管理、貸切バスの予約業務、車両トラブルへの対応、運転手の点呼等の業務に従事していた方です。被告から解雇されたことを受け、解雇無効を主張して地位確認等を求めるとともに、パワハラを理由とした慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。

 原審裁判所は、地位確認請求のみ認容し、その余の請求を棄却しました。これに対し、原告、被告の双方から控訴されたのが本件です。

 裁判所は、本件解雇が労働基準法19条1項本文に違反すると指摘したうえ、次のとおり述べて、原告による賃金請求を認めました。

(裁判所の判断)

本件解雇は、労基法19条1項本文に反し無効であり、第1審原告は、第1審被告がした違法な本件解雇によって、その労務の提供を拒否されているのであるから、履行不能について、債権者の責めに帰すべき事由によって就労が不能となっているものと認めるのが相当である。

「この点、第1審被告は、仮に本件解雇が無効であったとしても、第1審原告は、平成27年7月26日以降休職しているところ、その理由は、私傷病である抑うつ状態又はうつ病によるものであるから、本件解雇後、第1審原告による労務の提供が履行不能であることは、第1審被告の責めに帰すべき事由によるものではないと主張する。」

「しかしながら、前記認定のとおり、第1審原告のうつ病が第1審被告における業務に起因するものであるというべきであるから、第1審原告のうつ病が私傷病であるとする第1審被告の主張は採用できない。そして、前記のとおり、第1審原告のうつ病の発症は、第1審原告が第1次解雇前に従事していた業務から第1審原告を排除しようとする一連の行為が繰り返されたことによるものであるから、第1審被告の責めに帰すべき事由によるものというべきである。第1審被告の上記主張は、採用できない。」

3.損害賠償請求だけではなく賃金請求も可能

 業務に起因する負傷・疾病で働くことができなくなり、賃金相当額の利益を逸失した場合、損害賠償請求を行うことにより被害回復を図る例が比較的多いのではないかと思います。

 しかし、損害賠償請求を行うためには、使用者の側に注意義務違反や過失が認められなければなりません。慰謝料等を請求するにあたっては、やはり損害賠償請求の構成を採らざるを得ませんが、業務起因性と解雇の事実のみで逸失利益の填補を実現することができる賃金請求の構成もとることができれば、それに越したことはありません。

 賃金請求は、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務(労務提供義務)を履行することができなくなったとき」

に認められます(民法536条2項)。

 条文の文言と照合すると、業務上の負傷・疾病事案で賃金請求が認められることは当たり前のようにも見えますが、実際に認容例があることは、覚えておいて損はないように思います。