弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

人事担当者への暴言(カス)が解雇予告手当を支払わない理由にはならないとされた例

1.解雇予告手当

 労働基準法20条1項は、

「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。

と規定しています。

 この予告期間を置かないで解雇する場合に支払わなければならないとされる「平均賃金」を解雇予告手当といいます。

 解雇予告手当には除外事由が設けられており、「労働者の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合」、使用者は解雇予告手当を支払う義務を負いません。

 この「労働者の責めに帰すべき事由」は、

「解雇予告制度により労働者を保護するに値しないほどの重大又は悪質な義務違反ないし背信行為が労働者に存する場合」

であると解されています(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 上』〔労務行政、平成22年版、平23〕302頁参照)。

 つまり、ちょっとやそっとの非違行為で解雇予告手当を請求する権利が失われることはありません。近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。大阪地判令4.9.14労働判例ジャーナル131-52 桃田鶏卵事件です。

2.桃田鶏卵事件

 本件で被告になったのは、鶏卵の販売等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、鶏卵の運送業務に従事していた方です。試用期間中に解雇されたことを受け、解雇予告手当を請求しました。

 一審(簡裁)が解雇予告手当の請求を認めたことを受け、被告側が控訴したのが本件です。

 本件では解雇予告手当の除外事由である「労働者の責めに帰すべき事由」が認められるのか否かが問題になりました。

 一審被告は、一審原告が人事担当者Cに対して「カス」などと言ったことを「労働者の責めに帰すべき事由」として主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、発言を「労働者の責めに帰すべき事由」とは評価できないと判示しました。

(裁判所の判断)

労基法20条1項本文の解雇予告手当は、客観的に合理的な理由を欠くことがなく、社会通念上相当なものとして解雇が有効となる場合(労働契約法16条)であっても、原則として支払義務があるものであるから、上記の『労働者の責めに帰すべき事由』とは、即時解雇もやむを得ない重大な規律違反や背信行為がある場合をいうと解するのが相当である。

(中略)

「Cは、陳述書・・・及び原審において、一審原告が、Cに対し、『かす』や『自分で走ってみろや』などと述べた旨を陳述及び証言する・・・。この点について、原審において、一審原告は否定する供述をするものの、『自分で走ってみたらどうですか』と言った旨を供述している。」

「Cの証言する一審原告の上記言辞は印象的であって、記憶に残りやすいものである上に、一審原告もこれに沿う供述をしている。また、前記・・・の認定事実・・・によると、一審原告は、正社員として本採用されないことに不満を抱いており、令和2年5月21日、運転報告書のコピーの交付を受け、工場内に滞留していたこと等の言動からすると、人事担当者であるCに不満をぶつける動機もある。これらの点に照らすと、Cの上記の陳述及び証言は信:・用することができる。」

「もっとも、一審原告が上記の発言をした時期、経緯や具体的な態様等は明らかでなく、一審被告が一審原告に対して上司に対する態度等について指導をしたにもかかわらず、一審原告が反復継続して上記の言動をしていたことを認めるに足る証拠はない。

そうすると、一審原告の上記言動が解雇の事由に当たるとしても、これをもって、即時解雇もやむを得ない重大な規律違反等に当たると評価することはできないというべきである。

3.多少の非があっても解雇予告手当は請求できる

 裁判所が指摘するとおり、解雇予告手当は、解雇が有効である場合でも、請求できるのが原則です。解雇自体のハードルが高いことも相俟って、解雇予告手当の不払を正当化する「労働者の責めに帰すべき事由」が認められる場面は極めて限定的です。

 解雇自体争えないと思われる場合でも、解雇予告手当の請求は割と認められます(本件程度の事情では解雇も難しいように思われますが)。解雇を争うことが憚られるときでも、予告期間を置かない解雇に対しては、解雇予告手当を請求することが考えられます。