弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

始業時刻、終業時刻を特定しない労働時間立証が認められた例

1.労働時間の立証

 時間外勤務手当(残業代)を請求するにあたっては、原告である労働者の側で実労働時間の主張、立証を行う必要があります。そして、

「実労働時間は、日ごとに、何時間何分かを特定して主張する必要があり、日ごとの始業時刻、終業時刻を特定し、休憩時間を控除することにより主張されることになる」

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕164頁参照)。

 タイムカード等の客観的な方法で労働時間が管理されていない場合において時間外勤務手当等を請求して行くにあたっては、この始業時刻・終業時刻の特定が困難であることが少なくありません。

 こうした場合、時間外に処理した業務に要した時間を認定し、それを判明している労働時間に加算するような方法で時間外勤務の立証をすることはできないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.6.1労働経済判例速報2502-28 テイケイ事件です。

2.テイケイ事件

 本件で被告になったのは、身辺警備請負業、建物警備請負業等を業務内容とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、警備業務に従事していた方です。時間外労働に対する割増賃金や交通費に不払があると主張し、時間外勤務手当等の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の方は、警備業務を提供すべき現場で警備業務を行っていたほか、所属していた支社(本件支社)に赴き、勤務実績報告書を提出したり、制服等の点検を受けたりしていました。本件では、原告が本件支社に赴いて行っていた行為(本件業務報告等)の労働時間性が争点になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、本件業務報告等の労働時間性と労働時間数を認定しました。

(裁判所の判断)

・労働時間該当性

「原告は、毎週水曜日に、本件支社に赴き、勤務実績報告書を提出していたほか、制服等を着用し、内勤の従業員による点検を受け、シフト希望表を作成して提出し、賃金支払票の交付を受けていたことが認められるところ、これら本件業務報告等は原告の業務に関連する行為であることは明らかである。そして、本件書面には、警備員には、週に1度、水曜日に会社に来てもらい、勤務希望表及び勤務報告書の提出、給料明細の受取り、制服の点検等を行う旨記載されていること、原告は現場における業務がない日もわざわざ自宅から本件支社に赴いて本件業務報告等を行っていることを踏まえると、本件業務報告等は、被告の明示又は黙示の指示により行った業務というべきであり、これに要した時間は労働時間に該当するというべきである。」

「被告は、警備員に対し、勤務実績報告書を本件支社に持参することを義務付けておらず、郵送やファクシミリにより行うことも可能であった旨主張し、郵送での提出が認められたことがあることを示す証拠・・・を提出している。しかしながら、勤務実績報告書の提出自体は業務命令であることは明らかであるし・・・、警備員の本件業務報告等の対応を行っていたD課長は、警備員の7割程度は勤務実績報告書を本件支社に持参していたにもかかわらず、持参する警備員に対し、郵送やファクシミリでの対応が可能であることを明確に指示していたとはうかがわれないのであるから・・・、例外が認められる場合はあるにせよ、原則としては本件支社に勤務実績報告書を持参することを求めていたというべきであって、勤務実績報告書の提出に要した時間は、被告の指示により業務を行った時間というべきである。」

(中略)

・本件業務報告等の労働時間数

「原告は、本件業務報告等に要する時間は、少なくとも30分間である旨主張し、これに沿う供述をする・・・。しかしながら、原告は、勤務実績報告書を渡すのは数分以内である、制服等の着用から点検が終わるまで5分から10分である、制服等の点検自体は1分少々である、勤務シフト表の作成自体は少し時間がかかる、賃金支払票の受け取りにはそれほど時間がかからないなどとも供述しており・・・、この供述内容は、各業務の内容に照らして自然なものであるから、この供述を前提に労働時間数を認定すべきであり、証人Dは本件業務報告等の所要時間について10分程度である旨証言している・・・ことも踏まえると本件業務報告等自体に要する時間は10分と認めるのが相当である。そして、現場での業務がない場合は、本件業務報告等を行うにあたり、混雑による待機時間があったとは認められないから、その場合の労働時間は10分間と認められる。他方、原告が現場での業務終了後に来社した場合には、現場から本件支社までの1時間程度の移動時間を要したと認められ、また、他の従業員が来社しており、制服等の着用等のために相応の待ち時間があったと認められるから、その場合の現場での業務終了後の労働時間は1時間15分と認めるのが相当である。」

・各日の労働時間数

「以上によれば、原告の本件請求期間における各日の始業時刻、終業時刻及び労働時間数は、別紙2『未払割増賃金計算表(裁判所認定)』の『始業時刻』、『終業時刻』及び『労働時間』欄記載のとおりであると認められる(割増賃金の算出に当たり、現場での業務がない日は、始業時刻及び終業時刻を特定せずに労働時間のみを認定し、現場での業務がある日は、現場での業務の終了時刻に1時間15分を加えた時間を終了時刻と認定する。)。

3.業務に要した時間を加算する方式での時間外勤務手当の請求が認められた

 以上のとおり、裁判所は、始業時刻及び終業時刻を特定せず、労働時間のみを認定して時間外勤務手当を請求することを認めました。

 時間外勤務手当を請求する事件では、所定労働時間外に勤務していたこと、あるいは、会社が労働時間としてカウントしていない時間帯に勤務していたこと自体は確実でも、それが具体的に何時何分から何時何分までなのかを立証できないということが少なくありません。

 本件は、そのような場合に、行っていた実作業から作業に要した時間を加算する方式で終業時刻を擬制的に認定することを認めたものであり、今後、残業代請求の実務において活用して行くことが考えられます。