弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

使用者による復職可の提案に対し、金銭解決を希望して交渉を打ち切っても就労意思は失われないとされた例

1.違法無効な解雇後の賃金請求と就労意思(労務提供の意思)

 解雇されても、それが裁判所で違法無効であると判断された場合、労働者は解雇時に遡って賃金の請求をすることができます。いわゆるバックペイの請求です。

 バックペイの請求ができるのは、民法536条2項本文が、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定しているからです。

 違法無効な解雇(債権者の責めに帰すべき事由)によって、労働者が労務提供義務を履行することができなくなったとき、使用者(労務の提供を受ける権利のある側)は賃金支払義務の履行を拒むことができないという理屈です。

 しかし、解雇が違法無効であれば、常にバックペイを請求できるかというと、残念ながら、そのようには理解されているわけではありません。バックペイを請求するためには、あくまでも労務の提供ができなくなったことが、違法無効な解雇に「よって」(起因して)いるという関係性が必要になります。例えば、何等かの理由によって違法無効な解雇とは無関係に就労意思を喪失してしまったような場合、就労意思喪失時以降のバックペイの請求は棄却されることになります。

 就労意思との関係ではしばしば他社就労が問題になりますが、それ以外にも、解雇の効力をめぐる交渉時の労働者側の態度が問題になることがあります。例えば、使用者からの復職可能との提案を断って金銭解決を希望することは、就労意思喪失の徴表と捉えられることはないのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令4.8.19労働判例ジャーナル134-44 ゼリクス事件は、この問題について判断を示した裁判例でもあります。

2.ゼリクス事件

 本件で被告になったのは、ITに関するシステムの企画、開発、導入に関する支援等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、中国生まれの方で、被告の正社員として就労していた女性です。常駐のインフラエンジニアとして働いていましたが、令和2年9月末日付けで解雇されました。これに対し、解雇の無効を主張して、地位確認等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件では、提訴前の交渉段階で、被告側が復職案を提示していました。しかし、原告は、これを拒否し、労働組合を通じて金銭解決の合意に向けて団体交渉を進めました。このような経緯を踏まえ、被告は、原告の就労意思を争いました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の就労意思は失われていないと判示しました。

(裁判所の判断)

被告は、本件団体交渉において、原告の復職を認めることも可能と伝えたにもかかわらず、原告が、復職ではなく金銭での解決を希望した上、一方的に労働組合に求めて本件団体交渉を打ち切ったこと、原告が、本件解雇後に、新たな職場に専念していたことを理由に、原告には、本件解雇後において被告で就労する意思がなかったと主張する。

しかし、団体交渉を含む労使交渉においては、最終的な合意又は決裂に至るまでに、それがそのまま合意内容になることを前提とせずに、種々の提案がされることが通常であって、交渉途中の提案内容又は提案に対する態度から、直ちに当事者の意思を推認することはできない。

前記認定事実・・・の本件団体交渉の経過からすれば、被告は、本件団体交渉途中での提案の一つとして、復職を含む条件を提示したに過ぎないものと認めることができ、本件解雇が無効であることを前提に、労務提供の受領拒絶を解消する手段を講じた上で、原告の復職を受入れようとしたような場合と異なり、原告がこれを拒絶した場合であっても、原告の就労意思を否定する事情には当たらないというべきである。また、組合は、いわゆる金銭解決の合意に向けて本件団体交渉を進めていたようではあるが、仮にこれがその時点での原告の意向を踏まえたものであったとしても、原告は、最終的に、組合が原告に対して提案した金銭解決による合意書案を拒絶した上で、本件訴えを提起しており、原告の就労意思が否定される事情があったということはできない。したがって、原告には、本件団体交渉の進行中においても、就労意思があったと認めることができる。

「なお、前記認定事実・・・のとおり、原告は、本件解雇後、業務委託を受け、又は有期雇用されて労務を提供し、その報酬を得ているが、原告は、被告における就労意思がある旨述べている・・・ほか、本件雇用契約に基づく原告の地位が無期雇用の正社員であって、業務委託又は有期雇用よりも安定したもので、月額賃金も月35万円と、上記業務委託又は有期雇用における報酬ないし賃金額と同程度の金額であったことにも照らせば、原告が新たな職場に専念することによって、被告における就労意思を失ったということはできない。」

3.あまり金銭解決案の提示に億劫になる必要はない

 解雇無効を主張して交渉する時に、金銭解決の提案に過度に慎重になっているように思われる事案を目にすることがあります。

 しかし、交渉時に金銭解決を提案したことにより就労意思が否定されるというのは、私には非現実的に思われます。

 本件のような裁判例もあるため、解雇無効を主張する際、金銭解決の提案を行うことに対し、あまり億劫になる必要はないように思います。