1.勤務態度不良と整理解雇
整理解雇とは「企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕397頁)。
整理解雇の可否は、①人員削減の必要性があること、②使用者が解雇回避努力をしたこと、③被解雇者の選定に妥当性があること、④手続の妥当性の四要素を総合することで判断されます。使用者の経営上の理由により労働者を解雇するところに特徴があり、労働者に帰責性があるその他の解雇よりその有効性は厳格に判断されるべきであると理解されています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』397頁参照)。
この整理解雇の局面において、使用者から勤務態度不良が複合的に主張されることがあります。この場合の解雇の可否では、
「労働者の帰責事由による勤務成績不良と経営上の理由とを区別したうえ、前者について解雇を是とするほどの勤務成績不良なのかを検討し、後者については整理解雇の4要素について充足しているかを検討し、どちらか1つを肯定できる場合でなければ、解雇を有効とすべきではない」
という考え方がとられています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』399頁参照)。
このように勤務成績不良と整理解雇とは峻別して考えるのが一般ですが、近時公刊された判例集に、この考え方を明示的に採用した裁判例が掲載されていました。東京地判令4.8.19労働判例ジャーナル134-44 ゼリクス事件です。
2.ゼリクス事件
本件で被告になったのは、ITに関するシステムの企画、開発、導入に関する支援等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、中国生まれの方で、被告の正社員として就労していた女性です。常駐のインフラエンジニアとして働いていましたが、被告副社長から
「被告のスキルニーズに合わないため、同年(令和2年 括弧内筆者)9月末日をもって解雇する」
との意思表示を受けました(本件解雇)。
その後、被告は、原告に対し改めて解雇通知を送付しました。そこには、解雇理由について
「業績不振のため。」
との記載がありました。
このような経緯のもと解雇されたことを受け、原告は、その無効を主張し、労働契約上の権利の確認や賃金、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起しました。
裁判所は、整理解雇と勤務態度不良解雇との関係について、次のとおり述べたうえ、解雇は無効でるとし、原告の地位確認請求を認めました。
(裁判所の判断)
「本件解雇は、いわゆる整理解雇であるところ、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合に当たるか否かは、〔1〕人員削減の必要性の有無、〔2〕解雇回避努力の履践の有無、〔3〕人選の合理性及び〔4〕解雇手続の妥当性の有無という各要素を総合考慮して判断するのが相当である。」
・人員削減の必要性について
「被告は、被告の売上げが令和2年7月以降低下し、本件解雇の効力が発生する時期とされた同年9月以降急激に落ち込み始めていたもので、売上げの推移を予測しながら経営を進めている企業として、被告には人員削減の必要があったと主張する。」
「しかし、本件で、被告の財務状況としては、前記認定事実・・・のとおり、売上高が令和2年7月以降低下し、令和3年3月まで減少傾向ではあったことが明らかになっているのみであり、貸借対照表、損益計算書等の基本的な書証は提出されておらず、被告において本件解雇当時、人員削減が必要な財務状況にあったと認めることはできない。」
「被告代表者は、被告の業績が悪かったため、役員報酬の支払をやめた旨述べる・・・、被告代表者本人・・・。しかし、被告代表者は、自ら、役員報酬の不支給を開始したのは原告との間で本件雇用契約を締結した時期と同時期である令和2年4月からであり、少なくとも同年3月には、被告の業績の悪化により役員報酬の不支給も決定していた旨述べており・・・、仮に役員報酬の不支給が実際にされていたとしても、その時期からすれば、同年9月末日付けでの本件解雇における人員削減の必要性を根拠付ける事情とはいい難い。」
「なお、前記認定事実・・・のとおり、被告が、本件解雇に先立って、本件現場の人員を減らしていたことからすれば、d副社長が原告に対して送信したメッセージに記載した・・・とおり、本件現場のクライアントの予算不足のため、被告は、本件現場の人員を減少させることを余儀なくされたと認めることができる。しかし、本件現場以外の被告の現場の状況は明らかでなく、前記認定事実・・・及び弁論の全趣旨からすれば、被告は、本件解雇の前後を通じて、ウェブサイト上で求人広告の掲載を続けていたものと認めることができ、被告代表者も求人をしていたこと自体は否定していない・・・。また、被告の技能が本件現場に特化していた等の事情もうかがわれず、d副社長も、原告に対し、上記メッセージにおいて、同月中に原告が従事するべき案件を手配できるよう被告において努力する旨述べていることからすれば、被告において、上記のとおり、本件現場の人員を減少させることを余儀なくされたとはいえ、原告が従事すべき業務がなくなっていたとまで認めることはできない。」
「以上からすれば、本件解雇当時、被告に人員削減の必要性があったと認めることはできない。」
・解雇回避努力について
「被告は、本件解雇に先立ち、経費削減、役員報酬減額、従業員の昇給停止・賞与の削減等を行った上、原告を配置転換することができるか否かも検討したと主張する。」
「しかし、被告が、経費削減、役員報酬減額、従業員の昇給停止・賞与の削減等を行ったことについては、被告代表者がその旨供述する・・・ものの、前記・・・において説示したとおり、本件においては、上記供述の裏付けとなる被告の財務状況に関する基本的な書証が提出されておらず、上記各措置が実際にとられたと直ちに認めることはできない上に、仮に認めることができたとしても、その規模ないし金額もわからない。また、仮に役員報酬が実際に不支給とされていたとしても、その時期は善解釈で説示したとおり、令和2年4月からであって、同時期に雇用契約を締結した原告の解雇を回避するための努力であったと見ることはできない。」
「被告代表者は、原告に社内の日本語教育に当たらせようとしたが、参加者が少なく、うまくいかなかった旨述べる・・・。しかし、その裏付けとなる証拠はなく、かえって、被告代表者自身が、陳述書において、『被告の従業員は全員SEとして依頼主の元に派遣されていたものであり、原告をSE以外の業務に従事させる余地はなかった」旨述べるのみで、社内の日本語教育をさせてみたことには何ら言及しておらず(乙4〔2頁〕)、供述内容に変遷がある。したがって、原告に社内の日本語教育にあたらせようとした旨の上記被告代表者の供述は採用することができない。」
・原告の能力、勤務態度に関する被告の主張について
「被告は、原告がIT関係の知識がなく、入社後もスキルが伸びずに単純ミスを繰り返したにもかかわらず、一切反省等をせず、言い訳や正当化を繰り返したこと、遅刻、離席が多かったこと、スキルを上げ、仕事に対する姿勢・勤務態度を変えないと解雇もあり得ると説明していたにもかかわらず、原告に何ら変化が見られなかったため、本件解雇に至ったと主張する。」
「しかし、整理解雇は、企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇であって、労働者に帰責事由がないにもかかわらず、使用者の経営上の理由により労働者を解雇するところに特徴があり、そのために、労働者に帰責性があるその他の場合の解雇よりもその有効性が厳格に判断されるものであることからすれば、原告の能力、勤務態度に関して、原告に帰責性があった旨の上記被告の主張を、整理解雇についての解雇回避努力又は人選の合理性の有無を検討する上で考慮することは相当とはいえない。同様に、原告の能力、勤務態度に問題があったことを告げて解雇を警告していたことを、整理解雇についての解雇手続の妥当性を検討する上で考慮することも、相当とはいえない。」
「なお、原告に、能力又は勤務態度の問題(帰責事由)があり、整理解雇ではない普通解雇をする上での客観的合理的理由及び社会通念上の相当性があったことを認めるに足りる証拠はない。」
(中略)
・本件解雇の有効性
「以上からすれば、整理解雇である本件解雇については、被告に人員削減の必要はなく、適切な解雇回避行為がされてもおらず、人選に合理性があったことや手続に妥当性があったことを認めることもできないから、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合に当たり、本件解雇は、解雇権を濫用したものとして無効であるというべきである。」
3.複合事案の判決書のイメージ
前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』には、複合事案の考え方は記載されているのですが、具体的な裁判例の引用、指摘がありません。
実際の事件で主張、立証を組み立てて行くにあたっては、勝訴判決のイメージを掴むことが重要です。本件は、整理解雇事案と勤務態度不良の複合事案での労働者側の勝訴判決の実例として実務上参考になります。また、整理解雇事案において複合的に勤務態度不良を主張された場合に、議論を整理するために引用する裁判例としても活用できる可能性があります。