弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇・雇止めの撤回の否定例-「問題があったことを認めて今後素直に改善するということであれば、受け入れを検討する」はダメ

1.解雇・雇止めの撤回

 解雇や雇止めが無効であると主張して、地位確認等を求める通知を出すと、使用者側から、解雇や雇止めを撤回するので働きに来るようにと言われることがあります。

 これが、真摯に判断を誤ったことを認め、労務提供を受け容れるということであれば、何も問題はありません。

 しかし、中には、敗訴リスクを警戒して一旦は解雇や雇止めを撤回するものの、クビにしたいという方針を変えることなく、粗を探し、より効力が否定されにくい形で改めて解雇や雇止めの意思表示を行うことだけを目的として、労務提供を受け容れようとする使用者もいます。

 こうした意図が窺われるとき、労働者側は難しい立場に立たされます。

 使用者側の言うとおり、職場復帰すると、一挙手一投足を監視され、問題があると直ちに注意・指導・懲戒処分を受けるといった、ストレスフルな環境のもとで働くことを強いられることになります。

 しかし、使用者側の意向を無視して地位確認・未払賃金請求訴訟を提起すると、

「こちらは労務提供を受け容れると言っているのに、労働者の側で勝手に働いていないだけであるのだから、賃金を支払う義務はない」

と反論されることになります。

 こうした二律背反を打開する方法を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.7.6労働判例ジャーナル117-48 スタッフマーケティング事件です。本件は、使用者側から復職に向けた打ち合わせの機会を申し入れがあったにも関わらず、就労を拒絶している事実に変わりはないとして、未払賃金請求を認容している点に特徴があります。

2.スタッフマーケティング事件

 本件で被告になったのは、労働者派遣業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、平成30年7月頃、

期間を平成30年7月から同年9月末日までとして、

家電量販店における家電製品の販売促進等を業務内容とする労働契約(本件労働契約)を締結した方です(なお、本件労働契約は労働者派遣契約とはされていません)。

 本件労働契約は、5回に渡り更新を重ねられました。しかし、令和元年12月13日、被告は、原告に対し、令和2年1月以降、本件労働契約を更新しないことを内容とする意思表示をしました。これに対し、原告は、雇止めの無効を主張し、地位確認や未払賃金の支払を求める訴えを提起しました。

 本件の特色の一つは、提訴前に、被告から、復職に向けた打ち合わせの機会が打診されていたことです。被告は、復職に向けた打ち合わせの機会を活かさなかったのは原告だと指摘し、不就労が被告の責めに帰すべきであることを前提とする賃金請求は、その基礎を欠いていると主張しました。

 しかし、裁判所は、雇止めが無効であることを認定したうえ、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「労働契約法19条により本件労働契約は更新されたものとみなされるところ、被告が本件雇止めにより原告の就労を拒絶している以上、原告は、民法536条2項により、本件労働契約に基づく賃金請求権を有するものと解される。」

「これに対し、被告は、令和2年2月13日、原告代理人に対し復職に向けた打合せの機会を設けることを申入れており、遅くとも同日以降は原告の就労は履行不能でなかった旨を主張する。しかし、証拠・・・によれば、当該申入れは、原告が『雇い止めに至る経緯で問題があったことを素直に認めて今後改善するということであれば、受け入れを検討する』、『自分は悪くないという態度で、気に入らないことがあるとかみつくという姿勢が改まらないのであれば受け容れられない』という内容であったものと認められ、結局のところ、原告が態度を改めなければ復職させない旨を申し入れたものというべきであるから、被告が原告の就労を拒絶している事実を左右するものではない。

3.問題があったことを認めて素直に改善ししろというのではダメ

 本件の原告は、次のような主張をしていました。

「被告は、原告代理人に対し、令和2年2月4日、原告の復職に向けた話を進められる旨を述べ、同月13日、復職に向けた打合せの機会を設けることを打診したにもかかわらず、原告がこれに回答することなく本件訴えを提起した旨を主張する。」

「しかし、被告の当該申出は、『雇い止めに至る経緯で問題があったことを素直に認めて今後改善するということであれば、受け入れを検討する』、『自分は悪くないという態度で、気に入らないことがあるとかみつくという姿勢が改まらないのであれば受け容れられない』というものであって、原告代理人が被告代表者にその具体的内容を尋ねても『言い出したらきりがない』と答えるのみであった。そのため、原告は、被告が実際に原告の復職を認める意図であるのか相当な疑問を抱き、話し合いにより解決するのは困難と判断して、本件訴えを提起したものである。

 事前交渉での使用者側の不適切な交渉態度が窺われる中での判断であり、

「問題があったことを認めて今後素直に改善するということであれば、受け入れを検討する」

という趣旨の受け答え一般に解雇・雇止めを撤回する効力が認められないといえるのかは未だ明確ではありません。

 それでも、変な条件、特に労働者側が非を認めることを条件とするかのような労務提供の受け容れ意思の表示について、解雇や雇止めの撤回として認められないと判示している点は、かなり画期的な判断だと思います。本裁判例は、提訴前の交渉段階における解雇・雇止めの撤回への有力な対抗手段になることが期待されます。