弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

外資系企業における管理監督者性-親会社外国法人からの指示・拘束・制約をどうみるか?

1.管理監督者性

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。

 残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。

 管理監督者とは、

「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」

という意味であると理解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素をもとに管理監督者性を判断しています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。

 この管理監督者性の判断にあたり、外資系企業においては日系企業にはない問題があります。それは、親会社外国法人からの指示・拘束・制約をどのように考えるのかということです。

 外資系企業の日本法人の幹部は、日本法人の中では幹部として位置付けられていても、実体として親会社外国法人から強い指示・拘束・制約を受けているという場合が少なくありません。

 しかし、これはあくまでも別の法人からの指示・拘束・制約であり、当該幹部は日本法人によって、その権限や裁量に制限をかけられているわけではありません。 

 それでは、この親会社外国法人からの指示・拘束・制約を、日本法人の幹部の管理監督者性を否定するための根拠として活用することはできるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.7.14労働判例ジャーナル117-42 スター・ジャパン事件です。

2.スター・ジャパン事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 本件で被告になったのは、眼内レンズ及びその他の医療機器又は医薬品の製造、輸入、販売を目的とする合同会社です。米国法人であるスター・サージカル社(米国親会社)を統括会社として世界各国眼内レンズ等の製造及び販売をするスター・サージカル・グループのグループ企業であり、スイス連邦法人であるスター・サージカル・エージー社(スイス法人)の100%子会社として位置付けられていました。なお、スイス法人は米国親会社の100%子会社です。

 原告になったのは、被告で経理課長として職務に従事していた方です。管理監督者として時間外勤務手当等が支給されていなかったところ、このような取扱いは違法であるとして、時間外勤務手当等を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 原告の方は、経理課における最上位の役職にあり、請求期間中の給与は、年収1080万円~1170万2220円で、被告内においては役員を含め7番目に高額でした。

 しかし、その権限や裁量は米国親会社によって強い制約を受けていました。

 これについて、被告側は、

「管理監督者該当性の考慮要素である『経営者と一体の立場にある』か否か、『担当する組織部分について経営者の分身として経営者に代わって管理を行う立場にあること』については、当該法人での経営との関係が問題となるのであって、(代表取締役や経営陣であっても影響を受け得ることになる)株主、取引先等の社外の者との関係性は問題とならず、法人単位で考えるほかない。」

「株主が法人である場合でも同じことであって、親会社の指示は、株主や顧客等からの指示からと同様に事実上それに拘束・制約される場面があっても、それは、たとえ『経営者』の立場であっても従わざるを得ないからであり、管理監督者該当性を考える上では、資本関係、契約関係に基づく要請や指示による制約は関係がなく、社内における権限・管理監督者該当性の問題と混同されてはならない。さもなくば、経営者でも株主の意向に従わざるを得ない場合、会社におよそ『管理監督者』が全くいないという一見して非常識な結論ともなりかねない。」

「本件では、米国親会社との関係が問題とされているが、原告と米国親会社との間に雇用関係がない以上、原告が指揮命令を受ける関係にない。むしろ、米国親会社から指示された事項を日本側で伝達して実行に移すのは原告の立場、職務であり、原告こそが部下に対し指揮命令すべき立場にあった。」

とし、管理監督者性を認定する妨げにはならないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の管理監督者性を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告の経営への参画状況についてみると、原告は、経理課における最上位の役職である経理課長の地位にあるものの、多数の業務について米国親会社の承認を得る必要があり、大枠の方針のみならず借入契約の更新の方法といった個別具体的な業務についても米国親会社の指示を受けながら業務を遂行しているのであるから・・・、経営に関する重要事項の決定に対する実質的な関与の程度は大きいとはいい難い。また、被告において月1回開催されているマネージャーズ・ミーティングにおいて、各部門長による報告がなされ、売上目標やその達成状況、経費の処理方法、人事に関する事項等が共有されていたと認められるものの・・・、同ミーティングにおいて経営に関する重要な事項が決定されていたとか原告が重要事項の決定に大きく関与していたものと認めるに足りる証拠はない。」

(中略)

「原告の部下に関する採用権限についてみると、被告において経理課従業員を採用する場合は原告の意向を確認する運用がなされており、原告は、正社員の採用時期及び採用条件について意見を述べたり、派遣社員の候補者と面接し、C CFOに対し、同候補者を採用したい旨の意向を伝えたりしていることを踏まえると・・・、部下の採用に対し、一定の影響力を有していたとは認められる。もっとも、原告は、人事課から正社員の採用を打診されたのに応じて、採用条件を検討していたにもかかわらず、C CFOから、業務を外注するよう指示され、これが困難となるや派遣社員を採用するように指示されていることからも明らかなとおり・・・、従業員を採用するか否か、採用するとしてどのような就労形態(正社員か派遣社員か等)とするかについては米国親会社が主導して決定しており、具体的な採用活動も米国親会社から具体的な指示を受けながら進めていることを考慮すれば、原告の採用に対する権限や影響力は大きいものとはいえない。」

(中略)

「以上によれば、経営上重要な事項の決定、採用、人事考課、業務の割当て、労働時間の管理のいずれについても原告の権限や影響力は限定的なものであったといわざるを得ず、これに加え、原告の部下の人数は3ないし4名と少なく、原告の労働時間の中でマネジメント業務を行っている時間はわずかであり、原告は主として部下が担当する業務と同様の業務に従事していたと認められることを踏まえると・・・、原告は、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者ということはできない。

なお、被告は、管理監督者該当性を考える上では、親会社による資本関係に基づく要請や指示による制約は関係がないし、本件において原告と米国親会社との間に雇用関係がない以上、原告が指揮命令を受ける関係にない旨主張するが、一般論として、実質的には業務についての裁量権がなく会社外部からの個別具体的な指示に基づき業務を行わなければならない者について、形式的に権限があることをもって管理監督者性を肯定すると、労働者を保護する労基法37条の規定を容易に潜脱できることになりかねないし、本件においては、原告は、B社長から、米国親会社(C CFO等)の指揮命令に基づいて業務を行うよう指揮命令を受けているとみることができるのであるから(実際、B社長は、各部門長らに対し、米国親会社責任者を直属の上司として直接報告し、指示・承認を仰ぐよう指示している・・・。)、原告の管理監督者該当性を検討するに当たっては、米国親会社との間における原告の実質的権限の内容を検討するのが相当であり、被告の主張は採用できない。

また、被告は、管理監督者該当性の判断に当たり親会社の指示による制約を考慮すると、経営者でも株主の意向に従わざるを得ない場合、会社におよそ『管理監督者』が全くいないという一見して非常識な結論ともなりかねない旨主張するが、経営者は、『労働者』(労基法9条)に該当しないことを理由に労基法37条の適用を受けないのであり、会社における労働者の中に管理監督者に該当する者がいなければならないというわけではないのであるから、被告の主張は採用できない。

(中略)

原告は労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者ということはできないし、原告には自己の労働時間についての裁量があったともいえないのであるから、原告の待遇について、給与が年収1080万円(月額90万円)ないし年収1170万2220円(月額97万5185円)と比較的高額であることを考慮しても、原告が管理監督者に該当するとは認められない。

3.金額が伸びやすい類型

 外資系企業の幹部職員の給与は比較的高額に設定されている例が少なくありません。また、時差がある中で外国法人と意思疎通を行うため深夜時間帯まで社内にいることが必要になるなどの事情から、労働時間も長くなりがちです。そのため、管理監督者性を否定できると、認容される時間外勤務手当等の金額も高くなる傾向にあります。本件でも、1523万0698円もの時間外勤務手当等とその遅延利息金の請求が認容されています。

 経済的利益が高額になりやすい類型でもあるので、管理監督者とされることに違和感を持っている方は、一度、弁護士のもとに相談に行ってみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でご相談をお受けさせて頂くことも可能です。