弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメントと教育的指導の境界線-きついメッセージ・チャットワークからの除外

1.アカデミックハラスメント

 大学等の教育・研究の場で生じるハラスメントを、アカデミックハラスメント(アカハラ)といいます。

 セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント、パワーハラスメントとは異なり、法令上の概念ではありませんが、近時、裁判例等で扱われることが多くなってきています。職務上、大学教員・大学職員の方の労働問題を取り扱うことも多いことから、個人的に関心を持っている領域の一つです。

 パワーハラスメントと業務上の指導との区別が問題になるのと同じように、アカデミックハラスメントが不法行為を構成するのか否かの判断にあたっては、しばしば教育的指導との区別が問題になります。近時公刊された判例集に、この境界線を知るうえで参考になった裁判例が掲載されていました。宇都宮地判令3.9.9労働判例ジャーナル117-60 国立大学法人山形大学事件です。

2.国立大学法人山形大学事件

 本件で被告になったのは、山形大学及び山形大学大学院を運営する国立大学法人(被告大学法人)とその准教授の方(被告c)です。

 原告になったのは、自殺した学生dの父母です。dが自殺したのは、被告cからのアカデミックハラスメントが原因であると主張し、被告らに対して損害賠償を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 本件で問題視された行為は、チャットワーク上に投稿された四つのメッセージと、チャットワークからdを外した行為です。

 各行為は次のように認定されています。

「被告cは、同日(平成28年11月8日)午前8時6分、『やるという以上はしっかりやって欲しいところです。やる!やる!といっても,実際はやらない学生と付き合うのも疲れました。』とのメッセージを投稿した(以下『本件行為〔1〕』という。)」

「被告cは、同日(平成28年11月12日)午後3時51分『9/27に大人として対応しましょうということを伝えていたと思います。急な事態ではなく事前に予定されていたことであれば連絡があって然るべきでは?そういうことに関する「報告、連絡、相談」が出来ないというのは大人として如何なものかと思います。研究室配属を軽く考えているようで、非常に残念です。私事での欠席であれば、それに合わせることは理由になりませんので、dくん、gくんとだけ進捗確認をします。色々事情はあるのかも知れませんが自己都合での欠席や報告書の未提出というのは、自身の権利を放棄することだと理解してください。』とのメッセージを投稿した(以下『本件行為〔2〕』という。)。」

「被告cは、平成29年1月25日午後3時55分から午後4時25分にかけて、本件チャットワーク1において、『報告がない、研究室にも来ないということなので、化学英語2と物質化学工学実験4の単位は必要ないと理解しておきますね。』、『てことになると、留年なのでやることちゃんとやったらどうですか?留年したいなら、それでもいいですが。』、『ということで、やる気のある人(単位が必要な人)は、どうして大学来ないのか(報告しないのか、期限を守れないのか、いい加減な内容か)、今後どうするのかをしっかり説明して下さい。はじめにも言いましたが、大人の対応して下さい、もう成人しているんだから。』とのメッセージを投稿した(以下『本件行為〔3〕』という。)。」

「被告cは、平成29年1月31日午前8時17分、本件チャットワーク1において、『実験4と英語2のラボ内報告書の提出期限は今日です、念のため。17時までに提出されなければ、単位は不要と判断します。』とのメッセージを投稿した。(以下『本件行為〔4〕』という。)。」

「被告cは、平成29年2月2日、d及びfを本件チャットワーク2の構成員から外した(以下『本件行為〔5〕』といい、本件行為〔1〕から本件行為〔4〕までと併せて『本件各行為』という。)。」

 このメッセージの8日後である平成29年2月10日頃、dは自殺により死亡したとされています。

 裁判所は、次のとおり述べて、本件各行為の違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件行為〔1〕に係るメッセージは、これまでに接してきた口先だけで積極的に研究に取り組まない学生についての愚痴を言う形でそれを述べることが教育的観点から適当なものであるかどうかは措くとしても、その趣旨としては、d及びfから本件両科目についてしっかりと取組む決意が述べられたことを受けて、本件学生らに対し、本件両科目への積極的な取組みを促したものと認められる。」

「本件行為〔2〕に係るメッセージは、被告cが本件学生らの本件両科目の進捗状況を確認するための日程調整をした際に、火曜日の午後に所用がある旨回答したfに対し、予めその旨の連絡を受けていなかったことについて、自己都合で講義を欠席するものであるとして、これを叱責したものと認められる。この点、本件研究室では週報の提出によりその週の講義を出席扱いとしていたこと・・・を踏まえると、当然の叱責というべきものなのかは不明であるが、一応、シラバス上は『物質化学工学実験〈4〉』の開講は火曜日午後であったことからすると・・・、これについて著しく理不尽な叱責とまではいえないと解される。」

「本件行為〔3〕に係るメッセージは、『単位は必要ないと理解しておきますね』、『大人の対応して下さい、もう成人しているんだから』などの突き放した言い方によることが教育的観点から適当であったかは措くとしても、その趣旨は、本件両科目の成績に大きく関わる報告書等の提出期限が迫っているにもかかわらず、その提出もせず、連絡もしないdを含む本件学生らに対し、報告書等の不提出が本件両科目の単位取得や留年に関わる重大な問題であることを改めて注意喚起し、大学に来ない理由や今後どうするつもりであるかを説明するよう求めたものと認められる。」

「本件行為〔4〕に係るメッセージは、やはり、本件学生らに対し、本件両科目の報告書等の提出期限を改めて示し、その不提出が単位取得に関わる重大な問題であることを改めて注意喚起することにより、その提出を促す趣旨によるものと認められる。」

「上記・・・によれば、以前から被告cの言動をきついと感じている学生等の大学関係者が多く存在していたことが認められること、上記・・・によれば、仮配属後にdは研究室を変更したい旨を親族や友人に繰り返し述べていたことが認められること(もっとも、そもそも本件研究室を志望する順位は低く・・・、dが仮配属後の被告cのdに向けた言動とは関係ない部分で当初から本件研究室への仮配属自体に一定程度の不満を抱いていた可能性も否定できない。)に照らすと、被告cの言動はその単純な内容を超えた不安感、圧迫感を他人に与える雰囲気のものであることが多かった可能性が高く、dについても、被告cの本件各行為により、その一部については直接dに向けられたものではないとしても、一定の不安感、圧迫感を抱くに至った可能性は否定できない。

「しかしながら、本件行為〔1〕から〔4〕までは、上記・・・のとおり、その表現等が教育的観点から適当なものばかりであったかは疑問であるとしても、いずれについても、その内容は教育指導上一定の意味があるものであり、dの修学上の権利の実現を具体的に妨げ、あるいは、同人に義務のないことを行わせるような性質のものではなく、また、同人の人格を否定するものでもない。」

「また、本件行為〔5〕については、一般に、そのような行為によって、これを認識したdが報告書等を提出するに至り、あるいは、被告cに連絡をとろうとするに至るとは考え難く、他方、これにより、dが一定の疎外感を感じるであろうことは容易に想像できることから・・・、その真の狙いは奈辺にあるとしても、少なくとも、被告cは、dにそのような疎外感を与える結果となることを認識してこれを行ったものと認めることができ、そうすると、やはり教育的観点から適当な措置とは言い難いというほかないが、しかしながら、他に本件チャットワーク1等の通信手段が存在するのであるから、dの修学上の権利の実現を妨げるものとまではいえないし、同人に義務のないことを行わせるものではなく、同人の人格を否定する行動であるとまではいえない。」

「以上によれば、大学における学部生とその所属する研究室の指導教員かつその受講する必修科目の担当講師という、dと被告cの関係性を考慮しても、本件各行為は、いずれも、被告cがその立場あるいは権限を濫用又は逸脱して行ったものとはいえず、違法とはいえない。」

3.不必要にきつい言動になっていないか要チェック

 上述のとおり、裁判所は、悩みを見せながらも、本件各行為を違法であるとまではいえないと判示しました。言動に違法性が認められなかったことから、被告cがdの自殺に責任を負うことはありません。

 しかし、法的にどのように評価されるのかは別として、被告cの不適切な行為の後、dが自殺している事実は、重く受け止められる必要があるように思われます。

 学生は大人と子供の境目で、必ずしも大人と同じような精神的な強さを持っているわけではありません。過保護に扱う必要はないにしても、不必要にきつい言動をとらないよう注意することが望まれます。