弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

病気療養休暇中に連絡がつかなかったことを理由とする雇止めが否定された例

1.病気療養・休職中の労働者に対する使用者の視線

 残念ながら、私傷病等で休職している労働者に対しては、温かな視線を向ける使用者ばかりではありません。形のうえでは復職に向けた仕組みが整えられていたとしても、休職中に使用者から退職を示唆される労働者は少なくありません。その中には、休職期間中、会社との疎通が十分ではなかったことを理由に、解雇されたり、雇止めにされたりする事例も散見されます。

 会社からの連絡に応じなかった事実は、無断欠勤と同様、分かりやすい形で記録化されていることが多く、しばしば使用者からの苛烈な非難の対象になります。

 それでは、休職期間中に、会社からの連絡に応じなかったことは、解雇や雇止めの理由になるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令3.5.26労働判例ジャーナル115-42 社会福祉事業団事件です。

2.社会福祉事業団事件

 本件で被告になったのは、更生施設の社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人です。

 原告になったのは、昭和25年生まれの看護師の方です。雇止めを受けた当時は、68歳でした。平成23年4月1日に開始された労働契約は、1年ずつ7回に渡り更新されましたが、満8年となる平成31年3月31日、被告から雇止めを受けてしまいました。これに対し、違法な雇止めによって精神的苦痛を受けたと主張して、被告に対し、損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件で被告から主張された雇止め理由の一つに、休職期間中に疎通が十分に行えていないことがありました。具体的に言うと、被告は、

「原告は、平成30年9月から4か月にわたって勤務に就くことができなかったが、その間、被告からの連絡に一切応答せず、診断書のみを送り付けるという対応をとるのみであったのであるから、職業人としての職責に対する責任感が欠如していると評価することができる。」

(中略)

「原告が、長期間、勤務先からの度重なる連絡に応答せず、自らの症状や勤務可能性について連絡しなかったのは、原告の要求が通らなかったことを不満に思い、本件施設に勤務するただ一人の看護師職員である原告が長期にわたり勤務しないことにより本件施設の運営に支障が生ずることを理解しながら、あえて連絡をとらず、そのような状況を放置しようとする意図があったのではないかとの疑念すら生じる。」

などと述べて、雇止めの正当性を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張する事実が雇止めの理由になることを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が勤務に就くことができなかった4か月の間、被告からの連絡に一切応答せず、診断書のみを送り付けるという対応をとるのみであったこと等から、原告は、職業人としての職責に対する責任感が欠如している旨主張する。」

「そこで検討すると、原告は、平成30年9月6日から平成31年1月3日まで、療養休暇及び年次有給休暇を取得し、職務に従事することができなかったものの、平成30年9月6日、同年10月4日、同年11月4日の3回にわたり、不眠症及び自律神経失調症により自宅安静及び治療を要する旨の診断を受け、診断書記載の自宅安静及び治療期間が経過する前には、新たな診断書を提出しているのであるから・・・、原告の療養休暇中の対応が不誠実であったとはいい難い。被告は、原告が被告からの連絡に一切応答しなかった点を非難するが、被告の連絡方法は電話連絡であり・・・、不眠症及び自律神経失調症に罹患していた原告が不信感等からこれに対応することができなかったとしても・・・、本件雇止めの合理的な理由となるほど非難されるべきことであるとはいい難い。

「また、被告は、原告が長期にわたり勤務しないことにより本件施設の運営に支障が生ずることを理解しながら、あえて連絡をとらず、そのような状況を放置しようとする意図があったのではないかとの疑念すら生じる旨主張するが、原告が不眠症及び自律神経失調症により自宅安静及び治療を要する状態になったという診断内容に疑念を生じさせる事情はないし、平成30年9月11日頃にC局長に送付した手紙には職場に迷惑をかけて心苦しく思っている旨の記載があることからすると・・・、原告が意図的に被告の運営に支障を生じさせようとしたというような主張は到底認められない。

以上によれば、被告の主張する事情は、本件雇止めの合理的理由とはいえない。

3.疾患名にもよるが、疎通が十分にとれないのは、ある程度仕方がない

 休職中の態度を問題にする紛争は、意外と多くあります。

 本件の判示は、一見すると、個別事案に対する判断を述べたのみであるようにも読めますが、存外、他の事案においても引用できる可能性が高いのではないかと思います。

 会社からの連絡には対応した方が良いのはもちろんですが、対応できなかったからといって、直ちに不利益な取扱いと結びつけることが許容されるわけではありません。

 類似の問題でお困りの方は、一度、弁護士に相談してみることをお勧めします。