弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

復職の意思表示にあたっては、常に復職可能性を裏付ける診断書が必要なのか?

1.復職の意思表示

 休職していた労働者が復職するにあたっては、傷病が治癒している必要があります。

 治癒とは、

「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復した」

ことをいいます。

 治癒の立証責任が労働者にあると解されていることもあり(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、改訂版、令3〕479、482頁参照)、復職の意思表示を行うにあたっては、労働者側で主治医の復職可とする診断書を添えて申し出る例が多くみられます。

 しかし、使用者側で労働者を解雇・雇止めしたと主張している場合など、労務提供を受け容れる意思がないことがはっきりとしている場合でも同様なのでしょうか?

 民法493条は、

「弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし、債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。

と債務者が事前に受領拒絶を表明している場合、弁済の提供を簡略にすることを認めています。

 診断書には「加療〇か月を要する」など加療期間が明示されているものも少なくありません。使用者が事前に労務提供を拒絶している場合、期間の経過を理由とした簡略な申出でも足りると理解することはできないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.7.29労働判例ジャーナル117-30 春秋航空日本事件です。

2.春秋航空日本事件

 本件で被告になったのは、国内及び国際航空運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間1年の定年後再雇用契約を締結していた方です。被告との間の有期労働契約は、平成26年11月1日から開始しました。

 しかし、平成30年9月ころから体調を崩し、同月28日に鬱病の再発と診断されたうえ、同年10月4日から病気欠勤になりました。

 こうした原告に対し、被告は、平成30年10月31日付けで雇止めにしました(本件雇止め)。

 この雇止めに対し、原告は地位確認等を求める労働審判を申し立てました。

 労働審判が行われる前日である平成31年4月17日、被告は本件雇止めを撤回しました。しかし、労働審判委員会は粛々と雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認することなどを内容と酢する審判を行いました。これに対し、被告側のからの異議で訴訟移行したのが本件です。

 本件では雇止めが撤回されたこともあり、復職の可否が争点になりました。

 原告は、

「平成30年9月28日、『うつ病(再発)』との病名で、『今後は約3か月の休職が望ましい』との診断を受けたが、同年10月末頃には、主治医から、翌月末、すなわち同年11月末頃には回復し職場復帰が可能であるとの診断を受けていた。実際に、原告は、同年11月末頃には体調が良くなっていた。したがって、原告は、同年12月1日には復職が可能となったといえる。」

「確かに、原告は、同年11月頃、疾病が回復したことを証明する医師の診断書を取得して被告に提出するということをしていないが、それは、被告が違法な雇止めを行い、あらかじめ原告の就労を拒否していたからであり、被告が原告からの診断書の提出がなかったことをもって同月末時点での就労可能性を否定することは、信義則に反し、許されない。」

と主張していました。

 これに対し、被告は、

「原告は、平成30年9月28日に今後3か月の休職が望ましい旨の診断を受けた後、現に同年10月4日から同月31日まで体調不良のため欠勤するなど、1か月間働けない状態であった。原告が、復職可能であるとの平成31年1月21日付けの診断書を被告に提出したのは、同年4月16日のことである。原告が平成30年12月1日以降に復職可能であった旨の診断書の発行は、原告の主治医も拒否しているし、そもそも原告は、同年11月末頃に主治医を受診することすらしていない。以上によれば、原告が平成31年1月21日の時点で復職可能となっていたこと自体不明であるといわざるを得ないが、少なくとも、同日以前に原告が復職可能であった事実はない。」

と原告の主張を争いました。

 当事者双方の主張が対立する中、裁判所は、次のとおり述べて原告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成31年1月21日に復職可能との診断を受けたことから、実際に復職することができたのは同月22日からであったと認めるのが相当であり、それより前に復職可能であったことを認めるに足りる証拠はない。」

この点、原告は、平成30年10月末頃には、主治医から、翌月末、すなわち同年11月末頃には回復し職場復帰が可能であるとの診断を受けていたなどとして、同年12月1日には復職可能であったと主張し、これに沿う供述及び陳述をしている。確かに、原告代理人の通知書・・・には上記主張に沿う記載があるものの・・・、認定事実・・・によれば、原告は、そもそも同年11月末頃に越川医院への通院をしていないというのであり、その頃に職場復帰可能な状態であったことを的確に裏付ける証拠はないから、原告の上記供述及び陳述は採用することができない。他に原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。

また、被告は、そもそも原告が同年11末頃に主治医を受診することすらしておらず、診断を受けていないことも根拠として、同月末の時点での原告の就労可能性を否定しているのであって、単に診断書の提出がなかったことをもって上記就労可能性を否定しているわけではないから、被告の主張が信義則に反することもない。

「以上によれば、原告は、平成31年1月21日までの間は、就労が可能であったとはいえず、被告の責めに帰すべき事由により労働に従事することができなかったとは認められないから、平成30年12月1日から平成31年1月21日までの期間については、被告に対して賃金請求権を有しないというべきである。他方、原告は、同月22日以降は、就労可能であったが、被告の責めに帰すべき事由(就労拒絶)により労働に従事することができなかったものと認められるから、被告に対し、民法536条2項に基づき、同日から退職日である同年4月19日までの期間について未払賃金債権及びこれに対する遅延損害金債権〔各支払期日の翌日から退職日である同年4月19日までは商事法定利率年6分の割合により(ただし、退職後に支払期日が到来した賃金は除く。)、同月20日から支払済みまでは賃確法所定の年14.6分の割合により、それぞれ計算するのが相当である。〕を有するところ、上記期間について原告が月額31万5000円を超える賃金請求権を有することの立証はないから、上記各債権については、前記前提事実・・・の弁済供託によって消滅しているものと認められる」。

3.診断書は必要、ただし、提出はしなくても救済の余地あり

 裁判所は復職を可とする診断書のない期間の未払賃金請求は認めませんでした。しかし、診断書が作成されてからの未払賃金請求は、診断書未提出期間を含め、未払賃金請求を認めました(診断書の提出時期に関しては、裁判所も「原告は、被告に対し、同年4月16日、上記診断内容が記載された同年1月21日付け診断書を提出した」と被告の主張に添う事実認定をしています)。

 解雇、雇止めを主張して使用者が予め労務提供を拒んでいる場合であっても、最低限診断書を取得しておく必要はありそうです。