弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

業務上の疾病の療養中であったことを理由に、一旦復職した後の休職⇒自然退職の効力が否定された例

1.業務上の疾病の解雇制限と復職要件

 労働基準法19条1項本文は、

「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。

と規定しています。

 このルールがあるため、幾ら休職期間が長引いたとしても、業務上の疾病の療養を理由とするものである限り、原則として労働者が解雇・自然退職扱いされることはありません(解雇制限)。

 他方、休職している方が復職するためには、傷病が「治癒」したといえる必要があります。

 ここでいう「治癒」とは「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したこと」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕479頁参照)。

 それでは、業務上の疾病で療養中であった方が、一旦復職した後、再び休職した場合、復職前の疾病に業務起因性があることを理由に、解雇制限のルールが適用されることはありえるのでしょうか?

 復職したということは治癒したということであり、再度の休職との関係で期間満了による解雇・自然退職を防ぐためには、復職~再度の休職の間に改めて強い心理的負荷が生じている必要があるとはいえないのでしょうか?

 昨日ご紹介した東京地判令4.12.2労働判例ジャーナル134-30 足立通信工業事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.足立通信工業事件

 本件で被告になったのは、

電話交換機、各種電話機の販売及び設計・施工・保守・工事を主な業務とする株式会社(被告会社)と、

被告会社の代表取締役(被告b)

被告会社の取締役会長(被告c)

の三名です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない労働契約を締結し、電気・通信工事の技術員として働いていた方です。被告会社から休職期間満了を理由とする退職手続を執られたところ、当該休職の原因は被告b及び被告cによる過重労働の強要等に基づく精神疾患であり、当該退職手続は業務上の疾病の療養中に執られたものであるから無効であると主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の事案としての特徴は、原告の方が業務上の疾病から一旦復職していることにあります。

 原告は平成29年10月20日付けでd医師から「抑うつ状態」と診断され、同年11月末までの休職を要するとの診断書が作成されました。

 これに対し、被告bは退職勧奨を行った後、平成29年10月31日「近年の営業不振による工事人の人員整理及び貴殿の会社の方針と異なる行為、行動による処置のため」として、同年12月15日付けで解雇することを通知しました。

 この解雇の効力は労働審判で争われ、原告は労働契約上の権利を有する地位にあることが確認されました。

 労働審判を受けた被告会社は、復職受入のための社内体制を整備するとして平成30年8月5日までの自宅待機を命じました。

 平成30年8月6日、原告は被告に出勤しました。しかし、結婚を理由とする特別休暇や有給休暇を取得した後、同年10月3日の出勤を最後として、同年10月4日以降欠勤するようになりました。

 その後、原告は休職届を提出し、休職に入りました。

 そして、被告会社は、令和2年7月5日付けで休職期間の満了を理由に自然退職の手続をとりました。

 本件で争われたのは、この自然退職の効力です。

 原告の方は平成29年10月中旬頃を発症日とする「気分(感情)障害」について、時間外労働が大幅に増えたことを理由に労災認定を受けていましたが、裁判所は、次のとおり述べて自然退職の効力を効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、

平成29年10月20日付けで『抑うつ状態』、『症状と経過より11月末までの休職が必要であると判断しました。』と診断され・・・、その後、

平成30年2月16日付けで『抑うつ状態』、『職場上層部からのパワハラにより、抑うつ状態となり平成29年10月20日から通院加療中。その後、不当解雇により精神症状憎悪。薬物中心に加療を続けている。』との診断を受けたものであり・・・、

平成30年4月25日に幸仁クリニックを受診した後、同年8月6日まで通院しなかったものの・・・、同日付けで『抑うつ状態』、『症状と経過よりとても働ける状態になく、今後1ヶ月間の休職、加療が必要であると判断しました。』と診断され・・・、

同年10月12日付けで『抑うつ状態』、『今後1か月休職が必要であると判断しました。』と・・・、

同年11月14日付けで『抑うつ状態』、『状況が好転しておらず、係争中。ストレスの原因は取り除かれておらず、改善のしようがなく症状残遺。このため、あと3ヶ月間の休職延長が必要であると判断しました。』と・・・、

平成31年2月10日付けで『抑うつ状態』、『あと3ヶ月間の休職延長が必要であると判断しました。』と診断を受けた・・・。」

「以上によると、原告は、平成29年10月中旬頃に精神疾患を発症した後、一時的に復職可能な程度に回復しつつも、維持・悪化を繰り返していたのであって、なお業務上の疾病について治癒に至ったものとはいえず、本件退職手続は、無効というべきである。

「被告は、原告が『菅野通信』の屋号を用いて活動し、平成30年8月以降、復職を希望していたとして、原告の精神疾患は軽快し、復職可能であったはずであると主張する。」

「確かに、原告及び被告会社は、本件調停において、原告が労働契約上の権利を有する地位にあることを確認し・・・、原告は、平成30年8月6日、本件調停に基づき被告会社に出社し・・・、その後も、複数回にわたって職場復帰を要望した後・・・、同年10月3日、再び被告会社に出社したのである・・・。」

「しかしながら、原告は、平成29年10月31日、本件解雇を受け、被告会社が本件解雇の撤回に応じないため、その効力を争うべく労働審判を申し立て、本件調停に至ったのであるから・・・、本件解雇が無効であることを踏まえて労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めたことは精神疾患の状態の如何にかかわらず不合理とはいえないし、再び解雇等を受けないためにも、職場復帰を試みていたとしても、不自然とはいえない。」

「したがって、争点・・・(本件退職手続は無効であり原告が労働契約上の権利を有する地位を有するかどうか)に関する原告の主張は、理由がある。」

3.一旦復職していても、業務起因性が失われないとされた例

 実務上、一旦復職した後、再度休職に至るケースを目にすることは少なくありません。そうしたケースで引用できる可能性のある点でも、本件には先例としての価値があるように思われます。