弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

診療録・カルテの写しを提供しなくても、復職要件が満たされていると判断された例

1.私傷病休職からの復職

 私傷病休職をしていた方が復職するためには、傷病が「治癒」している必要があります。「治癒」とは「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復した」ことを意味します(佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕479頁参照)。

 使用者が「治癒」を認定するにあたっては、診療録(カルテ)の写しなど、医療情報の提供を求められるのが一般です。これに対し、労働者には、診断書の提出などによって協力する義務があります。正当な理由なくこの義務を懈怠する場合、解雇等の不利益を受けることがあります(前掲『労働関係訴訟の実務Ⅱ』485頁参照)。

 しかし、休職に至るまでの間にハラスメント等の複雑な経緯がある場合、医療情報の提供に抵抗感を持つ労働者は少なくありません。また、診療録(カルテ)には、しばしば他人に知られたくない類の愁訴がそのまま記録されています。

 それでは、こうした場合、診療録の写しを提出しなくても済む方法はないのでしょうか? この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている 京都地判令3.8.6労働判例1252-33 丙川商店事件です。

2.丙川商店事件

 本件で被告になったのは、鮮魚等の卸売業を展開する有限会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告店舗において勤務していた方2名(原告甲野、原告乙山)です。適応障害を発症し、休職していたところ、休職期間の満了による退職扱いを受けたため、その無効を主張して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 退職扱いの無効を導く理由として、原告らは休職事由の消滅を主張しました。復職が可能な程度に症状が改善していたというのが、その骨子です。

 しかし、原告らは被告から求められたカルテ及びその附属書類の提出には応じていませんでした。本件では、原告らの不協力が、復職の可否を判断するにあたり、どのような意味を持つのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、休職事由は消滅していると判示しました。

(裁判所の判断)

「原告らは、症状が著明に改善したとして、主治医から、平成31年1月1日から職場復帰が可能である旨の平成30年11月30日付け診断書・・・を得ていたこと、同年12月3日、原告らは、組合を通じて被告に対し、上記診断書の写しを同封して、平成31年1月16日から職場復帰する旨を伝える文書を送付したこと、同日、被告に出社したが、被告から就労を拒否されたことが認められる。」

「これらの事実によれば、原告らは、平成31年1月16日の時点において、職場復帰が可能な程度に症状が改善しており、休職事由は消滅していたものと認めるのが相当である。」

「これに対し、被告は、原告らが復職できないのは、使用者が復職の可否を判断するためのカルテ等の客観的資料を原告らが全く提示せず、原告らの復職の可否を判断できなかったためでり、原告らの使用者に対する協力義務の不履行に起因するものであると主張する。」

「しかしながら、前記期認定事実によれば、原告らは、職場復帰に際して、カルテ及び附則書類一切の提出には応じなかったものの、主治医の診断書の写しを提出するとともに、主治医に対する直接の病状照会も了解している。また、その後、原告らは、被告に対し、平成31年3月にはカルテに代わるものとして主治医作成の『職場復帰支援に関する情報提供書(復帰診断書)』・・・を提出し、同年4月には事実経過等を記載した資料・・・を提出して、被告が指定する心療内科の医師の診察を受けることも提案している。しかし、被告は、上記提案にも応じず、原告らからの情報提供では不十分であるとしているのであって、これらの交渉経緯に照らせば、被告の復職拒否が原告らの協力義務の不履行に起因するものであるとはいえない。なお、上記情報提供書・・・には『職場k何強の整備』の担保に言及されているところであり、被告はこの具体的説明内容が判明しない限り復職は受け入れられない旨を主張するが、被告は主治医に対する病状照会も、被告が指定する医師の診察を受けさせることもなく復職拒否の判断をしているのであって、環境整備の具体化がされていない点をもって原告に協力義務の不履行があるとまでは言い難い。」

「以上によれば、原告らは、被告の復職拒否により、平成31年1月16日以降の労務に復することができなかったのであるから、被告は、原告らに対し、同年2月分以降の賃金支払義務を負う・・・。」

3.代替提案が合理的理由もなく拒否されたら・・・

 本件の原告らは、カルテに代わるものとして、主治医作成の「職場復帰視点に関する情報提供書」など種々の方法で医療情報の提供を申し出ていました。こうした申出を適切に検討することもなく、機械的にカルテの提出を求め続けた使用者の姿勢に対し、消極的な評価を与えた点に、本件の特徴があります。

 本件のような事案もあるため、使用者側から頑なにカルテの写しの提出を求められた際には、積極的に代替案を提示していくことも、一考に値するようにも割れます。