弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

経費の不正請求等を理由とする解雇について、不正であることが否定された例

1.金銭的不正行為を理由とする解雇

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。客観的合理的理由、社会通念上の相当性の有無は、厳格に審査されるため、そう簡単に解雇権の行使が有効になることはありません。

 しかし、比較的緩やかに解雇の効力が認められる場合も、ないわけではありません。その一つが、金銭的な不正行為を理由とする場合です。「金銭的な不法行為の事例では、額の多寡を問わず懲戒解雇のような重大な処分であっても有効性は肯定されやすい」と理解されています(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、改訂版、令5〕279頁参照)。

 こうした非違行為の特性からか、会社が特定の従業員を職場から排除するという方針を決めた場合、金銭的な不正行為がないかどうかが精査される例は少なくありません。金銭的な不正行為が見つかった場合、それを(懲戒)解雇理由にするためです。

 金銭的な不正行為は、それが「不正」であると認定されてしまうと、容易に(懲戒)解雇と結びついてしまうため、しばしば「不正」かどうかが争点になります。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令4.8.31労働判例ジャーナル134-36 A社事件も事件も、そうした事案の一つです。この事案では「不正」であることが否定されています。同種事案の防御活動の参考になるため、紹介させて頂きます。

2.A社事件

 本件で被告になったのは、飲食物の輸入販売、卸売等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の営業部長であった方です。所定労働時間は1日8時間週40時間で、賃金は月額78万0127円とされていました。

 原告の方は、次のような経過をたどり、解雇されました。

「被告代表者は、令和2年6月1日、原告に対し、会社の売上が同年4月及び5月に低下しているとして、会社を守るためリストラをしなければならない旨を告げ、原告がリストラの対象となったのは、給料に対してのコストパフォーマンスが悪いからであると伝えた。」

「被告代表者は、令和2年6月4日、原告に対し、合意退職の申入れと題する文書を交付し、同月12日までに合意退職の申入れを受諾するか回答するよう求めた。」

「原告が上記期限までに回答をしなかったところ、被告は、令和2年6月12日、同日付けで原告を解雇するとの意思表示をした(本件解雇)。」

 これに対し、本件解雇は無効であるとして、原告の方が、被告を相手取り、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告の就業規則では、62条10号で、

「54条に定める懲戒解雇事由に該当する事実が認められたとき」

が解雇事由とされ、

54条8号で、

「会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかになったとき」

が懲戒解雇事由として定められていました。

 本件の被告は幾つかの解雇理由を主張しましたが、その中に「経費の不正請求」という項目がありました。その主張の内容は、次のとおりでした。

〔1〕経費の不正請求(会食)

「原告は、営業部門を管理統括するシニアマネージャーの地位にありながら、決済手続を意図的に潜脱し、自身が出席した社員との会食について、部下の営業部員に飲食費を立て替えさせ、参加者を偽って、顧客の同席と自身の不参加を装い、交際費として承認申請させた上、自らこれを承認し、不正な経費精算処理を強要することを繰り返していたものであり、その態様は悪質である。」

「その詳細は別紙『飲食費不正請求一覧』記載のとおりであり、平成31年1月から令和2年3月までの間に原告が主導した不正請求は少なくとも16件、42万7086円に上る。」

〔2〕経費の不正請求(英会話)

「原告は、英会話の個人レッスン時に利用したファミリーレストランの飲食代・駐車料金を、顧客とのミーティングを装って経費申請し、不正に被告に負担させていた。なお、被告代表者が経理上の細かな事務手続を指示したことはない。」

 被告は、本件解雇の理由として、これらが、就業規則62条1項10条、54条1項8号に該当すると主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒事由該当性を否定しました。

(裁判所の判断)

ア 経費の不正請求(会食)

「証拠・・・によれば、令和2年2月1日から施行された出張旅費規程において、

〔1〕複数の社員が参加して接待した場合は、参加社員の上位者が当該経費の精算を行い上長の承認を得るものとすること、

〔2〕虚偽の内容を含む経費精算及び部下に精算をさせ、上長が承認するなどの行為は、就業規則52条(懲戒)の対象とすることが定められていること、

〔3〕本規定は、片道100km以上かつ所要時間片道2時間以上の業務上の移動を対象とするものであること

が認められる。なお、令和2年2月1日以前において、同様の規定があったと認めるに足りる証拠はない。」

「また、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告本人も、接待等に関する飲食費の精算は、上位職が立替払いをした上で精算を行うことと口頭で言われていた旨供述しており、被告において、令和2年2月1日以前も、接待の際の飲食費について、上位職が精算を行うとの範囲においてルールとなっていたことが認められる。」

・別紙『飲食費不正請求一覧』(1)、(5)、(8)、(13)及び(16)の会食について

「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、別紙『飲食費不正請求一覧』(1)、(5)、(8)、(13)及び(16)記載の日時場所において、同記載の金額が接待のために支出されたこと、いずれの支出についてもP4氏が交際費の承認申請をしたことが認められる。」

「この点につき、被告は、原告が出席した社員との会食について、部下の営業部員に飲食費を立て替えさせ、参加者を偽って、顧客の同席と自身の不参加を装い、交際費として承認申請させた上、自らこれを承認し、不正な経費精算処理を強要することを繰り返していた旨主張し、証人P6の陳述書・・・に、同旨の記載と原告が会食に参加したことをP4氏に確認したとの記載がある。」

「しかし、原告が上記記載の各会食に参加していないと主張しているところ、そもそも原告が、前記各会食に参加したことを裏付ける客観的な証拠は何ら提出されていないことからすれば、上記証拠のみでは原告が会食に参加したと認めることはできず、その他にこれを認めるに足りる証拠がない。」

「よって、原告が各会食に参加していたと認めることはできないので、被告の主張は採用することができない。」

・別紙『飲食費不正請求一覧』記載(1)、(5)、(8)、(13)及び(16)以外の会食について

「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、別紙『飲食費不正請求一覧』記載のうち、(1)、(5)、(8)、(13)及び(16)以外の会食については、同一覧記載の日時、場所において、同記載の飲食費の支出があったこと、経費の申請内容と実態との間に、参加者や人数等の齟齬があったこと、原告はその齟齬を認識しながら部下による経費の申請を承認していたことが認められる。」

「この点につき、原告は、前記各会食につき、顧客の担当者との商談を兼ねたものや、シェフとの挨拶や顔合わせの趣旨を含むものであると主張し、これに沿う供述をしているので以下、前記会食が業務上の必要性を欠くものであったか検討する。」

まず、別紙『飲食費不正請求一覧表』(2)、(4)及び(7)の会食については、申請と実態に、参加者に原告が含まれているかや参加人数に齟齬があるものの、参加者に顧客が含まれているのであるから、上記各会食は、業務上の必要を欠くものであったとはいえない。

次に、別紙『飲食費不正請求一覧表』(6)、(10)及び(14)の会食については、申請と実態に、参加者に顧客が含まれているかや参加人数に齟齬があり、参加者に顧客は含まれていないものの、被告に入社予定であるイワセエスタの社員が参加していることからすれば、上記各飲食は、業務上の必要を欠くものであったとはいえない。

そして、別紙『食費不正請求一覧表』(3)、(9)、(11)、(12)及び(15)の会食については、申請と実態に、参加者に顧客が含まれているかや参加人数に齟齬がある上、原告及び被告の従業員のみの会食である。

しかし、飲食物の輸入販売等という被告の業態からすれば、シェフとの顔合わせや今後の参考のためにレストラン等で飲食することが被告の業務に繋がる側面があることは否定できないものであるから、原告及び被告の他の従業員だけの飲食であることのみから直ちに業務上の必要を欠くものとはいえない上、上記各会食が業務と無関係に行われたことを伺わせる客観的な証拠が提出されていないことからすれば、上記各会食が業務上の必要を欠くものであったとまでは、認められない。

以上によれば、会食の経費の精算につき、申請と実態に齟齬があったとしても、業務上の必要を欠く会食であったと認められない上、金額に齟齬があるわけでなく、経費の申請によって、原告が不正に利益を得ていたなどとは認められないのであるから、原告が刑罰法規に違反する行為を行ったとは認められない。

イ 経費の不正請求(英会話)

「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、

〔1〕平成29年頃、P6氏とともに、被告の前代表者の指示により、被告の経費により英会話レッスンを受け始め、現代表者の就任後も、業務として英会話レッスンを受けていたこと、

〔2〕当初は被告の会議室で英会話レッスンを受けていたが、会議室が1か所しかなく、被告代表者から会議室を使うのであれば、夕方以降にしてほしいと言われたこと、

〔3〕被告会社が移転したことなどから、途中からは被告の最寄り駅のファミリーレストランで英会話レッスンを受けるようになったこと、

〔4〕ファミリーレストランでの英会話レッスンの経費を精算するに当たっては、顧客との会議との名目で、英会話のレッスン代に加え、レッスン時に使用したファミリーレストランの飲食代や駐車料金を経費として申請し、承認を受けていたことが認められる。」

原告は、この点につき、被告の現代表者から、特定の従業員のみが英会話レッスンを受けているのは他の従業員から不公平であると思われてしまうため、上記名目により経費を精算するよう指示されており、飲食代や駐車料金も必要経費であると述べ、経理担当者もこのことを認識していたと供述するのに対し、被告代表者はこれを否認する。」

「しかしながら、原告が、会議費や車両経費名目で少額の経費を申請したのは、証拠上明らかにされているものに限っても、平成31年1月から同年(令和元年)12月までの間で相当の回数に上っており、その全てが特定のファミリーレストランにおけるものである・・・。

仮にこれらの経費の申請が全て不正なものであるとすれば、被告の経理担当者から何らかの指摘がされてしかるべきであるところ、被告の経理担当者が原告に何らかの指摘をした形跡は何らうかがわれず、原告の経費申請は全て承認されたこと、被告が英会話のレッスン料を負担していたことからすると、被告においては、原告が英会話レッスンを受ける際に支出したファミリーレストランにおける飲食代や駐車料金が経費に当たると認識されていたことがうかがわれるし、少なくとも原告において、不正に被告に経費を負担させようとする意思があったとは認め難い。

「したがって、原告が刑罰法規に違反する行為を行ったとは認められない。」

3.後付けの理由に萎縮しないこと

 本件では当初示された退職勧奨理由が「給料に対してのコストパフォーマンスが悪いから」であったにもかかわらず、なぜか「経費の不正請求」などに解雇理由が摩り替わっています。

 想像ですが、おそらく退職勧奨を断られて、解雇する口実がないのかを探したのではないかと思われます。

 このように元々気に留めてもいなかった過去の出来事を掘り返そうとしたところで、大抵は上手く行きません。使用者側において立証ができないだとか、長期間問題視されてこなかったのはおかしいであるとか、どこかで無理が生じて解雇理由の主張、立証は破綻します。

 後付けで捻り出された非違行為には萎縮しないことが大切です。