弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇理由ではない事実で労働者を貶めることが許されるのか?

1.訴訟における主張の応酬

 訴訟において、原告と被告の事実認識が食い違うことは少なくありません。むしろ、事実認識が食い違うからこそ、紛争になるという側面もあります。

 例えば、解雇の可否をめぐる紛争で、使用者側がある非違行為が存在すると主張する一方、労働者側がそのような非違行為は存在しないと主張することは、日常茶飯事のように見られます。

 こうした場合に、使用者側が非違行為の存在を強く主張したからといって、それを制止することはできません。自分の事実認識を主張する権利は誰しもに保障されているからです。使用者側の主張が不快感を催すようなものであったとしても、労働者側は反論することで自分の正当性を示して行くしかありません。

 しかし、解雇事件で、解雇理由ではない事情を持ち出し、労働者を貶めることはどうでしょうか。解雇理由ではない以上(解雇にあたって重視した事情ではない以上)、減給する必要があるのかには疑問があります。また、関係がなくても、言われた以上は労働者側も反論せざるを得ません。

審理に意味があるとは思えない、

核心的ではない部分で大量の主張が応酬されることになり、本質を押さえた効率的な審理の妨げとなる、

感情的な対立が深刻化し、和解による解決が困難になる、

といったように、誰にとっても益がないどころか有害であるようにも思われるのですが、時折、悪性格立証を行っているとしか思えないような対応をする使用者を目にすることがあります。

 それでは、こうした解雇理由以外の事実を持ち出して労働者を貶めてくる使用者に対し、不法行為であるとして損害賠償を請求することはできないのでしょうか?

 昨日ご紹介した東京地判令4.8.31労働判例ジャーナル134-36 A社事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.A社事件

 本件で被告になったのは、飲食物の輸入販売、卸売等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の営業部長であった方です。被告から解雇されたことを受け、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴の一つに、労働審判や訴訟における被告の主張が不適切であるとして、損害賠償請求が付加されている点があります。

 原告の方は、

「被告は、労働審判及び本件訴訟において、

〔1〕原告の服装が不適切であること、

〔2〕原告が女性従業員にセクシュアルハラスメントを繰り返し行ったこと、

〔3〕原告と衝突した営業部員の自転車のチェーンが切られたり、営業者のタイヤが刃物でパンクさせられたりする事件があり、原告に目を付けられると何をされるか分からないという恐怖心が被告従業員に植え付けられたこと、

〔4〕原告がパワーハラスメントを繰り返し行ったこと、

〔5〕原告による経費の不正請求、社用車の私物化が背任罪や器物損壊罪に当たり得る非違行為であることを主張した・・・。これらは、いずれも真実とは異なり、原告の社会的評価を著しく低下させるものである上、正当な弁論活動として社会的に許容される範囲を逸脱したものとして違法である。」

と主張し、被告の応訴活動が不法行為であるとして、慰謝料を請求しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の応訴活動の不法行為該当性を否定しました。

(裁判所の判断)

「民事訴訟においては、弁論主義及び当事者主義のもとで、当事者が自由に主張、立証を尽くすことで、事案の真相を解明し、私的紛争の解決が図られるものであるから、当事者に必要な範囲において、自由に訴訟活動をする機会を保障する必要がある。そして、当事者間の利害関係が鋭く対立し、相互の利害や感情の対立も激しくなる結果、時に相手方当事者等の名誉等を損なうような主張又はその感情を害するような主張、立証があったとしても、それはあくまでも訴訟手続の過程における一方当事者の暫定的あるいは主観的な主張・立証活動の一環であると位置づけられるにすぎず、それが一定の許容限度を超えるものであれば、裁判所がそれを指摘して適切に訴訟指揮権を行使することによって適宜修正することも可能であるほか、相手方当事者にも、それに反駁し、反対証拠を提出するなどの訴訟活動を展開する機会が保障されており、最終的には裁判所による判決の中でその主張、立証の当否が判断される仕組みとなっている。」

「したがって、このような民事訴訟における訴訟活動の特質及び仕組み等に照らすと、訴訟活動が名誉等を毀損するものとして不法行為に当たるかどうかについては、当該訴訟活動が事件の争点と関連するかどうか、訴訟遂行のために必要であるかどうか、主張方法等が相当であるかどうかなどを考慮の上、当該訴訟活動が、正当な訴訟活動の範囲を逸脱している場合に限り、不法行為が成立するものと解するのが相当である。」

「また、労働審判は、個別労働関係民事紛争について、当事者の権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするためにされるものであり、適法な異議の申立てがないときは裁判上の和解と同一の効力を有するのであるから、労働審判手続における主張についても上記の理が当てはまるというべきである。」

・本件主張〔1〕

「被告が、本件訴訟において、『原告は、就業中もシルバーチェーンやごつい指輪で装飾し、色付き眼鏡を使用し、さらには、「護身用」と称して、革ケースに入れた折り畳みナイフをベルトにぶら下げていた。こうした装飾は一般的なビジネスマナーにそぐわず、特に、被告の主要顧客層である製菓業界は保守的であり、原告の身なり態度を快く思わない顧客は多かった。そのため、顧客によっては原告を受入れず、訪問を拒絶することもあり、部下らは原告に商慣習に沿った服装に改めるよう求めたが、原告は、自らのポリシーであるとしてこれを拒絶した』旨を主張したことは、当裁判所に顕著である。」

前記の事情は、被告が主張する解雇事由そのものではないものの、解雇が社会通念上相当であることを基礎づける事情であるといえ、訴訟行為との関連性があり、訴訟行為の遂行のために必要でないということはできないし、また、主張方法が不当であるということもできない。

・本件主張〔2〕

「被告が、本件訴訟において、原告が、P5ほか2名の女性従業員に対し、繰り返しセクシャルハラスメントを行っていたとして、具体的には、要旨、以下の主張をしたことは裁判所に顕著である。」

(a)P5氏に対するセクシャルハラスメント

「原告は、P5氏に対し、顔を合わせるたび、すれ違うだけでも、『爽やかなお姉さんと色っぽいお姉さんが来た。』、『今日も素敵ですね。』、『P8さんの顔を見ると今日も1日頑張れると思う。』、『なんか違うなあ。』などと、業務に関連しない性的な発言を様々になげかけていた。あまりに性的な発言が続くため、P5氏が意を決して『すみません、それ止めてもらえませんか。』と原告に伝え、一時は治まったが、しばらくすると、また同じようにP5氏に対して性的発言をする。」

(b)P9(以下「P9氏」という。)に対するセクシャルハラスメント

「原告は、P9氏が断っているにもかかわらず、同人に対し、2人で酒を飲みに行くことやカラオケにいくことを執拗に誘い続けた。P9氏の困惑振りを見かねた男性社員2名が参加し、原告、P9氏と4人でカラオケに行ったが、原告は、カラオケでも、P9氏にキスを迫ったり、P9氏のみを執拗に撮影するなどのハラスメントを繰り返した。」

(c)P10(以下「P10氏」という。)に対するセクシャルハラスメント

「2015年12月に被告に入社したP10氏は、本人の希望により、2018年2月にマーケティング部門からセールス部門に異動した。それまで営業部員は男性ばかりであったところに女性が加わることになったため、原告は、『俺は強く反対した』と言い放ち、性差別をしてはばからなかった。原告は、毎週1回か2回、2、3時間かけて、P10氏に対して、業務指導の面談を行っていた。業務指導としては過重であるばかりでなく、原告の行う営業指導は、客を口説くのは彼氏がいる女性を奪うにはどうするかと一緒だ、などと言ったもので、指導内容・効果に疑問があり、セクシャルハラスメントに当たるものであった。」

被告が主張する原告の前記言動は、被告が主張する解雇事由そのものではないものの、解雇が社会通念上相当であることを基礎づける事情であるといえる。

また、証拠・・・によれば、原告が、P5氏に対し、『美人のお姉さまありがとうございます』とのメールや『ありがとうございます 大好きです』とセクシャルハラスメントに該当する可能性のあるメールを送信していることが認められる。

以上によれば、本件主張〔2〕は、全く根拠を欠くものといえず、訴訟行為との関連性を欠き、又は訴訟行為の遂行のために必要でないということはできないし、主張方法が不当であるということもできない。

・本件主張〔3〕について

「被告が、本件訴訟において、原告の勤務態度の深刻な問題は、被告従業員間では認識されていたものの、被告経営陣には報告されずにいた。これは、原告と衝突した営業部員の自転車のチェーンが切られたり、営業車のタイヤが刃物でパンクさせられたりする事件などがあり、これらの事件の犯人は不明であるものの、原告に目を付けられると何をされるか分からないという恐怖心が従業員に植え付けられたことによる旨を主張したことは当裁判所に顕著である。」

「前記のとおり、被告は、原告の勤務態度が被告経営陣に知らされずにいた理由として前記損傷に関する事件に言及しているから、本件主張〔3〕が訴訟行為との関連性を欠き、又は訴訟行為の遂行のために必要でないということはできない上、原告が自転車や営業車を損傷した犯人であると主張しているわけでもないから、主張方法が不当であるということもできない。」

・本件主張〔4〕について

「被告が、本件訴訟及び労働審判において、原告がパワーハラスメントを繰り返し行った旨を主張しているところ、これは被告が本件解雇の解雇事由として主張しているものであるから、本件主張〔4〕が訴訟行為との関連性欠き、又は訴訟行為の遂行のために必要でないということはできない上、主張方法が不当であるともいえない。」

・本件主張〔5〕について

「被告は、本件訴訟及び労働審判において、原告による経費の不正請求、社用車の私物化が背任罪や器物損壊罪に当たり得る非違行為であると主張しているところ、これらは被告が本件解雇の解雇事由として主張しているものであり、刑法犯に該当する旨の主張はその情状が悪質であることを表すためのものと解することができるから、本件主張〔5〕が訴訟行為との関連性欠き、又は訴訟行為の遂行のために必要でないということはできない上、主張方法が不当であるともいえない。」

・小括

「したがって、被告の本件主張〔1〕~〔5〕はいずれも正当な訴訟活動の範囲を逸脱したものと認めることはできないので、不法行為は成立しない。」

3.解雇理由ではない主張で労働者を貶めることが許されるのか?

 本件主張〔3〕~〔5〕に関しては、主張する必要性が分からなくはありません。

 しかし、解雇理由そのものではない本件主張〔1〕〔2〕に関しては、解雇理由ではないわけですし、単なる悪性格立証以外にどのような意義があるというのか、今一よく分かりません。また、なぜ、解雇理由ではないものが、解雇の相当性を基礎づける関係にあるのかも不明です。

 冒頭で述べたとおり、解雇理由として特定された事情以外の事情を持ち出して労働者を貶めることには強い疑義があります。個人的には、本件主張〔1〕〔2〕のような主張には、不法行為該当性が認められてもよかったのではないかと思います。