弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒解雇の有効性の判断における解雇理由証明書(普通解雇の場合との違い)

1.解雇理由証明書

 労働基準法22条1項は、

「労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。」

と規定しています。

 この条文に基づいて交付される解雇理由に係る証明書を「解雇理由証明書」といいます。

 解雇理由証明書に関しては、そこに書かれていない理由を訴訟になった時に追加主張できるのかという論点があります。

 学説上、強い異論はあるものの、裁判所は、

「解雇理由証明書に記載がない解雇理由を主張したからといってその主張が失当となることはない。使用者が、退職時の解雇理由証明書に記載のない事実を解雇理由として主張するのは、使用者が解雇時には当該事由を重視していなかったという場合が多いであろうが、まれには、使用者が労働者とのトラブルを避けるため真実の解雇理由を記載しなかったという場合もある。後者と認められる場合、当該解雇理由についても慎重に審理する必要があろう。」

という理解を採用しています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕394頁参照)。

 それでは、解雇が普通解雇ではなく懲戒解雇であった場合はどうでしょうか。

 この場合も、力点の強弱の問題はあっても、主張すること自体は可能と理解されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.7.12労働判例ジャーナル144-36 富士通商事件です。

2.富士通商事件

 本件で被告になったのは、太陽光発電事業等を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、労務を提供していた方です。被告から懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件では懲戒解雇事由の有無が争点になりましたが、解雇理由証明書に記載されていなかった非違行為について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「本件においては、被告は原告に対して懲戒解雇の意思表示をしているところ、懲戒処分当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、その存在をもって当該懲戒処分の有効性を根拠付けることはできないものというべきである(最高裁判所平成8年(オ)第752号同年9月26日第一小法廷判決・最高裁判所裁判集民事180号473頁参照)。」

これを本件について見ると、第2の3(1)(被告の主張)エオキクケに記載した事情は、別紙1、2の解雇理由証明書に記載されておらず、懲戒当時に被告代表者が認識していなかったと認められるから、これらの事情があったとしても、本件懲戒解雇の有効性を根拠づけることはできない(同クに記載した事情は、解雇理由証明書に記載されていると解する余地はあるものの、原告は、令和4年6月及び同年7月も労務を提供した旨供述しており・・・、被告に有利な証拠・・・の内容を踏まえても、当該事情があったとは認められない。

3.五月雨式主張な主張、立証の追加にどのように対抗するか

 解雇理由証明書に書かれていない事実を主張することが禁止されていないこともあり、訴訟では解雇理由証明書に書かれていない解雇理由がしばしば登場します。

 しかし、懲戒解雇の可否を扱った本件において、裁判所は、解雇理由証明書に書かれていない事実が本件懲戒解雇の有効性を根拠付けることを否定しました。本件の裁判所で示された判断は、懲戒解雇の効力を争って地位確認を請求する事件に取り組むにあたり、実務上参考になります。